
毎週の火・水は古文書で明け暮れる

大津では現在『公事方御定書』。今遺領・遺産の相続問題をどう処理していたかという問題をやっていて現在にも当てはまることで勉強になる

南阿蘇では細川幽斎の「衆妙集」という歌集の解読。細川幽斎は戦国時代の武将で後の肥後の細川家の初代。戦国を生き抜いた逞しく戦略に長けた武将だが一方で実にマルチの才能を持っていた

古今集の古今伝授を受け(今水前寺公園内に「古今伝授の間」が移築されており公開されている)、1万首にも及ぶ歌、連歌、狂歌などを残している。その代表が『衆妙集』。
幽斎は書道でも名を遺しているが彼の自筆ではなく、誰の手による写本かわからないのだが、和歌のかな=変体仮名がとてもむずかしい。

さて、読書は時代小説を買い集め読んでいるのだが今は山本周五郎の「赤ひげ診療譚」と池波正太郎の「火の国の城」(上・下)。
今朝、赤ひげ診療譚


周五郎は明治36年の生まれで、小学校を卒業してすぐ商店の徒弟として働き始め、戦争の時代を潜り抜け昭和元年に『文藝春秋』に『須磨寺附近』を書き掲載されこれが文壇出世作となった。
多くの作品を書いている。がしかし、これまでドラマでは見たことがあるのだが本を読んだことはなかった。
時代小説は年寄りが読む娯楽作品という偏見があった

歴史では近代を礎を作った維新史に絞って読んできた。
今はその「年寄り」に近付いてきた(いや来年からは年金受給の歳だからそうなのだ!!)ので歴史モノが面白くてならない



『赤ひげー』は映画で三船敏郎が主役として作られたことを知っている。しかし、噂には聞いていたが実際読んでいなかった。
江戸の小石川養生所で働く赤ひげこと新出去定と長崎で新しい西洋医学を修めた若い医師保本登が主人公。
小石川養生所は、江戸時代に幕府が江戸に設置した無料の 医療施設で。徳川吉宗の享保の改革における下層 民対策のひとつ。幕末まで一世紀余り貧民救済に当たった。
現今の医療は方向性が逸れている。たった一つの事を考えただけでも誤謬がわかる。大学で医学を学び習得した新進気鋭の医師はまず田舎には来ない!!
都市部の煌びやかな病院で高給を貰いながら休みになると看護婦を誘い外車を乗りまして遊ぶ

赤ひげはそうではなかった。はじめ反発していた保も次第に医療の本髄を実地に学び、こころが少しずつ変わっていく。
1年後には幕府のお目見え医師の座を得るところまで行くのだが自分で拒否。「養生所」勤務を選ぶのだ

医学部では必ずこの本を学生に読ませるように指導して欲しいものだ!