京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

女性の心根は昔も今も…

2008年09月19日 | 映画・観劇
    (どんよりとして…川の向こうに南座です)

家長の祖父が実権を握る三世代同居の家族。
家宝の埴輪を1年ほど前に祖母は壊してしまっていた。
その箱を捧げ持ってはつまずく女たちは、壊したのは自分だと思いこみ、その責任に慄いて暮らしているのだ。
言い出せない、聴いてもらえる状況ではない。
ストレスのたまる緊張感の中で、夫婦・嫁姑・親子のかかわり合いをユーモラスに描き出してくる。

時折家長が鳴らす仏壇のおりん、チーン!
「なむあみだぶつなむあみだぶつ…おかあさーん…」
祖父の人の良さがうかがえるけれど、まだこの上おかあさん?

すったもんだの末、2代目は、家族の前で埴輪を床にたたきつけてしまう。
こんなものがあるから……言いたいことも言えなくて……
ガッシャーン!!……息を呑む。けれども言うのです。

「明日の幸福のために……」
「私にもまだ“あしたのこうふく”がありますから」、祖母も。

一本目、『明日の幸福』です。
祖父は国防大臣としての就任が決まりフラッシュを浴びている。

これからも祖父の都合に振り回されそうですが、大家族・松崎家は右往左往しながらも3代3人の女を軸として賑やかにつながっていく気がするのです。
「家は女で持つ」、まんざら嘘ではないでしょう。

一つ先が読めるようで、こみあげてくる笑い、大げさな所作、展開への笑い。
演出として計算されたおかしみでもありながら、そこには自分自身の日常の姿や心理と重なる、共感するものがあります。下心の無い、自然の笑いが生じてきます。

『遊女夕霧』は、自分のために店のお金を使いこんだ男を助けるために、「借金」として証文を取り付けるという知恵を出したのです。身を引くことを念頭に、懇願したり脅したり?で迫る夕霧、波乃九里子の演技。女の情感あふれる、かわいい姿でした。

「ほれちょります!!」
「夫婦にならなくたって、この世に生きている限り、力になりあうことはありますですよねえー」
「ありますですよねー」
「ありますですよねー」

与之助への立ちがたい思いは伝わります。

一軒に、女が三人。
二人よりはもめごとも少ないのでしょうか…。

コメント (5)
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