「明日が楽しみですね」
と手術準備室で待つ間に看護師から声をかけられた。
「強い近視が弱い近視に改善されますよ」
「近くのモノが見えやすくなると生活も楽になりますよ」
それを聞いて少し気分が良くなった…
小学校の低学年から視力が弱くなり
中学校を卒業する頃には0.1以下で、
成人してからもメガネとコンタクトレンズ無しでは何もできないし、
最近では老眼も加わってますます見えづらくなった。
たまたま硝子体出血で、この眼科に飛び込んだ際の診察で初期の白内障が見つかった。
「手術するなら早い方がいい、目の疲れも軽減されますよ」
と勧められて今日を迎えた。
手術台は、歯科の診察台のような椅子で
眼の周りをピタッとしたゴム製のカバーのようなモノで覆われ、
瞬きをしないように上下の瞼をテープでしっかり固定される。
カッと見開いた眼で眩しいほどのライトを見つめるように言われ
その1点をジッと見たままで行われるのだが、
途中の作業は、かなりシュールだ。
シュルシュル、ピュルピュル、チルチルと不思議な音がする…
それに続いて英語で女声のAIボイスが聞こえた。
まるで、
スタンリー・キューブリックの映画のワンシーンのようだ。
《時計じかけのオレンジ》を思い出した。
後で看護師に訊くと
妙な音は、濁った水晶体の中の液を抜く時の音らしい…
まるで前衛音楽のような不思議なBGMだった。
局部麻酔をしているが、時おりチクッとする感覚もあった。
恐らく、3ミリの切れ目を入れた時の痛みだろう、
一旦全て水晶体の中身を吸い出して、
それから何かの数値を測るために上部の赤い光りを見るように言われた。
赤い光は少しずれて見えたが、
その後で眼内レンズを装着する際に
「15、15…」と執刀医がそばの助手に伝えていた。
眼内レンズのサイズだろうか?
レンズが入ってきた直後に何か異物が目の前を覆ったような感触があったが、
その後に再び上部の赤い光を見るように言われた際は、
一瞬だったがクッキリと見えた…と思った。
10分程度で終わると思ったが、
私には、とても長く感じた。
手術が終わって外に出ると顔の半分を大きな白い絆創膏で覆った私の顔を見るなり、
「大袈裟だな」
と夫が言った。
そして車の助手席に乗った私に
「対向車から見ると、怖いだろうなぁ」と笑った。
私はスタンリー・キューブリックの世界観に通じるような貴重な体験をしたことを自慢したが、
たぶん夫には理解できないだろうし、
同じ体験をしたくはないだろう。
明日は、
またデマンドバスで通院する。
そして眼科医院まで、この白い絆創膏のままで1.4キロの道を歩くのだ。
帽子が必要だな。
帰宅するとHalは、待ちかねていたようにすぐに出てきた。
良い子で留守番ができたようだ。
よかった。