mimi-fuku通信

このブログを通して読み手の皆様のmimiにfukuが届けられることを願っています。

さよなら京都国立博物館(平常館:建て替え)、~2008年12月。

2008-11-30 17:26:00 | 美術・芸術・創造

 
 京都国立博物館には、並々ならぬ思い出があります。
 1991年~2001年までの約10年間。
 毎月、関西への出張の折に立ち寄った博物館です。
 以後も年に2~3回は訪れ、個人的な好奇心を高める最も重要な場所として存在しています。

 京都国立博物館では、
 *新聞社や放送局が主催:協賛する、特別展を開催する特別展示館(本館)。
 *常設展示を主とする平常館(新館)。
 の2つの建物からなっています。

 掲載写真むかって、
 左側の3枚が、特別展示館(本館)で、
 右側の内4枚が、平常展示館(新館)です。
 
(写真が小さい場合は、タイトルをクリックしてください。)

 1990年代には名称が、本館・新館に分類されており、特に毎月通った新館での経験は格別な思いがありますし、写真に掲載した、今ではあまりお目にかかれない応接セット様式の<豪華な椅子>に腰掛け、物思いに耽ることもしばしばでした。

 以前にも記事にしたことがありますが、
 新館展示室には、平日早朝(開門直後)には、ほとんど鑑賞者がおらず、3ヶ月に1度発行される<京都国立博物館だより:展示案内目録>を片手に、一目散に2階展示室に駆け上がり、お目当ての多くの国宝や重要美術品を独り占めして鑑賞しました。
 朝一番の特急で京都に出かけ、開門から1時間ばかりの貴重な本物の美術品との語らいの時間は、私の大きな財産として生涯失われることはないでしょう。

 毎年、10月には必ず展示された、
 俵屋宗達の「風神雷神図屏風」を一人で30分以上鑑賞したり、
 毎年冬に展示された、
 東寺蔵の「十二天画像」全図公開を独り占めしたりと、
 通常では、どれほどお金を積んでも叶えられない
 貴重な経験をさせていただきました。

 その新館(平常展示室)が耐震不足から取り壊されるのは残念ですが、
 1~2000年以上も大切にこの国に保管されてきた宝物の数々を
 今後の1~2000年後の人々が同じ様に鑑賞できる機会を守るため
 にも、5年間のお休みは仕方ないことだと感じます。

 本館(特別展示室)は、従来通り保存される見込みで、年に数度の特別展が開かれるため、ご旅行の際は、博物館ホームページを確認の上、お出かけください。

 また、12月2日~7日まで、平常館の無料開館が実施されます。
 お時間があれば、ぜひお立ち寄りください。
 特に書跡の展示室(第13室)は、国宝尽くし。
 下記リストをご覧ください。

 *蛇足として豆知識ですが、京都国立博物館の敷地は、方広寺大仏殿(多くの洛中洛外図に描かれる東大寺よりも大きいとされる大仏殿で豊臣秀吉の建立)の敷地であったとの話を聞いたことがあるのですが、もし、建て替え工事の折、埋蔵文化財が出てきた場合は、5年後の開館も困難が予想され、新館のオープンは流動的と考えた方が無難かも知れません。
 

 <京都国立博物館からの重要なお知らせ。>
  http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

   ~下記、リンク先記事を転載。

 当館平常展示館建て替え工事に伴いまして、
 来館者の皆様に以下の3点について重要なお知らせを致します。

 「全館休館」について。

 2008年12月8日(月)から「特別展覧会:京都御所ゆかりの名宝(仮称)」開始前日の、
 2009年1月9日(金)までの間、「全館休館」とさせていただきます。
 以降、
 新平常展示館完成までの間は、
 
特別展覧会開催期間以外>は、
 
全館休館
となります。

 今後の休館日につきましては、京都国立博物館だよりやホームページ等で随時お知らせいたします。


 「西門(正門)閉鎖」について。

 工事車両通行に伴う安全上の観点から、
 2008年12月8日(月)より当分の間、「西門(正門)」を閉鎖いたします。
 以降、来館者の皆様の入退館は、南門(七条通り側)からとなります。


 「平常展示無料観覧日の終了」について。
 
 これまで多数の皆様にご利用いただいておりました、
 「平常展示無料観覧日」につきましては、2008年11月設定分をもちまして一旦終了とさせていただきます。

 なお、工事に伴うご迷惑に対するお詫びと平常展示へのこれまでのご愛顧に感謝の意を込めまして、
 2008年12月2日(火)から12月7日(日)までの6日間、
 「平常展示観覧料は無料」
といたします。
 是非、この機会をお見逃し無くご来館ください。

 上記につきまして、ご来館の皆様にはご不便、ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解とご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
 新平常展示館完成後は、より魅力的な平常展示を御覧いただけるよう計画中ですのでどうぞご期待ください。

 問い合わせは博物館事業推進係
   TEL075(531)7504。
 

 <閉館関連:新聞記事>

 京都国立博物館(京都市東山区)は、平常展示館の建て替えに伴い、
 「感謝ウィーク」として12月2日~7日まで、平常展示館を入場無料とし、博物館講堂で記念コンサートを開催する。
 博物館には、平常館と特別館の2展示館がある。
 平常展示館は1966年に開館。
 約1万2000点を保存、展示してきた。
 平常館建て替えにともない、12月8日から休館し、
 再オープンは2013年度の予定
 平常展示館では、開催中の源頼朝像(神護寺蔵)や鳥獣人物戯画乙本(高山寺蔵)など国宝21点を中心とする平常展示などが、2日~7日までは自由に観覧できる。
 その他のイベントとして、
 博物館講堂では2日午後6時半から、オーボエ奏者の延原武春さんらがバロック音楽を奏でる(有料・全席指定)。
 7日午後2時と4時からは、京都市立芸大生らでつくる弦楽四重奏団が演奏を行う。
 6日午後3時から、敷地内で観客が自転車をこいで発電し、音響機器の電力を賄うエコライブもある。
 <以上:京都新聞記事転載>


 国立博物館で、耐震対策のための建て替えや補強工事に向けた動きが本格化している。
 明治時代の建物のほか、築40年前後の建物に以前から耐震性の低さが指摘されていたがようやく予算がついた。
 京都国立博物館(京都市)は平常展示館の建て替えのため、
 12月8日から来年1月9日まで全館休館する。
 築43年で地上3階・地下1階の建物が、耐震診断の結果、
 「大規模地震で倒壊、崩壊する可能性が高い」とされる構造耐震指標(Is値)の「0.3未満」に近い0.33だったのだ。
 敷地の下には活断層の桃山断層が走っており、早急な対策が必要となった。
 2012年度に完成予定の新しい平常展示館は、地上4階・地下2階。
 延べ床面積は現在の約2倍の約1万7600平方メートルになる。

 この秋には、ほかの国立博物館にも相次いで耐震補強の補正予算がついた。
 対象は、
 *東京国立博物館の東洋館(築40年、地上3階・地下1階、東京都台東区)、
 *奈良国立博物館の西新館(築36年、地上2階・地下1階、奈良市)、
 *重要文化財の同館仏教美術資料研究センター(築106年、木造平屋建て)、
 で計39億円。
 Is値は0.20~0.23だが地盤や建物の造りを勘案し、補強工事で対応できるという。
 どれも耐震診断は数年前に終えていたが、予算が獲得できず後回しにされていた。
 「今年、学校の耐震問題がクローズアップされたことで、博物館にもやっと光が当たった」と文化庁の担当者。
 もっとも、耐震対策の必要な建物はまだある。
 重要文化財でもある
 京都国立博物館の特別展示館(本館)と、
 奈良国立博物館の本館は、築100年を超えたレンガ造り。
 今後は、これらの耐震診断結果を精査し、補強の手法などを検討する。
 <以上:朝日新聞記事転載>


 【2008年12月2日~7日の展覧会。】

 <特別展:本館/有料

 特別展:japan 蒔絵 
 ~宮殿を飾る東洋の燦めき~

 <常設展:新館/無料

 さよなら記念:無料観覧ウィーク。

 『主な国宝展示品』

 *彫刻
 
●多聞天立像(浄瑠璃寺)。

 *絵画
 ●源頼朝・平重盛像(神護寺)。
 ●明恵上人像(高山寺)。
 ●山水図 雪舟筆。
 ●鳥獣人物戯画 乙巻。

 
 [隋時代]
 ●真草千字文。
 [唐時代]
 ●大楼炭経巻第三(知恩院)。
 ●世説新書巻第六残巻(当館)。
 ●玉篇巻第二十七残巻(高山寺)。
 [南宋時代]
 ●金剛経 張即之筆(智積院)。
 [元時代]
 ●古林清茂墨蹟「月林」道号(長福寺)。


 [奈良時代]
 ●千手千眼陀羅尼経〈玄ぼう願経〉(当館)。
 [平安時代]
 ●新撰類林抄巻第四残巻。
 ●古今和歌集巻第十二残巻〈本阿弥切〉。
 ●日本書紀巻第二十四〈岩崎本〉(以上当館)。
 ●古今和歌集巻第十七断簡〈曼殊院本〉(曼殊院)。
 ●法華経〈運慶願経〉(真正極楽寺)。
 [鎌倉時代]
 ●附法状 俊じょう筆(泉涌寺)。
 ●後嵯峨天皇宸翰消息(仁和寺)。
 ●教行信証〈坂東本〉(真宗大谷派)。
 ●入唐求法巡礼行記 兼胤筆。
 ●後宇多天皇宸翰弘法大師伝(大覚寺)。

 

コメント

観世寿夫:伝説の至芸 。 <芸能花舞台>と、<風姿花伝>

2008-11-28 22:11:00 | テレビ番組
 
 芸能花舞台 
 『伝説の至芸:観世寿夫』

 放送局 :教育/デジタル教育1
 放送日 :2008年11月30日(日曜日)
 放送時間 :午後11時30分~翌日0時15分
   http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2008-11-30&ch=31&eid=742

 <mimifukuから、一言。>

 実は、能楽については、ほとんど無知な状態です。
 能舞台を一度と、薪能を一度、観劇しているのですが、何れも向学のためにとタダ券をいただき見た次第で、能楽について述べる知識はありません。

 しかし、観世寿夫さんについては、一冊の本を通じ存じています。

 
中央公論社から昭和44年10月1日に発行された、
 日本の名著10:『世阿弥』(責任編集:山崎正和)。

 
この本の中に、観世寿夫訳『風姿花伝』が掲載されています。
 『風姿花伝』については、数多くの古典:訳書が出回り、最近でも著名な作家による現代訳本が発売されていますし、ここで紹介するまでもなく、日本が世界に誇る歴史的な名著として多くの方々が認識される、<芸能の真髄>を示した指南書の傑作です。

 私もこの『風姿花伝は、好きな著作のひとつで、4~5冊は、読んでいると記憶してます。
 その中で図書館の蔵書にあった観世寿夫さんの『風姿花伝』に出合った時、その分かりやすい説明と著作に秘められた深い真理に感動を覚えました。
 図書館で出合ったのは、8年ほど前ですが、どうしてもコレクションとして手元に置いておきたく、昨年Web上の古書市場にようやく美品(ケース・カバー付き)を見つけることができ4200円で購入しました。
 この本をWeb上以外で入手することは困難と思われますが、おそらく多くの図書館で蔵書として閲覧場以外の倉庫に保管されている可能性が高いので、ぜひ地元図書館で申請し、お読みいただくことをお薦めします。

 『風姿花伝』に表わされる芸能は、日本文化の根幹を成す伝承に通じ、
 すべての習い事の基礎になる言葉として認識していただければ、
 この著作物の真意を読み取ることができると考えます。

 まさに、伝説の役者であった観世寿夫さんの至芸を確認できるこの番組は、
 今年、没後30年に因んで放送される記念碑としてご覧ください。

 
 <伝説の至芸/観世寿夫:番組内容>
  
~以下NHKホームページより転載~

 戦後の能楽界で一世を風靡し、
 “世阿弥の再来”とまで賞賛された能楽師、
 観世寿夫(かんぜ ひさお:1925~1978)の芸と人をたどります。

 観世寿夫は観世銕之丞家の長男として生まれ、
 弟の観世榮夫(1927~2007)と共に新しい能の創造に挑戦しました。

 寿夫は「風姿花伝」などの世阿弥の伝書(芸談)類を徹底的に研究し、
 江戸時代以降、硬直化した能の姿に疑問を投げかけました。

 近代的な解釈を施した寿夫の上演は、多くのファンを呼び寄せ、
 後世の能楽師にも多大の影響を与えました。

 能楽界を代表するスターとして活躍した寿夫でしたが、
 1978年53歳の若さで病没します。

 番組では、寿夫の没後30年に因み、
 能楽師・観世寿夫が目指した伝統の継承と革新に迫ります。

 
 <放送される演目>

 *仕舞「海士(あま)」1973年放送

  ~映像資料:フランク・ホッフ~

 *能「俊寛(しゅんかん)」1976年放送 
            
 ~観世能楽堂で録画~                  
                              
 *ギリシャ悲劇「バッコスの信女」 
  (ペンテウス)白石加代子                 
  (ディオニソス)観世 寿夫

 ~東京・岩波ホールで録画~              
                              
 *能「井筒(いづつ)」1977年放送                        
                     
 ~喜多六平太記念能楽堂で録画~ 
                                                              
 
 <ゲスト>

 野村四郎(のむら しろう)  ・・・能楽シテ方観世流
 増田正造(ますだ しょうぞう)・・・能楽研究家

 <司会>

 中川 緑(なかがわ みどり)


 【 観世寿夫:プロフィール 】

 1925(大正14)年:11月12日 七世観世銕之丞雅雪の長男として生まれる。
 1949(昭和24)年:東京文理大学で能勢朝次教授「世阿弥の能楽論」を聴講
 1952~
 1957(昭和32)年:世阿弥伝書研究会。
 1962(昭和37)年:フランス政府招聘芸術留学生として、
               ジャン=ルイ・バローに演劇を学ぶ。
 1965(昭和40)年:重要無形文化財(総合認定)を辞退。
 1971(昭和46)年:<冥の会>第1回公演「オイディプス王」で主役。
              以後ギリシャ悲劇・現代演劇に取り組む。
 1974(昭和49)年:「野宮」の演技で芸術祭最優秀賞受賞。
 1978(昭和53)年:12月7日 永眠。
 1980~
 1981(昭和56)年:観世寿夫著作集(全四巻)刊行。

コメント

西教寺の紅葉 (大津市坂本:その3) ~2008年11月20日。

2008-11-27 20:15:00 | 街ネタ(写真館)

 今日が11月27日ですので、この写真を撮影してから一週間が経っています。
 (写真が小さい場合は、タイトルをクリックしてください。)
 多分、今日あたり紅葉の見頃なのかな?

 日吉大社から、北に約15分位歩くと名刹:西教寺の正門前に着きます。
 北に向かう車道の東側歩道を歩くと、時折琵琶湖の景色を楽しみながらの散歩道なのでの道中の時間も短く感じます。

 西教寺も日吉大社同様の紅葉の名所で、特に正門からの紅葉のトンネルは参道を真紅に染め絶景のシャッター・スポットですが、多くの人が訪れ、紅葉のトンネルだけをカメラに収めるのは至難の技かも?

 紅葉を撮るなら、日吉大社同様に午前~午後2時までに行かれた方が良いと考えます。
 しかし、私の行った時間は午後4時近くだったのですが、琵琶湖対岸の山々が西日に映されクッキリと撮影が出来ました。
 場所によっては対岸の山々が紅葉とリンクしたり、山門の入り口が窓絵になったり、思わぬ発見は、絶好のシャッターポイントになります。

 と、今回も、昨日に続き素人の戯言。

 正門前には、バス停留所がありますので、帰りの時間を確認して、1時間くらいゆっくりと見学したい名所旧跡のひとつです。
 

 *西教寺へのアクセス。
 http://www.saikyoji.org/access.html

 <西教寺について:ホーム・ページより転載>

 西教寺の正式名称は、
 天台真盛宗総本山戒光山兼法勝西教寺
(てんだいしんせいしゅうそうほんざんかいこうさんけんほっしょうさいきょうじ)

 聖徳太子が、恩師である高麗の僧慧慈、慧聡のために創建されたと伝えられています。
 その後、久しく荒廃していましたが、慈恵大師良源上人が復興。
 念仏の道場としました。
 恵心僧都も入寺し、修業されたところから次第に栄えるようになります。
 鎌倉時代の正中2年(1325)に入寺された恵鎮(円観)上人は、伝教大師が畢生の事業として提唱された大乗円頓戒を復興。
 その後百有余年を経た文明18年(1486)に真盛上人が入寺され、堂塔と教法を再興。
 不断念仏の道場とされました。
 以来、全国に約四百余りの末寺を有する総本山となりました。

 <関連記事>
 *日吉大社参道を歩く(大津市坂本:その1)。 ~2008年11月20日
   http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/3fc4bd48a2b7cf10be025ed8c9ce60dc

 *日吉大社境内を歩く(大津市坂本:その2)。 ~2008年11月20日
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/635661a3ed4497380c8d6c70dcbc025f


  

コメント

日吉大社境内を歩く(大津市坂本:その2) ~2008年11月20日。

2008-11-26 22:00:11 | 街ネタ(写真館)

 
 昨日に続き、滋賀県大津市坂本に鎮座する日吉大社の写真を掲載します。
 (写真が小さい場合は、タイトルをクリックしてください。)
 滋賀県内でも屈指の紅葉の名所として知られる日吉大社ですが、その境内は驚くほどの大きさで、建造物に興味のある方には季節を問わずお薦めできる神社です。
 
 もし、紅葉の写真を撮られる方には、開門~午後2時までをおすすめします。
 と言うのも西側に大きな山があり、午後も3時をまわると境内が山影に隠れ、紅葉に太陽がそそがれなくなるからです。
 ただし、安定した紅葉の色を撮りたい場合は、強い太陽の光よりも柔らかい光の方が良い色になりますので穏やかな薄曇のお昼頃がベストかな?

 などと素人の浅知恵。
 今年(2008年)の紅葉は、
 12月の第1週くらいまで楽しめると思います。
 また境内が広いので、紅葉する場所が週によって異なります。
 例年は、11月23日前後の1週間に紅葉のピークが来るようです。
 秋の京都にお出かけの方は、ぜひ足を伸ばしてお立ち寄りください。
 

 *日吉大社:境内案内。
 http://www6.ocn.ne.jp/~hiyoshi3/precinctss.htm
 
 日吉(ひよし)大社には、東西両本宮を中心に数多くの社殿が鎮座している。
 全国に3800社余りの分霊社があり、その総本宮である。
 境内には、国宝:東本宮 本殿と、国宝:西本宮本殿の他、多くの文化財が点在している。
 また、祭礼用:山王七社の神輿も展示されており、毎年4月12~15日の山王祭には勇壮に神幸する。

 <交通>

 *湖西線JR比叡山坂本駅より徒歩20分・バス5分
 *京阪電車石坂線坂本駅より徒歩10分  

 <アクセス> 

 □JR:京都駅から湖西線(普通)に乗り、比叡山坂本駅下車(約17分)

 □京阪電車:三条京阪から:京都市営地下鉄東西線(普通)に乗り、
         京阪京津線(普通)で御陵を経て、
         浜大津で京阪石山坂本線(普通)に乗り換え、
         坂本駅下車(約37分)

 <関連記事>
 *日吉大社参道を歩く(大津市坂本:その1)。 ~2008年11月20日
   http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/3fc4bd48a2b7cf10be025ed8c9ce60dc

 *西教寺の紅葉(大津市坂本:その3) ~2008年11月20日。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/704717cafaf802ebd078bf497cf6e0be

コメント

日吉大社参道を歩く(大津市坂本:その1) ~2008年11月20日。

2008-11-25 20:55:00 | 街ネタ(写真館)

 
 JR比叡山坂本駅を降りて、
 山に向かって西側へ歩みを進めると紅葉や桜の名所、
 日吉大社(ひよしたいしゃ)へと一本道(参道)
が続きます。
 (写真が小さい場合は、タイトルをクリックしてください。)

 途中、
 坂本観光案内所の前には京阪電車:坂本駅があり、
 京都の街中からの旅には便利です。

 また、
 フッと後ろを振り返ると、
 琵琶湖の景色が目に飛び込んできます。

 真っ直ぐに
 お目当ての日吉大社に向かわず寄り道すると、
 幾つかの風情漂う小道も多く、
 有名なお蕎麦屋さんに立ち寄るのも一案かな?

 フォト・スポットの多い町なので、
 時間があれば
 ゆっくりと散策したいものです。

 <関連記事>
 *日吉大社境内を歩く(大津市坂本:その2) ~2008年11月20日
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/635661a3ed4497380c8d6c70dcbc025f

 *西教寺の紅葉(大津市坂本:その3) ~2008年11月20日。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/704717cafaf802ebd078bf497cf6e0be
  
 

コメント

根拠なき独り言、 ~読む価値のないような曖昧な表現で。

2008-11-25 20:20:00 | 日記・雑記・独り言

 
 今日は、2008年11月24日(25日内容を更新)
 午前は、芦城公園にちょっと立ち寄って、紅葉狩り。
 本当は、昨日(23日)金沢に行った時に兼六園に行こうと思っていたのに・・・。
 香林坊:大和で北海道物産展をしていたので家族にせがまれ11時に着いたら既に駐車場への待ち時間。

 大混雑の中、1時間ほど買物して外に出たら、入った時にはあんなに晴れたいたのにドンヨリとして、ポツポツと雨が。
 北西には黒い雲が近づいてきており、兼六園はあきらめ。

 個人的には、11月20日に滋賀県の坂本の紅葉を数年ぶりに堪能しているので、ほぼ毎年行く、兼六園は仕方がないか?
 坂本周辺の紅葉写真は、近日公開。
 拙い写真だけど、掲載の際は、お楽しみに。
 人とは、違うカットを目指してます。(なんてね)

 今テレビで、録画した「NHK杯:フィギュア30年」と題した番組を見ているのですが、見応え充分(朗報:年末に再放送あり)。
 「このブログ記事で、皆さんに紹介しておいて良かった。」と感じます。
 時代の中での演技用の音楽の変化も楽しんでいます。
 本当に名場面集の捨て場所なしの映像の連続。

 と言って、
 土曜の夜のクィーンのブタペストでのライブを紹介できなかったのは残念。
 ボーカリストとしてのフレディの冴が最高の時代のライブだけに再放送のときは記事にしなくっちゃ。
 そう言えば、シェーンベルクの「グレの歌」も紹介できなかったのは反省。
 演奏内容もさることながら、この名曲に接する機会を紹介できなかったことは悔やまれます。

 経済で言えば、
 先週はダウ平均が8000ドルを割る大商いや、
 原油価格が一時50ドルを割ったり、
 GM他、ビッグ3の動向も目が話せない状況。
 まだまだ底が見えない現実の中、学習すべきことも多すぎて、
 いつもながらの時間の足りなさは自業自得でしょうか?


 さて、本題。
 長~く、読者してくださっている人には、この後の展開が見えますね?
 いきなり、入ります。
 
 *子供のころは、友達付き合いも良く、明るい性格で飼っていた犬をかわいがっており、小学校時代、白い飼い犬が死んだ時に涙を流した。
 その後、小泉容疑者は、野良犬を拾ってきて飼ったのだそうだが、父親は、「野良犬が吠えることや、人様にかみついたらどうする?」との不安から、保健所に電話して引き取ってもらった。
 メールに書かれている「家族」は、この野良犬の存在。

 *その「家族」を表現する報道機関に送られたメールの内容は、

 今回の決起は、年金テロではない!
 今回の決起は、34年前保健所に家族を殺された仇討ちである!
 私はマモノ(元官僚)1匹とザコ(マモノと共生しているやつら)1匹を殺したが、
 やつらは今も毎年、何の罪の無い50万頭ものペットを殺し続けている。
 無駄な殺生はするな!!!
 無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!

 *日本警察の捜査能力に疑問。
 ・私は左利きである。(吉原の妻に聞けば分かること)
 ・私は靴ひもタイプを使ってない。
 ・吉原の妻に使った凶器は山口を殺した包丁を使用した。
 ・山口の件では、最初に出てきたのは剛彦である。

 *最初から逃げる気は無いので今から自首する。
 以上。

 読売新聞東京本社に送信されたメール。
 <2008年11月24日:読売新聞web記事転載>

 また、
 <2人の自宅の住所はどうやって割り出したのか?>
 について、
 
 *吉原さん宅は、インターネットで検索することができるが、
 山口さん宅は、NTTの番号案内にも登録されていない。
 ただ、省庁関係の過去の職員録には住所の記載があったという。
 小泉容疑者は図書館など公的施設で過去の職員録を閲覧したという趣旨の供述をしているといい、警視庁は閲覧記録を確認するなど供述の裏付け捜査を進める。
 <2008年11月24日:MSN産経ニュース>

 犬か~?
 でも、そうかも知れない。

 以下は、
 「何の根拠もないし、
想像の世界なので。」
 と前置きして、

 父親が、犬を捨てていること。
 犬が、大きな声で吠えたこと。
 吠えることで近所からの苦情が来たと思えること。

 音と苦情の関係。
 音に対する執着。
 音に対する嫌悪。
 嫌悪に対する正義。

 音に対する嫌悪。
 怒鳴り込み。
 もしかして???
 小泉宅=犬の鳴き声。
 近状付き合い???
 
 1960年代生まれでの160センチの身長。
 比較的、小柄な体格、
 背筋を伸ばして、上から見下ろすように威嚇する視線。
 ウェストサイド・ストーリーでの身体をかがめて下から見上げる不良の視線。
 テレビなどで紹介される格闘技の試合前での睨み合い。
 目線。
 負けてたまるか!
 自分を正当化=コンプレックスの裏返し。

 地方での国立大学の位置。
 国立大学の合格。
 家族の喜び。
 8年間の大学生活。
 大学の退学。
 家族の失望。
 都会への憧れ。
 負けてたまるか!
 自分のプライド=コンプレックスの裏返し。

 日本の警察。
 些細なことへのこだわり。
 警察の誤り=自分を正当化。

 些細なこだわり=報道の収集。
 報道の収集=自分への報道。
 自分への報道=自分への関心。 

 自分の正当化=正義。
 自分と社会のかかわり。
 自分の信じる正義。
 社会の中での自分の位置。
 自分の正義。
 社会の中での自分の正義。

 認められたい誘惑。
 正義と犯罪。
 正当化された過去の暴力。
 自分の位置の確認。
 正当化されるべき行動。
 自分の位置の確認。
 正当化されるべき暴力。
 行動。

 行動=大衆の評価。
 大衆の評価=自分への関心。
 大衆や報道の事件への否定。
 事件への否定=自分への否定。
 行動否定と捜査の進行。
 行き詰まり。

 正当化すべき自分。
 正当化しない大衆。
 自首。

 正当化すべき自分。
 犬とのかかわり。
 犬と人とのかかわり。
 動物愛護。
 人間嫌い。

 正当化すべき自分。
 好きでありたい自分。
 好きになれない自分。
 自分への正当化の模索。
 自分の中の好きな自分。
 動物愛護。
 犯行動機のすり替え。

 犯行動機。
 本心の正義感。
 嘘の正義感。

 社会から過去の疑惑を糾弾される組織。
 報道からも疑問視され糾弾される組織。
 大衆から否定された過去の行動。

 否定された権力。
 正義感の置き換え。
 権力に対する暴力。
 自分への信認。
 正当化すべき自分。
 行動。

 行動=大衆の評価。
 大衆や報道の事件への否定。
 行動否定と捜査の進行。
 行き詰まり。

 自己否定できない自分。
 自分の存在価値=アイデンティティ。
 アイデンティティの喪失。

 喪失からの回復=執拗な抗議。
 抗議=自分を正当化。
 正当化すべき自分=コンプレックスの否定。
 自分への信認。
 孤独化する個人。
 孤立化する個人。
 自信の喪失。
 自身の喪失。
 ~誰か助けて。

 たぶん、そんな感じかな?
 社会悪の退治を自らの正義感に置き換えて行動した自分の行動が、
 社会から否定されたことで、犬の思い出を犯行動機に再び置き換えた。
 たぶん、そんな感じかな?

 もしかしたら、
 犯行メールからも読み取れるプライドの高さ(権威の誤りと自己の正当化)は、
 自分の行動が、数々の報道内容で見透かされていることからの反発が、
 犬の思い出を正当化させたのかな?

 もしかしたら、
 本当に犬の思い出が直接的な原因かな?
 それは、犬の処分を保健所に連絡した者への反発の現われかもしれないし、
 犬を処分しようと決意させた近所からの何らかの苦情かもしれない。
 さらに、後日の報道(NHKニュース)で伝えられた飼い犬チロの命の問題を簡単に取り扱った保健所への怒りが子供心にトラウマになって脳に刻まれたのも決して嘘ではないようだ。

 拾ってきた犬の命の問題。
 その取り扱いをめぐる確執。
 父に送られたと言われる手紙の内容も重要な手がかりになる様に思う。

 <2人の自宅の住所はどうやって割り出したのか?>
 は、インターネット内の情報と思っていたら国会図書館で調べたとの事。
 実は、私の家にある、大手報道機関が出している人物年鑑(上・中・下)の中にも今回襲撃された2人の方の自宅住所(略歴・電話番号等)が掲載されており、このような書籍は数種あり、意外と個人でも入手しやすいものであると考えられる。
 (セット価格17万5千円=H4年版の書籍を、私は昨年セット1500円で購入。)

 ただし、住所を調べることよりも、その2人の方の存在を知り、狙った理由(直接的な要因となった情報)が、インターネットの記事にあるのか、雑誌やテレビの記事なのか、あるいは第三者からの依頼なのかを突き止める必要があるし、襲撃する相手の優先順位をどのように選択したのか?
 (後日、自宅から近い一軒家を優先したとの報道がありました。)

 1980年代にコンピューター会社に就職した経歴は、PCにも精通していると見られ、自分が閉塞させた社会とのつながりを何に求めていたのか?

 おそらく、通信知識は豊富だったのではないか?
 ならば、もし容疑者がPCを所持しているなら、更新履歴が残っているはずなのでつぶさに調べ上げることで、趣味や趣向、行動計画を知ることが出来そうだ。 

 再び単独テロの恐怖を述べると、
 今後も増え続けるであろう
 <単独テロリズム>は、
 実行する人間と、
 実行させるように誘導する人間が、
 必ずしも一致しない可能性を考慮に入れる必要があるし、
 その相関関係もWeb上だけの見知らぬ可能性も考えられる。

 <関連記事>
 *厚生省事務次官宅での連続テロ、~許されない犯行(2008年)。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/f040b8966426411dae1b121b2625cde9

 そうならない手段は、
 就業率を向上させ、
 一人一人の国民が、
 自分の立場に納得ができる生活水準と
 自分の位置を確認できる雇用確保が不可欠で、
 そのために政治は・・・。

 う~ん。
 大変な困難が待ち受けているように感じる。

 

コメント

芦城公園の紅葉(石川県小松市) ~mimi-fuku写真館。

2008-11-24 23:32:00 | 街ネタ(写真館)

 
  石川県に住んでいて、あえて芦城公園に紅葉見物に行かれる方は少ないと思います。

 地元小松市に住んでいる方でも、
 お花見の公園として市民に愛されていますが、
 紅葉の公園として認知している方は少ないでしょう。

 同じ市内に、
 県内屈指の紅葉の名所の那谷寺がある以上、
 どうしても目はそちらに向きます。

 でも、今回掲載する紅葉の写真をご覧ください。
 (写真が小さい場合は、タイトルをクリックしてください。)
 この写真は、2008年11月24日(月曜日)。
 今にも雨の降り出しそうな午前の写真です。
 満更でもないでしょ?
 と言っても写真のマジックも使っていますが・・・。

 多分、それぞれの地域の神社仏閣の境内や、公園に隠れた名所が沢山あるんでしょうね。
 カメラをポッケに入れて、ちょっと散歩がてら自分だけの名所を探してみるのも楽しいものです。

 *那谷寺の奇岩と階段。 (石川県・小松市) 
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/0a8979ece86ded16558dac718f79c80a

 *那谷寺の紅葉。(石川県・小松市)
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/29cdcc3439b871112254346a2ddf7f0a

 <芦城公園:関連写真へのリンク。>
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/d51cb770ebea7fea54359512e790210c
 
 
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/eeda36776a938e6ae5b72bae0cecf028

 
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/641b25ddd72b70ecec6127a6425a2af3

 

コメント

<京都:茶の湯大百科 >NHK-BS hi、 ~mimi-fuku番組情報。

2008-11-23 22:32:00 | 美術・芸術・創造

 
 ハイビジョン特集  
 「京都:茶の湯大百科」  

 放送局 :NHK-BShi(ハイビジョン)
 放送日 :2008年11月23日(日曜日)
 放送時間 :午後7時~午後8時50分(放送終了)
 
*ハイビジョンで2回、BS2で1回、再放送がありました。 

 <mimifukuから、一言。>

 茶の湯(茶道)のことを日本の総合芸術と呼ぶ方々がいます。
 総合芸術としての茶の湯の意味を考えてみました。

 
日本の美術を学習する上で、茶の湯の文化なしに語ることはできません。
 また、日本に現存する多くの古美術品(国宝:重要文化財を含む)を茶の湯が後世に伝え残した事実を否定する美術史家はいないでしょう。 

 総合芸術としての茶の湯の魅力は、重なりの否定と季節の風雅。

 
 <重なりの否定。>
 紙本(あるいは絹本)でできた掛け軸。
 陶器(土)で煉られた茶碗。
 竹(草)を削った茶杓。
 銅製(金)の茶釜。
 漆器(木)で作られた棗。

 観の夜、をたいてが沸き立つのを待つ。
 で作られた棗に入った自然の恵みは、属で作られた茶釜の湯焚きを待つ。
 沸きたったお湯は、で作られた茶碗に注がれ、々是好日。
 
 すなわち、
 月、火、水、木、金、土、日を通して茶の湯を味わう。
 当時考えられていた物の根本を重ねず使用する粋こそが茶の湯に通じます。
 

 <季節の風雅>
 を演出するお道具は、
 その時々の季節に合わせ取り出され、
 季節はずれの時期には蔵の奥に眠ります。

 出番を待つ道具は、凡そ1年に一度虫干しの意味も兼ねて用の美として取り出されます。
 西欧文化のように常時出しっぱなしで鑑賞に趣をおいた美術品ではなく、季節に合わせた道具の取り合わせは、日本文化の粋の真髄と言えるでしょう。


 <空間の美>
 茶室の美を語ることも大切ですが、この場合の空間は時間と音の話。
 お湯が沸き立つ音に全神経を集中して時を待つ瞬間。

 冬の寒い夜、炉に火が入りその所作を黙して茶の沸くのを待つ時間。
 火のぬくもりを感じながら、やがてブクブクと音を立て飲む準備が出来たことを知れせる水(湯)の音を心待ちに楽しむ

 禅の精神にも通じるこの話を聞いたときには、茶の湯の奥の深さを感じました。
 音への集中。
 おそらく夏の朝には、小鳥のさえずりが耳に届くのでしょうね。
 音への集中。
 夏の湯焚きと冬の湯焚きの沸きあがる時間の違いに水の温度差を感じることでしょう。

 <思想>
 茶の湯の思想は、言葉ではなく伝習の中にあると言われます。
 その中で、千利休が残したとされる100の言葉『利休100首』。
 私の好きな言葉を2つだけ、 
 
 井口海仙著「茶人の言葉」より、

 「はぢをすて 人に物とひ 習ふべし 
 是ぞ上手の 基なりける。」
 (恥を捨てて人にものを問うて習こと。これが上手への基本になります。)

 「茶の湯とは たヾ湯をわかし 茶をたてゝ
 のむばかりなる 事と知るべし。」
 (茶の湯とは、ただ湯を沸し、茶を点てて飲むだけの事と知りなさい。)

 特に、最初の「恥を捨て…。」は、
 以前10月12日の記事で記入した<1929年:世界大恐慌に学ぶ・・・。>に登場した地元企業の社長さんから教えていただいた言葉ですが、
 「聞く恥は、一時(いっとき)の恥。聞かぬ恥は、一生の恥。」
 の言葉に通じる、私にとって最も大切な言葉の1つになっています。

 茶の湯と言う習い事の世界は、落語や能のような師匠から弟子への伝授が基本であり、いずれの社会も優れた師匠との出会いは、生涯の宝となります。

 しかし、現代の社会は、
 「聞くは恥。」
 とばかりに、なんでも自分で調べて自分勝手な解釈を施し、小さくも頑なな人間を多く作り出していますし、それが(なんでも自分の力でやり抜く事)、良いことだとの欧米から輸入された考えに支配されています。

 100人いれば100人の考えがあり、その立場や環境、生い立ちを著作物や、ましてやネット上の<意見を言う人の意見>だけを真実と思い込み、<物言わぬ真実>を知ろうとしない風潮が出来上がってしまいました。

 人に物を問うことが、人間の成長にとって最大の財産であり、
 その出会いを茶の湯に求め、
 一期一会の利休の精神を知る。

 茶の湯の思想は、こんな意味ではないかと感じます。


 <お道具>
 
「釜一つ、あれば茶の湯は、なるものを
 数の道具を、持つは愚かなり。」

 「数多く、ある道具を、押し隠し、
 無きがまねする、人も愚かな。」

 この言葉も「茶人のことば」から引用した言葉で、
 利休の言葉として伝わっているそうです。

 井口海仙宗匠の解釈として、
 茶の湯を嗜む上で、身分相応の茶を楽しむことが好ましい。
 しかし、数多くの道具を持っていながら、それを隠して道具を持っていないような顔推している人もまた、愚かだ。
 ・持たない人は、持たないなりに、
 ・持っている人は、それを十分活用して、
 茶の湯をすれば良いことである。

 つまり、
 生活の余裕がない程に放蕩三昧で道具を集める愚かしさや、
 使う目的もないのに欲求や見栄で道具を集める愚かしさと、
 『用の美』として作られた茶の湯道具を、
 観賞用や転売用に購入し、
 「もったいないから。」と使わないことは、
 同じくらい愚かなことだ。
 と、解釈すべきでしょうか?

 このことは、生活すべてに当てはまることで、
 ブランド品や宝飾品を買いあさったり、
 せっかく買ったお洋服やおキモノを、
 お手入れもしないまま着もせずに永くしまっていれば、
 その内、虫が喰ったり、シミになったり、カビが生えたりして、
 使えなくなってしまう。

 『用の美』
 必要な時には惜しむことをせず、
 不必要なものは買わない。

 多分、利休が求めた茶の湯は、
 身の丈にあった茶の湯だと感じます。

 逆に私の好きな言葉で、
 「欲しいと思ったときに手に入れないと、
 一生手に入らないものがある。」

 物を購入することは、私達の生活の潤いを与えることを否定しません。
 しかし、
 『用の美』を上手に見つけ、使い分けることで、生活の無駄をなくし、
 潤いのある人生を見つけることも大切です。
 利休の言葉は、そうした深い意味を持っていると感じられます。


 <究極の茶の湯>
 究極の茶の湯とは、習いを通じて最後に到達する自前の茶の湯のようです。
 掛け物の書(しょ)を書き、自らの手で茶杓を削り、茶碗を煉る。
 下記に記入しましたが、第79代の総理大臣
:細川護熙氏は、60歳で政治の道を引退され風雅の道を歩んでおられるようです。

 「茶の湯とは たヾ湯をわかし 茶をたてて、のむばかりなる 事と知るべし。」
 ただ一杯の茶を飲むための、お道具を自作する時間(学習)と手間(技術)。
 茶を飲むことの楽しさは、それまでの茶の湯が持つ美意識から学び、盗み取った技術を自らが実践し、最終的には自分の美意識に高める。

  利休から学んだ、
 <織部の破格の茶>や、
 <遠州の綺麗な茶>など、
 その後の、創造主の茶もまた楽し。
 その姿勢こそが、
 究極の茶の湯>に通じるようです。

 ~私は、茶の湯は嗜みませんが、美術愛好家として最低限の知識を学習しましたので茶の湯について語らせていただきました。
 書きつくせぬほど茶の湯とは奥の深いものらしく、総合芸術と感じる美意識を養うことが出来るのかどうかは、茶を飲む人の心の持ち方一つで決まるようです。
 
 この記事が、番組をご覧戴く参考になればと幸いです。


  <番組を見て感じたことを少しだけ。>

 この番組は、A~Zのアルファベット順にキーワードとなる言葉を当てはめて紹介する大百科シリーズの茶の湯編として制作されています。
 Aから順に、この記事内で紹介することは無理ですが感心したXの話を少しだけ。
 X(Extra lesson=課外授業)は、
 ノートルダム女学院の付属小学校1年生による大茶会。
 “感謝”と、”もてなし”の精神を学ぶため、
 和菓子作り~茶碗造りまでを子供達の手で行われます。
 会場の体育館で157名の子供達が一斉のお手前をする大規模なお茶会。
 ゲストは、ご両親から祖父母まで普段お世話になっている方々。
 作法からお手前まで、『おもてなしの心』を家族が感じながら、
 一同に会した大茶会は圧巻。
 子供達の感謝の気持ちが伝わる心温まる催しでした。


 <関連記事>

  *「山口智子出演、~茶の湯・初釜の楽しみ。」
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/71db969824bcce0e7fa52dbac573058b/?ymd=200801&st=0

 歴代の先祖が実際に使用し、長年子孫のためにと大切に保管されてきたお道具を通し、狭い室内で家族の結束を確かめるかのように、一服の茶を所望する所作の伝統は、家族と系統を重視する日本文化の真髄を見る思いがする。

 
  
 「細川護煕(もりひろ)~数寄の世界展」(成羽町美術館:終了
  http://www.nariwa.ne.jp/museum/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%B1%95.html

 この展覧会は、2007年5月24日~6月29日まで、
 岡山県の成羽町美術館で開催されました。
 また、
 2007年7月13日~17日まで、
 私の地元である石川県金沢市の香林坊大和でも展覧しています。

 細川護熙氏は、600年以上にわたる熊本は、肥後:細川家の18代目として1938年東京に生れます。
 新聞記者を経て政界に入り、熊本県知事から第79代内閣総理大臣へと登りつめ政治家として活躍しました。
 1998年、還暦を機に政界を引退した後は、神奈川県湯河原の工房「不東庵」で作陶に没頭しながら晴耕雨読の日々を送っています。 これまでに手がけた楽、高麗、志野、唐津、信楽などの茶陶は、それぞれに味わい深く国内外でも高い評価を受けているところです。
 本展は、陶芸作品を中心に書、漆絵など100点を一堂に展観、細川護熙氏の10年の創作活動、その数寄の世界を探ります。
 書は、熊本県知事時代からたしなんでおり、味わい深い世界を広げます。


 <番組内容:NHKホームページより転載。>

 日本を代表する文化の一つとも言われる茶の湯。
 千利休によって京都で完成され、工芸や建築、料理など、様々な要素を備えた総合芸術として、日本の伝統文化に大きな影響を与えてきました。
 京都の暮らしの中に今も息づく独特の美へのこだわりは茶の湯に始まるといえるかもしれません。
 そして最近では、日本の伝統の美に触れたい、日本ならではの美しい作法を身に着けたいと、多くの人々の間で改めて茶の湯の魅力が見直されています。

 この番組では、
 季節感を大切にする茶会の演出に始まり、
 千利休が生涯追い求めた「侘び」の心、
 精緻な茶道具を作る職人技や、
 シンプルさを極めた茶室、野趣に溢れる茶庭、
 花鳥風月を映す雅な茶菓子、
 現代建築とのコラボレーション、
 パリ・ニューヨークなど海外への広がり、
 小学生の可愛いお点前などなど、

 茶の湯にまつわる様々な事柄をAからZで始まる26のキーワードで幅広く紹介していきます。

 表千家、裏千家、武者小路千家の三千家と、藪内家という京都の茶家に揃って協力を頂いた極めて貴重な番組。
 これを見れば必ずあなたもおいしい抹茶が飲みたくなるはず。

 ▽利休の美意識 
 ▽千家に継がれた伝統・茶道具の美 
 ▽職人の技 

 【語り】石坂浩二,鶴田真由

コメント (5)   トラックバック (1)

「ナンシー・コックス:新型インフルエンザと戦う。」 NHK-BS1

2008-11-21 23:31:00 | 健康・医療・科学

 
 未来への提言
 「ウイルス学者:ナンシー・コックス」
   ~新型インフルエンザと戦う~

 放送局 :NHK-BS1
 放送日 :2008年11月22日(土)
 放送時間 :午後10:10~午後11:00(放送終了)
 (再放送は、2008年11月24日:午後1時10分より、放送されました。)

 <mimifukuから、一言。>

 今朝(11月21日)、大阪の出張先で読んだ新聞で、新型インフルエンザの記事が一面に掲載されていた。
 帰宅して、9時のBSニュースを付けたら、番組冒頭で新型インフルエンザのニュースを扱っていた。

 新聞記事では
 厚生労働省の専門部会での初期段階での感染拡大を抑制する指針。
 *感染の確認が認められた時点で、即座にその都道府県が管内する、すべての幼稚園や小中学校、高校などに対し臨時休校を求める。
 *コンサートや映画館など不特定多数が集まる施設に対しても営業や活動の自粛を求める。
 *近隣の県でも、感染者の通勤・通学状況などを踏まえ、休校などの措置を検討する。
 *閉校措置の解除については、感染状況をみながら都道府県が厚労省と協議する。
 <朝日新聞 :Web記事より転載。>
 などが記載されていた。

 夜のニュースでは、
 新型インフルエンザが大流行した場合、国は、国民の25%が発病すると想定してる。
 しかし、、国立感染症研究所が首都圏を対象に行ったコンピューター・シミュレーションの結果、この2倍に当たる50%以上の人が発病する恐れがあるという試算をまとめた。
 人と人の至近距離での接触が多い(満員電車や商業施設等のパブリック・スペースでの)首都圏(他、人口が集中している都市部)での細菌感染は避けがたく、専門家は、国の出している想定の見直しが必要だとの見解を示している。
 <NHK:Web記事より編集:転載>

 以前にこのブログでも新型インフルエンザについて記入していますが、深刻な事態想定への対処もいずれ調べて行きたいと考えています。
 丁度、新型インフルエンザの世界的な研究者ナンシー・コックスさんの番組が放送されるので、私は録画しようと決めています。
 
 とにかく、何時何処で最初の感染が起きるのか誰にもわかりませんが、
 <感染の封じ込めの手段は、政治命令による危機管理の瞬間>
 
にかかっていますし、危機管理体制のプログラムを今のうちから準備する必要性については言うまでもありません。

 パンデミックが起きた翌年以後は、有効な予防接種(ワクチン)の方法も見つかるはずですので、特に<初年度の感染封じ込め>が肝要であり、国際協調の中で空港閉鎖等も考慮に入れる必要が生じるかもしれません。
 世界の誰一人、免疫機能を持っていない不確定な病原菌の暴発を防ぐ方法は、最初の一歩の処理の適用性しかありません。
 
 新型インフルエンザについては、今後このブログ内でも大きな話題として取り上げていくつもりです。
 

 <番組内容:NHKホーム・ページより転載。>

 世界のキーパーソンに徹底インタビューする番組。
 今回は、世界的な大流行(感染爆発・パンデミック)が懸念される、新型インフルエンザと戦う著名なウイルス学者のナンシー・コックス博士(60)。
 CDC(アメリカ疾病対策センター)のインフルエンザ予防局長を16年にわたって務めている。
 今、世界中で、毒性の高い鳥インフルエンザが鳥から人に感染し、死者が出ている。
 この病原体、H5N1ウイルスが更に変異を起こし、人から人に感染する新型インフルエンザとなった場合、パンデミックによって、日本で64万人、世界全体で1億人が犠牲となるという予測もある。
 コックス博士は、新型インフルエンザのウイルスやワクチンの研究に取り組むとともに、アメリカそして世界のパンデミックを防ぐための対策を推進している。
 2006年には、タイム誌の 「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれた。
 膨大な犠牲者を出したスペイン風邪や香港風邪の被害を大きく超えることが確実視されている新型インフルエンザのパンデミック。
 それはもはや「起こるか起こらないか」ではなく、「いつ起こるか」が焦点となっている。
 被害を最小限に食い止めるには何が必要なのか、コックス博士に聞く。

 【出演】アメリカCDCインフルエンザ予防局局長…ナンシー・コックス,

 【聞き手】押谷仁(東北大教授)

 <関連リンク:番組ダイジェスト> 
 新型インフルエンザ :H5N1
   ~パンデミックの恐怖~
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/f9c1c1a11f44d3736cd17446f03b4996

 

コメント   トラックバック (1)

元厚生事務次官宅:連続襲撃事件。<2008年11月17-18日>

2008-11-19 07:45:00 | 政治・社会・時事

 2008年11月に起きた歴代厚生省事務次官宅での連続刺殺、刺傷事件。

 この事件を聞いて、1985年に起きた豊田商事事件を思い出した。 
 当時の事件は、独断的な思い込みからの正義感が生み出した刺殺事件であり、
  犯人の心情には、<天誅>の意味が込められていた。

 現在、好評の大河ドラマ『篤姫』の中での、
 
<井伊大老:桜田門外の変>の事件も脳裏をよぎった。

 今回の若い男性と見られる犯人の心の動きの中に、一連の厚生省の不手際に対する個人的な義憤の思い込みが、<誤った正義感>を自分の中に植えつけたのではないかと推測される。
 また、個人の思想(独りよがりな思い込み)が犯したと考えられる今回の事件は、おそらく15年前には考えも付かなかった手法であり、官僚組織のトップの住居(個人情報)を
個人(他人)が、容易に入手できる新しい時代の中での新しいタイプの犯罪だと考えられる。

 現時点で、この事件をテロリズムと断定することは出来ないが、これまでの組織思想が生み出したテロリズムの概念から、個人思想が生み出す防ぎようのないテロリズムへの変化は、Web2.0の誕生以後、推測された事態である。
 もし私の推測が正しければ、<単独テロリズム>の新たな時代に突入した事実を公安は認めなければならないし、不特定な媒体から社会へと流れ込む膨大な情報量と危機管理体制との新たな模索が肝要な時代なのだろう。

 いずれにせよ、今回の事件は許す事のできない卑劣な暴挙であり、犯人の一日も早い逮捕が望まれるし、逮捕後の犯人の口から聞かれるであろう、
 <如何なる理由や弁論に対しても同情する余地はない。>
 ことを私達は肝に銘ずる必要がある。
 

 <犯行のあらまし>

 歴代の厚生事務次官宅で、2008年11月17日~18日。
 本人や家族が相次いで自宅玄関で刃物で襲われる事件が発生した。
 17日の夕方、さいたま市南区で元厚生事務次官(山口剛彦さん)と妻が自宅玄関先で殺害。
 18日の夜には、東京都中野区で別の元厚生省事務次官(吉原健二さん)の妻が男に胸を刺されて重傷。

 警視庁は、殺人と殺人未遂容疑で捜査本部を設置し、犯人の行方を追っている。
 刺された吉原さんの妻の証言によると、犯人が宅配便を装って玄関に入り込みいきなり犯行に及んだ。
 刺した男は、身長:約1m60cm位。
 中肉で、30歳前後と見られる。

 吉原さんは、1988年 6月~90年6月。
 山口さんは、1996年11月~99年8月。
 に厚生事務次官を務めていた。
 警察庁は、2つの事件の手口の共通点から<連続テロ>と見て捜査する方針。
 さらに山口さん夫妻が殺害された事件でも、犯人が宅配便を装って玄関に入った可能性があることが判明している。


 <テロリズムとは何か?>

 広辞苑によると、テロリズムの語源は、テロル(Terror ドイツ語)=恐怖 ~あらゆる暴力的手段に訴えて敵対者を威嚇することの意。
 テロリズムの概念は、当初は恐怖政治と同義語。

 しかし、時代の変化につれて体制に対する反対運動と暴力により、テロリズムの言葉の意味は、体制から反体制へと逆転していく。 
 また、日本における強硬左派においての一連の行動や、アイルランドの民族運動における特定の集団による誘拐や暴力及び破壊行為は、テロリズムとして大きく報道された。

 現代では、体制や政治背景よりも宗教や思想観の相違から、一般市民を巻き込む形で行われる殺戮目的の行為全般にテロリズムの名称が使われることが多いと考えられる。
 特に、9・11以後は、攻撃目標に対しての破壊行為や、公共機関への理不尽な攻撃を含め、犯行声明のない理由の特定できない声無き恐怖の実行による圧力や、コンピューターへの不当な進入もテロリズムとして認知されている。

 さらに最近では、愉快犯を超えてサイバー・テロを利用した、ゲーム感覚としてのテロリズムや、イスラム周辺で頻繁に起きる自爆テロ等々、テロリズムの定義が、日々拡大している。
 また、今後のテロリズムは、国家や宗教や利権のみが原因で起きるのではなく、個人レベルの心の葛藤や独然思想から生まれる、単独テロリズムの台頭を視野に入れなければならない。

 <関連記事>
 *テロリズムとはなにか? ~単独テロリズムの台頭。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/97e8961de3cd8cb5e214f35a0d587451


 【追記記事:11月23日記載】

 <小泉容疑者の自首>

 *東京・桜田門の警視庁、11月22日午後9時20分。
 男が車で乗り付け、入り口にいた警察官に、「次官を殺してきた」と話した。
 男は、<さいたま市北区の小泉毅(46歳)>と名乗り、住民票を持って出頭した。
 男は、23日午前2時45分、銃刀法違反容疑で逮捕された。
 <朝日新聞:11月23日記事転載>

 *小泉容疑者が書いたとみられる『出頭予告メール』が、日本テレビやTBSなどの民放テレビ局に届いていた。
 TBSによると、メールはホームページにある番組への意見や問い合わせ用のメッセージフォームを使用。
 差出人名、問い合わせ番組名、件名の欄のいずれにも『元厚生次官宅襲撃事件』と書かれていた。
 送信時刻は、小泉容疑者が警視庁に出頭する約2時間前の22日午後7時9分。
 
 メールには、
 「今回の決起は、年金テロではない。」と始まり、
 「34年前、保健所に家族を殺された仇討(あだう)ちである。」と動機を強調。
 「やつらは今も毎年、何の罪の無い50万頭ものペットを殺し続けている。無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!」と保健所を逆恨みする内容が記されていた。
 そして終盤で、
 「最初から逃げる気はない。今から自首する」と、警察への出頭を予告している。
 ほかには、
 「2つの事件で同じ刃物を使った」と犯人しか知り得ない情報などにも触れている。
 また、事件後一部で、
 「犯人は右利き」とされた報道に、
 「私は左利きである」と“反論”。
 この事件の動機解明について、重要な証言として注目される。
 <報知スポーツ新聞:11月23日記事転載>


 【追記記事:11月24日記載】

 <父親が語る生い立ち。> 

 山口県柳井市の自宅にいた父親(77)が23日、小泉容疑者について語っている。
 子供のころは、友達付き合いも良く、明るい性格で飼っていた犬をかわいがっていたという。
 小泉容疑者は動物好きで、小学校時代、白い飼い犬が死んだ時、涙を流した。
 その後、小泉容疑者は、野良犬を連れてきて飼っていた。
 しかし、父親は、
 「野良犬が吠えることや人様にかみついたらどうする、との不安から保健所に電話して連れていってもらった」と話す。
 メールに書かれている「家族」は、この野良犬だった可能性もある。
 地元の小中高校を卒業し、佐賀大学に入学したが、8年間在籍後、中退。
 東京のコンピューター関連の会社に就職したものの、2、3年で退職。
 その後、アルバイトを転々とした。
 約13年前、地元に戻り、食品会社で3年ほど働いたが、
 「インターネットで、いい仕事が見つかった」と埼玉県に移った。
 その時から、約10年間、家族とは、音信不通だったという。
 出頭直前の22日夕、毅容疑者から
 「手紙を送った。明日(23日)昼ごろ届くから、とにかく見てくれ」と突然、電話があった。
 声が明るかったので、父親は、結婚の知らせと思ったという。
 父親は、
 「息子には自分で腹を切れ、のうのうと生きているなと言ってやりたい。遺族に対しては、何とも申し上げようがない。私の命をささげたいくらいです」と肩を落としていた。

 ~以上資料:編集転載
 *2008年11月23日:読売新聞
 *2008年11月24日:日刊スポーツ


 <元厚生次官宅襲撃事件についてのメール原文>

 今回の決起は年金テロではない!
 今回の決起は34年前、保健所に家族を殺された仇討ちである!
 私はマモノ(元官僚)1匹とザコ(マモノと共生しているやつら)1匹を殺したが、
 やつらは今も毎年、何の罪の無い50万頭ものペットを殺し続けている。
 無駄な殺生はするな!!!
 無駄な殺生をすれば、それは自分に返ってくると思え!

 *日本警察の捜査能力に疑問。

 ・私は左利きである。(吉原の妻に聞けば分かること)
 ・私は靴ひもタイプを使ってない。
 ・吉原の妻に使った凶器は山口を殺した包丁を使用した。
 ・山口の件では最初に出てきたのは剛彦である。

 最初から逃げる気は無いので今から自首する。
 とのタイトルで読売新聞東京本社に送信されたメール。(表現は原文通り)
 <2008年11月24日:読売新聞>

 <2人の自宅の住所はどうやって割り出したのか。>

 吉原さん宅は、インターネットで検索することができるが、
 山口さん宅は、NTTの番号案内にも登録されていない。
 ただ、省庁関係の過去の職員録には住所の記載があったという。
 小泉容疑者は図書館など公的施設で過去の職員録を閲覧したという趣旨の供述をしているといい、警視庁は閲覧記録を確認するなど供述の裏付け捜査を進める。
 <2008年11月24日:MSN産経ニュース>


 【追記記事:11月25日記載】

 <10人に及ぶ襲撃計画。>

 警視庁に出頭した際に乗ってきたレンタカーの車内から、家を襲われた2人を含む元次官3人分の自宅周辺の地理を手書したメモ用紙3枚が見つかった。
 また、車内からは歴代厚生次官ら約10人分の自宅周辺の住宅地図のコピー約10枚も見つかった。
 小泉容疑者は、元次官ら約10人の自宅を調べ、そのうち3人について襲撃計画を具体化していた。
 小泉容疑者は調べに、元次官らの住所について「国会図書館を利用して、職員録を閲覧した」と供述している
 同庁は、職員録で元次官ら計約10人分の住所を把握し、住宅地図を用意し、その内の3人の襲撃を具体的に計画し、下見に加えて、凶器のサバイバルナイフや宅配便を装うための段ボール箱や伝票、包装紙などを用意したとみている。
 また、襲撃した順序は、小泉容疑者の自宅から近い場所で、マンションでなく一軒家に照準を絞ったようだ。
 <2008年11月25日:朝日新聞>


  【追記記事:11月26日記載】

 <愛犬チロと、多額の借金。>

 警視庁は26日、小泉容疑者が殺傷事件を単独で計画・実行したとほぼ断定し、組織性はないと判断した。
 小泉容疑者が、山口県柳井市の父親に送った手紙にも、動機について34年前に保健所で処分された「飼い犬の『チロ』の仇(かたき)をとった」と書かれていた。
 また、小泉容疑者が多額の借金を抱えており、借金はカードローンなどを含めて数百万円。
 警視庁に出頭した際の所持金は約8万8000円で、預金残高は数千円だった。(記事:共同)
 <2008年11月26日:日刊スポーツ>


  【追記記事:11月27日記載】

 <小泉容疑者の生活実態と借金苦への道筋。>

 小泉容疑者は、佐賀大学の理工学部に進学したが単位が足りず、中退。
 知人の紹介で東京・新宿のコンピューター関連会社に就職したが、入社直後から仕事がうまくいかず、退職した。
 捜査関係者によると、小泉容疑者はエンジニアとしての自負があったが、要求されるレベルの仕事ができなかったという。
 結局、会社を5社ほど移り、履歴書では、このほとんどについて「願いにより退職」と書かれていたという。
 捜査関係者によると、2年ほど前に会社を辞めた時点では、約1千万円の貯蓄があったという。 その後は定職につかず、ネットで株取引をするようになった。
 株取引では生活は成り立たず、赤字になっていたという。
 出頭した際の所持金は約8万8千円。
 金融機関3社ほどからも計数百万円の借金があった。
 このうち100万円は、会社員をしていた今から十数年前に、神奈川県内の金融機関から借り入れ、年利分を返しただけで元本は返済していないという。
 ここ数年は「収入がない」と申告しており、住民税は免除されていた。
 <2008年11月27日:朝日新聞>

 【追記記事:12月4日記載】

 <小泉容疑者の殺人容疑で再逮捕。>

  2008年12月4日。
 元厚生事務次官宅の連続襲撃事件で、埼玉県警と警視庁は4日、無職小泉毅容疑者を殺人と殺人未遂の2つの容疑で再逮捕した。
 また、動機については一貫して、
 「34年前、保健所で殺された飼い犬のあだ討ちをした。」
 「大学に行き、官僚が悪だとわかった。」
 などと供述しているため、検察当局は刑事責任能力を確認するよう起訴前に鑑定留置を地裁に請求する方針とみられる。
 <2008年12月4日:朝日新聞>

コメント