晴れ、24度、85%
香港のお鮨のブームは、ブームを過ぎてもう定着した感があります。日本人の板前さんがやっている白木の見事な店から、香港人がやっている回転寿しまで、ちょっと歩くとお鮨屋さんだらけです。今日のお鮨屋さんは、香港ではありません。東京のお鮨屋さんです。しかも、私はたった一回しか行ったことがありません。
東京の中心から、電車で数駅の武蔵に拡がる古い住宅地にそのお店はあります。一見さんはなかなか入れてもらえないお店だそうで、この店と懇意の知人に予約を入れてもらいました。いえ、本当は、一方ならぬお世話になったこの年若い知人ご夫婦とご一緒にお礼のつもりでお食事にお誘いしたのですが、あいにく、先約があるとのこと。それで、主人と二人で出かけることになりました。
主人は何度か足を運んだことがあります。ここのお鮨のおいしさを、繰り返し繰り返し話します。私にも食べさせてやりたかったのでしょう。まだ日が沈み切らない東京の住宅街、門構えの家の作りが大谷石を使った関東ならではの家並みです。どうも同じように見える町並みが、主人ですら分かり難そうです。外灯がボーッと灯る頃たどり着きました。
がらっと、引き戸をひくと、カウンターの席が見えるばかりの狭い店です。カウンターの席数も、5、6席程でしょうか。カウンターの中にいるのはご主人一人。先客がいました。お近くに住むご夫婦と3歳の男の子。きっと常連の方でしょう、お店のご主人と奥さんとで話が盛り上がっていました。
この店に来るのに、主人がひとつだけ気になっていたことがありました。それはワインが置いていないことです。私は日本酒も飲みます。ただ、ワインの方が好きなだけなんですがね。
初めはお刺身を作ってもらいました。普通のお店のようにネタが並んでいますが、「何にしましょうか?」と聞いてくださるのですが、ほぼご主人のお任せで頂きました。私が行ったのは、去年のこと、何を頂いたかちょいと忘れています。ただ、マグロの赤身が苦手な私です。でも、ここは関東、築地の市場からの新鮮なマグロ、赤みを口にすると、思わぬ歯ごたえで甘みがじわっと口に拡がります。私のマグロのイメージは、ちょっとぐにゃっとしていて味がないものでした。もちろんトロになると脂身のおいしさで好きです。いやはや、マグロって美味しいに目覚めました。
ひと通りお刺身を頂いたあとは、握ってもらいます。主人は、こはだ、穴子、のり巻きを欠かしません。のり巻き、かんぴょう巻きのことです。それに、甘い卵焼き。私の作る甘い卵焼きは、香港のお鮨屋さんのご主人直伝の卵焼き、出来るだけ黄色く仕上げます。ところが、こちらの卵焼きは、程々にこげ目のついた香ばしいもの、しかも甘過ぎません。甘い卵焼きも苦手です。卵焼きの火加減などを、厚かましく尋ねます。しかも、ここでいただいた日本酒は、ベタットせずスッキリとしたのど越しです。水の如しなどと言いますが、いくらでの飲めそうな日本酒でした。
食後に、その日入ったばかりの宮崎のマンゴーを頂きました。私、日本のマンゴーを食べたのは、後にも先にもこの一回切り。とても高価な果物だそうです。と、私の頭を過るのは、香港で買うフイリッピンのお安いマンゴー、日本のマンゴーはあまりにも手をかけ過ぎた贅沢なお味でした。
その晩のこのお店のお客は、私たちを含めて2組だけ。子供連れのご夫婦が帰られて、お店のご主人ともゆっくりとお話しできました。さて、ひとつ気になっていたのが、お支払いです。一体いくら程なのかと、興味津々、主人と一緒の時は、主人が支払いをするので、恥ずかしいことですがいくらの食事をしたのか皆目知りません。今日は、目を皿にして見ていようと思っていました。しかも、現金しか受け付けてもらえません。主人が、「お勘定を、」と言うと、お店のご主人、「もう、頂いています。」とおっしゃいます。そうです、又しても、年若い知人がそっと先に払っていてくれたのです。
帰る道すがら、主人と二人、私たちの気の付かぬボーッとした厚かましさに恥じていました。それにしても、実のある美味しいものを頂きました。先日、主人はまたしてもこのお店でご馳走になって帰って来ました。そんな訳で、未だにこのお店のお値段なるものを知らない私たちです。
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