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邦人人質事件とテロ対策

2015-02-02 22:42:23 | Weblog
2015年にはいってから、イスラム過激派によるフランスでのテロ事件の発生が国際的に衝撃を与えて、まもなく、安部総理が中東訪問し、イスラム国に対向する周辺国家に人道的援助として2億ドル援助するとの表明に対して、過激派集団「イスラム国」が日本人2名を人質に日本政府に対して2億ドルの身代金を要求した。
イスラム過激派からすると、絶妙のタイミングでの政治的プロパガンダとして、彼らのいう「十字軍」に対するカウンターとして、安部総理の発言と邦人人質が利用されたことは、明らかである。安倍政権は、直ちに対応に負われたが、当初は、「テロに屈しない」「2億円は人道援助」とのメッセージを繰り返し宣言することに終始した。アメリカ、イギリスなどは「テロリストとは交渉しない」とはっきりいうのであるが、「テロに屈しない」というのは、やや曖昧なところがあり、すべてのネゴシエイションを排除するものではないようにもみえた。そのため、水面下での「イスラム国」と安倍政権との交渉をマスコミも国民も期待していたのではないか。それゆえ、野党やマスコミの政権批判への自粛という現象が生じたのであろう。しかし、事件の展開が、ヨルダンが確保している過激派死刑囚と「イスラム国」が拘束するヨルダン人パイロットとの交換交渉が、この事件前に水面下で行われていたことが、「イスラム国」に利用され、「イスラム国」は死刑囚と人質の邦人ジャーナリストとの交換交渉に切り替えた。日本からヨルダンに圧力をかけさせることを意図し、ヨルダン世論を揺さぶった。ヨルダン国内はパイロット開放優先の世論におされ、パイロット安否と死刑囚開放の交渉を行ったが、膠着状態になった。この時点で、安倍政権は交渉の主導権として当事者性を失っており、開放に向けた積極的行動をとることはなかったというか、できなかった。結果、邦人人質殺害という悲劇となり、「イスラム国」はその存在感と脅威を「十字軍」つまりアメリカを中心とした有志国連合に与えた。ヨルダンに対する世論の分断ないし混乱させたこと、日本に対する脅しとしては残念ながら成功したのではないだろうか。安倍政権は強い口調で「イスラム国」に対する非難声明を行うが、支援の人道援助の強調、空爆、後方支援といった軍事的行動には参加しないとも国会ではのべており、口頭の勇ましさとは裏腹に実力行使に対する弱腰姿勢である。
邦人人質については、政府は昨年12月から知っており、ジャーナリストの妻には、国は身代金は支払わないとのべており、菅官房長官は「イスラム国」との身代金交渉は一切するつもりもなかったし、現実にしなかったとのべている。そうすると、安倍政権は、本件邦人人質事件の解決にあたって、いかなる具体策を行おうとしていたのか、全く不明である。見えている部分は、「テロに屈しない」との声明と関係各国からの情報収集を行っているとの発言のみであった。菅官房長官は、「イスラム国」と接触していないといっているから、結果論からすると、あたふたと情報を収集しながら、積極的対策は何もできず、終盤はヨルダンと「イスラム国」の駆け引きを傍観するしかなかったということであろうか。
はっきりいうと、本件邦人人質事件が発生する具体的予見が可能でありながら、その事態に対する対抗策も準備しておらず、事態の経緯を見守るしか、悪く言えば、アメリカから「身代金を払ってはいけない」「テロリストと交渉してはいけない」との圧力に屈することしかなかった安倍政権は、手をこまねいてみているしか選択肢はなかったのであろう。つまり、テロには屈しないがアメリカの意向には屈するのである。アメリカには交渉以外の選択肢としての軍事的攻撃手段をもっているが、日本は、それが困難という現実。かといって、アメリカ軍が邦人人質救出作戦を実行するわけでもない。これが、邦人保護を目的とする集団的自衛権の法制化を目指す人達の具体的危機管理能力の欠如、邦人保護の責任感が乏しいという政権の実体であり、その責任は、この政権を選択した日本国民の自己責任である。地球儀外交で資金をばらまき、中東での存在感を誇示する外交パフォーマンスを行う「平和ボケ」した政権中枢の人たちが、日本の今後の運命を大きく危機にさらしはじめたのは、いまさら批判しても無意味であろう。国際的な真の信頼関係と協力は金目では得られないし、インテリジェンス能力も一朝一夕には身につかない。
しかし、現実的なテロ対策が、好むと好まざるを関係なく、重要な政策課題となっていく。自由を守ることより自由を制約する治安維持社会となるのは不可避である。中東、「イスラム国」情勢の分析とインテリジェンスは日本に本格的な情報機関の必要性を促す。その施策と対抗と危険の中、「積極的平和主義」は、論者が思っている以上に日本と世界の平和構築の難しさを、痛みを国民一人ひとりに与えていくであろう。
日本も「テロ戦争」の当事者として介入した年のはじまりとして、将来歴史書にかかれるかもしれない。これが安倍政権が目指す「普通の国」の現実である。
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