昨晩に続き、
今夜の夕食はカレー・ライス(ライス・カレー?)。
“カレーの日は休肝日”
毎夜の晩酌は献立に合わせたお酒をチョイス。
でもカレーに合うお酒って何?
ラーメン・ショップにビールが置いてあっても、
カレー・ショプに酒類はない。
ってことで、
“カレーの日は我家では休肝日”
2日続きの断酒は肝臓にも優しく、
アルコール中毒の判定にも有効とか?
*従って私はアル中ではない(笑)。
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休肝日と同時に最近耳にする言葉が休眼日。
毎日・毎夜液晶画面を見続ければ眼に悪いは当然の成行き。
〝テレビ、パソコン、携帯&スマホ、タブレットにナビやカメラ〟
平成に入り皆が画面に特化した日常を送ってはいないか?
休肝日同様に週に2日くらいは、
“休眼日”があっても良いと思う。
最近友人との話で出たパソコンからの脱出。
友人の話では、
「在庫管理をパソコンでするようになって、
社員たちが倉庫に行く機会が減少」。
そんな番組をTVで観たと語った後に、
「考えてみればこの20年間エクセルで図表を作るものの、
作成が目的になっていて内容は一度確認すれば用無し。
エクセルやパワーポイントに向かう時間に疑問を感じる」。
に同感する。
でも確かに倉庫に行く必要が減少し、
不良在庫の確認が疎かになる可能性を否定しないものの、
在庫管理と棚卸(価格計算)をエクセルなしに進めることの時間ロス。
大切なことは“過ぎないこと”なのだと意見を述べた。
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耳福の日。
暖房もエアコンも除湿機も必要のない心地よい5月の夜。
それが意味するモノは“部屋の中の静寂”の確保。
そんな夜は窓のカギを閉めカーテンを引き、
アンプのボリュームを何時もより少し大きめに回す。
2本のスピーカーが流れる音の膨らみは至福の瞬間。
“耳を澄まし音を追いかける精神集中は日常を忘れる和み効果”
最近では“大人のオーディオ”なる言葉も耳にするものの、
現実的に〝その空間と時間〟を確保するのは至難の業。
慌ただしく音楽を車内(走行中)や散歩や運動がてらに聴く日常。
“スピーカーの前に正座し修行僧のように音楽にのめり込む音の世界”
少しでもそんな時間を取り戻そうか?
そのためにも必要な時間の配分と休眼日。
何かに拘(こだわ)る。
そのためにお金を稼ぎ、
そのためにお金を使う。
耳福の日。
日本が喪失した目標の再構築。
そのヒントになればと思う。