ホーキング放射のメカニズムについてはざっとした説明しかしてきませんでした。
そうして「BHが最終的にホーキング放射によって消滅する」という通説、この業界の常識を批判する形で「BHの消滅不可能定理」まで話を進めました。
まあしかしながら「ホーキング放射のメカニズム」について、通常言われている説明をしないというのもやはり不公平でありましょう。
そうであればこの辺りで「通説としてのホーキング放射メカニズム」について一通り見ておく事といたします。
とはいえ「通説に対する個人的な意見」も入りますので、その点はご容赦願います。
しかしながらこのホーキング放射メカニズム、これは言い換えますとホーキング放射の物理モデルとなるのですが、これについては業界内でも一致した見方は存在していない模様です。
あるいは言い方を変えますと「今はいろいろな物理モデルを想定する事が可能である状況」という事になります。
もっともこのホーキング放射を最初に定式化したホーキングの論文はあるにはあるのですが、それはほとんど数式展開となっていて、明確な物理モデルの提示にはなってはいません。
したがって後に続く物理屋さん達はホーキングの論文を基に自分達でいろいろな物理モデルを想定して計算している、と言うのが状況の様にみえます。
さてそのように「物理モデルをめぐる状況は混乱している」のですが、大方の見る所、「ホーキング放射は存在するであろう」という事になっている様です。
そうしてそのメカニズムといえばだいたいこんな風に考えられています。
1・ 量子論の特徴の一つは、からっぽの空間というものがないことである。
2・ 真空は一見からっぽに見えても、ミクロなスケールでは常に正エネルギーと負エネルギーの仮想粒子の対生成がおこなわれている。
3・ 正エネルギーの粒子は、エネルギーが大きければブラックホールから逃れることができる。(注1)
4-1・ 一方、負エネルギーの粒子はブラックホールに吸い込まれる。
4-2・あるいはブラックホールに吸い込まれなかった負エネルギーの粒子は正エネルギーの粒子と再会し消滅する。(=真空に帰る)
5・ 負エネルギーの粒子が吸い込まれた場合は、結果的にはブラックホールのエネルギーは減り、ブラックホールは次第に小さくなっていく。
6-1・ ブラックホールが「蒸発」していくのだ。
6-2・ブラックホールは熱放射をしているので、遥かに長い時間で見れば、最終的に蒸発してしまう。
7・この蒸発の最終のプロセスがガンマ線バーストとして観測される。
8・この時の温度は、T=10の32乗K(ケルビン)にも達する。
まあこんな風にコトバで記述する事が出来ます。
この記述に対してよく見るホーキング放射の説明イラストでは「負エネルギーの粒子」に反粒子をあてはめ、「正エネルギーの粒子」に通常の粒子を当てはめて説明しているものです。(注2)
そうなるとBHに吸い込まれるのはつねに「対生成した仮想粒子の反粒子の方」という事になります。
いやいや、BHはそのような「えり好み」=「反粒子好み」はしません。
それから「BHに吸い込まれる」とまるでBHの重力によって仮想粒子が引き込まれる様な表現をしていますが、これもおかしな表現です。
2つの仮想粒子は対生成した時に同じ速度で反対方向に飛び去ります。
そうしてこの片方の仮想粒子がBHに向かいます。
従って「吸い込まれる」のではなく、「仮想粒子が自分からBHに飛び込む」のです。(注3)
さらに申し添えれば「実粒子としての反粒子のエネルギーはプラスであって、マイナスではない」のです。
それではなぜ上のコトバによる説明では「負エネルギーの粒子」と言うように説明されているのでしょうか?
それはホーキングが最初に行ったホーキング放射の定式化の際に「BHにマイナスのエネルギーが流れ込んでいる」かのようにこのプロセスを扱ったからです。
そう言う訳で「仮想粒子の対生成した片方の粒子がBHに入る時にはその粒子は結果的にBHにマイナスエネルギーを持ち込むと解釈できる」となります。
それでこの状況を短絡的に表現してしまうと「負エネルギーの粒子がBHに入る」となります。
しかしながらもちろん「マイナスエネルギーの粒子」は実在しません。
そうであれば「負エネルギーの粒子がBHに入る」というのは「ホーキング放射の不正確な物理モデルの表現である」という事になります。
さてしかしながらホーキング放射が発生した結果としてBHのエネルギーが減少する。
従来の定式化ではBHのエネルギーはBHの静止質量だけでしたから、それで「BHの質量が減少し最終的には爆発して消えてしまう」とされています。
ん、BHのエネルギーが減少するのに爆発する?
BH自体のエネルギーはその静止質量だけ、という想定ですからBHのエネルギーが減少する、というのは、BHの質量が減少するという事です。
そうしてBHの質量が減少するとホーキング温度は逆に上昇するのです。(注4)
それでこのホーキング温度の上昇に応じでBHのホライズン近傍での仮想粒子の対生成の頻度と発生した仮想粒子のエネルギーが上昇します。
その結果はBHが出すホーキング放射の頻度とエネルギーの上昇につながります。
さてそのようにしてBHが静止質量(=エネルギー)をホーキング放射で減らせば減らすほどさらにホーキング温度は上昇する。
この循環はBHの質量が少なくなればなるほどにますます速くなります。
という訳で上記の7番や8番にある様に「BHの最後は爆発して消えさる(=蒸発する)」と通常は表現しています。
注1:「正エネルギーの粒子」はBHの重力場を登り切らないとホーキング放射としては認識されない事になります。
従って「エネルギーが大きければ」=BHから飛び去る速度が早ければ=「(BHの重力に逆らって)ブラックホールからその実粒子は逃れることができる。」という事になります。
そのようにBHの重力場から自由になった実粒子化した仮想粒子がホーキング放射の正体とされます。
注2:たとえば「【ノーベル賞】ブラックホールの最後はどうなるの?ホーキング放射とは?」: https://archive.md/fzLIU :
あるいは「量子BHの問題点」: https://archive.md/XVDlU :
いずれのイラストでも「BHに入るのは反粒子である」とされています。
注3:対生成した仮想粒子ペアがお互い飛び去る状況を示したイラストはこれが良いでしょう。: https://archive.md/00MIX :「BHが軽くなる仕組み」参照
対生成した仮想粒子のペアがBHとほぼ平行に飛んでそうしてまた途中でカーブして再度出会う、そうして運悪く(?)その軌道の途中で反粒子がBHに吸い込まれる、と言うような軌道を描くように仮想粒子のペアが対生成されるのではありません。
上記の記事のイラストにある様に仮想粒子の対生成は実粒子の対生成と同様に「対生成した場所からお互いが反対方向に飛び去る」のです。
ただしこのイラストでもBHに入るのは反粒子とされている点には注意が必要です。(実際は粒子、反粒子のどちらも分け隔てなくBHに飛び込みます。)
そうしてまた「仮想粒子の対生成が起こる場所」もこの記事ではBHのホライズン面上となっていますが、これもあやまりで、実際はホライズンより外側の空間です。
注4:BHがその質量を減らすとその分に逆比例してBHの大きさ(=ホライズンの半径)が小さくなります。
それでホライズンの半径が小さくなるとその半径の二乗に逆比例してホライズン上の重力の強さが大きくなります。
但しBHの質量減少分は重力は弱くなりますが距離の減少分は二乗の逆比例で効いてきますのでこちらが勝ちます。
その結果は「BHの質量が減少するとそれだけBHのホライズン上での重力の大きさは強くなる」となります。
そうしてホーキング温度はホライズン上の重力の大きさに比例して上昇します。
さてそういう訳でBHのホライズン近傍の空間のホーキング温度はBHが小さいほど高い、という「逆転した関係をもつ事」になります。
ちなみにこの関係もホーキングがホーキング放射の定式化の中で見出したものです。
追記:4-2についてのコメント
ホーキングが行った定式化では「対生成した仮想粒子の片方は必ずBHに入り込む」という前提でなされています。
従って4-2で示した状況は考慮していません。
そうして「何故このような前提が成立するのか」といいますと「ホーキング定式化では仮想粒子が生成する場所はBHのホライズンのすぐ上の空間に限っているから」が答えになります。
BHのすぐ上の空間で発生した、互いに逆方向に飛び去る仮想粒子を考えた場合、その仮想粒子ペアの飛ぶ方向は完全にランダムですからほぼ確実にペアで発生した内の片方がBH内に入り込む、と想定するのは妥当であると思われます。
そうであれば「ホーキング定式化はBHホライズン直上の空間でのみ有効である」という事になります。