うめと愉快な仲間達

うめから始まった、我が家の猫模様。
犬好きな私は、チワワの夢を見ながら、
今日も癖が強めの猫達に振り回される。

誤認

2015年04月23日 | 日記

私が住むマンションには〇田さん(仮名)というお爺さんが住んでいます。

〇田さんは、マンションの敷地内に四季折々な草花を植えてくれるので、

私達住居者はいつも花々に囲まれて癒されているのです。

共同備品も壊れれば、〇田さんが治してくれます。

すべてボランティアでやっているのです。

とても優しいお爺さんです。

一昨日会社帰りにその綺麗な花々を撮影していたら、背後から

「おかっぱしゃん、おかっぱしゃん(私の仮名)」という〇田さんの声が。

くるりと振り向き「おはようございます」と大きな声で挨拶をしました。

〇田さんは、へっ?の顔。

私は、やはりダメかと悟り「おはようございます」と叫んだ。

〇田さん、すごく耳が遠いのです。

〇田さんは大好きですが、

会話をするには絶叫と機転の利いたパントマイムが必要なんです。

小寒い日だって汗ばみます。

その私の絶叫後、

〇田さんが

「今年もニガウリ(ゴーヤ)植えよるからに、楽しみにしちょってな。

うまく育ったらなんじゃけどが。」と素敵な笑顔でおっしゃいました。

私は「あら、うれしい!ありがとうございます。」と絶叫しながら、

さらに感謝の意を伝えようと両手を挙げて3回飛び跳ねてみせました。

その絶叫でなのか、動きでなのかは解りませんが、

いずれにせよ〇田さんと意思疎通が完了し、互いの家路に着いたのでした。

4年前偶然〇田さんが差し出した2本のゴーヤに

「いえいえ、私は」と言って要りませんの意味を込めて手と手を合わせて拝んだら、

〇田さんは

「ぼくは、どうもしゅき(好き)になれんのだから、もらってくれてたしゅかる(助かる)」と、

私のその手にゴーヤを持たせてくれました。

私の声が小さかった事、パントマイムに機転が利いてなかった事に反省し、

リベンジとしてお礼を伝えようと、魂込めて絶叫しながら両手にゴーヤを掲げ飛び跳ねました。

それ以来、毎年夏にゴーヤを大量に届けてくれるようになりました。

本当に優しいお爺さんです。

しかし私はゴーヤが苦手なんです。

どれほど捏ねくりまわして調理しても消えない苦味に毎年完敗なのです。

しかし、今更もう要らないなんて言えません(いや叫べません)。

欲しくて喜びの跳躍をしたんじゃなく、

そのお気持ちに感謝の意を込めた舞いの様なつもりで・・・と

説明する表現力豊かなパントマイムもする自信がないのです。

だから私は、〇田さんの前ではゴーヤ好きを貫いていこうと決めました。

私、毎年飛びます。

そして〇田さんが元気に今年もゴーヤを大量に届けてくれる事を願わずにはいられない私です。

 

 

そんな我が家のネコトイレ

砂が大量に散らかされてる。

 

あや「えー すごー おたますごー あたし ねてたしー いまもねてるしー」

 

おたま「ぼく たぶん やりました」

 

やってません、お前はやってない、記憶力養え。

とぼけ方が白々しすぎて、ばれるあやさん。

 

昨日、最近〇田さんはどうも補聴器を付けてよく聞こえるようになったらしいという情報を得た。

〇田さんのへっ?な顔は、聞こえないからではなく、

私が夕方なのに「おはようございます」って絶叫したからだったのか。

絶句です。