大学に出す実習の報告書です。
小説調で書きました。
学長には「実習を終わって…。」とか「3週間を振り返って」とかわやめろよ。
「赤いハンカチ」とか面白い題にしろよ。と言われたのですが...。
題は「居残りクラブ」
「居残りクラブ」
私の受け持ったクラスは1年F組。
男子二十七人、女子十三人のクラスだ。
女子が極端に多いのにカップル率が高く、五組くらいいた。
別れたカップルはすでに二組。私の時代では考えれない仲のよさだ。
自分のときは男子と付き合えるほど余裕はなかったけどなぁ…なんて思った。
Y高校は通りかかる子みんなが挨拶をしてきてくれるいい子達ばかりだった。一日目から学校にしっくり言った感じだった。
掃除のときも男子がよく話しかけてきてくれたので疎外感はなかった。
1Fの特徴は授業後に居残りクラブと言うものがあり、男子数名がクラスにたむろって遊んでいることだ。
何をしているかというと話をしたり、机を縦二列、横六列並べて真ん中に辞書をおいて卓球をしたりしているのだ。そして彼らにも彼女がおり、彼女が部活をやっているからその間時間を潰しているという事らしかった。
私も掃除の後手持ち無沙汰でよく残っている子達と話をした。私は勝手に彼らが私と話したいから残っていたのだと勘違いしていたら、もともと授業後はたむろっているようだった。その中にいたのがG君だ。
「先生、おはよう。」
「先生、やっほー。」
いつも特に用もないのに話しかけてくるその子は目のくりくりしたごつい男子だった。しかし結構癖のあるやつで、
「あれ今日いたの?」
とか
「先生今日授業中寝ちゃったよ。」
などとすました顔でいうやつなのだ。そのG君を中心に放課後たむろしていた。
一週間目はわりと楽で、初めの方は見学ばっかりだったし、教官が三人の子持ちの忙しい方だったので噂で聞いていた地獄の十時帰宅などではなく、五時三十分には日誌を見せて帰ることが出来た。
しかし、日誌も量が多く、見学内容の報告書も一時限の報告に二十分位かかるので楽ではなかった。二日目と三日目は一年生が稲武に行っていたから授業案を見てもらえず、内心不安だったが毎日六時くらいには校門をくぐっていた。慣れてから何日かした日、先生方に挨拶をし、職員玄関を出ると、そこには居残りクラブいた。
「あれ先生もう帰るの?」
と、G君が聞いてきた。そして意外なことに私の中ではあまり目立っていなかった、授業中いつも本を読んでいて、特に発言回数も多くないぱっとしない顔立ちと言っては失礼だが、第一印象の薄かったHさん、そして他数名が今度は校門でたむろしていた。
なんとクラスでやんちゃなG君とHさんはカップルだったのだ。
G君はHさんが部活が終わるのを待つために居残っていたようだ。
そこで部活帰りのU君が合流した。わいわい話しているうちに、G君とHさんが付き合っていると言うことがなんだかしっくり来るのが自分でも分かった。
私も居残りクラブに参加して三十分くらい居座っていることがよくあった。
卓球をさせてもらったこともあった。その時間を通して生徒のことをよく知れたように思う。
しかしG君は気まぐれなので、授業実習の前日椅子を運ぶことを頼んだのに逃げられてしまった。仲がいいと思っていたのに
「めんどくさいから」
と言って帰ってしまったG君に裏切られたような気持ちになった。
しかし、教師というのはそんななものなのかもしれない。信じて、裏切られて、それでも信じて。
もう一生無視してやろうか、
と思ったがここは教師らしく次の日に
「昨日帰ったでしょー。」
とちくっと言うだけにしておいた。
Y校にいた時は、予想はしていたが恋愛の話が多かった。
「先生彼氏いる?」
「何年付き合ってるの?」
「上手に付き合うコツは?」
ある日仲良くなったA組のIさんの話だが、F組の男の子が好きらしく、
「先生何かアッピールしといてよ!」
と言われたから、ちょこっとその男の子に、口添えをしたら後で
「先生Y君に私のこと言ったでしょ!」
と怒られてしまった。私はキューピット役として役を果たしただけなのに、思春期と言うのは本当によく分からない。
私は高校生同士が付き合うのは反対だった。
自分の時彼氏がいなかったからうらやんでいるわけではなく、学業に専念して欲しかったからだ。
彼氏だけに時間を割くのではなくたくさん本を読み、部活をし、若いときしか出来ない体験をしてしてほしかった。
しかし、彼らは自然に出来たカップルだったし、いてもいなくても勉強ができる子は出来るし、出来ない子は出来ないのかもしれない。何より私の高校時代はコンプレックスの塊だったから、高校生で異性と気軽に話が出来るなんて、逆に精神的にゆとりがある証拠かもしれない。
その点では羨ましいかもしれない。
最後の英語の授業の時、ある生徒が
「先生!山校の先生になってよ!」
と言ってくれた。しかしG君は
「先生がもし山校の先生になったら、俺5百円ハゲが出来ちゃう。」
とまた憎たらしいことを言ってきた。しかしそんな彼も最後のメッセージカードは
「授業中うるさくしてごめんね。」
だった。いやいやその憎たらしいメッセージの裏には
「先生大好き!」
って言うのを感じているから大丈夫だよ。
そして最後の授業でのto不定詞の副詞的用法のパターンプラクティス、生徒が発言してくれた例文がこれだ。
I go to school to talk with Aki.
私はきっと先生になる。
面白かった?つまらなかった?
小説調で書きました。
学長には「実習を終わって…。」とか「3週間を振り返って」とかわやめろよ。
「赤いハンカチ」とか面白い題にしろよ。と言われたのですが...。
題は「居残りクラブ」
「居残りクラブ」
私の受け持ったクラスは1年F組。
男子二十七人、女子十三人のクラスだ。
女子が極端に多いのにカップル率が高く、五組くらいいた。
別れたカップルはすでに二組。私の時代では考えれない仲のよさだ。
自分のときは男子と付き合えるほど余裕はなかったけどなぁ…なんて思った。
Y高校は通りかかる子みんなが挨拶をしてきてくれるいい子達ばかりだった。一日目から学校にしっくり言った感じだった。
掃除のときも男子がよく話しかけてきてくれたので疎外感はなかった。
1Fの特徴は授業後に居残りクラブと言うものがあり、男子数名がクラスにたむろって遊んでいることだ。
何をしているかというと話をしたり、机を縦二列、横六列並べて真ん中に辞書をおいて卓球をしたりしているのだ。そして彼らにも彼女がおり、彼女が部活をやっているからその間時間を潰しているという事らしかった。
私も掃除の後手持ち無沙汰でよく残っている子達と話をした。私は勝手に彼らが私と話したいから残っていたのだと勘違いしていたら、もともと授業後はたむろっているようだった。その中にいたのがG君だ。
「先生、おはよう。」
「先生、やっほー。」
いつも特に用もないのに話しかけてくるその子は目のくりくりしたごつい男子だった。しかし結構癖のあるやつで、
「あれ今日いたの?」
とか
「先生今日授業中寝ちゃったよ。」
などとすました顔でいうやつなのだ。そのG君を中心に放課後たむろしていた。
一週間目はわりと楽で、初めの方は見学ばっかりだったし、教官が三人の子持ちの忙しい方だったので噂で聞いていた地獄の十時帰宅などではなく、五時三十分には日誌を見せて帰ることが出来た。
しかし、日誌も量が多く、見学内容の報告書も一時限の報告に二十分位かかるので楽ではなかった。二日目と三日目は一年生が稲武に行っていたから授業案を見てもらえず、内心不安だったが毎日六時くらいには校門をくぐっていた。慣れてから何日かした日、先生方に挨拶をし、職員玄関を出ると、そこには居残りクラブいた。
「あれ先生もう帰るの?」
と、G君が聞いてきた。そして意外なことに私の中ではあまり目立っていなかった、授業中いつも本を読んでいて、特に発言回数も多くないぱっとしない顔立ちと言っては失礼だが、第一印象の薄かったHさん、そして他数名が今度は校門でたむろしていた。
なんとクラスでやんちゃなG君とHさんはカップルだったのだ。
G君はHさんが部活が終わるのを待つために居残っていたようだ。
そこで部活帰りのU君が合流した。わいわい話しているうちに、G君とHさんが付き合っていると言うことがなんだかしっくり来るのが自分でも分かった。
私も居残りクラブに参加して三十分くらい居座っていることがよくあった。
卓球をさせてもらったこともあった。その時間を通して生徒のことをよく知れたように思う。
しかしG君は気まぐれなので、授業実習の前日椅子を運ぶことを頼んだのに逃げられてしまった。仲がいいと思っていたのに
「めんどくさいから」
と言って帰ってしまったG君に裏切られたような気持ちになった。
しかし、教師というのはそんななものなのかもしれない。信じて、裏切られて、それでも信じて。
もう一生無視してやろうか、
と思ったがここは教師らしく次の日に
「昨日帰ったでしょー。」
とちくっと言うだけにしておいた。
Y校にいた時は、予想はしていたが恋愛の話が多かった。
「先生彼氏いる?」
「何年付き合ってるの?」
「上手に付き合うコツは?」
ある日仲良くなったA組のIさんの話だが、F組の男の子が好きらしく、
「先生何かアッピールしといてよ!」
と言われたから、ちょこっとその男の子に、口添えをしたら後で
「先生Y君に私のこと言ったでしょ!」
と怒られてしまった。私はキューピット役として役を果たしただけなのに、思春期と言うのは本当によく分からない。
私は高校生同士が付き合うのは反対だった。
自分の時彼氏がいなかったからうらやんでいるわけではなく、学業に専念して欲しかったからだ。
彼氏だけに時間を割くのではなくたくさん本を読み、部活をし、若いときしか出来ない体験をしてしてほしかった。
しかし、彼らは自然に出来たカップルだったし、いてもいなくても勉強ができる子は出来るし、出来ない子は出来ないのかもしれない。何より私の高校時代はコンプレックスの塊だったから、高校生で異性と気軽に話が出来るなんて、逆に精神的にゆとりがある証拠かもしれない。
その点では羨ましいかもしれない。
最後の英語の授業の時、ある生徒が
「先生!山校の先生になってよ!」
と言ってくれた。しかしG君は
「先生がもし山校の先生になったら、俺5百円ハゲが出来ちゃう。」
とまた憎たらしいことを言ってきた。しかしそんな彼も最後のメッセージカードは
「授業中うるさくしてごめんね。」
だった。いやいやその憎たらしいメッセージの裏には
「先生大好き!」
って言うのを感じているから大丈夫だよ。
そして最後の授業でのto不定詞の副詞的用法のパターンプラクティス、生徒が発言してくれた例文がこれだ。
I go to school to talk with Aki.
私はきっと先生になる。
面白かった?つまらなかった?
でも言った傷つくかなぁと思って。
あはは~。
まだ那智の滝でも滴り落ちるほどじゃないのに……; 最近那智の滝水の量が減ったんだジョ~♪♪
ヽ(゜ω、゜)ノ
恋愛のとこかな?直したほうがよかったら言ってね。
感動物語と言うか、正直、平々凡々な実習だったのですが私はとってもたのしかったです。
金八じゃないし、経験もない先生が超感動的なことはそうそう起きないよね。
でも正教員になったらあるといいな。