ちかちか日記

何にでも挑戦。楽しいことを探して豊かな人生を・・・

さくら会

2013年09月26日 | さくら会
今月のさくら会は宮交シティーの<じどれキッチン>でした。ここは若い人が好きそうなお店で、メイン料理を決めたらあとはサラダバーで、食べ放題。デザートも、飲み物も種類が多かった。



   



私のメイン料理はポークソテー 新聞記事に高齢になると粗食になって、お肉を食べることが少なくなるけど、お肉をしっかり食べる人は長生きだと書いてあった。そんなに長生きはしなくてもいいけど、もう少し元気に遊びたいなと思うので、本日はポークソテー(笑)


今月の当番はTさんで、丁度この日は宮交シティーで手作り展示会のイベントがあって、彼女も出店しているので、ここに決めたそうです。そう、当番の勝手で、自分の都合で(笑)お店を決めるんです。
彼女は、素敵な布花を作っていますが、バッグや財布やアクセサリーも作っています。



      

今日は、延命治療の話が中心でした。I さんの話によると70代の知人が倒れて意識のないまま、治る見込みのないまま入院中で、本人も家族も大変みたいと話された。その人は常々延命治療はしてほしくないと思っていたし、家族にも話していたらしい。でも、倒れた時は身元不明で病院に運ばれたので、医者も必死の延命治療を行い、人工呼吸器もつけ・・・・の状態で、後で家族が人工呼吸器を外して、楽にしてやってくださいと言っても、それは殺人になってだめらしい。

だから、私達も自分の意思を書いた紙をバッグにでも入れておかないと、そしてかかりつけ医とかも書いておくといいね。そんな怖い話で今日は声も沈みがちでした。


TSUKEMENコンサート

2013年09月20日 | 音楽
7月ごろ 「つけめん行きませんか~」 Kさんからこんな電話をもらって、「つけ麺?」「どこに~」「いつ~」 と、訊きましたが、返事は「芸術劇場、9月・・」「????」      
「TSUKEMEN」という、ヴァイオリン2本とピアノのアンサンブルユニットの名前でした。

そして昨日、メディキット県民文化センターの演劇ホールであった 「TSUKEMEN」のコンサートに行ってきました。ラジオで聞いたことがあって、いいなあと思っていた、あのグループでした。演奏を生で聴けて良かった。素晴らしいライブでした。演奏だけでなく、楽しい話にもすっかり引き込まれて大満足でした。



メンバーは、若い男性3人
TAIRIKU(タイリク) ヴァイオリン担当  本名:佐田大陸  1984年8月11日生  桐朋学園大学音楽部大学院卒業
SUGURU(スグル)  ピアノ担当    本名:伊藤 優   1985年12月8日生  桐朋学園大学音楽学部研究生 修了  
KENTA(ケンタ)   ヴァイオリン担当 本名:黒木健太   1984年10月24日生 東京音楽大学 卒業


TAIRIKUの父親(さだまさし)に「お前らイケメンまでいかないからツケメンぐらいだろ」と言われたのがきっかけで、メンバーの頭文字TAIRIKUの「T」、SUGURUの「SU」、KENTAの「KE」に、MENを付けたらしい。3人とも若くてかわいいイケメンでした。あぁ!かわいいなんて言うのは、私も年だなあ!


YouTubeの画像を、貼り付けました  <BASARA>



クラシックはもちろん、映画音楽・アニメソング・ジャズ、三人が作曲した曲、いろんなジャンルの曲を、3人がエネルギッシュに演奏し、私は元気を、エネルギーをもらった感じでした。
スーパーマンマーチ、BASARA、カルメン、剣の舞、ラ・カンパネラ、ジャズのスペイン・・・・他にもいろいろ聴いたが、プログラムが無かったので、曲は覚えてるだけ・・・それらがTSUKEMEN風にアレンジしてあって、とにかく素晴らしかった。楽しい夜でした。




素晴らしい演奏を聴いた後ホールを出て夜空を見ると、まん丸い十五夜のお月さん。とってもいい気分で帰りました。


息子の帰省

2013年09月17日 | 外食
やっと息子夫婦が帰ってきました。仕事が忙しかったそうです。というわりには、夏休みは沖縄に行ってるんです。夫は、「カヌーはどうだった?楽しかったか?」と、訊いている。やさしい人です。私はと言うと、「あら、忙しいというけど、遊びに忙しいの?」と、嫌味を言う意地悪な母親です(笑)

最初の予定では2泊三日だったけど、台風が・・・で、東京に帰れないと大変と、一泊だけでした。土曜日の昼過ぎに帰ってきて、お墓参りをし、日曜日は日南海岸をドライブして、お昼過ぎの飛行機で東京へ帰っていきました。二人そろって元気な顔を見せてくれて、それで良しです。今は私たちのほうが東京に行くことが多いですけど、私たちが心配な状態になったら、頻繁に帰ってきてくれるでしょう。と、思っています。


夕食は宮崎観光ホテルの「みやちく」に行きました。大淀川のフェニックスが、台風の影響でしょうか、けっこう揺れていました。



きれいな鉄板で、上等の肉を、上手な焼き手の人が焼いてくれるから、美味しいです。










        

「炎の写真撮る人います?」と聞くと、「動画にとる人もいますよ・・」好きな人はいるんだな(笑) 
実は私もその一人だが失敗した。嫁のY子さんが「お母さんのカメラ連写できるはずですよ」と、私のカメラをさわって、機能ありましたよと連写を教えてくれた。次回は大丈夫です。


翌日は、いろいろ話をして、昼過ぎの飛行機に変更したから日南海岸くらいドライブしようと行ったら、風が強く波があらく、きれいな青い日南海岸は見ることはできませんでした。

海の色は鉛色、鬼の洗濯板(波状岩)も、波をかぶって見えませんでした。




Y子さん 日南の海きれいでしょう!
 
hillzさんが今夏写した、青い海と青い空の日南海岸の写真を、お借りしました。


2日連続のお楽しみ

2013年09月11日 | 劇場ボランティア会
日曜日は音楽鑑賞、月曜日は久しぶりにM亭ツアーに行ってきました。二日連続で会う仲間もいます。今日は7人なので丁度1台の車に乗って、車の中からにぎやかなことでした。この日はMさんのご主人が出張で帰宅されないから、パジャマを持ってきていいとのことでしたが、せっかくゆっくり一人を満喫できるのに・・・と、思いとどまりました(笑) お料理は畑の野菜たちが、煮物や揚げ物やサラダに変身していました。もうクリが店頭に並んでるからメニューに栗ご飯と、栗の渋皮煮があるだろうと思っていたら、予想通りでした。

 

  




バリ島に行ったJさんが買ってきた<ルワークコーヒー>を、Mさんのシフォンケーキといただきましたが、このコーヒー豆は高価で100グラム3000円ぐらいだったそうです。ハクビシン(ジャコウネコ)がコーヒー豆を食べて出した(!)未消化のコーヒー豆だそうです。

説明を聞くと、「え~!」でしたが、くせがなく、あっさりとした、なんて言ったらいいのか品のいい・・・美味しいコーヒーでした。
どうも、味見レポーターは失格ですが、珍しいコーヒーをいただきました。





芸術劇場のアイザックスターンホールに、カウンターテナーの藤木大地さんのリサイタルに行ってきました。2012年の日本音楽コンクールの声楽部門で1位となり、海外でも活躍している宮崎出身の声楽家。息子より一つ下で、同じ中学でした・・・と、結びつけたくなります

日本はもちろん海外でも活躍している、素晴らしい声楽家が宮崎出身だなんて、うれしいです。郷土の誇りですね。
テノール歌手としてデビューし、2011年にカウンターテナーに転向・・・と、プロフィールに書いてありました。目を閉じて聴いていると、女性のアルトかメゾソプラノかしらと思うほどのきれいな声、素晴らしい歌でした。



  

  

結婚式の思い出

2013年09月07日 | 息子の日記から
最近、私の飽き性の性格が出てきて、ブログの更新もままなりません。今まではTV や新聞を見ていても、ふっとそうだあんな思い出があった、あれを書こうと頭が回ったのに、今は全然浮かびません。
初めてブログを投稿したのは2011年9月5日、もう二年たちました。<ブログってなに?>全くの興味本位で始めましたが、どんなものかもわかったし、もういいかな?  でも、だからと言って、ここでストップしたのでは残念な気もしますし、「石の上にも三年」 また思い直して、自分史のつもりでぼちぼち続けることにしました。


私のブログのカテゴリーに<息子の日記から>というのを作っていますが二つしかないので、息子の日記をパラパラ見ていて思い出した笑える話です。

私が結婚したのはずいぶん前、大阪の結婚式場ででした。その日若い二人はみんなに祝福を受けて、厳かな神前結婚式を挙げていました。丁度巫女さんから三々九度の盃を受けているときでした。突然大きな音がしました。なんと神官が座っていた折り畳み式の椅子が壊れて、しりもちをつかれたのです。
私と夫は緊張しているからそちらの方を見ませんでした。でも、参列者は驚くと同時に笑いがこみあげてきたそうです。
結局、式は何事もなかったかのように、無事済みましたが。

両親たちはその後もずーっと、その時の事は何にも言いませんでした。口にすると、私達の結婚生活がうまくいかないのではないかしらと、黙っていたそうです。何年も後で、母は「あの時はずいぶん、腹立たしかった。よりによって娘の時に壊れるとは・・・壊れるほど古い椅子なら気を付けてくれたらよかったのに」と、言っていました。

でも、何とかさざ波を立てながら、ここまで来ました。仮死産と流産のあと結婚11年目に生まれた一人息子が、結婚写真を見ながら日記を書いていました。   



     (小1)



夫の白内障の手術

2013年09月01日 | 日記
夫が白内障の手術をやっと受けました。数年前から、目がかすむ等の症状が出ていましたが、眼鏡を変えたり、白内障の進行を遅らせる目薬をさしたり、私に言わせれば無駄な抵抗、努力を続けていました。手術は嫌だの一点張り。男のくせに案外怖がりのようです。以前、胃カメラも緊張するらしく、二度といやだと言った人です。誰だっていやだけど、ここは我慢のしどころでしょう・・・・と、案外度胸のある私です。

そして、やっと手術を受ける決心をしたものの、日帰りでするといいます。入院したほうが楽なのに(本人はもちろん、私もです)入院は嫌だと言います。私は以前やはり白内障の手術を受けた時、2週間入院しましたが、今は5~6日でいいそうですが。

さて、27日(火)に左目の手術を受けましたが、手術室から出てくるのがずいぶん遅いので、心配していましたら、なんと一度入れた眼内レンズをおさめる水晶体嚢という袋が破れて、やり直したそうです。夫の袋が弱かったそうです。そのため、「少し炎症がひどいかもしれません。痛みが出るかもしれません」と言われ、「それなら入院させてください」 しかし、「部屋は特別室しか空いていませんが…」夫は、「はい、そこでいいですからお願いします」即答しています。
(こんなことなら、最初から入院すればよかったのに)私は、入院の用意をしに家に戻り、大変です。

入院の用意は普段からひとまとめにしてあるから、今回必要なものだけ取り出せばいいので、まあ慌てることもないのですが、行ったり来たりしんどいことです。昔友人が、もし自分が入院となれば母親も姉も近くにいないから、自分で用意しないといけないので普段からまとめてある、と言っていたので、その時から私も真似するようになりました。

その特別室は広いベランダにガーデン用の素敵なテーブルと椅子が置いてある、豪華な部屋です。知り合いのH氏が「白内障で入院するときは、ベランダ付きの個室に入るつもり。そこだと、ベランダでタバコ吸えるから・・」と、言っていたあの部屋でした。料金も豪華(?)です。しばらく夫は私には何もいえないはずです。


そして、30日には右眼の手術が無事終わりましたが、こちらは何の問題もなく、手術は15分くらい。本来、こんな簡単な手術らしいのですが、一つややこしいことになると、慌てます。

                    
夫は、「手術してよかった。よう見えるようになったわ!」やれやれ、終わりました。