りなりあ

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約束を抱いて-44

2006-11-22 20:12:40 | 約束を抱いて 第一章

優輝が初めて絵里を見たのは、この店だった。
試合に出る事を決めた優輝が、クラブの友人に会って卓也に伝えて欲しいと頼んだ後に、周囲の騒がしさに視線を向けると、むつみが笹本絵里に叩かれていた。
次に会ったのは、大西にこの店に連れて来られた時だった。
その時に絵里と大西から、むつみと晴己の事を聞かされた。
絵里は優輝に試合に出場する事を勧めた。
そして、ある提案を出した。
「優輝君にとって、何もプラスになる事は、ないのに?」
むつみが優輝を見る。
『橋元君の実力なら決勝まで進む事なんて簡単でしょ?だから、そこまで勝ち進んで欲しいの。そして』
絵里の声が頭に響く。
『決勝戦で負けるのよ。』
「笹本絵里から何を聞いたか知らないけれど、放っておいてくれよ。」
絵里はむつみに全てを話してしまったのだろうか?
「次の試合を最後に、やめるの?」
むつみは優輝の言葉など聞いていないのか、質問を続ける。
優輝は自分の気持ちをはっきりとさせるべきだと思った。ずっと言えなかった事を自分の言葉で伝えなければ、いつまでもむつみは、自分に関わってくる。
「やめるよ。」
「どうして?」
「既にやめていたから。次の試合に出るのが特別なだけ。」
優輝がむつみを見る。
「聞いたんだろ?笹本絵里に。俺がテニスをしていなかったら、卓也は怪我なんてしなかったんだ。俺は、晴己さんの好意を当たり前のように受けていた。それが周囲の反感を買っている事は知っていたけれど、晴己さんの好意を拒む事をしなかった。」
優輝は7月を思い出していた。
「呼び出された場所に卓也が一緒に行くと言ってくれた時も拒まなかった。あいつらは、俺に怪我をさせようと思っていただけなのに。」
むつみは、優輝に助けられた時を思い出していた。
「テニスをやめるのは卓也君の怪我が原因だから?そんな事を言われたら、卓也君が辛いわ。」
優輝は、触れられたくない部分に触れられた気がした。むつみの言っている事は正しい。優輝自身が気付いていた事だ。
「周りから言われる。怪我をしなかったら優輝君は責任を感じなかった。テニスをやめる事なんてなかった。また一人、実力のある選手が潰されたって。」
自分で言って自分を苦しめているようにむつみは感じる。同じような言葉を、何度も言われた事がある。
「その怪我が、俺が原因なんだよ。」
「やめて何が変わるの?怪我をした事実は消えないわ。」
優輝は目を見開いた。
「そんな事でやめるの?」
「そんな事?俺にとっては重要な事だよ。」
「それなら、どうして試合に出るの?やめるのなら出なくてもいいじゃない。」
むつみの意見は尤もだった。
でも、その口調が晴己と重なり、絵里のマンションの駐車場での晴己を思い出してしまう。
「俺は」
「私のため?」
優輝が言葉を呑み込んだ。
「私が優輝君に怪我をさせてしまったから?治った事を私に伝える為?はる兄が…頼んだから?」
優輝は、苛々とした。
晴己に頼まれたのは事実だし、自分もそれに従うほうが楽だと思っていた。
だけど、むつみには言われたくなかった。
「でも、勝たなきゃ何も意味がない。」
むつみの言葉に優輝は息を呑んだ。
「負けたら、怪我が原因だと思っちゃう。もし捻挫していなかったら、もっと練習できたのに、って。」
「違う!」
むつみが絵里から“話”を聞いている事を優輝は思い出した。

「でも、はる兄はそうだったわ。」
「…晴己さんはずっとテニスを続けていた。」
「怪我は致命傷ではなかったかもしれない。私は、分からないの。はる兄の言葉を信じて良いのか、他の人たちの言葉を信じて良いのか。優輝君が言ったように、はる兄は」
むつみの声が少し震えていた。
「私のためなら、嘘だってつくと思う。それを事実にすることも、可能だわ。」
優輝は絵里の言葉を思い出していた。
『どうして晴己様は結婚なさったの?斉藤むつみが成人するのを待てば良かったでしょう?』
絵里の言葉は、優輝に嫌悪感を抱かせていた。



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