うめと愉快な仲間達

うめから始まった、我が家の猫模様。
犬好きな私は、チワワの夢を見ながら、
今日も癖が強めの猫達に振り回される。

ボツな画像を

2019年03月15日 | 日記

私の家には、

猫が4匹、暮らしている。

 

おはようございます。

4匹も居れば、騒がしいかと思いきや、

実際、鳴きまくる猫が居るから騒がしいのだが、

撫ぜろと鳴きながら手を伸ばしてくる様を見ていても、

不思議と、私の心は静かでなだらかだ。

「うーるさい!」と応戦しているのだから、

そのやり取りは、傍から見れば騒がしいのだろう。

熟睡中のおじさんが、起きてしまう程、騒がしいが、

この家の空気は、そんな時も静かなのだから不思議だ。

 

数年前は、6匹暮らしに、保護猫3匹が加わって、

合計9匹での、戦場のような朝ごはん風景もあった。

しかし、それを思い出す時でさえ、

音のない静けさの中の映像が流れる。

とても、静かでなだらかな記憶だ。

猫を見送った時も、猫を拾った時も、

尻にウンチを付けて走り回る猫を追いかけた時だって、

思い出せば、音は無く、静かな記憶として残されている。

 

今は、よねの闘病に付き合っているのだから、

普段より忙しいはずだが、

それでも、心は、やはり、静かなものだ。

元気のない日も、絶好調な日も、

ただ真っすぐ生きる猫の姿は、実に静かで、なだらかで、

私は、猫の懐の深さを思い知る。

 

そして、いつしか、私は、

猫のように生きたいと思えるようになっていた。

気ままに寝て過ごしたいという意味ではなく、

いや、若干それも含まれるが、

猫の持つ、静かで深い懐に、憧れを抱いていたのだった。

 

とかいって、やっぱり、私は、犬が好き。

さて、今日は、

そんな犬好き猫飼いの、最近の「わ・た・し」

梅の木と、本気な、わたし

 

猫と顔を隠す、わたし

 

猫と、開き直った、わたし

 

その次の日の朝な、わたし

どうです?

ただ生きている私ですが、猫のように見える?見えない?

でしょうな!