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バージニア労働者

アメリカで働くってどんな感じ?アメリカの企業で働く統計アナリストの労働ブログ。アメリカ生活小話や猫も登場。

KISS <忌野清志郎>

2009年05月05日 | ALL ABOUT JAPAN
彼の訃報を数日前に知った。


だからといって、悲しいことを書く気はさらさらない。

彼については強烈な思い出があるので
それをちょっと書いておこうと思う。

**********

初めて彼をテレビで見たのが、私が小学校高学年だったと記憶する。

彼がブラウン管で歌っていたのがこれ


坂本教授とのコラボ

(ビデオはここで見れますよ)

私はすぐに虜になった。

当時私の周りの男性アイドルといえば
マッチやトシちゃんなどのジャニーズ系が圧倒的だった時代だ。

YMOだの、忌野清志郎だの、横浜銀蠅だの
海を飛び越えればジョージマイケルだの(今も好き)
に現を抜かす娘の将来を、

両親は本気で案じていたにちがいない。

今でもあの2人のキスシーンが忘れらない。

なんとセクシュアルなキスだろう。

初めてのキスは爽やかなレモンの味がするらしい
などと、

周りの女の子がうっとりとするその傍らで、

あのキスこそが

私がいつかしてみたいと思ったキスだった。


こう思い出すと
両親が私の将来に不安をつのらせた理由が
わからなくもない。

**********

先ほど友人のエムが、メールで伝えてきた。

「清志郎が亡くなったよ。すごい残念」

本当に残念だ。

日本を代表する、カッコいいロッカーだったからね。
ああいうおじさんって、もっといていいような気がする。


右から二人目

清志郎さん、あなたがいないと夜は暗いようです。




そんなことをぼんやり考えながらね
月末レポートやってる最中。

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こっちはまだ寒くて暖房はいってますよ。

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いつもありがとう。



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ついに母から

2009年04月07日 | ALL ABOUT JAPAN
2週間前から母は風邪を引いていて、
実は彼女は花粉症も患っているうえに、
中国からの黄砂もプラスされて、酷い目に遭っていた。

その三重苦の母を見舞うがごとく
今朝職場から携帯で、彼女がどうしているか電話してみた。

大分調子はいいらしいが、まだ完全には治らないらしい。

聞くところによると、妹家族も風邪をうつし合いしているらしく
その話を聞くだけでこっちまで鼻がむずむずしてきそうだった。

母とはそんなふうに、日本の家族がどーのこーのという
他愛のない話を少ししたのだが、
彼女が思い出したように、

「そういえば、あんたこないだフリスキーに酷いことしとったじゃない。」

と切り出した。

あの件なら
ハニバニからもかなり叱責された。
何も言い返す言葉がないぐらい反省して、
その後は、毎朝私が出かけるときは点呼まで取ってるぐらいだ。

まあ、私が頭数を数えるということですけどね。 2匹だけど

フリスキーの話が終わったかと思ったら、今度は

「それとねー、何なの、あの食生活は。」

ああ、ついにきたか。

「あんな食事ばっかり毎日食べよったらね、私死んでしまうわ。」

とまで言う。

母は妹みたいに物腰が柔らかいが、言うことは結構ずけずけ言う。
その娘ここにあり

なんやかんや言われて、やっと終わったかと思ったら、
なんとまだ言いたいことがあるらしい。

「あ、それからね、あの『おさしん』って言うのは、『お写真』のこと?」

(ぅ。)そうだけど、と言うと、

「もー!だったらちゃんと『お写真』って書きなさい。おさしん、おさしんって...あんた。」

と呆れていたが、その自分が「おさしん、おさしん」と連呼していたのが
滑稽に思えたのか、最後にはゲラゲラ笑っていた。

私もおかしくて一緒に笑った。


でもまあ

うるさく言われても、それはそれでブログを呼んでくれてるって
ことだからね。

私もニヤニヤしながら母の「お説教」を聞き入った。


しかし

ハハ ニモ マケズ

今日の おさしん


ハンバーグ

母の「おぇ」って言う声が聞こえてきそうだわ。

しかもね、ブロッコリー焦げたし。


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一人暮らししてる方、ちゃんとした食生活送ってる?

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彼が日本の経済

2009年02月19日 | ALL ABOUT JAPAN
昨夜、K姐からメールが届いていた。

内容はいつもどおり、彼女の近況を知らせるものだったが
終わりの方に、

「G7会合の日本の中川大臣の記者会見見た?」

とあった。

私は昨日のニュースといえば、さらに下落に拍車がかかる
DOWインダストリーしか頭になかったので
「中川大臣の記者会見」が何のことかさっぱりわからなかった。

ウェブで検索してみると、
出てくるわ出てくるわ、彼の記者会見のYouTubeが。
ほんま、便利な世の中になったよね

さて、そのビデオだが
見始めてすぐに、顎がデスクにぶつかっちゃうのではないかと
いうほど、開いた口が塞がらなかった。

が、仕舞いには笑い転げてしまった。


ひっく。 うぃ~♪

これではバーのカウンターで
「てやんで~ ば~ろ~。」

などほざいているおっさんではないか。

おぉ。
これは恥ずかすぃ。

イギリスだったかどこかの国では

『日本のファイナンスプライムミニスターは
SAKE プロブレムで云々...』

って報道してたよ。

ハニバニが何もそのニュースについて触れてこなかったので
こうこう、こういうことがあったのよと教えてあげると

「あ。それなら知ってたよ。」と言う。

さらに彼はこう付け加えた。

「日本の経済って今すごい悪いじゃん。
そういう国のファイナンスリーダーって、彼はもうやる気なかったのでは
ないかな。気持ち、わかるな。

だと。

でもね、彼は大臣ですよ?

大臣!    (今となってはすでに過去形)


私は異国にいながらも、日本がかつて手にしたあの
バブル経済が再び起こらないかなあと思っていたので
彼のでろんでろんな記者会見は、ショックであった。



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お酒といえば、妹はザルで、私はゲコなんですよ。

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From TOKYO

2009年02月01日 | ALL ABOUT JAPAN




今朝、キッチンでコーヒーを挽いていたときのこと。

誰かがドアのチャイムを鳴らして
ハニバニがドアを開けた。

どうやら郵便配達らしい。

「ジャパンからお届け物。」とハニバニが言い、
「ワオ。すごくでかいよ。」と続ける。

ああ。母がまた日本からラーメンを
商売が出来るほどたくさん送ってくれたのだろう。

だけど、ラーメンならこないだたくさん送ってくれたけど?

キッチンに入ってくる彼を見るなり、私はビックリした。

その郵便物は、中身は絶対に大型クッションだろうということを
想像させた。

さらにビックリしたのは、送り主は母ではなく
東京に住む、友人のエムだった。

郵送物には『Photograph』(写真)と明記されていた。

実はエムのご主人はフォトグラファー(写真家)で、
名前もとても知られている人だ。

とにかく一刻も早く開けたいが、
梱包が頑丈でハサミと格闘すること数分。


闘った相手は手ごわかったわよ

出てきた写真入りの額を見て、息をのむ。

送られてきた写真は、東京タワーや富士山までも一望できる
東京のサンセットのようだった。


著作権を配慮しているので小さめの写真ですがオスソワケ

暮れてゆく空のブルーと、夕日のオレンジのコントラストが
絶妙だ。

私はその写真の入った額を抱えてキッチンに座ったまま
そのTokyoに見とれた。

世界のTokyoは、やはり美しい。

あの飯嶋愛も、東京の夜景が大好きだったと聞いた。

写真に見とれる私の横で、同じくハニバニも
そのTokyoを見とれてていた。

と、彼いわく

「Tokyoの写真。なんかさ、もっとこう壁一杯に大きければいいのに。」

壁一杯の東京の夜景。

それではまるで80年代に流行った、安物のポスターではないか。
芸術を知らん男は、これだから困るよ

写真の右下にはエムのご主人のサインが、
そして額の裏には「Tokyo Mood」と書かれてあった。
それがこの作品のタイトルなのだろう。

エムにはこれまでも、ご主人が撮った写真のポストカードなどを
送ってくれたりしたが、今回のこの作品は本当に素晴らしいと思う。

手に職がある

ってこのことを言うんだろうな。

自分の感性を作品にして、それを残してゆけるなんて
素敵ではないか。

私はそれからもうしばらく、
そのTokyo Moodにひたった。

<エムへ>
素晴らしいプレゼントをありがとう。
ありがたく、家に飾らせてもらうね。

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ちなみに私、一眼レフの意味も知りません。

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受け入れてもらったこと

2008年11月23日 | ALL ABOUT JAPAN

左から:       Patsy    Piggie   Rockie


そういえば、今回の日本帰国で1つだけ心配ごとがあった。

それは、妹の娘、ほのちゃんのことだった。

前回帰国したとき彼女は1歳にもなっていなくて
私の存在など全く覚えていなくても、それはしょうがないことだった。

今回心配したのは、はたして「親族」として受け入れてくれるのだろうか
ということだった。

彼女の成長の記録は、妹から送られてくるメールに添付された写真のみで
確認できた。

実際に会う彼女は思ったとおり、とても大きくなっていて
感受性も一人前にありそうな2歳半の女の子だった。

広島空港で、「ハ~ィ!!」と両手を広げて再会を喜ぶ私。

彼女、逃げるし。

これもしょうがないだろう。
そうわかっていても、結構しょんぼりしてしまった。

生活を共にすると、目が合っただけでにっと笑ってくれるように
なった。

これは進歩だ。

私のいないところで、妹やおじいちゃんおばあちゃんに
私のことをいろいろ調査しているようだった。

やっぱり気になるのかな。

彼女は2歳半だが、一緒に暮らしていると
思わず彼女の年を忘れてしまうほど、彼女はうんと成長していて
対等に話もできるし、大人と同じ食生活で生活できるし、
母である妹の言うことをきちんと聞いた。

ただ、遊びにきた妹の友人の子供にやきもちを焼いたり、
「怖い顔の人形」が出てくるから見たがらない子供番組があったりするなど
やっぱり普通の2歳半的なところも見せた。



ある朝、目が覚めると妹はもう身支度で寝室を出ていて、
そこには私と、爆睡している彼女だけがいた。

とっても小さい彼女。

彼女の頭を軽く撫でた。

すーすーと、気持ち良さそうな吐息が聞こえる。

私が広島を離れる2,3日前ぐらいからやっと
彼女から進んで手をつないでくれるようになった。

私が思わせぶりにぎゅっとハグしても
嫌がられることなく、きゃーきゃーと笑いながらそれを
受け入れてくれるようになった。

でもそんなころ、私は帰らなくてはならなかった。

私の父と母をおじいちゃんおばあちゃんと呼び、
妹のことをお母さんと呼んで

私のことを「おねえちゃん」と呼び、
テレビのことをテベリと言う女の子。

 「グー」
Miss Hono


私を受け入れてくれてありがとう。

今度合うときは、対等に口げんかぐらいできるかな。 ぶっ

また会おうね。


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夢から覚めるとき

2008年11月21日 | ALL ABOUT JAPAN

雪が舞ってた広島空港



日本の水曜日の朝に広島を発ち、アメリカの水曜日の朝帰国した。
なんだかとっても変な感じ。

出発の朝はばたばたとして、後ろ髪をぐいぐい引かれるような思いで
広島空港に到着した。

初雪だったようで、タクシーの窓からはらはらと舞う雪を見ていたら
なんだか淋しくなった。

広島空港は、「ここはもしかして何かの会社?」ってほど
ビジネスマンで賑わっていた。これから東京で会議なのだろうか。

広島から成田、成田からDCの便は
ジェット気流に乗るから来たときよりも少しだけ飛行時間が短いが、
成田に向かう飛行機が富士山を通過するときに
機長がアナウンスに出てきてこう言った。

「みなさま、只今物凄いスピードで飛行しております!」

スピード狂なパイロットなのか?
なんだか声がとても楽しそうな感じで、そのまま

「うひょ~」

とか言ってもおかしくないぐらいのテンポだったのが笑えた。

結局1時間15分も早く成田に到着し、
成田-DCなんて1時間35分も早く到着してしまった。

さすがに日付変更線を超える海峡の上(アラスカに近いところ)では
揺れがすごくてぞっとしたが、
ジェット気流ってすごいと思った。

到着して、イミグレーションも税関もあっという間に通過したので
迎えに来るはずだったハニバニもまだ到着してなかったぐらいだ。

それにしても、変な言い方だけれども
あのぶっきらぼうで、無愛想な空港職員の態度を目の当たりにするなり
「ああ、帰ってきたね~」という安堵が広がった。

ここが私が住むところなのだ。


しばし、ぼんやりとしてハニバニを待つ。

30分ぐらいして彼が到着し、私を見るなりこう言った。

「どしたん?ホームレスみたいな格好して。」

「お疲れ~」とか言ってハグでもせんか、ハニバニ?

11時ぐらいに家に到着し、
キッチンで待機する2匹の柔らかい毛玉を抱きしめたら
緊張が一気にほぐれ、疲れがどっと出始めた。

これがジェットレグ(時差ぼけ)の始まりで、
軽くマックのハンバーガーを食べ終えてからは起きていたのに
まったくその記憶がなく、
夜もさっさと眠りについてからは、昏々と眠り続けた。

途中で、様子を伺いに仕事中のハニバニがうちに電話してきたときのこと。

受話器を持ち上げて、「はて。何と言えばいいのだろう?」と
思い、間違っては恥ずかしいので「もしもし」と答えると

「...ほんとにボケとるね。ここはもうアメリカですが?」と笑う彼。
彼とその後どんな会話をしたかも覚えてない。

昨日の昼すぎに、長い長い眠りから目が覚めたとき、
一瞬、自分がどこにいるかわからなかった。

そこがもう日本の実家ではないことを確認したときに
なんかこう、楽しい夢から目が覚めたような感じがした。

すべては夢だったのかな?

時差ぼけが抜けない。

私の時差ぼけは、アメリカに帰ってきてからがとても酷い。
今日は帰国して2日目で、だんだん感覚が戻ってきた。

今日から普通の生活に戻さなくてはならない。

それにしても楽しかった。
短い滞在だから、余計にそう思うのか。

次の帰国はやっぱり2年後になるだろう。
できることなら毎年帰国したい。

とりあえず、夢のようなバケーションはこれでおしまい。

聞きなれたCNNの英語のニュースを聞きながら
現実に戻ったのだと、実感する。


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これからは少し、日本での思い出を書いていきます。
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あの人に会ってきた (3)

2008年11月17日 | ALL ABOUT JAPAN
今回の「あの人に会ってきたシリーズ」で登場するのは
なんと『ネットで出会い系』なのだ。

ケイエスもスキャンダラスね、と思うだろう。

そのお相手とは、すでに常連コメンテーターと化している

「りん」さんことりんちゃん ←呼び名、そのままじゃん 

なのだ。

もちろん彼女とは今まで面識がない。
知っていることは、女性で広島市内に住んでいて、キャリアウーマン
ということ。

今回の帰国で彼女こそ大丈夫であれば、是非会っておきたい人だった。

お誘いは、お互いにここのgooの会員だったのでメールを出すことが
できた。

情けないことにこのケイエス、メールでお誘いしときながら
メールを送信しといてものすごい後悔の念に駆られる。

だって、いくらコメントを通じて仲良くなっても
やっぱり実際に会うとなると相手にとってはとっても不気味に思うかも
知れないと思ったからだ。

どうしよう。

仕事中、うっかり送りたくないメールを送ってしまった場合
それにリコールをかけて送ったメールを削除することができる。

その方法はgooにはない。

なんだかとてつもなく悪いことをしたような気になる。

ところがしばらくして彼女から返事が届いた。
「是非会いましょう!」と。

で、昨日早速会ってきた。

彼女のブログでは彼女は自分の顔のところに
子犬の顔を貼っている。
彼女いわく、その子犬に大変似ているということで彼女の友人が
持ってきたそうなのだ。

実際に会う彼女は、私の予想をはるかにこえた
とても綺麗でお洒落でキャリアな女の子だった。

彼女のブログからもただただ可愛いとしか
印象が伝わらなかったから。

笑うととても人懐っこい顔になるのが
本当にその子犬だったのでびっくりした。

でも話をし始めると、私が知ってるそのままの彼女で
初対面なのに全く初対面でないような感じがあって
とってもリラックスできた。

それこそ昔同じ高校に行っていた
友人の一人に会うような錯覚に陥るほどであった。

もしかしたら急なことで彼女には悪いことをしたかも知れないけど
私はとてもうれしかった。
おまけに素敵なプレゼントももらっちゃったよー

りんちゃんには感謝です。
楽しい時間を本当にどうもありがとう!


その日の夜は、2年ぶりに会う親戚が遊びに来てくれた。
いとこのお姉さんと父方のおばさん。

こうやって会いに来てくれるなんて私も幸せ者だ。

それより何よりも、会う人会う人が全員元気でいるということが
ありがたい。

私自身も元気でいなければな、と思う。


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あの人に会ってきた (2)

2008年11月16日 | ALL ABOUT JAPAN
今回は以前このブログで登場してしかもコメントまでくれたことがある
友人エムに会ってきた。

彼女とは同じ中学に3年通いながらも、話をしたことがなかったと思う。
なんで仲がよくなったかというと、これがまた不思議なきっかけだった。

中学生当時、エムにはかっちょ良い彼氏がいた。

で、彼と私が同じ高校に進学し、
高校2年の時に偶然同じクラスになって
たまたま彼を訪ねて来ていたエムと再会する形で初めて
会話をするようになったのがきっかけ。

だから彼と同じクラスになってなければ
彼女と再会して話をするなどなかったわけだ。

中学のときは、彼女とはクラスも全く違っていたし
同じクラスだったとしても気が合いそうにないかもって
思ったし。

だからこんなふとしたきっかけで話をするようになって
まさかこんなに気があって、
いつまでも連絡し合えるなんて夢にも思わんかったよ。

今思えばこのめぐり合いというか、縁というか、
私はラッキーだったと思う。

で、今回彼女に会ったのはなんと12年ぶり。
以前会ったのは、私が渡米するときにビザを受け取りに
アメリカ大使館に行ったときに、すでに東京で生活していた
彼女と食事をした以来だった。

彼女とも日々、何でもない事柄をメールで連絡しあってるので
すっごい久々の再会なのにくらくらするような感覚はなかった。

それでもハグをしたら泣きそうになった。

彼女が元気でいてくれてうれしい。

そのあと二人は和食系居酒屋に移動し、
他の友人と合流した。

他の友人も小学校、中学校から知っている友達で、
彼女らに再会したのはかれこれ20数年ぶりになると思う。

ほとんど同窓会だよね。

しばし昔の思い出話で盛り上がり、
生きてく道は全く違ってもみんな元気でやりよるよねー

って言って、再会を締めくくった。

帰りのタクシーの中で
ゆるりとする至福にひたりながら

それにしてもエムは酒が強いね

と、かっこよくグラスをグイグイ空ける美しい彼女を
思い出していた。


エムへ: 昨夜はありがとう。とっても楽しくて美味しくて、ケイエスは幸せでした。 次も元気で再会しようね。


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日本の女の子

2008年11月13日 | ALL ABOUT JAPAN
そういえば帰国するたびにしみじみ思うことがある。

日本の女の子って細いねー。
本当に折れそうなぐらい。

私が後ろからキックしたら背骨が簡単に折れるよ
ってか、後ろからキックは犯罪です

いつもアメリカで自分よりも大きな女性に囲まれてるから
っていうのもあるかも知れないが
帰国の度に、そう思うのだ。

理解しがたいのが
あんなに細いのに、さらなる細身をゲットするべく
ダイエットしてたりする。

なんでよ?
ダイエットしなければいけないお肉も見当たらないではないですか。

私は自分で言うのもなんだが、
彼女らに比べたらちと太めかも。

あ、もう一回言っとこう。

ちと  ね。

いや、これも自分で言うのもなんだが、
それは健康的に見える程度のものだけどね。

母も妹も(妹は細くて背が高いのでオリーブみたい)
K姐も、私の周りには私よりも太い感じの女性がいない。

こないだ会ってきたK姐。
彼女はメールでいつも

『今日も食べすぎて、体重がやばい~』

など送ってくるものだから、今回会うことになって
彼女のデブ度を目の当たりにするのを楽しみにしていたのに
実際に会う彼女は予想をぶち壊すほどの細身のジャパニーズガールだった。

なんか がっかり (笑)

で、彼女と食べた食事の終わりにコーヒーがでてきて
私は砂糖もクリームもたっぷり入れるのだけど
その際にダイエット甘味料と砂糖があって、
何気なく砂糖を取り上げると、彼女がこう言った。

『え?ダイエットじゃなくていいの???』

そして一瞬沈黙に  ぶっ

それって「ダイエットじゃなくていいの?」の後に実は

(デブなのに)

って言葉が続くのではなかろうか???

ケイエスの名誉にかけて言うが、
私はデブではない。アメリカに帰れば、スリムなジャパニーズガールと
必ず言われるほどだ。

なのに日本ではそうもいかない。
アメリカが恋しくなる瞬間だわ


日本の女の子、細すぎですよ?


今日はこれから母、妹それから姪と一緒に出かけるが、
今日こそ日本のデブな女の子を見つけてみようと思う。

多分いないだろうけど。

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あの人に会ってきた (1)

2008年11月12日 | ALL ABOUT JAPAN
昨日はちょっと遠出して広島を脱出。

行って来たところは、



京都 どすえ



ここに友情出演(?)するK姐に会いにね。


新幹線にのって2時間弱で京都に到着なら
ぼ~~~~~~っとしてる間に着いちゃうし、
なんせ彼女に最後に会ったのは、確か19、20歳ぐらいだったので
実に18年ぶりかも。
(ほら、また年ばらすし)

メールではしょっちゅう会話があるし
写真なども送ったりするので、会わなくても
今のお互いの姿などは知ってるのだけど、
やっぱり生身を目の前で見て、ハグをするのは最高にハッピー。

ハグして彼女が一番に言ったことは

『あ~~~~!アメリカのフレグランスがする!!!!!』

だった。笑える。

それから伊勢丹の上の展望上に行って京都の街を
眺めたりして、彼女があらかじめ予約しておいたという
日本料理屋で懐石ランチをした。 リッチだね~

お腹すいてて、写真撮るのを完全に忘れてて
彼女が「写真いいの?」って言ってくれた。
途中から写真撮ったのに、母のPCから写真を取り込めない(涙)

京都の食べ物、美味しいね~
とにかく上品っていうかね(懐石だからななあ)
美しいのだ。

食べ終わってからまた場所を喫茶店に移して
話に花を咲かせて咲かせて、咲かせまくった。

彼女とは中学1年からの付き合いだから、長いっちゃあ長い。

彼女は中学を卒業するとともに京都に引っ越してしまって、
それからは別々の都市で別々の進路を歩んだが、
お互いにお互いの道を見守り続けた。

今、彼女は1児(女の子11歳)の母で
お仕事も立派にこなしている。

数時間だったが、とても有意義な時間をすごした。
二人でひーひー笑いながらおしゃべりに没頭していると
時間が中学生のころにタイムワープする感覚に陥った。


暮れてゆく京都をあとに、私はまた広島に帰ってきた。


のぞみ700シリーズという、かっちょよい新幹線に乗って。


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Hello Japan, Hello Hiroshima

2008年11月10日 | ALL ABOUT JAPAN
バケーションが始まった。

なんと今日本で、広島。
実家にいて、妹も娘のほのちゃんを連れて帰ってきている。
だからこの狭い実家に全員集合で、とても賑やかだ。

ワシントンDCから成田の飛行機は14時間でうんざりすると思いきや
結構あっという間という感じで、揺れもほとんどなく快適。

いつも全日空を利用するが、CAの細やかなサービスにはいつも感動する。
彼女たちはプロだ。
笑顔をいつも絶やさず、とても美しくて優しい。

そんな彼女たちを見ていると、日本人であることに誇りを感じてしまう。

そういえば機内で爆睡しようと、ハニバニに睡眠薬をもらって
それを服用したが、まったく眠気が来なかった。
なぜだ???

結局映画を見たり、日本のTV番組見たりして
後はCAと話をして過ごしたりした。
離陸するときも話しに夢中になっていたので(座席がCAの前だったので)
離陸したことも知らずにいたぐらいだ。

とにかく、久々の日本、久々の広島。

これから10日間の滞在。

楽しいバケーションが始まった。

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ベッキーに ”Thanks”

2008年09月13日 | ALL ABOUT JAPAN
今日は金曜日で、心ウキウキのはずだったのに
朝からなんだかメランコリーだった。

だって今日はベッキーと
一緒に仕事が出来る最後の日だったのだから。

ベッキーに関する記事





来週の月曜日から彼女は新しい職場に移る。

彼女に感謝の気持ちを伝えたくて、
昨日はターゲットに行って、ちょっとしたプレゼントを買った。

何が良いかずいぶんと考えた末、
家族思いで、デスクにも写真をたくさん飾ってる彼女には
ピクチャーフレームがいいかなと思い、
「FAMILY」とかシンプルに描かれてる木製の写真たてにした。

もちろん『Thank You Card』もつけてね。

カードの文章もできるだけ簡潔に、でも心がこもるように
いろいろ考えた。


今朝モーニングレポートを終え、一息ついたところで
彼女のデスクへプレゼントを持って行ったら、
もうすっかり片付いていて、それが淋しさを一層駆り立てる。

「ハイ、ベッキー。今日はねプレゼントを持ってきたよ。」

とそろそろとプレゼントを渡す。

「んもー、ケイエス!こんなことしなくてもいいのに。
でも私、プレゼントは大好き。」

と彼女もてれながらプレゼントを開ける。
人目で気に入ってくれたようだ。

で、カードを開いた瞬間、バッとそのカードを閉じて

「ダメ。これ今読めない。読んだら絶対に泣いちゃう。」

って言いながら彼女もう泣いてんの。

「ちょっと、ベッキー、何なんね。」と言いながら私も泣く。

こんなはずではなかったのに。

と、隣のキューブから誰かがトイレットペーパーの
ロールを投げてくれた。

『これ、いるでしょう?』って言って。

あはははと笑いながら二人で涙を拭いた。


立つ鳥 後を濁さず

という言葉があるが、これはまさに彼女に当てはまる。

彼女は昨日まで、自分の後に就く人が、または周りの人が
困らないように、自分の関わることの資料召集に膨大な時間を費やしていた。

彼女がいなくなって、私がレポートのコードで困らないようにと
いろんな種類の「一覧表」を作っては、メールでどんどん
送ってきていた。

今まで職場を去る人は、山ほど見てきたが、
彼女のように他人のことを考えながら去る人を見たことがなかった。

残された私や他の同僚は、まだ気がついていないかも知れない。
彼女がいなくなったことで、どれほど打撃を受けるかということを。

「職場変わっても階が変わるだけだし。
何かあったら連絡してね。グッドラック。」

と言って、私は自分のデスクに戻って
それからしばらくは、なんだかぼーっとしてたな。

なんかこう、「つまんない。」と言う感じ。


私はベッキーの後継者でもなければ
ベッキーのように仕事をこなすことも出来ないが、
彼女の仕事に対する責任感というものは私なりに果たせそうだ。


彼女の次の職場での奮闘振りが想像できる。
頑張れ、ベッキー。

それから今までバックアップをありがとう。



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今日ハニバニが帰って来たのでメキシカン。



意味はない。


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Have a nice weekend!



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あの人からのお届け物

2008年07月20日 | ALL ABOUT JAPAN
今朝もやって来て、朝食を楽しむこいつ。



...ま、いっか。


さて、ランチを外で済ませて家に帰ってくると、
玄関に小包が届いていた。

何か注文してたっけ?と思い、箱を見ると
K姐からで、ああ、あの品物ねと急に思い出した。



数週間前にK姐が、「誕生日、何が欲しいん?」と聞いてきた。
そういえば私の誕生日が近づく。
「冷麺」と私が答え、「了解しました」とK姐。

冷麺。
だって好きなんだもん。

それが届いたのだ。

しかし開けてみると、出てくるわ出てくるわ、
Japanese Snack



カードは入っていなかったが、その代わりに
K姐の娘のhonakaちゃんからの心のこもったかわいらしいイラスト付きのお手紙が入っていた。

K姐曰く、「バースデーカードを買ったつもりが
家に帰ってよく見るとクリスマスカードだった」

よく見なかった彼女にも笑えるが、
いまどきクリスマスカードを店頭に置く店にも笑える。

もうひとつ、笑えると言えばこれ。



バナナ風味のチョコレートがダークチョコレートで
コーティングされてあるらしいチョコボール。

...のはずが、開けてみると







ブロック。

この小包は、南米経由ですか?(ぶっ)

他に入っていた、ブルーベリーチョコのポッキーは
無事だったので、どうもこのチョコボールは大変熱に弱かったとみる。



K姐、でも全然平気よ。







砕きましたから。

さっそく試食をば。

おぉぉぉ。
日本はベーカリー類やデザート系で世界一だと思うが、
チョコレートが本当に美味しい。

日本に里帰りして、職場のお土産では必ずチョコレートに
しているが、みんな日本のチョコレートを絶賛するのだ。

K姐、honakaちゃん、心のこもったプレゼントありがとう!
すっごくうれしかったよ。
これからゆっくりと食べていくね。

K姐、本と謎のDVD(何かのTV番組らしい)も後で楽しませてもらうね(笑)。


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母なる大地のふところに

2008年05月11日 | ALL ABOUT JAPAN
うちの表の庭には、植え木が2本ある。

そのうちの1本がとてつもなくでかい。

私はこの木が、冬の間は大嫌いだ。

なぜなら、いつまでも枯れ葉を未練がましくくっくけておくから、
なんだかみすぼらしく見えてるから。

でも、春から初夏にかけて、新緑が芽生えるころ、
見違えるようにカッコいい木に変身する。

今日みたいに、なんだか暑い日なんて
木の根元、というか、真下には、素晴らしい日陰ができていて、
思わずそこへ潜ってみた。

『潜る』という言い方は変なような気がするが、
木の枝がとても長く、ちょうど傘の中に入る感じなので、「潜る」でいいのだ。

潜ってみると、本当に気温が10度ぐらい低いようだ。

ちょうどよく風も入るし、とっても心地が良い。

葉っぱの隙間からこぼれる日差しも丁度良い。





                                


以前から、野鳥やリス、そして野ウサギがその木の下で
たたずんでいるのを目撃していたが、
ここは確かにオアシスみたいだ。




日本はすっかり日曜日で、「母の日」だ。

私はすっかりうっかりしていて、母の日を完全に忘れていた。
日本にいるなら、食事にでも連れて行きたいところだ。


私がまだ小娘だった頃、私は母に、かなり迷惑や心配をかけた。

母には、いつも感謝しても感謝しきれないぐらい感謝している。

母は、モデルのような顔も体型も与えてくれなかったが、
その代わりに、とても健康な体をくれた。

母親が子供に与えることができるもので、それ以上のものって
何があるだろうか。

母には、感謝だ。


木の下から上を見上げて、そんなことを考えた。


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この笑顔を守ろう

2008年04月20日 | ALL ABOUT JAPAN
今日は、完璧に身内の話。


ずっと前、妹の娘ほのちゃんがどういう経緯で産まれてきたか
をここで挙げた(ハネムーンの呪縛がとけるとき)。

彼女に最後に会ったのが、2006年11月で、
あの時彼女は、まだ生まれて6ヶ月ごろしか経っていなかった。

 は・じ・め・まっして~私がOBAよ♪



彼女も、来月で2歳になる。

 彼女の横で微笑むイビツなヤツ、それはeebee



もうすっかり話もできるし、自我が出てきて可愛い盛りだそうだ。

 Geeちゃん&Baaちゃんとこ。即席の滑り台(こたつ)

 ほの下落 Baaちゃん大笑い


今度彼女に会うのは今年の11月ぐらいかな、と思う。

私はアメリカ生活が長いが、ホームシックになって
早く日本に帰りたい...などと思ったことは、
今まで一度もなかった。

ほのちゃんが誕生するまでは。

電話やメールで報告されてわかるだけの彼女の成長。
想像力をフルに利用して、だんだん大きくなる彼女を
頭に浮かべる。

次に会う時は、彼女は私のことを覚えていないだろう。

「おばちゃん、誰?」

とか言われたら、どうしよう...。

そして、今ふと思ったこと。

この場合、「どうしよう」と思うのは、

おばちゃん』と言われることなのか
誰?』と聞かれることなのか。

うーん。どちらも、やだな。


 Rainbow in Guam


全ての親は、子供の幸せを心から祈る。

健康でありますように
怪我をしませんように
すくすく育ちますように

 Dancing with dad


でもたくさん生きてると、避けられない壁にいくつか出会う。

私が彼女に願うのは、将来、どんなに辛いことに出会っても、
負けないで欲しい。

どんなに泣いても、笑顔を取り戻して欲しいということだ。

 Happy Breakfast in Guam

...って言っても、彼女にはまだわからないだろうな。

とりあえず、妹と義弟の泰司くんに私の願いを託すとして。






               

                     彼女の笑顔が、ずっと続きますように。
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