りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて-20

2006-10-20 11:55:50 | 約束を抱いて 第一章

「晴己がクラブを辞めてから、むつみちゃん来てくれなくなったもんなぁ。春と夏は別荘に行ってるんだろ?あぁ、でも、俺は合宿には最近行ってないんだよ。来てもらっても会えないなぁ。」
残念そうに久保は言う。
久保に会うために、テニスクラブの練習や合宿を見に行っていたわけではないのだが、それをここで言うのは酷な気がする、とむつみは思った。
「遊びに来てくれればいいのにさぁ。昔っから晴己ばっかりむつみちゃんを独り占めしてさぁ。」
不満そうな久保の声をむつみは聞きながら、不機嫌そうに車にもたれている優輝を見ていた。
「でさぁ。優輝、聞いてくれよ。むつみちゃん、俺に初めて会った時なんて言ったと思う?」
優輝は不機嫌な目を久保に向ける。
「俺、まだ20代だったのに、おじさん扱いされてさぁ。」
自分を無視する優輝を、無理やり引き寄せて同情を求めようとする久保。
「ショックだったよぉ。最初から晴己にべったりでさぁ。」
自分の身体にまとわり付く久保の手を鬱陶しそうに優輝は払いのける。
「おっさんだろ。」
「お、まえ、そういうこと言うか?ったく、どんどん生意気になっていきやがって。」
久保は優輝の首に腕を回す。
「うわーっ。やめろって。」
優輝は久保の腕の中でジタバタと抵抗している。そんな二人を見て、むつみは笑った。
優輝の表情が豊かで、学校で見る姿とは少し違う。
「むつみちゃん?何か、面白い?」
笑い続けるむつみに、久保が不思議そうに尋ねた。その間も優輝は久保から逃れようとしているが、どうやら力で負けているようだ。
「ううん。楽しそうだな、って思っただけです。」
答えながら、むつみは笑みが零れる。胸の奥に固まっていた何かが、小さくなっていくような気がしていた。
そして優輝も、笑うむつみを見て、自分の中で何かが溶けていくように感じていた。
「そりゃぁ、楽しいよ!優輝を教えるのは最高だよ?教えた以上の事を覚えていくから、俺が追いかけているような感じだよ。それを今日から再開できるんだ。嬉しくってさ。あぁ、そうだ。むつみちゃん、送って行くから乗りなよ。」
久保は、優輝を解放して、後部座席のドアを開けた。
「いいえ、大丈夫です、帰れるから。」
「えー、送って行くから。」
「これから練習でしょう?」
むつみは迷惑そうな顔をしている優輝を見ると、早くこの場を立ち去りたかった。
「そうだ!一緒に行こう!むつみちゃんにも見て欲しいんだよ。」
嬉しそうに笑う久保の顔が、コーチの顔に変わる。
「優輝のテニス。晴己がどうして惚れ込んだのかむつみちゃんなら分かるよ。」
むつみの胸が高鳴る。戸惑う気持ちが大きかった胸の鼓動が、徐々に喜びに満たされていくのを、むつみは止める事が出来なかった。
「…俺の練習に付き合わせる必要なんてないだろ。その間、ただ見てろって言うのかよ。」
優輝は久保に抗議しながら、自分の練習を見ていた彼女を思い出す。
「大丈夫だよ。今日は練習しないから。」
「は?」
「まだ足、完全じゃないだろ?それに久しぶりだからいきなり前みたいに出来ないぞ。今日は練習場所の確認。晴己は、毎回迎えに行って欲しいって言うけど、毎回は無理だよ。それに俺は、晴己の過保護に付き合うつもりはない。優輝が一人で来れるように場所を教えておかなきゃいけないだろ?今日は優輝の身体がどれだけ鈍っているかのチェック。」
鈍っていると言われて、優輝は言葉を詰まらせる。
「怪我はさ、まぁ仕方ないけど、それ以外の腕とか肩とか、どうせ鈍ってるだろ?」
そう言われて、ムカムカとする優輝。
「だから、むつみちゃんも一緒に行こうよ。で、むつみちゃんにも場所を知ってもらって、で、時々見に来てよ。」
「はぁ?」
優輝は明らかに不機嫌な声を出すが、久保はむつみの肩を軽く押した。
「ほら。二人とも乗って、乗って!」
仕方なく、優輝とむつみは後部座席に座った。



コメントを投稿