mimi-fuku通信

このブログを通して読み手の皆様のmimiにfukuが届けられることを願っています。

暫定税率期限切についての所感。 ~3月30日、最近の話題を少しだけ。

2008-03-30 21:03:53 | 政治・社会・時事

 ず~っと、クラシック音楽の話題ばかりに集中してしまって・・・。
 今日は、少し気分を変えて。

 3月の17~18日東京にいたのですが、心地の良い暖かさで、桜もあと少しと思っていたら、今日あたり上野公園は、満開のようで。
 上野公園の満開から、5~8日後に京都の桜(ソメイヨシノ)は満開になります。
 来週の土日が見頃でしょうか?  ~行きたいな。無理だろうな?
 その約5~8日後が、大阪造幣局の桜(多種多様な)が、見頃を迎えます。
 今年も多くの人で賑わうといいですね。

 暫定税率の行方は、どのようになるのでしょうか。
 いろいろ言われていますけれど、福田さんは、辛抱強く対処していると思います。
 その、辛抱強さが、指導力の弱さにうつるのが残念です。

 4月1日から、ガソリンが安くなっても4月末頃の、衆議院での強行採決で5月のGW(ゴールデン・ウィーク)前には元の価格に戻ることが確実なのに・・・。

 民主党も意固地にならず、暫定の期限を短期間(2年程度)にして、審議を今後も続けるといった手法の方が混乱は無いと思うのですが。
 強行採決で5~10年を可決されるよりは、審議継続で1~3年の方が、民主党にとって自分達の主張が受け入れやすいような気がします。
 
 この1ヶ月間の中で、税収が不足する地方自治体の中で、予定している公共事業の一部が止まってしまった場合に起きる事態は、深刻なものになるかも知れません。
 準備のない中で、アテにしていた事業収入が不足することで、零細企業の舗装会社や、下請け業者が不渡りを出す可能性はないのでしょうか?

 勿論、ガソリン小売業種の価格設定も過熱するでしょう。
 廉価に廉価の価格競争。
 企業収益が良くなるわけがありません。

 民間人にとっては、ガソリン価格が安くなるのは嬉しいことですが、専業従事者の方々(及びその社員とご家族)にとって、憂鬱を越えて死活問題になるでしょう。
 さらに、税収に係わる公務員の方々はもちろん、一般会計や道路の事業計画を立てている部署は大変な混乱に陥るのではないかと心配しています。

 民主党のやろうとしていることは、旧社会党の「代案を持たず、何でも反対。」に見えるのは私だけなのでしょうか。
 一度ガソリンを安くして、4月末の強行採決に党を挙げて自民党の横暴を国民に問うのが、民主党の戦略でしょうが、この見え見えの手法に諸手を挙げて賛同する国民はどのくらいいるのか疑問です。

 福田さんの手法としては、暫定税率の期限切れ起きたとしても、4月末までには、速やかに衆議院で可決する旨をハッキリと国民に向かって説明した上で、やむを得ず強行採決に臨む姿勢を示すべきです。

 前回の安倍さんの時のように、数の力でろくに審議もせずに強行採決したのとは違い、今の福田さんは、我慢に我慢して、駄々っ子のような民主党の意見に耳を傾けている姿勢は、評価されると感じます。

 安倍さんのように「またかよ。」って思わせない説明をして、
 「これが自民党の方針です。」と、その必要性を国民に説くべきです。
 その説明の上での強行採決に下す国民の心証は、安倍政権の時とは違うと思います。
 真面目な対応だけでは、国民の心を動かすことはできません。
 時には、強い姿勢も見せなければ優柔不断で信用できない総理の印象に終わってしまうでしょう。

 民主党の出方としては、道路特定財源については、今後も審議を継続することで国民の理解を求め、期間短縮の主張を代案とし採決に望み、改めて今後の道路特定財源のあり方を国民に問う、といった手法で望むほうが、政党として真摯な態度にうつると考えますが如何でしょうか?
 道路特定財源に対する国民の不信感は確かですし、修正案を提示して審議を重ねることが民主党にとって最良の手段に思えますが、掲げた拳を下ろすことは難しそうですね。

 あと一日です。
 まるで、ゼネストの一日前のように感じます。


 ・・・でも、1ヶ月分の歳入不足と、専業従事者の方々の生活圏の保障の手段を民主党が提示し、責任を持って対応できるのなら話は別ですが。
 財政不足の中の財政。
 1ヶ月間だけ大勢の消費者に対してガソリンが安くなることで支払う代償がどれだけ重いものになるのか?
 それを考えることも政治です。

 そんな妙案はありますか?


 過去の記事へのリンク。
 ~暫定税率の行方~
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/4d5fd825c6733d352f3b10c38a8c6593

 

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芸術の統制と退廃音楽。 ~mimifukuの考え。

2008-03-27 21:22:15 | 美術・芸術・創造

 
 今回も、<夢の音楽堂~ベルリン・フィルのすべて>に関連した記事なります。
 しかし、今回は非常に重い内容を扱うので、読んでいて少し辛くなるかもしれません。
 mimifukuの考えは、下段青色で表示してありますので、その部分だけでもお読みください。


 番組より放送内容の転記。

 ~1934年、ナチスはフルトヴェングラーに、ヒンデミットのオペラ「画家マティス」の初演を禁じました。抗議の意味で彼は、すべての公職を辞任しましたが、後にオーケストラに戻りました。
 戦後フルトヴェングラーはこのことで、非難されました。

 証言:元チェロ奏者のアレクサンダー・ヴェドウさん

 「私はフルトヴェングラーを知っています。彼は確かに政権と折り合っていました。しかし、ユダヤ人の妻を持つ楽団員を守ったことも知っています。また、団員が徴兵されるのを防ぎました。ベルリン・フィルから戦場へは誰一人行きませんでした。団員達は皆、保護されていたのです。フルトヴェングラーは、そうやってオーケストラを守ったのです。」


 ヒンデミットは、ベルリン音楽大学の教授を務めたドイツ生まれの作曲家。
 1934年には、オペラ「画家マティス(マチス)」を作曲するのですが、ナチスに演奏を拒否されました。
 これは、ナチスが推し進める保守的な作品を作曲しなかったことに要因があり、ヒンデミットの音楽は、「退廃音楽」との烙印を押され弾圧を受けることになります。
 ヒンデミットは、1938年にスイスへ亡命し、1940年には、アメリカに新天地を求め市民権を得ています。

 退廃音楽とは退廃芸術の一要素であり、1933年にヒトラーの首相就任にともない、新しいドイツのプロパガンダ(支配政権の趣旨に沿う、偏った世論調整、意識改革、芸術統制をすることで、国家寄りの思想行動へ誘導する国家宣伝と戦略。)の下、芸術の統制を実施し、退廃した芸術と推進すべき芸術に分離されたことによります。

 推進すべき芸術として、ロマン主義や写実主義等の理解しやすく、活発で健康的な芸術をドイツ的スタイルとして励行し、これらの健全な芸術を通してドイツ的なモラルを国民に示しました。
 逆に、退廃した芸術とは、ありのままの自然や姿をゆがめる有害性を指摘し、健全なものではないと非難されました。

 ナチスが退廃音楽とみなした音楽は、ユダヤ系の作曲家による楽曲や、ヒンデミットやベルク、ヴェーベルンなどの現代音楽の作品があり、さらに大衆音楽(流行歌)全般、特にその中でも黒人の音楽として、ジャズなどが禁止されました。

 ナチスの圧力により活動が困難になった多くの芸術家は、その後に亡命したり、ナチスによって拘束されたりの運命をたどります。
 フルトヴェングラーは、1934年のオペラ「画家マティス」上演拒否事件で、ナチスと対立するものの、その後和解しています。
 一説によると、フルトヴェングラーは、1936年トスカニーニの招きにより、アメリカに亡命のチャンスがあったものの、ベルリンに残る道を選択しました。

 

 次に、<ベルリン・フィルのすべて>の放送内に、ザンデルリングさんが指揮をしたショスタコーヴィチの交響曲第8番ハ短調について調べてみました。

 ショスタコービィチには、戦争交響曲と呼ばれる三つの交響曲があります。
 1941年作の交響曲第7番ハ長調 作品60「レーニングラード」。
 1943年作の交響曲第8番ハ短調 作品65。
 1945年作の交響曲第9番変ホ長調 作品70。
 の三つですが、中でも第7番の「レーニングラード」は、日本のテレビ・コマーシャルで使用されたこともあり、ショスタコーヴィチの代表曲のひとつに数えられますし、戦意高揚のための描写音楽に文化当局も国民も歓迎し、大成功を納めました。
 (この曲も後の<ショスタコ-ヴィチの証言>により、否定されていますが、真意は定かではないようです。)

 ザンデルリングさんが演奏された、交響曲第8番が作曲されたのは1943年。
 この年は、ソビエトがドイツとの戦争で、守勢から攻勢に転じた年で、スターリングラードの攻防があり、勝利への希望が見え始めた年でした。

 1943年11月4日、モスクワでムラヴィンスキーの指揮で初演されたこの曲をショスタコーヴィチは、「根本にあるのは、<人生は楽し>である。」と述べています。
 しかし、この曲が持つ、重く、憂鬱な構成に、<人生の楽しみ>を感じる人はいないでしょうし、初演の評判も冷ややかなものでだったようです。

 次に、1945年に書かれた、交響曲第9番は、後のジダーノフ批判にさらされることのなるのですが、この小品(約25~28分)の持つ明るさや軽妙さは、戦後の民衆の精神的解放を考え作曲されたのではないかと感じますが、ソビエトの指導層が期待したのは、<勝利への賛歌>であり、ショスタコーヴィチの考える終戦とは程遠い内容でした。
 この曲は、1948年のジダーノフ批判にさらされ、公演が禁じられる事となります。

 ジダーノフ批判とは、ソビエトの文化部の指導的立場にあった、アンドレイ・アレクサンドロヴィチ・ジダーノフ(1894 -1948)が、ソビエトの文学・哲学・音楽等の、文化統制を行う目的で述べた芸術家批判で、イデオロギーの統制の一環として行われました。

 ジダーノフ・ラインとは、その統制の指標となる、芸術上の指導方針のことで、その内容は、ナチスの退廃芸術の指針と同調する部分が多く見られます。
 下記に表記するのは、ジダーノフが1948年の演説の一節です。

 「ソ連の音楽は、形式において社会主義的でなければならず、民謡的旋律を重視し、古典的遺産を尊重し、高度の技術を持って、民衆の魂にリアルに訴えて社会主義建設に向かわしめるような、根底において健全なものでなければならない。また抽象的器楽偏重を避け、標題楽、歌曲、オペラ、合唱曲、カンタータなどを重視し、その際ソ連人の優秀な歌唱能力が充分発揮できるような旋律線を持たなければならない。」
 出典:名曲解説全集/第3巻(音楽之友社・昭和54年発行))

 

 【mimifukuの考え。】

 
 芸術の統制と退廃音楽。
 なんとも重い内容のテーマになります。
 まず、言葉の検証から始めましょう。

 芸術とは、広義に、「創造性のある自発的な表現。」と考えられます。
 統制とは、「一定の計画に従って、制限や指導を行うこと。」(広辞苑より)
 退廃とは、「不健全な気風=気質や気性。」(広辞苑より)

 この言葉に従って、<芸術の統制>と<退廃音楽>を言い換えると、
 芸術の統制とは、
 「創造性のある自発的な表現を、指導的立場にある集団(体制)が制限を与えること。」

 退廃音楽とは、「不健全な気風を生み出すと考えられる音楽。」となります。
 
 言葉の中にある「不健全」とは、「その時々の体制にとっての不健全。」であり、
 芸術統制とは、「指導体制にとって、都合の悪いものの排除。」と考えて差し支えないでしょう。

 もちろん、芸術統制は、言論統制や、思想統制にもつながるのですが、今回は、音楽に論点を置いているので、そのことには触れないでおきます。

 退廃芸術とは、「不健全で国家の秩序を混乱させる創造表現。」とされ、
 推進すべき芸術(ナチスにとって)とは、「国家が目指すべき健全な芸術表現。」と仮定します。

 では、国家にとって健全な芸術とは、如何なるものでしょうか?

 既述しましたように、ナチスにとっての推進すべき芸術とは、
 「ロマン主義や写実主義等の理解しやすく、活発で健康的な芸術。」
 逆に、退廃した芸術とは、
 「ありのままの自然や姿を、ゆがめた形で表現した芸術。」

 つまり、推進すべき芸術は、これまでの技法や表現を踏襲した、目に見えた物をそのままに写生するような誰が見ても理解ができる美術表現(写実主義)や、耳に心地よいと感じる調和(調性)のとれた音楽表現。

 さらに説明を加えれば、ナチスにとっての推進すべき芸術表現とは、「親しみやすく、記憶しやすい表現。」であり、その芸術表現は、「市民が芸術を鑑賞する際に、創作者は対象を単純化(実写的)することで思考の多面的な働きを阻害し、ひとつの答えに辿り着く表現。」となります。

 絵画では、印象派以後(1870年頃)のほとんどの新しい様式や技法が否定され、
 音楽では、後期ロマン派以後の音楽が退廃の対象になったようです。
 (と言うより、ナチスの場合は、ヒトラーお気に入りのワーグナー以後と考えた方が覚えやすいと思います。)

 音楽の発展にしても、美術の発展にしても、抽象的な表現や、実験的な技法の発達がその後の、文化的な潮流を決定付けていくのですが、ナチスの目指した単純な芸術表現は、思考の偏りを目的にしたものだと考えられます。

 事実、文化的な思考水準を青少年の教育に制限したことで、ヒトラーユーゲントを生み出しやすい環境を整備したのではないでしょうか。

 <心の迷いは不健全な思想を生み出す。>

 この言葉こそが、ナチスの目指した思想であり、戦争に突入していくその後のドイツの運命を左右します。

 ナチスの推進する言葉の逆説として、ジグムント・フロイト(1856-1939)の精神分析学を挙げることもできるかも知れません。

 <心の迷いを追求していく、心理学と呼ばれる学問。>

 精神分析とは、フロイトが推進した、無意識と行動の関連を観察し、曖昧な人間の心理状態を解明することで、現代の心理学の礎を築いたと言えます。
 しかし、ナチスの政策方針は、曖昧を排除することから始めました。
 ナチスにとっては、市民感情に渦巻く複雑な思考は、排除すべき対象であったと考えられますし、その思考誘導がなければ、優秀なドイツ国民が人権の迫害を支持するとは考えにくと思います。
 
ユダヤ人のフロイトは、1938年ナチスの手から逃れるためにロンドンへと脱出、亡命しています。


 次にジダーノフ・ラインは、どうでしょうか。

 「ソ連の音楽は、形式において社会主義的でなければならず、民衆の魂にリアルに訴え、社会主義建設に向かわしめるような健全なものでなければならない。また抽象的器楽偏重を避け、歌詞が付随した声楽曲であることが好ましい。」

 ナチスと大きな隔たりはなく、抽象的表現を嫌う内容になっています。

 ソ連邦における検閲や、行動制限は、戦後も常軌を逸したものがあり、特にスターリン時代は、政権の権力維持のため、あらゆる制限や抑圧を国民に与えた恐怖政治だったと伝えられています。

 そうした中で、ソビエトの作曲家達や芸術表現者達は、国家のプロパガンダに沿って作品をつくり続けなかればならず、大きなストレスを感じていたことでしょう。
 また、ジダーノフ・ラインの中で、器楽曲よりも声楽曲を推進したことは、音楽の持つ感情表現の意味づけ(言い逃れ)を嫌ったことと推測できますし、発言を読む限り、ジダーノフ自身は、芸術の善し悪しを判別する知的文化水準を有してはいなかったように感じます。

 このように考えていくと、芸術の統制の目的は、<心の迷いを立つ>ことに主題が於かれていることに気が付くでしょう。
 それは、ナチスの場合、<人を殺すことに対する迷いを立つ事。>につながったとする見方は、歴史の検証から不自然ではないと思います。

 抽象的な音楽表現は、作曲技術が伴わなければ、ただの自己満足表現に過ぎないでしょうし、抽象表現を好む人は、現在でも少数派に過ぎません。
 しかし、芸術と触れ合う時にいつも、心地の良いものだけを求めていたのでは、知的欲求の変化を自分に望むことはできないのです。

 以前に記述した、マイルス・デイビスの記事の中で、

 
「スタイルの変更(革新性)とはあくまでも、拘束(形式)からの解体と、再構築(新たな形式)を秩序を持って行うことであって、無秩序への移行ではない。無秩序な音楽とは混沌に過ぎず、やりたいようにやると言った音楽は否定すべきものだ。」

 この文書は、そのままナチスが否定した、ユダヤ人のシェーンベルクや、オーストリア人のベルクやヴェーベルンが切り開いた、新ウィーン楽派と呼ばれる無調音楽および十二音技法を駆使した現代音楽の新しい様式美への流れに置き換えてみても通用する言葉だと感じます。

 人間の心の発達にとって重要な抽象という概念は、芸術家にとって多くは経験に基づく実験です。
 抽象とは、鑑賞者にとっては、<心の迷い>に見えますが、制作者にとっては、<断定すべき実験>、あるいは、<確信に満ちた創造>である場合が多いようです。


 有名なパブロ・ピカソに代表されるキュービスム(キュビスム)や、アンリ・マティスの平面的な絵画表現も、既述のマイルス・デイビスの表現技法の中に読み解くことができます。

 勿論、マイルス・デイビスの音楽は、先人の知恵に基づいて行った音楽行動であり、実践した者のみが語ることのできる言葉として認識すべきです。
 (マイルス・デイビスは、ジュリアード音楽院で学んでいる。)

 取り留めのない文書になりましたが、芸術表現の可能性や追求に退廃はないと考えます。
 ただし、過激な暴力描写や、犯罪を誘発するような芸術表現があるとするなら(商品としては、巷に氾濫していますが・・・。)それは、自主的な制限が必要となるでしょう。

 また、芸術を批判することは、言論の自由の中で許可されていることも真実です。
 過激にならず、しかし、慎重に、現代表現を検証することは、鑑賞者の勤めでもあるでしょう。


<補足>

 *ヒンデミットの代表作:交響曲「画家マティス(マチス)」

 オペラ「画家マティス」から、前奏曲と、いくつかの場面を三つの楽章で構成し、オーケストラ用にアレンジした作品で、1934年フルトヴェングラーの指揮で初演されています。
 オペラの表題の画家、マティスは、ピカソと並ぶ著名な現代アートの巨匠、アンリ・マティスの事ではなく、中世期のドイツの画家、マティアス(マティス)・グリューネヴァルトを指し、彼の物語をヒンデミット自らオペラの台本を書き作曲したものです。
 (マティアス・グリューネヴァルト=Matthias Grunewald (1470/80-1528) は、ドイツ・ルネサンス期の画家。)


 *ショスタコーヴィチの証言

 ショスタコーヴィチの証言は、1979月にソロモン・ヴォルコフ氏の著書として、アメリカで出版され、日本では、水野忠夫さんの翻訳で1980年に中央公論社より出版されました。
 ショスタコービィチの妻であった、イリーナ未亡人は、証言の内容に、
 「ともに生活した者として、受け入れることはできない。」と否定し続けました。
 その著書の信憑性については、現代も議論の統一を見ていないようです。

 
 *新ウィーン楽派と、ヘルベルト・フォン・カラヤン

 アルノルト・シェーンベルク (1874年 - 1951年)
 アントン・ヴェーベルン ( 1883年 - 1945年)
 アルバン・ベルク (1885年 - 1935年)

 新ウィーン楽派は、シェーンベルクが弟子のベルクやヴェーベルンと共に築いた新しい音楽技法を追求した作曲様式の学派(楽派)。

 調性による制限の中での創作に限界を感じていたシェーンベルクは無調に創作の手がかりを模索しました。
 しかし、無調表現では、音楽の進行性に統一感がなく、理知的な音楽を創造することに無理を感じたシェーンベルクが、新たに生み出した音楽技法こそが十二音技法です。
 十二音技法のアイディアは、ヴェーベルンが師に先立ち試みたとされています。
 シェーンベルクは、1933年ナチスの迫害を恐れ、パリ~ボストンへと亡命しています。
 
 ドイツ人である、ヘルベルト・フォン・カラヤンは、1972-1974年に、新ウィーン楽派の音楽を録音に残しています。(新ウィーン楽派管弦楽作品集)
 この演奏は20世紀音楽の最高の遺産として、今日にも語り継がれる名盤です。
 興味のある方は、お聴きください。

 シェーンベルクの「浄夜」作品4以外は、メロディを覚えることは至難ですが、美しいフレーズや音階、何よりもベルリン・フィルの最盛期の演奏が堪能できると感じます。
 ベルクの「3つの管弦楽曲」作品6やヴェーベルンの「管弦楽のためのパッサカリア」作品1の、ブラスの響きも最強のオーケストラの面目躍如。
 シェーンベルクの「管弦楽のための変奏曲」や、ヴェーベルンの後期作品は、現代音楽に通じるテキストとして、鑑賞してください。
 mimifukuのお薦めは、「浄夜」と、「叙情組曲」。
 
 弦楽合奏に編曲された「浄夜」は、20世紀の音楽の中で最も美しい調性を持つ楽曲の1つで、特に第4曲~第5曲の旋律の進行は、天の仕業に思えます。

 退廃音楽の烙印を押された、新ウィーン学派の音楽。
 クラシックに親しんだら、いつかは経験してみてください。
 お楽しみいただけると思います。

 

 <関連記事へのリンク。>

マイルス・デイヴィスの記事へのリンク。
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/978dffef9266c6cf399d3bec704c4a85

ベルリン・フィルのすべて ~mimifuku的評説。
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/d0121593feab40d4bf4a046b6e2d3c81
 
 

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ベルリン・フィルのすべて ~つづき~ mimifuku的評説。その2

2008-03-23 00:41:58 | クラシック・吹奏楽

 
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/d0121593feab40d4bf4a046b6e2d3c81 
←のつづきです。 

 
 ホントに書きたいことの山です。
 ザビーネ・マイヤー事件についても、私達が入手している通説とは違うようです。
 
 <ザビーネ・マイヤー事件とは?> ~1983年に女性の若手クラリネット奏者、ザビーネ・マイヤーさんの入団を巡り、カラヤンとベルリンフィルの団員と対立。
(当事のベルリン・フィルには、男性団員のみという原則があった。)
 カラヤンの尽力によって、一度入団したマイヤーさんは、この問題の深刻化を嫌い自主的に退団。

 とされていますが、ドキュメンタリー「ベルリン・フィルの栄光の歴史」の中で、1982年にバイオリン奏者として、女性のマデライネ・カルッツォさんが最初の女性楽団員として採用されているとされています。
 マイヤーさんの事件が1983年とすると、1982年の女性楽団員の入団は、多くの日本版の資料の記述の間違いを指摘しているようです。


 番組によると、ベルリン・フィルの楽団員の採用方法には、他のオーケストラとは違った特徴があり、民主的な方法で楽団員を決めます。
 まず、入団希望者を募り、パートごとに実技オーデションをした後、仮採用を決定。
 2年位の楽団員としての試験採用の後、オーケストラ全員で採決し、本採用が決まります。
 楽団員以外には、団員採用の決定権はなく、<帝王カラヤンの問題点>は、マイヤーさんが女性であることよりも、楽団員の許可を得ず採用を推進したことにあるようです。

 また、小澤征爾さんとのリハーサル風景も特徴的で、小澤さんの細かい指示に要領を得ず、コンサート・マスターの安永さんが率先して、何通りかのパターンを弾いて、小澤さんの真意を確認後、要件を取り纏め、楽団員に明瞭に告げるシーンがあり、リハーサル時での音楽表現の意思疎通が楽団員の側からも図られることに驚かされました。

  土屋さんもカラヤンが独裁者かどうかの意見を求められた折に、「楽団員に要求することはあっても、命令することは決してない。ただし、カラヤンが最初に言ったことに理解を示さなかったメンバーもリハーサルが進むに連れて、カラヤンの正しさに気付くことが多かった」と語られています。

 ベルリン・フィルの優位性は、楽団員の自主性を重んじる体質にあるようです。
 想像ではありますが、創立時のエピソードに、在籍していた楽団の体質に不満を持ったメンバーが集団で独立した時には、現在の楽団員による自主的な体制の基礎が出来上がっていたのではないでしょうか。
 体制にオンブするような集団組織であれば、現在の栄光はなかったと感じます。

 
 土屋邦雄さんの話をもう少し。
 アナウンサーの高橋美鈴さんが、「ベルリン・フィルにヴィオラ奏者として43年間の在籍期間。」と紹介したところ、遮るように、<42年と5ヶ月と1日>と訂正。
 (ただし、そのことで番組はピリッと引き締まりましたが。)
 人差し指を相手に突き出し話しかける仕草は、日本人にとっては威圧的にも見えますし、パブリック・スペースでの頬杖も、お行儀が悪いように感じます。

 でも、土屋さんはドイツ人と考える方が正しいようです。
 曖昧な論説を好む日本人に対して、議論することが好きなドイツ人。
 前回にも書きましたが、モノ造り(ハード&ソフト)には徹底して合理的で機能的な性質を持つドイツ文化は、国民の性格から生まれたものでしょう。

 よく日本人とドイツ人は似ていると言われますが、それはマイスター制度と職人制度が確立されていた時代のことで、現代の日本人は昔ほど質実剛健ではありません。
 おそらく、ドイツ人の若者もグローバル化と、アメリカの映画や音楽による流行思想(日本のアニメも入るのかな?)の受け入れ等によって、頑固な性質も薄れているのではないかと思われます。
 
 土屋さんの断定的な論法と、それに反して、吉松さんの論法に違和感を覚えると口を噤み余計なことは言わない姿勢は、興味を覚えました。
 おそらく、ドイツ人との会話術ってあんな感じ何でしょうね。
 それと、会話表現の特徴は、土屋さんの世代とも関係があると思います。
 近年に日本のコメンテーターって、人の様子を伺いながら、相手の出方に合わせて会話を進める人が多い気がするけれど、何を問われても、自分のことを話す時は相手に合わさず正直に答える。
 新鮮でした。
 それと、ベルリンの壁の話は勉強になりましたし、経験者の確かな言葉は貴重です。

 土屋さんの話で面白かったのは、歴代の巨匠達の話。

 ベームの若い頃には、指揮の途中に混乱することがよくあった。
 年歳を重ねるにつれてイイ指揮者になっていった。

 クライバーは指揮者としては、全盛期のカラヤンに匹敵するエネルギーを感じたが、クライバーはベルリンが嫌いだった。
 また、クライバーと二人で話をした時の事にふれて、
 「ベルリンの、日本メシ(日本食)の美味い店を教えてくれ。」

 バーンスタインは、一度だけのマーラー。
 「マーラーの第9番って、バーンスタインが振るまで、あれほど悲痛な曲とは考えていなかった。バーンスタインはリハーサルから泣いてるんだから。・・・以後、ベルリンでもマーラーの第9は、イイゾと、注目するようになった。」


 このバーンスタインが演奏した、1979年のマーラーの第9交響曲ニ長調は、通説では、一期一会の感動の名演奏との評価を得ている名高い録音(ライブ)ですが、一説では、ベルリン・フィルのメンバーが、バーンスタインの要求に辟易していて、やる気を失くしていたとの説もあります。

 また、「以後注目するようになった。」の意味は、その後にカラヤンが、1979~80年にスタジオ録音。
 その後1982年にライブ録音を試みており、1982年のライブは、ベルリン・フィルのオーケストラとしての精度が最大限に発揮された演奏として評価されています。
 しかし、この演奏もマーラーの持つ <死への精神性=死の恐怖との対峙> が欠如しているとの指摘もあり、この2人の大巨匠による、第9交響曲の演奏を聴き比べてみると、クラシック評論の限界点や問題点が見えてくるかも知れません。

 ベルリン・フィルは、その後アバドと1999年に、マーラーの第9交響曲を録音しています。
 2008年3月、ラトルの新盤も発売されています。
 どのような響きを聴かせてくれるのでしょうか?
 私の愛聴盤は、カラヤンの82年盤の耽美主義に徹した、極上の機能性と音の美しさが一番で、バーンスタインの85年盤(コンセルトへボウ管弦楽団)が二番です。

 つづく→ http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/ca20e20b25e79a321d53b14df1ffb774


作曲家・吉松隆のブログへのリンク。
http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2008/03/bs_hi_ffb1.html

http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2008/03/nhk_bs_hi_f493.html

 

番組を見られた方々のブログです。
http://blogs.yahoo.co.jp/takashidoing0826/52438701.html

http://yohirai.asablo.jp/blog/2008/03/23/2816860

http://egg2006.blog.so-net.ne.jp/2008-03-21#more

http://andantin.exblog.jp/7566532/


 

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夢の音楽堂/ベルリン・フィルのすべて ~mimifuku的評説。

2008-03-22 00:40:49 | クラシック・吹奏楽

 ふ~、楽しかった。
 4日間位に分けて見ようかと思っていたんだけれど、2日で見てしまった。

 何から書こうか?
 やっぱ、土屋邦雄さんでしょ。
 風貌からして、頑固な職人さんタイプ(ドイツのマイスター)。
 まったくテレビを意識していない語り口や姿勢は、ドイツ仕込なのかな?
 もしかして、FM放送向き?
 でも、もっと一杯話が聞きたかったな~。

 当初、タイム・テーブルで放送時間と演奏時間のバランスを見て、バラエティ色が強いトークが続いたら嫌だなって思っていたのだけれど取り越し苦労でした。

 とにかく、経験に勝るトークは、ないですね。

 フルトヴェングラーの映像が映った際に、土屋さんが入団した当事のメンバーが多く在籍していたらしく、子供のように画面を見ながら大騒ぎだったらしい。
 ~と高橋アナウンサー談。

 で、「カラヤンも苦労されたんだよね。」と回想したあと、当事の楽団員(古参のメンバー)たちが、カラヤンとの演奏が終わるとフルトヴェングラーと比較して、土屋さんにベートーヴェンのテンポの揺らしは、ああだ、こうだ、と批評を求めてきて困ったなんて話は、・・・そういえば、そんな著書もありましたよね。

 演奏を言えば、フルトヴェングラーの「ティル」は、50年代の録音では無理がありますよね。
 R・シュトラウスの音楽は、物凄く複雑なオーケストレーションがあり、解像度の求められない録音では、メロディ・ラインを聴くことで精一杯。
 でも、土屋さん。
 「この指揮は見やすいね~。これだったら、迷わず演奏できる。」
 はぁ?
 土屋さんと吉松さんとの会話では、フルトヴェングラーの指揮は、感覚的でオーケストラが判断を誤ることも良くあり、その迷いが緊張感に繋がり、名演が生まれたとか。
 それと、フルトヴェングラーの話で、感心したのは、ベルリン・フィルの「ドキュメンタリー番組~ベルリン・フィルの栄光の歴史」の中で、ナチスとの関係に於いて、ある程度、服従することでオーケストラを存続させ、そのためにオーケストラ・メンバーの中で、徴兵されたり、戦場に駆り出された者はいなかったとのことで、オーケストラ・メンバーにとっては、フルトヴェングラーは<命の恩人>だったのだろう。
 そのことで、恩義に感じている古参のメンバーは、カラヤンの能力を素直に認めたがらなかったのかな?と、そんなことを感じた。

 ・・・時間との戦いやね。書きたいことが次から次へと湧き上がる。

 
 次にカラヤンの映像を見て、土屋さん曰く、
 「アレは良くないね。今度カラヤンの墓に行ったときに言っときますよ。」
 あれってのは、映像表現。

 確かにカラヤンの作る映像は、一本調子で、均一的。
 映像を見ればすぐに判るんだけれど、カラヤンの性格は整理整頓されていないと嫌なタイプ。
 潔癖症やね。

 でも、カラヤンの映像を見ていて感じるのはドイツ・デザイン。
 (ただし、カラヤンはオーストリア人。)
 バウハウスのイメージが強いドイツ・デザインは、<機能的で無駄を省いたスタイルや意匠が特徴>と言われているけれど、ドイツのデザインは、ポルシェやベンツを見ても感じるんだけれど、構造上、意味のない華燭を排除するスタイル。
 と言って、無骨にならないような最低限の美しさを求めているのが特徴。
 言い換えれば、大切なものの順位が、自動車の場合、時間と速度の関係の重視と、その速度が持つ危険に対する安全性。
 その事を第一に考えて、デザインを作る。

 イタリア車のようにデザインのために、何かを犠牲にすることはありえない。
 つまり、デザインの持つ意味づけの優先順位がヨーロッパの中でも民族によって異なる。
 そのため、美術表現をみてもフランスやイタリアと比較して、ドイツ絵画はどこか硬さがあり、美術表現に説明的性質が見られる。

 昨日の夜、ナチスに弾圧されたパウル・クレー:<スイスのベルンに生まれ、ミュンヘンの美術学校で学ぶ。デュッセルドルフ美術学校で絵画を教えていたが、ナチスからの強い圧力を感じ帰国。クレーの作品100点余りがナチスに没収され、1937年の「堕落美術展」(絵画技術を要しない感覚的な抽象美術を否定する目的で開催された=国民の意思の高揚と怠惰的な表現の排除=芸術統制)に展示された。>のハイビジョン・スペシャルが再々放送されていたが、ドイツの合理主義や現存主義の思想は、ナチスだけではなく、ゲルマン民族に脈々と流れるものなのだろうか?
 また、ドイツ人の宗教思想に新教徒が多いことも、現実主義への傾倒に関係があるのだろうか?

 カラヤンの考える映像表現に於ける美意識は、まるで建築の設計図面のように説明的で、映像がもたらす抽象的表現は自らの目指す音楽表現と相容れることがなく、カラヤンにとって許されないことだったのだろうし、そうしたカラヤンの美意識は、裕福な貴族階級の家柄で生まれ育った、子供の頃からの生活に中で染み付いたものなのかも知れない。

 ・・・と書くのは、4月5日の「まるごとカラヤン」に向けてのmimifukuの布石。

 話が、変な方向に行ったみたいですね。
 このペースで書くと明日の朝までかかってしまう。
 そのくらい、多くのことを感じる番組でした。
 キリがないのでやめますね。


 音楽の事をちょっとだけ。(真面目に)

 小澤さんの「悲愴交響曲」は、先日の「幻想交響曲」と並ぶ、小澤さん屈指の名演奏でした。
 カラヤン生誕100年の記念コンサートでの演奏ですが、カラヤンさんの供養に最適の演奏でした。
 最近の小澤さんは「幻想」の時も感じたのだけれど、弦楽器の揺さぶりを効果的に用いて音楽表現の深みが増している感じです。
 3楽章の機能性も優れていますが、解像度の高い4楽章の表現は絶品。
 土屋さんも安永さんも言っていましたがタクト・コントロール(棒さばき)は、現在活躍する指揮者の中で世界最高かも。

 
 アバドさんの「レクイエム」も断片だけの放送でしたが、全曲聴きたくなりました。
 2001年の復帰コンサート(アバドさんは、200年に胃癌手術を受けている。)で「レクイエム(死者の為のミサ曲)」の選曲は、どうなの?って思うけれど近年の指導的な活躍は、死を意識した者の、生への感謝なのでしょうか。
 悲痛でもなく、耽美でもない、新境地の純音楽としてのマーラー表現は感嘆。
 (3月のウィーク・エンド・クラシックは、アバドの特集でした。)


 ヴァントさんの音楽表現は、予想通りに私の耳には届きませんでした。
 いくつかのヴァントさんのブルックナーをCDで聴いてはいますが、特筆すべき演奏ではないように思います。
 決して高いオーケストラ・コントロール能力があるようには見受けられませんし、表現も平坦に聴こえてしまいます。
 私の好みは、シューリヒト(61年録音)の快速な中にもストーリー性を持たせた演奏や、ジュリーニ(88年録音)のゆったりとしたテンポの中で壮大にオーケストラを響かせた演奏なのですが、・・・う~ん。
 私の耳では、プロの批評家の皆さんの評価が過大すぎるような・・・。
  あるいは、私は未熟者?


 ザンデルリンクさんのショスタコーヴィチの8番は、コミュニケーション不足というか・・・?
 ベルリン・フィルの持つ高性能な機能性を封印したような演奏は衝撃でした。
 「これがショスタコービィチの音楽だ。」と言われてしまえばそれまでですが、ショスタコービィチの音楽が持つ、独特の木管楽器の表現に表情がなく(慣れない曲の上に早いパッセージを要求される曲のために、楽団員が楽譜を食い入る様に見る姿が印象的)、時に悲鳴のように表現される強い弦楽合奏も曖昧に聴こえてしまいました。
 しかし、これはあくまでも、私が持つショスタコーヴィチのイメージです。
 映像を見ずに、連続して他の指揮者と比較することなく、音楽だけを純粋に聴けば、悲痛なショスタコービィチ表現の極みとして聴けたかも知れません。

 
 もう、0時40分。寝なきゃ。

 もっと書きたいですが、キリがないですね。

 最後に土屋さん、吉松さん、ありがとうございました。
 好田タクトさん、楽しかったですよ。
 高橋美鈴さん、ご苦労様でした。
 


<補足3月22日 朝>


 チャイコフスキーの悲愴交響曲(1893年)をカラヤンは、1939年から1984年までの45年間に7回の録音を残しており、カラヤンのライフワークのひとつでした。
 その曲をカラヤンさんの弟子であった小澤征爾さんが記念演奏会で演奏したことに、ベルリン市民は大いな感慨を持って接したことだと感じます。


 ブルックナーの交響曲第9番(1989-1894年頃~未完成)は、ブルックナー最後の交響曲。
 吉松さんが曲の解説をされていましたが、ブルックナーは教会でのオルガン奏者であり、作曲をオルガンで行っていました。
 そのためブルックナーの音楽を演奏する場合に、ピアノのアタックから消えていく音と異なる、オルガンの平坦な残響を考慮して演奏する事が望ましい。
 ・・・どこかで聞いたような一説ですが。
 この解釈に基づくと、ヴァントさんの演奏スタイルは生きてくるんですよね。
 クラシック特有の注釈を必要とする鑑賞法。
 私にとって、ヴァントさんの演奏スタイルは、そんな感想です。
 決して悪い演奏ではないと思いますが、まだまだ鑑賞者として未熟者ですので、私には、この日の演奏を諸手を挙げて賞賛すべき理解力を有してはいないようです。


 ショスタコーヴィチの交響曲第8番(1943年)は、第二次世界大戦の真っ只中に作曲された「戦争交響曲」。
 この曲の解釈も、発表当時の演奏会後のショスタコービィチの発言は、「楽観主義的で肯定的な作品=社会主義リアリズムの要請」であると、ソビエト政府(当局)に弁明していたものの、後の<証言>において「悲劇に捧げる墓碑」であることを表明。
 聴いていて、どうにも辛くなる重い内容の曲として解釈すると、ザンデルリンクさんの表現法は正しいと言えます。
 この曲も吉松さんが解説されていましたが、「貧困と抑圧にあえぐソビエトの演奏家達が、寒さに震えながら悴む指でゴリゴリと演奏する姿を思い浮かべるとこの演奏の美しい響きに抵抗を覚える。」
 う~ん。
 考えすぎのような気もしますが作曲家の方の視点には興味を持ちます。
 私は、ハイティンクのCDとバルシャイのCDを持っていますが、ハイティンクの演奏はスマートで木管表現などはおどけた感じの箇所もあり、バルシャイのCD(廉価版全集)は、3楽章の終結部で銅鑼を強調する事で、曲の持つ戦争の意味付けにドラマ性を与えています。
 私的な感想ですが、この曲の2~3楽章は好きで、時々取り出して聴く事がありますが、バルシャイの演奏を初めて聴いた時に、3楽章のヴィオラだけで奏でるメロディは不安の動機で、もう1つの単純化され次々と楽器を替え登場するタ~タン、タラータン、と鳴り響く音節は悲鳴や心の叫びのように感じました。
 また、ダン、ダダン、と金管の強奏や、打楽器の強打は、爆音。
 そして、追い立てられるように不安は高まり、大音響の中で不安と悲鳴が交錯し、打楽器群の強打で、一瞬の静寂。
 そして、第4楽章では、祈りと葬送へと続きます。

 ただし、3楽章は行進曲風に仕立てられているので勇壮に演奏すれば勝利の行進にも聴こえますし、中間部のトランペットと小太鼓の軽快な音節は、騎兵隊の登場シーンに使用されるような、アメリカ音楽の影響を感じます。

 そうした、ショスタコーヴィチの持つ音楽の屈折した部分(本心の探求)が、有名な交響曲第5番の第4楽章の<勝利>か、<強制>かの議論につながるのでしょう。
 (バルシャイの演奏は、吉松さんのイメージに近いような気がします。)

 音楽に対する指揮者の解釈や表現も色々あって、また聴き手の音楽に対するイメージ(演奏者への信頼、作曲時の歴史背景、作曲者の生涯と表現音楽との同調性等)も様々で、何が正しく、何が間違いと断定することはできません。

 全く同じ、1つの演奏に100の聴き方がある。
 だからクラシック音楽を聴くことは、面白いんですよね。



つづく→
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/5f2772e3498bd5ef10d7c1faea8b9fd8

 
関連番組へのブログ内リンク。

「夢の音楽堂:ベルリン・フィルのすべて。」
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/c2d870b083488b30f7593657fe02881f

「まるごとカラヤン、~生誕100周年記念・その人と音楽大全集~」
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/b18e9316c7406b09006bff7a899181d7

小澤さんの幻想交響曲について
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/7035bf9deaf7b05481b27545ed669ed2

 

コメント

東京ガールズ・コレクション2008春夏 ~mimi-fuku番組情報。

2008-03-19 23:12:59 | テレビ番組


 
TOKYO REAL FASHION 2008春夏
 ~東京ガールズコレクション~
 
TOKYO GIRLS COLLECTION '08S/S>

  放送局  :NHK BS2
  放送日  :4月13日(日)
  放送時間:午後4時~午後6時(放送終了) 

  放送局  :NHK hi(ハイビジョン) 
  放送日  : 3月30日(日)
  放送時間:午後10時30分~午前0時30分 (放送終了)


 <mimifukuから、一言。>

  「東京ガールズコレクション」は、
 <日本のリアルクローズを世界へ>をテーマに、
 2005年から春と秋の年2回のシーズンに分けて催されている、
 国内最大のファッション・イベント。

 2008年3月15日(土)に行われたイベントの模様が今春もBSで登場。

 会場では、
 ファッション雑誌やテレビで活躍するカリスマ・モデル等による、
 ファッションショーのほか豪華アーティストのライブやチャリティーオークションなど、
 多彩なイベントが開催される。

 この日の代々木第一体育館には、
 2万2100人の観客が集まりチケットも入手困難な状態が続く。
 
 ファッションショーは、3部構成に分けて行なわれ、
 香里奈3姉妹、長谷川潤、梨花、山田優、藤井リナ、有村実樹、他、
 雑誌やグラビアでお馴染みの72名のモデルが登場し、
 23ブランドが春夏の新作コレクションを発表した。

 体育館の中央に設けられた、
 45メートルもの長いランウェイ(花道=本来は滑走路の意味)からは、
 次々とモデルが登場し、会場内から割れんばかりの大歓声が上がった。

 mimifukuの記憶では、このショーがNHKで放送されるのは、
 昨年の3月、生放送での~ひな祭りスペシャル~の中での、
 放送が最初だったと記憶している。

 番組の構成上、ショーの紹介は中途半端なものだったのだけれど、
 女性達の躍動的な動きや女性ならではの華やかさは見ていて楽しく、
 「しっかりとした形で再放送して欲しいな。」と思っていた。

 昨年の9月22日に放送された番組(秋冬)は、
 その希望に叶った現状のリアル・ファッションを知る良い機会になった。

 今の日本が世界に向けて自信を持って輸出すべきアイテムは、
 アニメと女性ファッションと日本文化。
 情報によると、
 東京ガールズ・コレクションは、昨年に続き北京でも開催。
 
リンク→ http://gw.tv/fw/shop/tgc/beijing08/
 
 
日本の未来に求められることは、アジアの憧れとして存在し続けること。>

 最先端のデザイン性や信頼できる商品制作。
 思いもよらぬアイディアと人的サービスの徹底。
 工業技術とは違い、短時間では追いつくことのできない、
 アイテム(サービス)の模索。

 そうしたモノ造りとモノへのこだわりは、
 <好きこそモノの上手なれ。>

 情報発信地としての日本のアイデンティティを、
 若者文化への真剣な眼差しなくして語ることなかれ。 

 また、このショーの特色として、
 リアルタイムで携帯電話と連動することで、
 目の前に登場するアイテムをその場で購入(注文)できることも注目のひとつ。

 通信の発達でこのような形態で物を販売できるのは、
 流行に目敏い若い女性ならではのことで、
 携帯電話などの扱いに手馴れた彼女達の行動スタイルもまた、
 今後の世界に向けての流行の発信源としての、
 日本のあり方のヒントになりそうだ。

 大人の男性として、そんな見方でこの番組を見るのも楽しいと考える。

 <関連記事>

 *東京ガールズ・コレクション2009春夏 ~mimi-fuku番組情報。
 
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20090326

 *東京ガールズ・コレクション2008秋冬 ~mimi-fuku番組情報。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20080908

 *東京ガールズ・コレクション2007秋冬 ~mimi-fuku番組情報。
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/d/20070924



 【出演モデル:リスト 】
   ~あいうえお順~
 
 青山レイラ、有村実樹 、安藤沙耶香 
 ikumi 、石井美絵子、稲垣アン、稲垣Lavi、今井りか  
 浦浜アリサ  
 EMI RENATA、エリローズ、えれな
 大屋夏南、乙黒えり 

 兼田カロリナ、CAMILLA、香里奈  
 木崎メイ、木下ココ、木下優樹菜  
 葛岡碧、クリスティーナ  
 KELLY
 近藤里美

 桜井裕美、佐々木希、紗羅マリー  
 JULIANA  
 菅原禄弥、鈴木あや、住谷念美  
 SONOYA  

 武田真理子  
 千葉アリサ、陳佳奈  
 辻友里

 Nanami  
 ニコル、西崎彩  
 能世あんな  

 長谷川潤、比留川游
 藤井リナ  
 星あや、星野加奈、細野恵梨子  

 舞川あいく、松本あゆみ、松本エリ、松本莉緒、
 麻里、MARIA、マリエ  
 三浦葵、Mie、水原希子、MILY  
 メロディー洋子  

 山田優  
 YUBETEH、有里、ユリエ  
 吉田セイラ  

 LIZA、Riena、陸守絵麻
 REIRA  

 渡辺早織、渡辺知夏子             
 
 ほしのあき (ゲストモデル)  
 南明奈    (ゲストモデル)  
 吉川ひなの(ゲストモデル)
  

 ☆東京ガールズコレクション08S/S出演モデル一覧。
 http://gw.tv/fw/shop/tgc/08SS/model/         


 【出品ブランド:リスト】
 ~アルファベット順~

 ALBA ROSA 
 blondy 
 Cecil Linc
 CECIL McBEE 
 deicy
 DOUBLE STANDARD CLOTHING
 Fabulous
 CECIL McBEE  
 HbG  
 Jolly Boutique  
 kitson   
 LITIRA
 Luv.Ronde
 MARS
 me  
 Palms&Labskie  
 Ravijour  
 Smork by Language  
 snidel
 Spiral Girl  
 swanky  
 SWORD FISH  
 titty & Co.  
 VIVAYOU

 日時:2008年3月15日(土) 
 【開場】14:00【開演】15:00 
 場所:国立代々木競技場/第一体育館 (終了)

 <チケット代金>
 アリーナプラチナ席
 ¥10,000(税込)
 
 指定席
 ¥5,000(税込)
 
 自由席
 ¥3,000(税込) 
 

 <NHK発表の番組情報 ~転載。>

 TOKYO REAL FASHION 2008春夏 
 <副音声は会場音声のみ>

 今、世界で一番オシャレでカワイイと言われている東京の女性達。
 その最大の要因は、安くてオシャレな普段着、
 『リアル・クローズ』の興隆にある。
 著名なデザイナーの創造性がけん引してきたファッション界にあって、
 東京の新興ブランドが次々に生み出すリアルクローズは、
 今や世界の一流デザイナーの注目さえ集める大きなトレンドだ。

 そのリアルクローズの最大の祭典が「東京ガールズコレクション」。
 今をときめく人気モデルが一堂に会し、
 2008年春夏の人気アイテムや着こなしを、
 音楽にあわせて次々と紹介する。

 番組では、
 ファッションショーの全ブランドの模様を全て紹介する。
 また、
 ショーを支える裏方や会場にやってくる女性達のファッションも併せて紹介し、
 ファッションに興味のある方はもちろんのこと、
 ご覧いただければ今の日本の若い女性達が持つ、
 エネルギッシュなパワーをもらえること間違いなし。

 <ゲスト> 安田美沙子、松下久美, 
 <司会>  クリス・ペプラー

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カラヤンの芸術(全3回) ~ハイビジョン/ ウィークエンド・シアター~

2008-03-16 21:59:06 | クラシック・吹奏楽

  ヘルベルト・フォン・カラヤンの芸術。
 ~ ハイビジョン・ウィークエンド・シアター
       
ドイツ・ユニテル、ORF 制作> 

 カラヤンの芸術 <全3回シリーズ>

  放送日:2008年4月12日(土) 午後9時 (放送終了)
 放送日:2008年4月19日(土) 午後9時 (放送終了)
 放送日:2008年4月26日(土) 午後11時
(放送終了)

 <mimifukuから一言、~緑色の文字は後日記入。

 2008年3月20日放送の、
 ベルリン・フィルの特集「夢の音楽堂~ベルリン・フィルのすべて」。
 2008年4月5日のカラヤンの特集「まるごとカラヤン」と、
 クラシック音楽ファンには大盤振る舞いの特集が続きます。

 その極め付けがこの3回シリーズになる予感。
 今のところ内容は発表されていませんが制作はドイツの放送局なので、
 遊びのないカラヤン像を知ることができそうです。
 内容は、後日発表され<下記曲目リスト>の通りです。
 またユニテルは、映像制作会社のようなので、
 放送番組としての制作はNHKのようです。)

 mimifukuの予想では、
 まるごとカラヤンが60~70年代のカラヤンの映像に焦点を当てていますので、
 この番組は80年代の映像が中心かも???
 
(残念でした?1971~1974年の録画でした。)
 
 ここでカラヤンの晩年の音楽人生において重要な用件として
 「ザビーネ・マイヤー事件」
について触れておきます。

 1983年に女性の若手クラリネット奏者:ザビーネ・マイヤーさんの入団を巡り、
 ベルリンフィルハーモニーの団員とカラヤンが対立。
 (当事のベルリン・フィルには、男性団員のみという原則があったとされています。)
 ~後日に色々な文献を調べたところマイヤーさんが女性だからではなく、
 楽団員採用の自治権をカラヤンが犯したことに問題があるようです。
 またマイヤーさんの問題は、カラヤンと楽団との不和の直接的な原因ではなく、
 根底の原因はベルリン・フィルと言う正妻がありながら、
 ウィーン・フィルと言う恋人にカラヤンが傾いたことと、
 ベルリン・フィルの楽団員の内職問題等の経営の先行きに対する、
 労働紛争のような事態が起きていたことにあるようです。
 また1981年8月にウィーン・フィルの永年のパートナーであったカール・ベーの、
 死去もカラヤンがウィーンとのパイプを深めた理由と考えられています。 
 <2008年4月8日記入>

 カラヤンの尽力によって一度は入団したマイヤーさんですが、
 この問題の深刻化を嫌い自主的に退団。
 この騒動は、カラヤンにとってベルリン・フィルへの不信を強め、
 ウィーン・フィルへの傾倒をより深めたと言われています。
 (と言ってもベルリンでの活動に重点を置いているのですが・・・。)

 確かに80年代までは、女性ソリストこそ多く存在しましたが、
 世界のオーケストラの中で女性団員は少なかったように思います。
 ベームと共に来日し大騒ぎとなったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の、
 1975年の来日公演の時にも女性はいなかったように記憶しています。

 しかし、
 2008年現在ベルリン・フィルには2人の日本人女性演奏家が在籍しています。
 在籍しているのは、
 ・1996年に入団した、ヴァイオリストの町田琴和さん。
 ・2002年に入団したヴィオラ奏者の清水直子さん。

 ベルリン・フィルの来日メンバーを紹介したページへのリンク(マニア向き)。
 http://www.geocities.jp/concolor1957/BPOmenbers.html

 
 このように世界のオーケストラ事情も機会の均等や、
 グローバル化への道を辿っていることは確かです。
 カラヤンの永年の活動と遺産はこうしたオーケストラのグローバル化への、
 足がかりを開いたことでも賞賛されるべきでしょうしストコフスキー同様に、
 クラシックを特別な階層のための音楽から一般大衆に開放した功績も、
 高く評価されるべきと感じます。
 
 音楽とは、大衆に愛されなければなりません。

 クラシック音楽界において専門的な知識での観点や全体像を棚上げにし、
 ・部分のみに集中する鑑賞法。
 ・批評家の思惑や視点のみで捉えた偏った評価。
 があることを読み手の皆様に感じて欲しく思います。

 しかし心地が良ければよいと言った漠然とした鑑賞法では、
 どの演奏も同じように聴こえてしまいます。
 それはクラシックの楽しみ方としては、お勧めできるものではありません。

 クラシック音楽の楽しみ方や聴き方は人様々ですが、
 ひとつの曲を異なった演奏家やオーケストラで聴き比べることで、
 曲の本質に迫る楽しみ方が王道のように思います。

 今回の放送でそんな鑑賞法にも挑戦してください。

 <曲目リスト>

 2008年4月12日(土) 午後9時~

 ベートーヴェン作曲 /交響曲第3番変ホ長調 「英雄」作品55
     同       /交響曲第7番イ長調 作品92

    管弦楽 : ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 
    指揮   : ヘルベルト・フォン・カラヤン 
        
[ 制作: ドイツ ユニテル, ORF (収録:1971年/2曲とも) ]


 2008年4月19日(土) 午後9時~

 ベートーヴェン作曲/交響曲第6番ヘ長調 「田園」作品68
          同              /交響曲第8番ヘ長調 作品93
          同              /交響曲第5番ハ短調 「運命」作品64

        管弦楽 : ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 
        指揮    : ヘルベルト・フォン・カラヤン 
       
[ 制作: ドイツ ユニテル, ORF (収録:1967、71、72年) ]


 2008年4月26日(土) 午後11時~

 チャイコフスキー作曲/交響曲第4番ヘ短調 作品36
 ブラームス作曲/交響曲第4番ホ短調 作品98

       管弦楽 : ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  
       指揮   : ヘルベルト・フォン・カラヤン  
       [ 制作: ドイツ ユニテル, ORF (収録:1973年/2曲とも) ]


 <データ>

 *初録音:1938年12月 モーツァルト 歌劇「魔笛」序曲
 *初デジタル録音:1979~80年 ワーグナー 「パルジファル」全曲
 *初コンパクト・ディスク:1980年12月 Rシュトラウス 「アルプス交響曲」
 *最後の録音:1989年4月 ブルックナー 「交響曲第7番ホ長調」


 (補足)

 *最初の聴衆の前での演奏会は、1928年12月17日のウィーン音楽アカデミー管弦楽団の演奏会で、ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲の演奏だった。これは、音楽院の卒業記念演奏会で、単独での冠演奏会は翌年1月のモーツァルテウム管弦楽団であった。

 *初のデジタル録音について通説では、モーツァルトの「魔笛」全曲だが、発売は「魔笛」全曲の方が早かったが、録音は「パルジファル」の方が先で、データの混乱を招いた。

 *カラヤンにとっての初めての販売CDである、「アルプス交響曲」の録音から間も無く、平原綾香さんのジュピターでおなじみの、ホルストの「惑星」を録音している。自然の雄大な描写と、宇宙の壮大な描写?の2つの曲を紹介することで、カラヤンは、デジタル時代の幕開けを世間に宣言したことは、大衆と共に歩んだカラヤンらしい選曲といえるだろう。


 <カラヤンの生涯・年表>

 ヘルベルト・フォン・カラヤン
 (Herbert von Karajan 1908~89

1908年:4月5日(日)曜日の夜、ザルツブルクで、医師(著名な喉の専門家)
     エルンスト・フォン・カラヤンの
次男として生まれる。
     子供の頃からピアノを弾きこなし、10歳の頃には人前で演奏会を開く。
     生地のモーツァルテウム音楽院に学び、パウムガルトナーの勧めで、
     ウィーンの音楽アカデミーに進み、指揮をヴンデラーに師事。

1929年:1月23日。モーツァルテウム管弦楽団で指揮者デビュー。
     R・シュトラウス作曲 「ドンファン」
     モーツァルト作曲 「ピアノ協奏曲第23番」
     チャイコフスキー作曲「交響曲第5番}

1934年:アーヘン市立歌劇場で音楽監督に就任した。

1933年:ザルツブルク音楽祭に参加。

1937年:ウィーン国立歌劇場でデビュー。
     ~ワーグナー作曲「トリスタンとイゾルデ」

1938年:ベルリン国立歌劇場及び、ベルリン・フィルにてデビュー。

1939年:ベルリン国立歌劇場、同国立管弦楽団の指揮者の地位を得る。

 ~第二次世界大戦を境に一時活動を禁止される。~

1948年:ミラノ・スカラ座のドイツ・オペラの音楽監督に就任。
     ウィーン交響楽団の首席指揮者の地位を得る。

1949年:ウィーン楽友協会の音楽監督に就任。
 
~このころイギリスの音楽レーベルであるEMIの専属オーケストラであった、
   フィルハーモニア管弦楽団との録音を盛んに行い、情熱的な演奏を披露した。~

1955年:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者、
     芸術総監督の地位に就任。~栄光の日々が始まる。

1967年:ザルツブルク復活祭音楽祭を創設。さらに芸術総監督に就任。
     ~ワーグナー「ワルキューレ」でのオープニング。

1968年:カラヤン指揮者コンクールを創設

1982年:自身の映像制作会社テレモンディアルをモンテカルロに設立。

1989年:健康上の理由でベルリン・フィルの芸術監督と終身指揮者を辞任した。
     :7月16日1時30分、自宅において永眠。


 *番組のご案内:堀内 修さん (音楽評論家) 

 1908年4月5日に、オーストリア・ザルツブルクに生まれたヘルベルト・フォンカラヤンの生誕100周年を記念して、カラヤンの遺した演奏を新たにハイビジョン化して紹介します。
 カラヤンはその演奏の多くを、35ミリフィルムに記録しました。
 今回初めて、遺されたフィルムのいくつかをハイビジョン化。
 フィルムが本来持っていた生々しい演奏の実像をハイビジョンで余すところなく伝えます。

                    
 <関連番組へのブログ内リンク。>
 *NHK-BS2『カラヤンの芸術』2009年8月(4週連続放送)
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/5c332b65058f74025d5d5358c8054db8

 *カラヤンの芸術(オペラの世界:3回シリーズ) ~NHKハイビジョン。
  http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/385c84e711b557e5d3c6775fb30111fb

 
*「まるごとカラヤン、~生誕100周年記念・その人と音楽大全集~」
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/b18e9316c7406b09006bff7a899181d7

 *「夢の音楽堂:ベルリン・フィルのすべて。」
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/c2d870b083488b30f7593657fe02881f

 

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夢の音楽堂:/ベルリン・フィルのすべて。 ~mimi-fuku番組情報

2008-03-15 21:47:16 | クラシック・吹奏楽

 夢の音楽堂:世界最高のオーケストラ
 

 ~ベルリン・フィルのすべて~

放送局  :BS hi (ハイビジョン)
放送日  :2008年 3月20日(木)
放送時間 :午後1:00~午後8:00 
(放送終了)

ベルリン・フィル公式ホーム・ページのURL
http://www.berliner-philharmoniker.de/


{ 番組のご案内。}

 ウィーン・フィルハーモニーと並び、世界最高のオーケストラと言われるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の歴史的映像の記録は、クラシック・ファン必見。

 はたして、ニキシュの「運命」は、放送されるのか?
 フルトヴェングラーの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」は、デジタル化されどのように蘇るのか?
 帝王カラヤンの意義をどのように取り扱うのか?

 興味は尽きません。

 少ない情報の中から注目は、ギュンター・ヴァントのブルックナー。
 ある音楽評論家の影響で日本では神格化された感のあるヴァントの真髄とは?
 (ヴァントの評価の変化は、音楽評論の影響力の強さを感じさせずにいられない出来事のひとつでした。80歳を超えてブームを作ったヴァントのブルックナーが、カラヤンやベームのオーケストラ・コントロールと較べ、どのように違うのか?ブルックナーの音楽は、一般の方には聴き辛い音楽と思いますが、できる限りの大音量で、金管の和音の響きや弦楽フレーズの美しさを、お楽しみください。)

 また、2008年1月の、小澤征爾指揮による最新の映像も楽しみのひとつ。
 私としては、ロシアン・ナイト・コンサートの後半部分を見たいのですが、紹介されるかどうか?
 クラシック・ファンには、たまらない1日になりそうです。
 ゲストに、ビオラ奏者としてベルリン・フィルに40年あまり在籍した土屋邦雄さんを招き、数々の逸話や伝説が聞ける模様です。


【mimifuku的評説へのリンク】 
 
~番組の私的な感想です。~
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/d0121593feab40d4bf4a046b6e2d3c81



<放送が予定されている曲目 ~データ放送の情報>
 ~タイム・テーブルは、当日のデジタル番組情報をご確認ください。~


 1時21分頃
 サイモン・ラトル指揮/ムソルグスキー「展覧会の絵」
 ~2007年の年末コンサートの模様だと思います。カラヤンの響きと較べると小粒な感じがしますが、同日演奏されたボロディンの交響曲は、屈指の名演でした。今のベルリン・フィルの実力を知るのに適したプログラムで始まりそうです。


 
2時35分頃
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮/R・シュトラウス作曲 
  交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
 ~今年の正月の、「のだめカンタービレinヨーロッパ」で千秋が演奏した曲。


 
3時23分頃
 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ブラームス「交響曲第4番」より、
 ~全曲ではないようですが、カラヤンの目指した精妙細緻な音楽表現が楽しめるそうです。


 
3時47分頃
 クルト・ザンデルリンク指揮/ショスタコーヴィチ「交響曲第8番ハ短調」op65
 ~ムラヴィンスキーと活動を共にした、正統派?のショスタコービッチです。あまり、なじみのない曲ですが、独特のオーケストレーションをベルリン・フィルがどのように料理するのか?楽しみです。


 
5時16分頃
 クラウディオ・アバド指揮/ヴェルディ「レクイエム」より
 ~イタリア生まれのアバドが、母国の誇りである大作曲家の音楽をドイツのオーケストラで演奏。有名な<怒りの日>の部分は、放送されるのでしょうか?


 
5時42分頃
 ギュンター・ヴァント指揮/ブルックナー「交響曲第9番ニ短調」
 ~1998年のライブ。1996年から2001年までの期間、毎年ブルックナーを1曲ずつライブ・レコーディングした、ヴァントの演奏。日本の音楽評論家の多くは、このベルリン・フィルとのプロジェクトを高く評価している。心して聴こう。


 
7時03分頃
 小澤征爾指揮/チャイコフスキー「交響曲第6番ロ短調~悲愴~」0p75
 ~4月5日に放送される、<まるごとカラヤン>で同曲が放送されます。比較すると表現の違いを感じることができると思います。(下記にリンク先を表示してあります。)




<ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団:年表>
     
~Berliner Philharmoniker~


 
1882年5月1日 
 待遇面に不満を持つ、ベンヤミン・ビルゼのオーケストラから離れた54名と、新たに参加した6名によって設立された。

 1882年10月23日
 改装されたフィルハーモニー楽堂において、フランツ・ヴェルナーの指揮で初の定期演奏会が開かれる。その後、ヨアヒムやブラームスが客演。

 1887年 
 ハンス・フォン・ビューローが、初代の常任指揮者となった。

 1893年
 ビューローが引退すると常任を置かず、その時期に、偉大な作曲家として名を残す、R・シュトラウスやマーラーが、客演指揮者として招かれた。

 1895年 
 アルトゥール・ニキシュが常任指揮者に就いた。
 二キシュは、ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督も兼任した。

  1922年 
 ニキシュの追悼公演を指揮した、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが常任指揮者に就任。

 ~第二次世界大戦の混乱~

 戦後、フルトヴェングラーが、指揮活動を禁止されたため、セルジュ・チェリビダッケを中心に楽団の建て直しをはかった。

 1947年 
 フルトヴェングラーが復帰。
  数々の名演奏を残し、その後のオーケストラ芸術の礎を築いた。

  1955年 
 前年のフルトヴェングラーの死により、初のアメリカ公演にヘルベルト・フォン・カラヤンが同行。
 翌年、カラヤンが終身指揮者兼芸術監督に就任し、世界で最も有名なオーケストラとして君臨することになる。

 1963年 
 本拠地となるフィルハーモニー・ザールが完成し、オープニング式典は、10月15日に行われた。
    プログラム:(昼)ベートーヴェン:レオノーレ第三番。
    プログラム:(夜)ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」


 1989年 
 36年にも渡る黄金期を支えた、「不滅の帝王」カラヤンが辞任。
 その36年間に期間の中で、膨大な数の録音や映像を残し、クラシック音楽の普及に努めた最大の功労者。


 1990年 
 クラウディオ・アバドが就任。
 メンバーの若返りを成功させ、多くの女性演奏家にも門戸が開かれた。
 大きな変化をもたらすには至らなかったと言われるが、カラヤンが作り上げた偏ったレガート奏法を払拭し、若返りと同時に、古典としてのオーケストラ音楽が本来持つ性質(基本)をベルリン・フィルに再教育した姿勢は評価される。

 2002年 
 サイモン・ラトルが就任。
 それまでの堅く保守的なイメージのベルリン・フィルを大改革。
 その後の活躍は、周知の通り。
 最近の演奏会では、確かなアンサンブルに重点を置いているように見受けられる。
 

【指揮者ポスト

1887~93年 ハンス・フォン・ビューロー :常任指揮者
1895~22年 アルトゥール・ニキシュ :常任指揮者
1922~54年 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー :常任指揮者
1956~89年 ヘルベルト・フォン・カラヤン :終身指揮者・芸術監督
1990~02年 クラウディオ・アバド :首席指揮者・芸術監督
2002年~   サイモン・ラトル :首席指揮者・芸術監督


<補足:日本人演奏家>

土屋 邦雄(つちや くにお)

 1933年 
 東京生まれ。
 1957年 
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のヴィオラ奏者として入団試験に合格。
 日本人初めてのベルリン・フィルのメンバーとなる。
 2001年 
 長年の活躍の後、ベルリンフィルを退団。

安永徹(やすなが とおる)

 1951年 
 福岡県生まれ。
 1975年 
 ベルリン芸術大学に入学。
 1977年 
 べルリン・フィルハーモニー管弦楽団に第1ヴァイオリン奏者として入団。
 1983年 
 同楽団の第1コンサートマスターに選ばれ就任。

 

関連番組へのリンク。
まるごとカラヤン。~ 生誕100年記念・その人と音楽大全集 ~
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/b18e9316c7406b09006bff7a899181d7

カラヤンの芸術 <全3回シリーズ>
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/2918d90767504a4151915bba6d612e04

 

<補足>

 NHKの公式な番組紹介。

 夢の音楽堂 世界最高のオーケストラ ~ベルリン・フィルのすべて
 3月20日(木) 午後1:00~8:00  

 ハイビジョンの長時間特集として好評を得ている「夢の音楽堂」。
 第3弾は、120年を越える歴史を誇る世界最高のオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を特集する。
 NHKは、1994年から99年にかけて、12回のベルリン・フィルの定期コンサートをハイビジョン収録している。
 その中には、20世紀最後の巨匠といわれたギュンター・ヴァントのベルリン・フィルとの最後の共演となったブルックナーの交響曲第9番やクルト・ザンデルリンクのショスタコーヴィチの交響曲第8番といった名演奏が含まれている。 
 さらに、フルトヴェングラーが指揮するリヒャルト・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の演奏(1950年)を35ミリフィルムからハイビジョンに変換したり、カラヤン指揮のブラームス交響曲第4番、ホ短調の第4楽章、数々の“お宝映像”をたっぷりと紹介しながら、ベルリン・フィルの歴史を振り返り、世界最強といわれるそのハーモニーの秘密に迫る。

 番組では、1882年の創立から現在まで120年を越えるベルリン・フィルの歴史をたどったドキュメンタリー番組も紹介するとともに、1月23日に“カラヤン生誕100年”を記念してベルリンのシンフォニーホールで行われる特別コンサートから、小澤征爾指揮のチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を、5.1サラウンドでお送りする。
 マエストロ小澤はベルリン・フィルとどんな音作りをするのか、めったに見ることができないリハーサルの様子もあわせて紹介する。
 
 スタジオには、ビオラ奏者としてベルリン・フィルで40年あまりにわたって活躍された土屋邦雄さんを招き、世界最強のオーケストラの“秘密”を徹底分析する。

  【ゲスト】土屋 邦雄、 吉松隆、 好田タクト
  【司会】高橋美鈴アナウンサー

 

<補足:ホームページからのデータ>

夢の音楽堂 世界最高のオーケストラ ベルリン・フィルのすべて

チャンネル :BShi(ハイビジョン)
放送日 :2008年 3月20日(木)
放送時間 :午後1:00~午後8:00(420分)

                              
【曲目リスト】

                          
「弦楽セレナード 変ホ長調 作品6 第1楽章」  
              スーク作曲
              (管弦楽)長岡京室内アンサンブル
                              
                              
「交響曲 第6番 ロ短調 作品74 “悲愴” 第3楽章から」
                    チャイコフスキー作曲
                    (指揮)小澤 征爾


                              
「組曲“展覧会の絵”」     ムソルグスキー作曲
                  (指揮)サイモン・ラトル
 <収録: 2007年12月31日, フィルハーモニー 大ホール (ベルリン) >


「交響詩“ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら”」 
            R・シュトラウス作曲
            (指揮)ウィルヘルム・フルトヴェングラー
 <1950年ごろの 35ミリ・オリジナルフィルムから>


                              
「交響曲 第4番 ホ短調 作品98 第4楽章」
            ブラームス作曲
            (指揮)ヘルベルト・フォン・カラヤン
 <1973年 フィルハーモニー 大ホール (ベルリン)>


                              
「交響曲 第8番 作品65」     
            ショスタコーヴィチ作曲
            (指揮)クルト・ザンデルリング
 <収録: 1997年6月, フィルハーモニー 大ホール (ベルリン)>

 

「レクイエムから “リベラ・メ”」      
             ヴェルディ作曲
             (ソプラノ)アンジェラ・ゲオルギウ
             (合唱)スウェーデン放送合唱団
             エリック・エリクソン室内合唱団
             オルフェオン・ドノスティアーラ合唱団
             (指揮)クラウディオ・アバド
 <収録: 2001年1月, フィルハーモニー 大ホール (ベルリン)>


                              
「交響曲 第9番 ニ短調」         
                ブルックナー作曲
                (指揮)ギュンター・ヴァント
 <収録: 1998年9月, フィルハーモニー 大ホール (ベルリン)>


                              
「交響曲 第6番 ロ短調 作品74 “悲愴”」       
                    チャイコフスキー作曲
                     (指揮)小澤 征爾
 <収録: 2008年1月, フィルハーモニー 大ホール (ベルリン)>
                              

        演奏:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 

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「まるごとカラヤン」 :生誕100年記念。 ~mimifuku番組情報

2008-03-14 22:53:24 | クラシック・吹奏楽


ハイビジョン/まるごとカラヤン ~11時間。

 ~ 生誕100年記念・その人と音楽大全集 ~

2008年4月5日 (土) ~カラヤンの生誕記念日。
NHK/BS ハイビジョン
(下記放送終了)
第1部    9:00~12:00(3時間) 
第2部   16:00~19:00(3時間) 
第3部   20:00~25:00(5時間)

<mimifukuから一言。>

 20世紀後半のクラシック音楽界に君臨し、帝王の名を欲しいままにした、ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan 1908~89)が、ザルツブルクに生を受けてこの日(2008年4月5日)が100年目の記念日です。

 カラヤン生誕100年を記念してNHKでは、延べ11時間にも及ぶ長時間の特集番組、 「まるごとカラヤン、~生誕100周年記念・その人と音楽大全集~」を放送します。
 
 カラヤンは、それまでの指揮者像を変革しました。
 ジェット機で世界中を飛び回り、スーパー・カーで街を駆け巡る彼の関心はテクノロジーの変化でした。
 また、そうした派手な面を強調することで、自らのカリスマ像を演出したとも言えるでしょう。

 演奏スタイルは、耽美と荘厳を重ね持ち、オーケストラには絶えず完璧を求めました。
 完全主義追い求める演奏スタイルは、作曲家の意図するものを越え、良くも悪くも、<カラヤンの音楽>と呼ぶ声も聞かれます。

 テクノロジー好きのカラヤンは、レコードや映像の制作に力を注ぎ、自らの音楽を記録、保存することに執心で、そのための会社を設立したほどです。
 カラヤンは、機器の最先端に細心の注意をはらい、美しい音楽を一般大衆に贈り届ける事に生涯の情熱を傾けました。
 (そのため、商売人呼ばわりする口の悪い評論家の人もいますが。)

 映像を通して、クラシック音楽を楽しむスタイルを作り上げたのがカラヤンですし、現在私達が楽しむ、音楽CDの録音時間を決めたのもカラヤンと言われています。
 (一説には、一番演奏時間の長い、ベートーヴェンの第九交響曲が、一枚で丸ごと入る時間に設定されたと言われています。~手元にある資料では、フルトヴェングラーのバイロイト版が74分43秒。カラヤンの76~77年盤は、66分56秒です。さらに、カール・ベームのラスト・レコーディングが78分53秒ですが、1980年の録音なので既にCDのタイム設定後の録音になると思います。)

 番組では、カラヤンの残した演奏ソフトを世界で初めてハイビジョン化するとの事で、今から楽しみです。

 特に第3部の「ばらの騎士」は、屈指の傑作。

 さらに、カラヤンの人物像に迫るドキュメンタリーや、ゲストの楽しい?お話と共に、番組は進行しそうです。

 司会進行のアナウンサー、岩槻 里子さんは、かつて石川県で長く勤めたアナウンサーで、今後の活躍が期待される、NHK期待の星?です。
 石川県にいるときは、フンワリとした人柄と、しっかりとしたアナウンスに好感を持っていました。

<mimifuku的評説。>

私の番組の感想へのリンク。
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/c45fbc2a147f38dd5c9e048829dd5fee


<関連番組へのリンク>

夢の音楽堂:世界最高のオーケストラ/ベルリン・フィルのすべて。
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/c2d870b083488b30f7593657fe02881f

カラヤンの芸術 <全3回シリーズ>
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/2918d90767504a4151915bba6d612e04

 

 【補足】

 
NHKオン・ラインより、記事の転載。
 
 カラヤンは、日本の音楽文化にも大きな足跡を遺している。
 カラヤン以前、日本においてそれほどポピュラーな音楽ジャンルではなかったクラシック音楽が、カラヤン以降に一変。
 徹底したメディア戦略をとるカラヤンは来日のたびに人気を増し、「帝王カラヤン」はビートルズと同じレベルで日本人の脳裏に刻みつけられる。
 1970年代には社会現象ともいえる「カラヤン・ブーム」を巻き起こし、女性週刊誌のグラビア記事に取り上げられるなど、新たなクラシック・ファンを掘り起こした。
 クラシック音楽はカラヤン以降にはじめて、広く一般的な音楽として楽しまれるようになったと言うことができるだろう。
 スタジオにはクラシック音楽の大ファンである俳優の石坂浩二さん、そして大のカラヤン・ファンでもある音楽評論家・黒田恭一さんをお招きし、以下のプログラムでカラヤンの音楽、カラヤンその人の魅力をたっぷりとお送りする。

 ●カラヤンの音楽-オーケストラに君臨する帝王の音楽…その実像に迫る!

 カラヤンはその演奏の多くを、35ミリフィルムに記録した。
 今回初めて、そうしたフィルムのいくつかをハイビジョン化。
 オペラあり、シンフォニーありのプログラムを、スタンダード画質を遙かに超える情報量を持つ、フィルムが本来持っていた生々しい演奏の実像を、ハイビジョンであますところなくお伝えする。

 ●カラヤンの人物像に迫るドキュメンタリー 

 生誕100年を記念して制作するドキュメンタリー。
 カラヤンの膨大な映像を記録するドイツのアーカイブスから、インタビュー、リハーサル、遺された文章などから矛盾に満ち、死後も謎に包まれているカラヤンの人物像を解きほぐす。

 ●ドキュメンタリー「日本人とカラヤン」

 カラヤンと日本との関わりは1954年・NHK交響楽団への客演に始まる。  
 70年代の「カラヤン/クラシック・ブーム」、日本企業との関わり、クラシック専用ホールの落成との関わり、小澤征爾ら日本人芸術家との関わりなど、カラヤンと日本とのつながりは濃密だった。
 番組では、「カラヤンによって自分の人生が変わった!」というほど大きな影響を受け、その後さまざまな分野で活躍する日本人をインタビュー取材。
 日本人の視点から不世出の巨匠カラヤンの実像に迫る。



<曲目リスト> 

 【 第1部  9:00~12:00 】
 ~カラヤンの目指した美の世界。

 *楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ( ワーグナー ) 
            ~第1幕への前奏曲  

  管弦楽/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 
  < 収録: 1957年11月3日 旧NHKホール >

 mimifukuの持つデータでは、日比谷公会堂となっています。←間違いのようです。
 ベルリン・フィルとの初来日公演の、初日のオープニング曲のライブ映像です。
 モノクロの映像ですが、若き日のカラヤンの端整な顔立ちは、多くの女性に支持されたようです。
 同日には、Rシュトラウスの「ドン・ファン」とベートーヴェンの「運命交響曲」が演奏されました。
 (カラヤン個人としては、1954年4月にNHK交響楽団の客演指揮者として初来日しています。その時のオープニング曲は、R・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」でした。)



  *交響曲 第4番 ニ短調 作品120   ( シューマン )
  
  管弦楽/ウィーン交響楽団  [ 収録: 1965年 ]

 フランスの映画監督、アンリ・ジョルジュ・クルーゾとの共同制作。
 1965年11月の映像。

 カラヤンは、シューマンの交響曲第4番を1957年と1971年に録音しています。
 この演奏は、ウィーン交響楽団との共演で、どのような音を引き出しているのか楽しみです。
 私のお気に入りのベスト・パフォーマンスは、フルトヴェングラーの1953年盤です。フルトヴェングラーの造形力の凄さに、カラヤンの流麗な表現はどのように聴こえるか?・・・個人的な話です。



 *ドキュメンタリー番組 
  「ヘルベルト・フォン・カラヤン 」
  ~ その目指した美の世界 ~
 http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/24e7f0c160f1e5bc716f75ac0a1476a6

  ドイツで制作されたドキュメンタリー番組のようです。
 (正しくは、ドイツ/オーストリアの2007年共同制作番組。)
 <Unitei/MR Film 2007>

 



 【 第2部  16:00~19:00 】
 ~カラヤンとシンフォニー。


 *交響曲 第1番 ハ短調 作品68 ( ブラームス )

  管弦楽: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 [ 収録: 1973年 ]

 1973年1月~3月。ブラームス:交響曲全集より。
 フィルハーモニー・ザールでの映像作品。

 カラヤンは、ブラームスの1番を5回録音しています。
 カラヤンのブラームスは、重厚な響きを持ち、ちょっと堅苦しいかも?
 私のベスト・パフォーマンスは、カール・ベームの1975年の来日公演のライブ。
 中学生の私が、120分のカセット・テープ(カットしたくないもので、)に録音し、テープが切れるまで聴いた演奏。
 この摺り込みに勝る演奏はないですね。
 ちなみこの曲は、大ヒット・ドラマの<のだめカンタービレ>で、ベートーヴェンの交響曲7番と並んで、ドラマの核となった楽曲です。

 ベートーヴェンの交響曲第7番は、「カラヤンの芸術」で4月12日に放送されます。
 リンク
→ http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/2918d90767504a4151915bba6d612e04 



 *交響曲 第6番 ロ短調 作品74 「悲愴」 ( チャイコフスキー )

  管弦楽: ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 [ 収録: 1973年 ]

 1973年12月、フィルハーモニー・ザールでの映像。

 カラヤンはこの曲を7度も録音しています。
 カラヤンの最もお気に入りの楽曲。
 3月20日の「ベルリン・フィルのすべて」で、小澤征爾さんが快演したこの曲をカラヤンはどのように料理するのか?
 小澤さんの演奏に唯一欠けていた、甘美なメロディー表現は、カラヤンお得意の至芸。
 第一楽章の弦楽器で奏でられる主題の美しさは涙モノのはず。
 ワクワクです。



 *交響曲 第9番 ニ短調 作品125 「合唱つき」 ( ベートーベン )

   ソプラノ  : グンドゥラ・ヤノヴィツ 
   メゾ・ソプラノ  : クリスタ・ルートヴィヒ 
   テノール  : ジェス・トマス 
   バリトン  : ワルター・ベリー 
   合 唱  : ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団 
   管弦楽  : ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  
                                 < 収録: 1968年 >

 データでは、1970年のフィルハーモニー・ザールでの映像と記されています。
 別のものでしょうか?

 カラヤンのベートーヴェンは、とにかく速い。
 さらに、抑揚が乏しいいため、ドラマ性も欠けます。
 カラヤンを贔屓にしている私でもカラヤンのベートーヴェンのCDは持ってないです。(カセットに全集は録音してありますが。)
 ただ、第9という楽曲をはじめて聴かれる方には、速いことを除けば癖のないベートーヴェンなので、最高のテキストとしてお勧めできます。
 いくらなんでも、初めて「合唱付き」に接される方に、フルトヴェングラーのバイロイトは、辛いでしょう。
(でも、クラシックを趣味の持とうと考えられているなら、バイロイトの第9は、一度は通らなければならない道です。そして、その価値の高さに気付いた時、新しいクラシックの聴き方を手に入れることができます。)

 今回放送される第9の録画は古いので、意外と情熱的なベートーヴェンが聴けるかも知れません。
 人類史上最高との評価の高い楽曲を、空前絶後の人気を誇ったマエストロ/ヘルベルト・フォン・カラヤンが演奏するのですから悪い訳がないでしょう。
 先入観を払拭して聴きましょう。
 
 

 【 第3部 20:00~25:00 】
 ~日本人とカラヤン/歌劇「ばらの騎士」



 *ドキュメンタリー 番組:「日本人とカラヤン」

 NHKが、70年代に制作したドキュメンタリーのようです。
 (大きな誤りです。2008年のこの番組のために制作した番組でした。、申し訳ありませんでした。)


 *歌劇「ばらの騎士」全幕  ( R.シュトラウス )

   侯爵夫人 : エリーザベト・シュワルツコップ 
   オクタヴィアン : セーナ・ユリナッチ 
   ゾフィー  : アンネリーゼ・ローテンベルガー 
   オックス男爵 : オットー・エーデルマン 
   フォン・ファーニナル  : エーリヒ・クンツ 

   合 唱   : ウィーン国立歌劇場合唱団 
   管弦楽  : ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 
    〃    : モーツァルテウム管弦楽団 

   演出  : ルドルフ・ハルトマン 
   衣装  : エルニ・クニーペルト 
   装置  : テオ・オットー 
   監督  : パウル・ツィンナー 
                         [ 制作:1960年 ]

 言わずと知れた、ザルツブルク新祝祭大劇場の杮落とし公演の映像。
 データでは、オペラの演出もカラヤン。
 音声と映像は別取りで、映画仕立ての内容です。
 20世紀の
最高の歌姫の一人、エリーザベト・シュワルツコップをはじめ、当事の最高のキャストによるオペラ史上に燦然と輝く、歴史遺産。
 でも、慣れない人にとって、全部見るのは苦痛かも?
 録画されて、1幕ずつ観られる事をお奨めします。

 また、1956年に録音された同曲の演奏も不滅の名演奏として名高いもので、現在もCDで聴く事ができますので、映像を見て興味のある方はぜひお聴きださい。

 使用データ:音楽之友社発行/カラヤン全軌跡を追う


  ~スタジオ出演 ~
   石坂 浩二  (俳優) 
  黒田 恭一  (音楽評論家) 
  吉田 恭子  (バイオリニスト) 
  岩槻 里子  アナウンサー、ほ か 


【関連番組】

 「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」
 教育テレビ 毎週(火)後10:25~10:50

 4月は、「ヘルベルト・フォン・カラヤン 時代のトリック・スター」を4回にわたり放送する。
 語り手は、カラヤンの作り出す音楽がきっかけでクラシックの大ファンになり、以後独自の視点で作曲家や演奏家を論じている、コラムニストの天野祐吉さん。

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「マイルス・デイヴィスとは誰か」平凡新書 ~mimifukuの読み方。 

2008-03-12 22:44:19 | 文芸・思想・書物


 「マイルス・デイヴィスとは誰か」
      小川隆夫、平野啓一郎共著
        2007年9月10日初版発行

マイルス・デイヴィスとは誰か (平凡社新書 392)
小川 隆夫/平野 啓一郎
平凡社

このアイテムの詳細を見る

  <著作の中の象徴的段落。> 

 黒人であったマイルス・デイビスの願いは、白人に黒人の音楽を認めさせることによって、黒人に認められたいとの想いがあった。

 音楽に対する姿勢は、自分とは全く違うスタイルの音楽で大成功を手にした、黒人歌手のマイケル・ジャクソンや、黒人でありながらも、伝説を作り上げた不世出のギタリスト、ジミー・ヘンドリックスの音楽観にも、ライバル意識を燃やし、「俺の方が音楽は優れているのに、なぜ彼らは俺よりも遥かに人気があるのか?」との疑問を持ち続け、その時代にあった別のアプローチを考えるタイプのアーティストであった。

 目指す音楽の方向性に合わせて頻繁にメンバーを入れ替え、帝王に君臨しながらも、メンバーとして参加した他の若手演奏家とのプレイを通して、新しいスタイルの音楽を学び、新しい可能性に触発されることを楽しめるタイプの人物であった。

 マイルスのスタイルは、新しいスタイルを模索しながらも、それを突き詰めていくことはせずに、完成する手前で次へ次へと変化させる手法を採っている。
 それは、自分が提唱したスタイルや方法論を他人が取り入れることで、自らのスタイルの役割を終え(古典化)、次の新しいスタイルに移行することがマイルスの存在証明でもあった。

 マイルスにとって考案されたシステムが固定化されることによって、変化したくてもどんどんと緻密に分節化され、身動きが取れない状態になることを嫌った。
 それは、音楽の進化とは反する、マンネリ化を生み出すからだ。
 マイルスにとってのマンネリ化は、そのスタイルを踏襲したり、歪めたり、を繰り返すだけのつまらないプロセスに過ぎない。

 しかし、スタイルの変更(革新性)とはあくまでも、拘束(形式)からの解体と、再構築(新たな形式)を秩序を持って行うこと であって、無秩序への移行ではない。
 マイルスにとって、無秩序な音楽(フリーへの傾倒)とは、混沌に過ぎず、やりたいようにやると言った音楽は否定すべきものだった。

 つまり、マイルスにとっての進化は秩序の模索であリ続けた。

 ジャズの演奏様式が持つ、近づきがたいイメージ(複雑で、真似をしたくてもできない音楽)を払拭するかのように現れた、ロックの持つ大衆性(シンプルで覚えやすいコード進行=誰もが参加できる音楽)をも謙虚に取り入れる懐の深さを持ち、次なる進展を模索し続けた。

 マイルス・バンドに入ることで成長した数々の演奏家達のその後の成功は、環境の中で揉まれることによって、参加できたことの自信を促し、参加したことによる世間の評価(認知されることによる仕事の依頼)も同時に得ることができたからであろう。

 多くの成功者にとって、成功することは同時に、過去に築いたものを維持していく事が常套手段であるが、マイルスにとっての成功とは、進化する創造性だった。

 マイルスの憧れる、チャーリー・パーカーや、ディジー・ガレスピーのようなスタイルを真似する技術が不足していることを悟ったマイルスは、別のアプローチを試みることによって、その後の変化する音楽の探求が始まった。
 つまり、他人と同じものを目指すことの愚かしさをマイルス自身が熟知していたからと言えるだろう。

 
 <マイルスの変化する音楽>
 ビパップ →クール →ハード・パップ →モード →複雑なコード・チェンジ 
 エレクトリックの導入 →フュージョン ~多様性(ファンクやポップへの傾倒。)


 <mimifukuの読み方。>

 マイルス・デイビスと言えば音楽ファン誰もが知っているビッグ・ネームと思っているのはどうやらジャズ・ファンだけのようです。
 最近の、「なんでも鑑定団」にマイルスの書いた絵が出た時に、”この人誰?”って島田紳助さんの言いようには、ガッカリ。
 ジャズの帝王も、一般の人にはただの人なのかも、
 ・・・カラヤンやビートルズと同じ評価のできるお方なのに。

 この本の題名って変でしょ?
 「マイルス・デイヴィスとは誰か」なんて、マイルス本人に決まっている。
 「マイルス・デイヴィスとは何者か」の方が、語呂がいい?
 って思う人は、この本を読むのは辛いかも?

 「マイルス・ディヴィスとは誰か」の意味は、
 「マイルスの絶え間ない進化をもたらしたのは誰か」、あるいは
 「マイルスの音楽の源流は誰のものか」の略とmimifukuは、解釈します。

 本の内容は、彼が影響を受けた演奏家と、彼が育てた演奏家、21人を通して、彼の音楽の変遷をたどるものです。

 口の悪い人に言わせると、「マイルスの創造力の多くはパクリだ。」そうです。
 マイルスの屈指の名盤<ラウンド・アバウト・ミッドナイト>のライナー・ノーツの中で、ギル・エバンス(ビルではないですよ)が、「確かに、ラウンド・ミッドナイトのアレンジは私のものだ。」と言及しています。

 細かい部分は省略しますが、ある日、マイルスがぶらりとギルのアパートに立ち寄り、いつものように気ままにコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいたので、ギルは、あるシンガー用にアレンジを頼まれたラウンド・ミッドナイトのピアノ・フレーズを弾き始めると、突然マイルスが、「そのアレンジを、俺のレコーディングに使ってもいいか?」と尋ねるので、「OK!」を出したそうです。

 後日、ギルがレコーディングに立ち会ったそうですが、マイルスに譜面を渡してもいないのに完璧にアレンジ覚えていて、ギルのイメージ通りの指示をメンバーにだし、仕上がったのが、ジャズ史上に輝くあの名演です。

 それ以来、マイルスから頻繁にレコーディングの折、お呼びがかかったと回想しています。
 「マイルスは一度もアレンジ料を払ってはくれなかったし、クレジット(名前の表記)もしてくれなかったけどね。」だそうですが。
 もちろん、「でも、マイルスは、その後いろいろな面で私をバック・アップしてくれたし、レコード会社に推薦もしてくれた。お金がなくて、ピアノを手放したときは、すぐさま代わりのピアノをプレゼントしてくれた。マイルスは友情に厚いんだ。」

 このように書くと、マイルスを知らない人にとって、マイルスのクリエーターとしての資質に疑問を感じる方もおられると思いますが、マイルスを知るジャズ・ファンにとって、彼こそ間違いなく、<ジャズ史上最高のクリエーター>であることに異論を唱える人はいないでしょう。

 「天才とは、過去の栄光にすがらず、絶えず進化を求め挑戦すること。」
 マイルスの変化は、ピカソの変化にも匹敵するアーティステックなものでした。


ブログ内の関連記事へのリンク。
http://blog.goo.ne.jp/mimifuku_act08/e/6c3500e42e750966b3b5f958679afa1b 
 

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吹奏楽ファン必見/東京佼成ウインド・オーケストラ演奏会の放送。

2008-03-11 22:15:26 | クラシック・吹奏楽


 東京佼成ウインドオーケストラ 
  ~第96回定期演奏会の実況録画~

 BS2/クラシック倶楽部 (放送終了)
 2008年 4月15日:午前10:55~11:50

 ハイビジョン/クラシック倶楽部 (放送終了)
 2008年3月18日:午前 6:00~6:55 

 先日のパリ・ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団演奏会に続き、
 吹奏楽ファン待望の東京佼成ウインドオーケストラの、
 演奏会の模様が放送されます。

 東京ウインドオーケストラは、
 1960年に立正佼成会付属の吹奏楽団として設立され、
 1973年に東京ウインドオーケストラと改名された、
 日本では数少ないプロの吹奏楽団として活躍しています。
 ~他の民間のプロの吹奏楽団としては大阪市音楽団だけだと記憶しています。

 東京佼成ウインドオーケストラについては、
 吹奏楽経験者の方にとってはニュー・サウンズ・イン・ブラスの演奏団体として、
 お馴染みでしょう。

 今回の曲目は、
 ホルストを除いて演奏される機会が少なく、
 どのような響きを聴かせてくれるのか楽しみです。

 ギャルドのふんわりとした響きと比較して、
 硬質なメリハリのあるサウンドを、
 聴かせてくれるのではないかと思います。
 ~ただし曲目リストを参考にすると、
 柔和な響きを要求される曲のようですが。
 
 プロの吹奏楽団の演奏会がテレビで放送されることは極めて貴重なので、
 吹奏楽にたずさわる友人やお子様のために、
 ぜひチェックされることをお奨めします。

 *この演奏会に行かれた方のリポートへのリンク。

 http://music-1000.blog.so-net.ne.jp/2008-02-16-1

  http://archive.mag2.com/0000054609/20080203090000001.html

  http://thunder-sax.cocolog-nifty.com/diary/2008/02/tkwoat_9ee1.html

 

 - 東京佼成ウインドオーケストラ演奏会 -
    
 <曲目リスト>   
                              
 「セレナード 変ロ長調 K.361」から:モーツァルト作曲 
  第1楽章、第3楽章、第6楽章、第7楽章
                              
 「吹奏楽のための第1組曲 変ホ長調」:ホルスト作曲
                              
 「管楽器のための交響曲」:ストラヴィンスキー作曲

            演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
            指揮:下野 竜也

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