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言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

鉄道と自動車、どちらが効率的か

2010-08-26 | 日記
山養世 『道路問題を解く』 ( p.190 )

 しかし、エネルギーや環境の面から見て、電車が自動車より常に優れているとはいい切れません。満員電車に乗るのは苦痛ですが、乗客一人当たりのエネルギー消費は、自動車よりもはるかに少なくなります。
 でも、当たり前の話ですが、電車に乗る人数が少なくなれば、こうした環境への優位性は減少します。一両に数人しか乗らない電車の乗客一人当たりのコストと環境負荷は巨大です。電線に通しておく電気、沿線での照明、信号機、さらに駅や線路のメンテナンス、掃除、洗車、駅員や乗務員のコストがかかります。人口密度の低い地域では、鉄道よりも道路のほうがはるかに維持コストは低いのです。乗客が少ない地方のローカル線が廃止に追い込まれ、住民の足が自動車だけになっていったのも、自動車よりも電車のほうが、乗客一人当たりではるかにコストがかかるからです。
 日本人全員が大都市に住んで電車に乗り、それ以外の地方に住まなければ、国全体のエネルギー問題や環境問題は改善するでしょう。でも、そのときの日本は、耐えがたい過密の大都市の外には、無人の廃墟と原野しかない国土になるでしょう。こんなことは願い下げです。
 そうなると、一定以上の人口密度のあるところでは、できるだけ電車を使い、それ以下の密度のところでは自動車を使うという現実を前提に、できるだけの改善を図るべきでしょう。やはり、ヨーロッパの多くの国のように、高速道路は長距離や都市間の移動に使い、たとえ地方都市でも、中心市街地は路面電車、自転車、徒歩などを主体とした交通を中心にすべきでしょう。さらに、自動車の害であるエネルギー消費、環境汚染、交通事故などの改善に、より多くの資源を投入すべきです。
 そのうえで、国全体の交通の最適化を図るべきです。
 貨物輸送でいえば、北海道から九州といった長距離では、電車や船を使った輸送が合理的です。インターモダルという仕組みを使えば、貨物列車からトラックへの移し替えも簡単ですが、日本では進んでいません。空港や港から鉄道や高速道路への接続も改善すべきです。地方空港に海外から来たお客さんが、高速道路や鉄道にすぐに乗れなくては、海外との観光やビジネスの展開はうまくいきません。


 一見、電車は自動車よりもエネルギー消費が少なく効率的であるかに思われるが、それは都会に限っての話である。地方においては、電車よりも自動車のほうが効率的である、と書かれています。



 この話、なるほどと思いました。私は一度に大量の人員・物資を運べる鉄道は、自動車に比べて効率的であると思っていましたが、それは乗客や貨物が多い場合にしか成り立ちません。したがって、私が「高速道路無料化論」で述べた、高速道路を無料にすれば鉄道利用者の一部は自動車利用に切り替えるので、かえってエネルギー消費が増える、環境にやさしくない、という主張は、都市部の状況を前提にしており、誤りであるということになります。

 もっとも、この話は、地方における電車・汽車の本数 (1日何本走っているのか) にもよることはあきらかです。電車・汽車の本数を減らせば、電車・汽車 1 本あたりの乗客数は増えます。しかし、地方の人には地方の人なりの事情があり、数少ない電車・汽車の出発時刻まで「何時間でも待てばよい」とは言えないでしょう。また、あまりに本数が少ないと、乗客は自家用車やバス利用に切り替えると予想されます。

 したがって、「地方においては、鉄道よりも自動車のほうが効率的である」という主張は、方向性としては、間違っていないと思われます。



 とすると、「高速料金の最適化」を図り、地方の高速は無料にするが、都市部の高速は有料を維持するという方向性は、エネルギー消費・環境問題改善の面で、正しい方向を指し示している、と考えてよいのではないかと思います。



 なお、長距離輸送について、高速道路無料化が鉄道にもたらす影響については、次の報道が参考になります。



YOMIURI ONLINE」の「高速無料化、JR特急の乗客数が最大14%減」( 2010年8月12日21時32分 )

 全国の37路線50区間の高速道路で始まった無料化の社会実験で、対象区間と並行するJRの特急の乗客が前年同期比で最大14%減少したことが、国土交通省のまとめでわかった。

 6月28日の実験開始からの1週間を対象に、JR北海道、四国、九州の3社の特急の乗客数を前年同期と比べた。休日は、北海道のJR函館線(滝川―旭川、「オホーツク」など)と宗谷線(旭川―名寄、「スーパー宗谷」など)がともに14%減となるなど、12区間のうち11区間で前年同期を下回り、5区間は10%を超える大幅な減少となった。平日も11区間で乗客が2~10%減った。

 無料化された高速道路の交通量は、実験前に比べて平均2倍程度に増えており、社会実験は開始前から、競合する交通機関の経営を圧迫する可能性が指摘されていた。ただ、前年との天候の違いの影響もあるとみられ、国交省は交通量のデータ収集と分析を続けるとしている。


 JR北海道、四国、九州の3社について、高速道路無料化実験の期間中、「対象区間と並行するJRの特急の乗客が前年同期比で最大14%減少した」と報じられています。



 本州 (大都市周辺) はどうなのか、この記事のみではわかりませんが、

 北海道・四国・九州 (つまり地方) では、鉄道に及ぼす影響は最大で、マイナス 14 %程度であることがわかります。



 この数字をどう読むか、それが問題ですが、これについては、ゆっくり考えたいと思います。

高速料金の最適化

2010-08-25 | 日記
山養世 『道路問題を解く』 ( p.171 )

 これまで、財源の面から見れば、全国の高速道路はすべて無料にできることを示しました。しかし、あくまで財源から見た話です。渋滞問題や環境問題などから見て、すべて無料にすべきかどうかは別の問題です。
 まず、現時点で、首都高速や阪神高速を無料にしたら、渋滞がひどくなるだけです。ですから、大都市部では、有料を維持すべきだと思います。高速道路は原則無料、大都市部の一部だけ有料というのは、アメリカでも採用している方式です。ETCなどを活用すれば、料金所渋滞は減り、また時間帯によって料金を変えることも簡単になります。
 もちろん、首都高速や阪神高速で料金を取れば、財源になります。いまと同じ料金なら年間四三〇〇億円近い収入になります。これは現在年間五九〇〇億円の全国の高速道路の維持費のかなりの部分をまかなえる額です。


 高速道路は無料にすべきであるが、大部市部では有料を維持すべきである、と書かれています。



 高速道路無料化論 (…を説く著者) が、「借金がなくなれば、無料にしなければならない」ことを最大の根拠としているのであれば、このような主張は出てこないはずです。借金完済後には、必ず無料にしなければならないはずです (「高速道路の無料化は既定路線」・「ガソリン税の使途と、高速道路無料化の是非」参照) 。

 したがって、この記述は、高速道路無料化論にとって、「渋滞の解消、およびそれに伴う環境問題の改善を図る」ことが、最重要の根拠 (動機) であることを示していると考えられます。このように考えて初めて、「田舎では高速道路は無料にしろ、しかし大都市部は有料を維持しろ」という主張が出てくるはずです (「高速道路無料化論」参照) 。



 しかし、「(大都市部における高速道路の) 渋滞の解消、およびそれに伴う環境問題の改善を図る」という観点で考えるならば、「無料化しないというにとどまらず、料金を値上げすべきである」という考えかたも成り立ちます。

 大都市部においては、一般道も混んでいる、と言われればそれまでですが、「高速と一般道とを含めて考えて、もっともスムーズに車が流れるように」高速の料金を定めればよいと思います。無料か現状維持かの二者択一ではなく、値上げという選択肢もあってよいのではないかと思います。

 つまり、民間であれば、「もっとも利益が大きくなるように」価格を考えるところを、道路の公共性に鑑み、「(一般道・高速道を含む道路全体で) もっともスムーズに車が流れるように」価格を考えればよいと思います。価格によって通行車両数が変わってくることはあきらかです。最適解になるように、「価格を上げたり下げたり、半額にしたり無料にしたり」すればよいのではないかと思います。

 このように考えれば、大都市部にかぎらず、日本全国の高速道路に対して、「無料」以外の選択肢、すなわち渋滞最少化に向けた価格設定 (最適化) を排除しないほうがよいということになります。



 もっとも、公共の道路 (国道) は無料でなければならない、との原則に沿って考えれば、このようなことは認められません。また、日本全国、同じ料金体系でなければならないと考えれば、このようなことは認められません。

 しかし、無料が原則である、借金返済後は無料にしろ、と説く著者が、大都市部にかぎり、現状維持を主張されています。したがって、上記の最適化を認める余地があるものと思います。

高速道路を「ただちに」無料化すべきか

2010-08-24 | 日記
山養世 『道路問題を解く』 ( p.149 )

 ここで、原点に戻って考えてみましょう。
 なぜ、日本の高速道路は有料になったのでしょうか。どんな仕組みで、料金を取るようにしたのでしょうか。それがわかれば、無料にするやり方がわかります。
 有料には、二つの根拠があります。
 一つは、かつては道路公団、いまは高速道路会社という、国とは別の組織に高速道路を作らせてきたことです。
 国が作らないから、高速道路で通行料金を取ることが許されました。もし、国が作っていれば、高速道路は無料にしなくてはいけません。なぜでしょうか。
 国が自分で高速道路を作ったと想像してください。そのときは、高速道路は、最初から国道の一種になりますから無料です。国道は無料だからです。道路法という、道路の基本法によって、国道は国が作り、無料で提供することになっているからです。
 高速道路を有料にしたもう一つの根拠は、国でなく、道路公団や高速道路会社に借金をさせてきたことです。
 いくら、道路公団が道路を作っても、すべての費用を国が払っていたら、道路公団が利用者から料金を取る根拠がありません。しかし、国は高速道路の費用を出しませんでした。とんでもないことに、高速道路の利用者から取ってきたガソリン税などの税収も、高速道路には使いませんでした。その分は、一般道路の建設に流用してきたのです。
 そのうえで、国は、高速道路にかかわるほとんどすべての費用を、道路公団に借金をさせて調達しました。ですから、高速道路の建設や管理の費用はもちろん、のちに膨大になる金利支払いの費用も、すべて道路公団が借金をしてまかなったのです。
 だから、道路公団は、借金を返済するために、料金を徴収することが許されたのです。裏返せば、道路公団の借金の返済がすべて終われば料金を取る根拠はなくなり、高速道路は無料開放しなくてはいけなくなります。これが、「償還主義」です。借金を償還すれば、有料という特別措置は終わり、原則である無料に戻るのです。この原則は、道路公団民営化後も変わっていません。ただ、民営化という名の先送りをしただけです。

(中略)

 このように、原点に戻って考えると、道路公団とその借金、この二つがそろって初めて、高速道路は有料になったのです。ということは、道路公団の後継組織である高速道路会社と高速道路機構を廃止する、あるいは、高速道路の借金がなくなる、このどちらかが実現できれば、高速道路は無料にしなくてはいけないのです。
 一番すっきりするのは、まず、高速道路の借金を国がいったん引き受けて、借金をなくすことです。そのうえで、高速道路会社や機構という国営のペーパーカンパ二ーを廃止することです。
 そうすれば、料金を取る根拠が完全になくなるうえ、将来、道路公団のような組織がゾンビのように復活することを防げます。そして、高速道路の無料化が完全に実現できます。地方を中心に、日本経済は大きなメリットになることは間違いありません。

(中略)

 高速道路無料化は二つのステップでできます。ステップ1は、国が高速道路の借金を肩代わりします。国が高速道路のコストを負担するわけですから、財源の面で、高速道路も普通の国道と同じになります。この時点で、高速道路の通行料金を取る根拠がなくなりますから、無料化が実現できるわけです。
 次のステップとして、肩代わりした借金を国が返済します。その財源は、既存の道路財源など十分にあります。新規の国民負担は要りません。
 肩代わりした借金は、一括して返済するか、もしくは、繰り延べて返済することになります。財政のなかに貯まった積立金など、いわば国の貯金で一括して返すこともできます。一括返済できない部分は、国債などで借り換えることになります。そのときは、道路財源の一部などを使って、国債を返済します。二〇五〇年までの超長期の高速道路の借金が、期間が短かく金利が低い国債に振り替わるのですから、金利コストは大幅に低下します。
 こうして高速道路無料化を実現するための手法は、財務用語でいえば、デット・アサンプション (債務承継) です。不良子会社の高金利の借金をなくし、親会社の低金利の借金に置き換えるときなどに使われる手法です。国の借金が増えても、国の子会社といえる独立行政法人の借金は減りますから、国全体を連結会計で見れば、借金額は変わりません。むしろ、国のほうが、金利が安く、また返済期間も短くできますから、財政全体のコスト削減ができるのです。


 高速道路を無料化するために、国が借金を肩代わりせよ、そして「ただちに」無料化せよ、と説かれています。



 「高速道路の無料化は既定路線」になっていますが、著者のいう無料化とは、さらに進んで、「ただちに」無料化せよ、というものであることがわかります。



 無料化の条件として、建設のためになされた借金の完済が必要であることは、著者も認めていると思われます。それにもかかわらず、著者が、「国が高速道路の借金を肩代わり」したうえで、ただちに無料化せよ、と説く理由は、おそらく、

   高速道路の利用者が負担してきたガソリン税などは、
   一般道路の建設に流用されてきた。
   流用がなければ、すでに完済されているはずである、

というものだと思います。

 しかし、あまり細かいことを言い始めると、「国道1号線の利用者が負担してきたガソリン税などは、(国道1号線以外の) あらたな国道の建設に流用してはならない」ということにもなりかねません。

 もちろん、「有料の」高速道路を走るためにかかったガソリン税を、「無料の」一般国道の建設に流用するのは話が違う、と考える余地もありますが、

 話が違うか違わないかは、考えかたの問題であり、どちらも成り立つ、どちらも正しい、と考えられます。つまり、高速道路機構の借金を国が肩代わりする政策も、肩代わりしない政策も採りうると思います。



 それではどう考えるべきか。おそらく、どちらの政策が有益であるかが決め手になります。

 著者によれば、機構の借金を国が肩代わりするメリットは、金利の低下です。金利が低下すれば、返済は早まるはずである、とも思われます。しかし、国が肩代わりしない場合をも考えてみれば、必ずしもそうとは言い切れません。

   借金を国が肩代わりする場合のメリット   金利低下
   借金を国が肩代わりしない場合のメリット  通行料収入
    (高速道路機構の借金を国が肩代わり=無料化=通行料収入なし)

 金利の低下による効果と、通行料収入を得る効果と、どちらが借金返済が早くなるでしょうか。間違いなく後者です (「道路公団民営化のカラクリ」で引用した著者の記述によれば、機構の借金は約 40 兆円であり、金利 1 %分が約 4,000 億円にしかなりません ) 。

 つまり、返済が早まるのは、あきらかに「ただちに無料化しない場合」だと考えられます (新規の高速道路・一般国道の建設抑制効果をも考えれば、話は変わってくる可能性はあります) 。また、返済が早まれば、金利を支払う期間が短くなり、金利低下効果以上に金利負担が小さくなると考えられます。



 したがって、(通行料収入が全額、借金返済に充てられるわけではないとは思いますが) 「ただちに」無料化しないほうがよいと思います。

高速道路の無料化は既定路線

2010-08-22 | 日記
山養世 『道路問題を解く』 ( p.142 )

 猪瀬氏は「便利な高速道路を使う受益者は、その対価として料金を払うべきだ」と主張しています。事実は、日本の高速道路ユーザーは、高速道路を走るときにもガソリン税をはじめとした税金という「対価」をすでに払っています。それは、自動車ユーザー全体の税金の二割もの金額を、これまで取られてきたのです。
 だから、猪瀬氏が「一般道路のユーザーの税金で、高速道路無料化を実現するのはけしからん」というのは間違いです。事実は逆です。ガソリン税など、道路特定財源の仕組みにより、すべての自動車ユーザーの税金は、一般道路の建設に充てられているのです。だから、高速道路ユーザーの税金が、一般道路の建設に流用されてきたのです。こんな流用を放置しておいて、そのうえに、高速道路ユーザーから世界一高い通行料金を取っているのです。ですから、高速道路無料化とは、本来、高速道路ユーザーに還元すべきだった税金を使って、高速道路の借金返済を行うことで実現するにすぎないのです。
 また、猪瀬委員は「新幹線など、早いものはコストがかかる。だから、早く目的地に行ける高速道路の料金が高いのは当たり前」とも主張しました。これもおかしな理屈です。高速道路の建設費はすでに四〇兆円の借金の中に含まれているからです。この借金を返せば、高速道路無料化は自動的に実現します。借金を返済すれば、通行料金を取る根拠はなくなるのです。
 大体、新幹線と高速道路を比べること自体が間違いです。新幹線は、車両もエネルギーも運転もJRが提供します。だから、料金は高くなります。高速道路では、車もガソリンも運転も、提供しているのは高速道路のユーザーです。そして高速道路の建設コスト分は、税金のかたちで高速道路ユーザーがすでに負担しているのです。
「高速道路無料化はバラマキ」というのも逆です。これからは、欧米諸国と同じように、道路財源の税金の範囲内で高速道路も一般道路も作るべきです。そうなれば、新しい高速道路を作っても借金はできません。バラマキどころか、予算の節約です。
 道路財源が足りなくなる、という心配はありません。高速道路の通行料金がなくても、九・二兆円もの自動車ユーザーからの財源が残るからです。道路投資額で比較すると、日本の場合は約八兆円で、イギリスの六倍、ドイツの三倍です。それに、全国の高速道路が無料になれば、高速道路に並行する国道などの新しい道路を作る必要も減るでしょう。その分、必要な道路財源は減るはずです。


 小泉内閣の下で、道路公団の民営化を進めた道路公団民営化推進委員会のメンバーだった猪瀬直樹氏の主張を紹介しつつ、批判的な意見が述べられています。



 以下では、紹介されている猪瀬委員の主張と、それに対する著者の批判、そして私の意見、の順に述べます。



 まず、「便利な高速道路を使う受益者は、その対価として料金を払うべきだ」という猪瀬委員の主張について考えます。著者は、高速道路ユーザーは高速道路を走るときにもガソリン税などの対価を払っている、と批判していますが、猪瀬委員は「速さ」の対価を払うべきである、と主張しており、著者の批判は的を外れているのではないかと思います。私としては、対価を徴収してもよいし、しなくともよい、と考えます。

 次に、「一般道路のユーザーの税金で、高速道路無料化を実現するのはけしからん」という猪瀬委員の主張に対して、著者は事実は逆であり、事実誤認である、と批判しています。税収がどのように使われたのか、一次資料によらなければ確かなことは言えませんが、この本に書かれている内容をもとに判断するかぎり、著者の批判は正当であると思われます。

 さらに、「新幹線など、早いものはコストがかかる。だから、早く目的地に行ける高速道路の料金が高いのは当たり前」という猪瀬委員の主張について、著者は、「これもおかしな理屈です」と批判されていますが、この批判 (評価) は不適切であると思います。なぜなら、上記引用部分で著者が述べている内容は、「建設コストがかかるために料金が高くなるのは認める。しかし、建設費用を回収したあとは、通行料金を取る根拠はなくなる」というものだと思われるからです。猪瀬委員の論理そのものは、著者も認めていると考えてよいと思います。私としては、意見が一致しているなら余計な批評は不要であり、建設コスト回収後に無料化すべきか否かを論じれば、それで足りると考えます。

 最後に、「高速道路無料化はバラマキ」という猪瀬委員の主張に対しては、著者は「逆です」と指摘しています。その根拠は、「高速道路無料化論」でみたように、渋滞が減るので道路を作る必要性が減り、予算の節約になる、というもので、この主張には説得力があります。



 以上、私なりにまとめれば、「高速道路の建設コスト回収前には無料化しなくてよい、と意見の一致がみられると思われるので、さしあたって論じる意義がない。無料化せず、建設費の回収を優先してよい。しかし、建設コスト回収が終わった後どうすべきかは、重要な問題である」ということになるのではないかと思います。



 ところで、



同 ( p.144 )

 そもそも、猪瀬氏が「タダより悪いものはない」と、高速道路の無料化に反対するのは、民営化委員会の結論に反しています。というのは、国の計画自体が、二〇五〇年には高速道路を無料化しなくてはいけないと定めているからです。道路公団民営化に伴い改正された道路整備特別措置法の第三、四、二三の各条は、高速道路の借金は二〇五〇年までに返さなくてはいけないこと、そして、借金返済のために通行料金を取るのも二〇五〇年を超えてはいけないことを規定しています。つまり、二〇五〇年には、日本の高速道路の特別措置は終わり、他の国道と同様に無料にしなくてはいけない、と法律で定めているのです。それなのに、猪瀬委員は、無料化そのものに反対する主張を繰り返してきました。


 2050 年までには、高速道路の借金を完済し、高速道路を無料化しなければいけないと法に定められている、と書かれていますが、



 そうであれば、建設コスト回収が終わった後どうすべきかは、(著者の望む方向で) すでに決まっているのであり、これについても、現段階で、論じる意義はないと思われます。猪瀬委員の主張は建設コスト回収前について、通行料徴収の必要性を述べたものであり、建設コスト回収後も通行料を徴収すべきだとまでは言っていない、と理解すれば、それで足りると思われます ( なお、著者の引用された猪瀬委員の主張のなかに、「一般道路のユーザーの税金で、高速道路無料化を実現するのはけしからん」というものがありますが、「無料化を実現」という表現は、猪瀬委員が建設コスト回収前のことを述べていたからだと考えられます ) 。



 とすれば、「道路公団民営化に伴い改正された道路整備特別措置法の第三、四、二三の各条」の考えかた、すなわち、

   建設コスト回収前には、無料化せず、建設費を回収するが、
   建設コスト回収後には、無料化する、

という方針で、問題はないのではないかと思います。

高速道路無料化のもたらす経済成長

2010-08-20 | 日記
山養世 『道路問題を解く』 ( p.74 )

 西洋には、壮大な構想で、無料の高速道路網を築いた歴史があります。
 古代ローマ帝国の高度な技術で作られた馬車専用の道路網は、いまの日本の高速道路の約一〇倍の総延長距離がありました。この道路網が、ヨーロッパと中東とアフリカの北部を占めた大帝国を結びました。すべての道はローマに通じていたのです。平時には、帝国住民の自由な経済活動に使われ、戦時には、帝国のどこにでも速やかにローマ軍を送る軍事道路として大活躍しました。無料の高速道路網を作ったからこそ、ローマ帝国では、経済的な安定と外敵の侵略のない平和が保障されました。パクスロマーナ (ローマの平和) と呼ばれる繁栄が古代の無料高速道路網の上に築かれたことは、塩野七生さんの『ローマ人の物語』(新潮社) の諸作にも語られています。
 ナチス・ドイツのアウトバーンの成功は、アメリカでは戦前から知られていました。ルーズベルト大統領時代には、全国に高速道路網を作る計画もありましたが、戦争で立ち消えになったのです。その計画を復活させたのがアイゼンハワーでした。
 アイゼンハワーの功績は、高速道路は有料にしろという意見を退け、ドイツと同じように、全国無料の高速道路網を作ったことでした。本当のフリーウェイです。有料にしたら、裕福な人や大都市でしか使えず、結局、経済効果が発揮できずにムダ使いに終わる、と説得しました。いまの日本で高速道路無料化に反対する人たちに聞かせたい言葉です。
 アイゼンハワーの見通しは正しかったのです。カリフォルニアやテキサスなど、鉄道網が発達していなかった西部や南部の経済は、無料のインターステート・ハイウェイができて大きく発展しました。
 そして、インターステート・ハイウェイができて、アメリカ経済の黄金時代が始まりました。生活圏とビジネス圏が一気に広がりました。ショッピングセンター、ドライブスルー、郊外の住宅地、リゾートやドライブ、スポーツやレジャーといったアメリカのライフスタイルができあがりました。ゴールデン 50s、60s はインターステート・ハイウェイとともに生まれたのです。


 古代ローマ帝国やナチスドイツなどによって、歴史上、全国無料の高速道路網が経済を発展させることが示されている。アメリカ経済発展の原動力 (…のひとつ) も、全国無料の高速道路網である、と書かれています。



 全国無料の高速道路網が経済を発展させる、とのことですが、若干、疑問があります。



 アメリカについて、著者は、「カリフォルニアやテキサスなど、鉄道網が発達していなかった西部や南部の経済は、無料のインターステート・ハイウェイができて大きく発展しました」と述べています。とすれば、鉄道網が発達していれば、無料の高速道路があろうとなかろうと、大差ない、とも考えられます。

 輸送効率 (エネルギー効率) のみを考えるならば、あきらかに、鉄道は自動車に優っていると思います。

 とすれば、鉄道網が発達していなければ高速道路網が重要になるが、鉄道網が発達していれば、高速道路網は重要ではない、と考えられます。つまり、経済発展に最も重要なのは鉄道網であり、その次に重要なのは高道道路網である、という話になるはずです。



 しかし、現実には、高速道路網の建設に伴い、鉄道輸送の需要は自動車輸送によって代替されてきたのではないかと思います。したがって、(なぜかはわからないが) 鉄道網に比べ、高速道路網の需要のほうが大きい、と考えられます。

 高速道路網に対する需要が大きいのであれば、その需要を満たす政策、すなわち、高速道路網の建設は、経済を発展させることにつながるのではないかと思われます。そして、それが無料であれば、さらに経済は発展することになるはずです (実際の需要がどの程度なのかは、「無料の高速道路に対する需要」を参照してください) 。



 ところで、このような論理 (経済発展に有益なので高速道路を無料化すべき) を認めるならば、電気・ガス・水道は無料にしろ、ということにもなりかねません。電気・ガス・水道が無料であれば、経済はさらに発展するはずですが、さすがにそのような主張は聞いたことがありません (私が知らないだけかもしれませんが) 。

 経済発展に有益であれば、なんでもかんでも無料にしろというのは、行きすぎではないかと思います。



 したがって、

   経済成長の面のみに着目して考えれば、高速道路無料化は好ましいが、
   あくまでも「好ましい」というにとどまり、「無料にすべき」とまでは言えない

のではないかと思います。