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言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

南京大虐殺はなかった

2011-02-02 | 日記
櫻井よしこ 『異形の大国 中国』 ( p.261 )

 07年4月2日、立命館大学教授の北村稔氏が東京有楽町の日本外国特派員協会(FCCJ)で講演した。テーマは「南京事件」或いは「南京大虐殺」である。本書の27頁ですでに触れたが、北村氏は『「南京事件」の探究 その実像をもとめて』の著者である。今回は同書の英訳本『The Politics of Nanjing』(University Press of America)を引っ提げて、「南京大虐殺」は存在しなかったと主張する展開となった。日本人が、このような説を外国特派員団を前に主張するのは、恐らく初めてである。実は私は同講演には出席出来なかったのだが、北村氏に激しく迫った特派員がいたことを知り、早速講演録のテープを聞いてみた。
 冒頭、氏は南京事件研究についての自らの姿勢を説明した。それは、虐殺の有無を性急に論ずるのでなく、まず、中国政府や連合国が、旧日本軍が「大虐殺」を犯したと断定する根拠となった証左を徹底的に検証することで、彼らの日本断罪が事実に則し、理に適うものだったか否かを判断しようとするものだ。その際、日本人の反論や証拠資料は全て排除した。それらを用いれば、「日本人の自己弁護」ととらえられ、信頼してもらえない可能性があるからだ。北村氏の南京事件の調査研究は、中国をはじめとする諸外国の資料、証言のみに基づいて行われたわけだ。
 このようにして先入観なしで研究した結果、旧日本軍が南京で「無秩序」や「混乱」に陥って便衣兵や捕虜を殺害したことはあったが、一般市民を対象とした "虐殺" (massacre) はなかったとの結論に達する、と北村氏は語った。南京事件は、1937(昭和12)年12月、南京に入った旧日本軍が以降3か月にわたる軍事占領の間に、最大で30万人を組織的に虐殺したとするものだ。氏は虐殺がなかったことの決定的証拠として、わかり易い事例を特派員らに紹介した。

★「ラーベ書簡」の読み方

 それは当時、南京安全区国際委員会委員長だったドイツ人、ジョン・ラーベの書簡である。ラーベは後に、旧日本軍は虐殺を行ったとの立場に立つのだが、旧日本軍が彼らの言う「大虐殺」の最中にあったはずの1938年1月14日付で、日本大使館の福田篤泰氏宛に手紙を書いていた。このラーベ書簡こそ、大虐殺を否定する、というのだ。
 手紙には、1938年1月に、日本側が南京市内の安全区(主に外国人らが居住する地域)以外の中国住民のために、米や小麦粉を大量に供給したことについて、極めて礼儀正しい表現で感謝の気持ちが綴られている。南京の軍事法廷では、旧日本軍は37年12月から38年2月末頃まで、来る日も来る日も、「朝から晩まで」中国人を殺し続けたと断罪された。しかし、実際には、旧日本軍は大量の食糧を供給し、その輸送手段についても協力していた、第三者のドイツ人で安全区の国際委員会委員長だったラーベがそのことで感謝の気持ちを書き送っていたのだ。

(中略)

 氏は南京大虐殺が事実とされたのは、物事を大袈裟に言い立て、結果として嘘をつく中国人の文化的特性と、日本を戦争犯罪国に位置づけようとした連合国の思惑とが相俟ってのことだと結論して講演を終えた。日本在住が長いドイツ人のG・ヒルシャー氏が早速問うた。何人以上なら虐殺なのか。虐殺と大虐殺はどこで線引きするかと。
 北村氏はざっと以下のように答えた。旧日本軍が便衣兵だと考えて殺害した人々の中に一般市民もいた。捕虜を食糧不足故に殺害したケースもあった。戦闘及び戦争行為としてのこれらの殺害は無秩序、混乱と呼ぶべきものだ。一方、虐殺は戦争とは無関係の一般市民の殺害である。ナチスドイツがユダヤ人を殺害したホロコーストのような行為だ、と。
 ヒルシャー氏は、定義を訊いているのではない、10万人なら虐殺なのか、1000人でもそうなのか。大虐殺なら数字は変わるのか。ホロコーストは無関係だ、と迫った。
 しかし、日本人としてはナチスのホロコーストと南京事件を一緒にされるのは不本意だ。当然、ここは明確にしてほしい。北村氏にかわって、氏の著書を英訳し、731部隊関連の著書もあるハル・ゴールド氏が答えた。
「数字で言うことは出来ない。飽くまでもどのような状況での殺害かが問題だ」と。


 立命館大学教授の北村稔氏は、中国政府や連合国が、旧日本軍が「大虐殺」を犯したと断定する根拠となった証拠を検証し、「南京大虐殺はなかった」という結論に達した。氏は、虐殺がなかったことを示す決定的証拠も提示した、と書かれています。



 これは要するに、

   いま、南京大虐殺の裁判を行えば、
        日本は無罪になるはずだ

というものだと思います。このアプローチはいいですね。「あったか、なかったか」を論じていては「キリがない」と思います。「裁判に提出された証拠に基づいて」再び裁判を行えばどうなるか、という観点は、ユニークですばらしいアプローチだと思います。

 そしてまた、それにとどまらず、南京大虐殺は「なかったことを示す証拠もあった」というのですから、これは「なかった」と断定してよいでしょう。

 したがって、私は「南京大虐殺30万人説の信憑性」において述べた意見を変更し、「南京大虐殺はなかった」との立場を支持します。



 しかし、北村氏が「南京大虐殺はなかった」と結論せざるを得ない、と述べているにもかかわらず、「何人以上なら虐殺なのか。虐殺と大虐殺はどこで線引きするか」と問うたドイツ人のG・ヒルシャー氏は、どこか「ヘン」ですよね。質問のピントがズレています。

 このような質問の背景には、「南京大虐殺はあったに決まっている」という「先入観」があるのではないかと思います。相手の言っていることを聞いていれば、このような質問はあり得ないはずです。

 ヒルシャーさんは「特派員」だということなので、ジャーナリストだと考えてよいと思います。いかにジャーナリストといえども人間である以上、先入観をもっているのはやむを得ないとは思いますが、

   「相手の話を聞いていない」というのは、
     ジャーナリストとして失格ではないか、

という気がしないでもありません。



 日本としては、南京大虐殺はなかった、と世界に向けて主張しなければならないと思います。



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