りなりあ

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約束を抱いて-37

2006-11-13 11:47:22 | 約束を抱いて 第一章

「そんなに辛いのなら、やめればいい。」
晴己の意外な言葉に優輝は晴己を見上げた。
「少しだけ冷静になって考えてみろ。やめて何が変わるのか、続けた先に何があるのか。今まで自分が歩いてきた道と、進みたいと願っていた道と。」
晴己の視線に優輝は囚われていた。
「コーチ。涼と優輝をお願いします。」
晴己はそう言うと、自分の車に乗り込んだ。 

◇◇◇

「優輝は大丈夫か?」
優輝を家に連れ帰った涼は、久保の車に戻ると助手席に座り、大丈夫です、と答えた。
「両親も祖父母も何も聞きませんでした。家族は優輝が帰ってくれば、それで充分です。練習は…」
「しばらく考えさせよう。この状況を乗り越えられなきゃ、これから先だって無理だ。」
久保の言葉を涼は冷たいと思うが、それがコーチとしての久保の本心だろう。
やめてしまえば良いのに、涼はそう思っていた。こんなに辛い思いをしてまで、テニスを続ける意味が分からなかった。
「学校は?そっちの方が優先すべき事だろ?」
涼は首を横に振った。
「テニスを続けるか続けないか、優輝が決めない限り学校にも行けないと思います。」
涼は自分の弟が情けないと思ってしまう。
「学校は別だろう?」
不思議に思っていた久保は、1つの答えを見つける。
「むつみちゃん?」
その名前に涼は溜息を出した。
「おそらく。橋元の実家に引越す事を決めた時、晴己の態度が妙だった。あの時は転校する事に驚いたのかと思ったけれど、転校先に驚いたんでしょう。それよりも久保さん。」
涼は、気になっていた事を久保に尋ねる。
「彼女は誰ですか?直樹の彼女みたいですが?それに」
あの時の晴己を思い出していた。
「晴己が、恨みを感じているみたいですが?」
「…笹本絵里。」
「ささもとえり?」
「今は直樹の婚約者だが、以前は晴己の婚約者候補だった女性達のうちの1人だ。」
「晴己の?」
「あぁ。晴己に彼女が出来た時点で、笹本絵里は倉田直樹の婚約者になった。」
「…意味が分かりませんが。」
涼が嫌悪感を示した。
「俺も新堂の考えている事なんて分からない。婚約者候補達は、今は晴己の従兄弟と結婚していたり婚約していたり。」
久保はスポーツドリンクを口に含んで、喉に流し込む。
「それで喜んでいる人もいるだろうさ。最初から従兄弟を好きだった人もいるだろうし、新堂と繋がっているのなら充分だと思う人もいる。でも、笹本絵里は違う。本当に晴己の事が好きだったんだ。」
涼は、あの部屋での絵里を思い出していた。
綺麗な女性だと思う。だけど、普通に出会っていたら、声をかけることなど出来なかった気がする。張り巡らせた雰囲気は棘棘としていて、柔らかさは全くない。笑顔を浮べる口元は綺麗だと思うが、刺す様な視線が相手の体も心も強張らせてしまう。
その絵里が、晴己に名前を呼ばれた時に深呼吸するのを涼は見ていた。彼女は緊張しているようだった。
「彼女は、以前にもむつみちゃんを叩いている。」
「え?」
「高校生の笹本絵里が小学生のむつみちゃんの頬を叩いて」
久保が唇を噛む。
「むつみちゃんの頭上に」
久保がハンドルに拳をぶつけた。
「赤ワインを流した。」
涼は、その光景を想像して背筋が少し震えた。
「俺はその場にいたのに、他にも大勢大人がいたのに、誰も助けなかった。言い訳するわけじゃないけれど、動けなかったんだ。まさか小さな子供にそんな事をするなんて思わないだろう?我に返ったのは、アルコールの匂いでむつみちゃんが咳き込んだ音で…。」
久保は数年間、その事を悔んでいたのだろう。弁解するように涼に告げた。
「晴己の周囲の人間は誰でも知っている。笹本絵里と斉藤むつみの状況を。笹本絵里が勝手に嫉妬しているだけだが。そんな人間が優輝に近づいて来た。何か企んでいる。」
「…優輝は関係ないでしょう…。」
優輝が巻き込まれる理由など、涼には分からなかった。
「直樹は部屋に残りましたよね。追求しているのでは?」
「そうだと良いけれど、無理だろう。笹本絵里は“晴己様”一筋だ。直樹の言葉なんて聞かない。」
言い切った久保の言葉を聞きながら、涼は車の中から自分の住む家を見上げた。



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