りなりあ

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指先の記憶 第二章-18-

2008-12-16 00:16:35 | 指先の記憶 第二章

「そりゃ…あんな豪華な食事を食べるマナーとか、今の私が知らなくても良いかもしれないけれど、でも知っていて損はないだろうし。」
須賀君が、とても綺麗に食事をしていたのを思い出す。
「カレンさんと、もっと色々と話したかったし、どうして、あの店なんだろうって思っていたけど。」
カレンさんに、ちゃんとお礼を言わなきゃ。
貴重な機会を与えてくれたのだから。
「カレンさんの時は初めてだったから、素直に喜べなかったけれど。」
絵里さんの注意や小言が、私は嬉しかった。
私の行動を、指の動きのひとつひとつを、私の全てを見てくれている人がいることが、とても嬉しかった。

◇◇◇

部室の扉を開けた私は、目の前に立ち塞がる体に慌てて立ち止まった。
「す、すみません!」
顔を上げて、思わず一歩下がる。
「大丈夫?」
「…弘、先輩。」
うわぁ、最悪。
どうして弘先輩がいるの?
部室に駆け込もうとしていた私は躊躇してしまうが、背後からの声が私を焦らせる。
「姫野!」
須賀君の声が私を呼ぶ。
「どうしたんだろうね、康太。折角眠っていたのに、康太の大声が響いて。」
弘先輩が欠伸をする。
その姿は、焦っている私とは正反対で、とてものんびりとしている。
「お昼寝の邪魔をして、すみません!」
「姫野!」
須賀君の声が近付いてくる。
「弘先輩、隠れさせてください!」
私は懇願しているのに。
「うーん…隠れても無理だと思うよ。もう見つかっているし。」
「かくまってください!」
「でもね、姫野さん。この状況だと難しいよ。」
「だったらっ!」
私は持っていた鞄を弘先輩の胸に押し付けた。
「助けてください!」
弘先輩の体の横を通り抜けて、自分自身の背が低い事に感謝しながら私は部室へと逃げ込む。
「鍵!鍵閉めてください!」
出来る限り部室の一番奥まで移動して、私はドアを指差した。
「鍵?」
「早くしてください!」

この状況では、悠長な弘先輩の声が腹立たしい。
「でもさぁ…康太が呼んでるけど。」
そう言いながら弘先輩がドアを閉めようとした時。
「何をしてるんですか?弘先輩。鍵…なんて。…姫野」
須賀君が息を切らしていた。
「…さすが、生まれてからずっと、あの階段上っているから…逃げ足だけは速いんだな。…弘、先輩、それ姫野の鞄」
私の鞄に須賀君が手を伸ばす。
「弘先輩!須賀君に渡さないでください!」
私の声に、弘先輩が咄嗟に鞄を両腕で抱えてくれた。
「…姫野。」
須賀君が深呼吸を繰り返す。
「弘先輩、姫野の鞄、渡してください。」
須賀君の呼吸は正常に戻っていて、心拍数も元通りのようだ。
「でも、持ち主の姫野さんが渡さないでって言っているし。」
「そんな事、どうでもいいですから。」
須賀君は再び鞄に手を伸ばすが、それを途中で止めた。
弘先輩の体を少し乱暴に押して部室へと入ってくる彼の態度は、弘先輩に対して、とっても失礼だと思う。
「姫野。」
部室の奥に立っていた私には逃げ場所はなく、須賀君と視線を合わせるのも嫌で、私はその場に座り込んだ。
「ごめんなさい!ごめんなさい!だって忙しかったんだもん!須賀君が勝手に私をマネージャーにするし、放課後だって休みだって、全然時間が足りない!それに」
私はとても理不尽な事を言おうとしている。
ダメだと分かっているけれど、間違っていると理解しているけれど。
「だって須賀君、勉強しろって言わなかったでしょ?教えてくれなかったでしょ?」
これだけでも充分に勝手な言い分なのに。
「雅司君ばっかり。朝も部活の帰りも休みの日も雅司君に」
会いに行ってばかり。
そんな事、私が言う権利はないのに。
そんな事、考えた事はなかったのに。
言ってしまった内容が恥ずかしくて情けなくて、私は顔を上げられなかった。



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