だいぶ、話がずれてしまった。
つぬがあらしとの話から饒速日となってしまい
吉佐宮から、ヘブライ人
アークの杖の効能に、対抗するかのような十種神宝が気になりつつ
籠神社も気になってしまう。
まず、籠神社=この神社とは、読めない。
こも神社、かご神社ならわかるのだが・・・
このという読み方は
訓読みの「こ」と「之」~~のという意味合いにもとれる。
おこもりを、する神社、
おこもりの神社
とも、解せる。
すると、これは、誰かが**をこもらせた・・隠した
***が、誰かに、こもらされた。・・・封印された
とも、取れてきてしまう。
そして、籠・・「ごめ」ともよめる。
かごめ・・か+ごめ と考えると
かは加える・・・
こもることをやらされた・・・
とても、自主的にこもったとは思えない。
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そこで、気になったのが
籠目紋 一説に封印する時に使われるときく。
時代劇などでも、籠の中にいれられて市中引き回しとか・・・
見るのだけど、籠は捕縛・拘束の意味合いが強い。
籠目紋を配置することで、一種の逆結界をはり、
そこからでてくるなよ・・と言う事に成ろう。
その籠目紋が籠神社にあるか・・・
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結果あったのだが、
別途、絵馬には↓
日月籠目紋
とか、言ったと思う。
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この籠目紋をダビデの星というとらえ方をして、
いっそう、ヘブライ人とのかかわりの印とみなす人がいるのだが・・・
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六芒星の形は、日本では古来、竹などで編んだ格子の目を籠目(カゴメ)と呼び、魔よけに使っていた。
むしろ、竹が問題ではないかという思いもする・・
竹をつかうというと、地鎮祭を思い出す。
地鎮祭(じちんさい、とこしずめのまつり)とは、土木工事や建築などで工事を始める前に行う、その土地の神(氏神)を鎮め、土地を利用させてもらうことの許しを得る。これには神式と仏式がある。
一般的には、土地の四隅に青竹を立て、その間を注連縄で囲って祭場となし、斎主たる神職のもと、建設業者・設計者・施主らの参列の上で執り行う。場合によっては、赤白の横断幕を張ったテントの中で行われる事もある。祭場の中には木の台(八脚台という)を並べ、その中央に神籬(ひもろぎ、大榊に御幣・木綿を付けた物で、これに神を呼ぶ)を立てて祭壇(南向きまたは東向き)となし、酒・水・米・塩・野菜・魚等の供え物を供える。また、関西などの特定の地方によっては伊勢神宮近隣の浜から砂または塩を取り寄せ、四隅に置く場合もある。祭壇の左右に、緑・黄・赤・白・青の五色絹の幟に榊をつけた「真榊」を立てる場合もある。この五色絹は五行説における天地万物を組成している5つの要素、つまり木・火・土・金・水を表している
仏式
仏教では、地鎮法、鎮宅法(じちん、ちんたく・ほう)、安鎮法(あんちんほう、安鎮国家不動法の略)、地天供(じてんく)、あるいは俗に地祭り、地堅めの法などともいう。密教の場合は不動明王を本尊として行う鎮宅不動法という儀式があり、堂宇や仏塔、墓碑を建立する前にその土地を結界して、地天を本尊・中心として諸天の天神や、横死した霊魂なども含めて、それらを供養し鎮霊して、永久に障難が及ばないように修する。
堂宇などの場合、まだ板敷きを敷かずに土壇を鎮める修法を鎮壇法といい、地鎮と鎮壇を個別に修する。なお略式で同時に修する場合もある。壇の中央に五宝や七宝などを入れた賢瓶を埋めて、鎮石と呼ばれる平らな石を置き、再建する場合も決して動かさない。八方に輪や橛(くい)、五玉を埋める。
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神式が、神を呼び寄せて
と、あり
仏式が、神も不浄霊も
と、ある。
だが、どちらも、結界を張っていると思う。
神式の場合が四隅の青竹としめ縄という形になっている。
だが、仏式でいう、不浄霊は、神式では、無視されるのか?
それとも、神の威光で、清められるのか?
いや、そうではない気がする。
それは、もしかすると、竹の作用ではないかと思える。
神籬を作って竹を立てる。
結界を張ってしまうと、その中に閉じ込められた
不浄霊は、逃げ場所をなくす。
その時、竹の筋?を伝って、逃げようとする。
が、上を切り飛ばしていない青竹なので
ささの葉においつめられる。
笹・・竹の葉といわないのが、味噌である。
笹=ささ=ささ(酒)にも通じる。
酒は強力な浄化作用があると思う。
実際、当方でも浄化槽を撤去したあと
業者さんから、日本酒を跡地にまいてやってください。
と、いわれ、そうした。
と、いうことで、竹には、そういう効力があると考える。
すると、昔、罪人などを籠にいれたのも
悪人?が発する悪い気を外に発散させずに市中引き回しができるということであろう。
別に籠に入れなくてもよさそうなものを、籠に入れたのも
そういう意味合いがあったっかもしれない。
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と、考えると
籠目紋は、中にいる者の、何らかの「気」を外に発散させないためとも考えていた。
その籠目紋の中に、月と日が書いてある。
それは、その絵馬に書かれている人物を指すのであろうか?
仮説をそのまま信じれば
彦火火出見命・・と、その夫人?(文字判読できず)の
威光が、外にもれないようにしているとも思える。
元伊勢の彦火火出見命(あるいは、饒速日)の方の
ご威光が、高くなってはいけないという「封じ」にも思えてくる。
八十八か所めぐりのことでも書いたが
お遍路さんによって、結界を締めるようにしているのと同じように
この絵馬も、封じの力を継続させる「策略」であるかもしれない。
*******https://伊勢神宮-御朱印.jinja-tera-gosyuin-meguri.com/category/****
伊勢神宮の内宮と外宮を結ぶ「石燈篭(いしとうろう)」にも刻まれていました。
その燈篭は現在の天皇のご成婚記念として贈られたものですが、「ダビデの星」を入れた理由は製作した石屋さんにも判らないそうです。(依頼元は既に亡くなられています)
さらに「皇大神宮(内宮)」の別宮にあたる「伊雑宮(いざわのみや)」の正式な紋章も「ダビデの星」と同じマークでした。
伊勢神宮にも(かごめ紋)ダビデの星があるかどうかということで
しらべていくと、上の記事に突き当たったのですが・・・
灯篭は最近の事。
伊雑宮の方だけが、古くからあったと思えます。
- 天照坐皇大御神御魂 (あまてらしますすめおおみかみのみたま)
804年(延暦23年)の『皇太神宮儀式帳』では天照大神御魂とされる。中世から近世の祭神には諸説あり、中世末以降は伊雑宮神職の磯部氏の祖先とされる伊佐波登美命と玉柱命(または玉柱屋姫命)の2座を祀ると考えられた。 伊雑宮御師である西岡家に伝わる文書において、祭神「玉柱屋姫命」は「玉柱屋姫神天照大神分身在郷」と書かれる。同じ箇所に「瀬織津姫神天照大神分身在河」とある。両神はつまるところ同じ神であると記されている。明治以降、伊雑宮の祭神は天照大神御魂一柱とされる
伊佐波登美命
イザヤとみのみこと・・・と、よめますが・・・
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ダビデの星と取るか
籠目紋と取るか
で、意味合いがちがってきてしまうが・・
ヘブライ人がかかわったとも思える
吉佐宮=ヨシュアの宮
伊雑宮=イザヤの宮
と、言う風に。
その威光を封印しているのか(籠目紋)
その信仰。由来を継承しているのか(ダビデの星)
ここは、判断付かないところではある。
だが、ヘブライの統治から、
現在の(神)の統治に切り替わったということは、
本当のようだと思える。
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