綾瀬はるかさんが朗読を担当した
戦後70年特別番組「いしぶみ」を観ました。
原爆投下で亡くなった広島二中の生徒たちの記録を静かに読み続ける綾瀬はるかさんの表情は
余分な感情を入れず淡々と読み進めるもので
証言者たちの投下時の生々しい記憶をもとに
中学生たちの亡くなった時の様子が語られていました。
全身に大火傷を負っていながらも川に入り
『海ゆかば』を歌いながら息絶えた…
ある生徒は、瀕死の状態で『君が代』を歌いながら…
また、赤く腫れあがった顔で別人のようになった◯君は、米軍を恨みながら死んでいった…
それを聴きながら
亡くなった子供達の無念を思いました。
そして、番組レポーターの池上彰さんと一緒に原爆資料館を訪れた証言者の老人が登場する場面、
亡くなった弟が投下時に着ていたという焼け焦げた学生服が展示されている前で
まるで生きている人に声をかけるように老人が
「来たで!」
と、ごく当たり前のように広島弁で声をかけた瞬間、思わず号泣してしまいました。
全滅状態だった広島二中の同級生の中で
偶然、難を逃れた人の証言では
助かった事を喜べない、生きている事への罪悪感をずっと持ち続けているという…苦しい心の内を述べた方がいました。
その証言者の言葉で「贖罪」というコメントが使われていましたが
「罪ほろぼし…に、亡くなった級友の分も自分は精いっぱい生きなければならない、
そうは言っても、つい挫けそうになる…
そんなとき、亡くなった級友たちを思い出す事で何とか今まで頑張ってこれた…そう思ってる」
途切れ途切れに、TVカメラの前で申し訳無さそうに伝えた老人の言葉が印象的でした。
原爆で亡くなった家族や友人を持つ人たちにとって、まだ戦後は続いているのです。
この特番で演出・脚本を手がけた是枝監督が伝えたかったものは、何なのかを考えています。
実は、途中から気付いた事があります。
綾瀬はるかさんが、次から次へと原爆投下直後の6日から9日頃までに亡くなった中学生たちの様子を朗読している中、
後半にいくにつれて、
私の感情はだんだんと麻痺していったのです。
原爆資料館でのシーンで号泣してから、後の事です。
不思議なほど冷静に、数々の「死」の場面の朗読を聴いている自分がいました。
人の死に感情が慣れてきて、泣けなくなっていたのです。
2度の震災で多くの人が亡くなった直後と現在の感情の変化にも似ているかもしれません。
綺麗な言葉で言えば
「死を受け入れている」
「死の事実を受け止めている」
でも、それは、時間が経つにつれて…感情が麻痺してくる事なのではないか?
ふと、そんな気がしました。
もしかして、この特番で是枝監督が意図するものは、この事だったのでは?
70年前、多くの罪のない子供達まで巻き添いにしてしまったことも忘れて
現状の日本はどこへ行こうとしているのか
間違った方向に動き出そうとしていないか、
それらを、視聴者に問いかけたかったのではないか…
多くの犠牲者の「死を悲しむ」事を忘れてはいけない…それを伝えたかったのではないか…
と思えてくるのです。
画像は、二年前の秋、実母の納骨の際に、
爆心地近くの本川小学校を訪ねた時に写した
「碑」です。
清水由美