りなりあ

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約束を抱いて-47

2006-11-30 17:52:05 | 約束を抱いて 第一章

優輝の前に身を屈めたむつみは、床を見つめたまま深呼吸をした。
「来てたの?」
分かりきった事を優輝は聞く。
「今日だけ?」
むつみは首を横に振る。
「晴己さんは?」
「はる兄も…初日から…観てる。」
やっぱり、と優輝は思う。
久保は晴己は来ていないと言ったが、そんな訳がないと思っていた。もし本当に来ていなかったら、完全に見捨てられた事になる。
自分の中にある、晴己に対する矛盾した気持ちを感じながらも、優輝は安堵していた。
「優輝君は、はる兄の結婚式に来てたの?」 
突然、むつみが予想もしない話題を出し、優輝は首を傾げた。俯くむつみの表情は分からない。
「行ってない。あの日、海外だった。」
「新堂の家に行った事はある?」
「あるよ。」
「地下は?」
「ワイン倉庫?あるよ。でも、一度割ってからは立ち入り禁止になった。」
そう言った優輝をむつみは見上げて、クスクスと笑う。
「割ったの?高いワインもあるでしょ?」
「…だよなぁ。」
「…杏依さんには、会ったことがある?」
「ある、けど?」
「私ね、杏依さんの事が大好きだったの。」
むつみは、晴己の妻の話を始めた。
「はる兄と杏依さんが付き合い始めた時、凄く嬉しかった。だけど、結婚が決まってから凄く寂しくなってきて。おめでとうって言いたいし、言わなきゃ、そう思っていたけど言えなかった。」
むつみは淡々とした口調で話していた。
「だから、結婚式の日、地下で泣いていたの。」
優輝は視線を落とすが、やはり彼女の表情は分からない。
「相手が杏依さんじゃなければ…もっと嫌な人で、私の嫌いな人だったら、絶対に結婚しないでって言ったのに。」 
彼女の話に優輝は相槌を打つ事も出来ず、ただ聞いているだけだった。
「1人で地下に降りて、気持ちを落ち着けよう、そう思っていたら声をかけられたの。」
むつみは薄暗い地下を思い出していた。
「寂しいのなら、結婚して欲しくないのなら、言えばいい、そう言われたの。はる兄の友達に。」
むつみが顔を上げて、首を傾げた。
「…誰?」
「分からない。ワイン倉庫は暗いし、私は泣いていて顔を上げられなかったから。声しか知らない。私は、寂しいなんて言えない、そう言ったら」
優輝は息を飲んだ。
「自分を裏切る事だけは、しちゃだめだって言われたの。」
むつみが、また俯く。
「私は余計に分からなくなって。寂しい気持ちを隠すと、自分を裏切ったことになるし、もし正直に寂しい気持ちを伝えていたら、それだって、自分を裏切る事になるの。だから分からなくて、余計に涙が出てきて。」
むつみが、優輝の足首を撫でた。
指が震えていて、でも、その指先が温かいと優輝は感じていた。
「それなら、おめでとう、と言えばいい、そう言われた。その言葉で誰かが傷つく事はないし、誰もが喜んでくれる。私自身がそれを受け入れられなくても、いつかこの選択が正しかったと思える時がくるって。はる兄と杏依さんは、誰よりもその言葉を、私に言って欲しくて、そして」
むつみが顔を上げた。
「私自身だって、2人が幸せになって欲しい、そう思っているのは事実だから。」
優輝はむつみを見た。むつみは、どんな気持ちだったのだろう。
自分の本心を言葉にする事を選んでいたら、彼女は追い詰められなかったのでは、と思う。
「斉藤さんは…傷ついたんじゃないのか?」
むつみが、瞳を伏せる。
「…でも、それは私の弱さだわ。はる兄の幸せを拒む権利なんて、私にはないから。」
晴己の話をして、むつみが寂しいと感じる事が、優輝の気持ちを掻き乱す。
「その人がね。」
顔を上げたむつみが、寂しいのに笑顔を浮べる。
「いつか会う時が来たら、よく頑張ったね、って褒めてあげるよって。」
「…褒めてくれた?」
「…まだ、だけど。」
そう言って笑ったむつみは、寂しそうでも悲しそうでもなく、なぜか、とても子供っぽい笑顔で、いつか来るその日を楽しみにしているようだった。



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