京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

重荷を背負っても下ろしても

2023年05月09日 | こんな本も読んでみた

佐藤洋二郎氏による書評をきっかけに『あの春がゆき この夏が来て』を読んだのが、昨年の2月だった。乙川優三郎作品との出会いが始まり、現代小説ばかり7冊を読み継いできた。

乙川氏は1996年に時代小説でデビューされている。数々の賞を受賞されているが、2002年の直木賞受賞作品『生きる』だけでもと読むことにした。
表題作の「生きる」と「安穏河原」「早梅記」を収めた中編集となっている。

「人が生きてゆく限り、不運や障害は生まれ続けて絶えることはない」
「重荷を背負っても下ろしても、人は迎えた一日を生きなければならない」
生きるってことはホント、実にしんどいことだと思う。
「たった一つの思い出を支えに人間は生きてゆけるものだろうか」
「たった一つの思い出を抱いて人間は死ねるものだろうか」。

諦めもしない、拒絶もしない、人生なりゆきでも、その生きる姿は端正な文章で描かれて、
心情は心に触れる。人は何かを起点とし、再生の機をつかみもするが、弱い人間の強さを思い重ねた。


「言いたいことをすべてを書く必要はありません。短い文章で言い尽くせばよいのです」
以前に読んだ2作品にあった言葉で、記憶しておきたいことだった。

「人との小さなつながりを頼りに暮らしておりますが、貧しいつながりはたやすく切れることはありません」
短い言葉で、行方がつかめなかった女・しょうぶの数十年の人生をそこに描きだしてしまう。
だからこその余情も生まれる。描かれないことのもたらす効果の絶大さ、ということだ。
そんなこと思いながら3作目「早梅記」も読み終えた。

どの作品も哀感漂い、長い余韻にひきとめられた。好きな作品集でした。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする