月二回、似顔絵教室に通っています。
以下は、その課題です。




今までは、「似ている」「似せる」ということに、正直あまり感心がありませんでしたが、
教室へ通い始めて、「似せる」ことにも興味が湧くようになりました。
今の課題は、独創性のある似顔絵をかくことです。
簡単に言えば、ひとめ見ただけで「これは誰々の描いた似顔絵だ」と分かるような違いです。
世界的に見れば、日本的な似顔絵を描いているわけですから、カリカチュアとは大きな違いがあると思うのですが、
似顔絵塾などと比べると、まだまだ独自性がないと感じるわけです。
ヘタウマ似顔絵を目指して、稚拙な似顔絵の画風になってきていますが、
それは技術を捨てることや、1回絵を壊すことができるか?が、独自性の重要な要素だと思っているからです。
絵を壊すことができないなら、最初から「絵を作り上げる技術」など不要なのではないか?
失礼ですが、似顔絵教室の生徒さんは、技術力はないです。けれど、表現力があり、表現することが技術であるなら、ものすごい技術力を持っているとも言えます。また、デッサンの修練を経由しないことで、アールブリュット(生の芸術)のような独自性をみな持っています。
それを見ると、「似顔絵にはデッサン力はいらない」と思えるのです。
「上手い」とは、絵描きにとってほめ言葉ではありません。表現したいものがあり、それが伝わったり化学反応をおこしたり、あるいは誤解を恐れず言えば「革命的」な何かを感じさせたりしたいわけで、上手い絵を描きたいわけでは(私は)ありません。
何を描きたいのか、と言えば、それははっきりと分かりませんし、言えません(^^;
言えるのだったら、詩や短歌や小説や論文にします。
話がそれましたが、
今似顔絵教室で描いている個人的な課題は、「独自性」なのですが、
「省略」をキーワードに描いています。
カリカチュアは、描き込むこと、描写の技術が大きな特徴になっていると思うのですが、私はそれを省略しようと思うのです。
また、全部省略した似顔絵は、既に何人もいるので、描写も若干あって、省略もある似顔絵」そんなものを目指しています。
カリカチュアとは180度違った似顔絵を描きたいのですが、そのためにはカリカチュアが描けた方がよいと思い、
今別のカリカチュア教室にも通うか検討中です…が、その表現の逆を表現できるようになるために通うのは、かなり勇気がいりますね(^^;
P.S
自分でも分かりにくいですね(^^;
ある表現を身につけると、その真逆の表現も、副産物のように見えてきます。
それを描くには、身につけた表現をぶっ壊す必要があるのですが、それでぶっ壊れるような表現は、そもそも表現じゃなかったのだと思います。
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以下は、その課題です。








今までは、「似ている」「似せる」ということに、正直あまり感心がありませんでしたが、
教室へ通い始めて、「似せる」ことにも興味が湧くようになりました。
今の課題は、独創性のある似顔絵をかくことです。
簡単に言えば、ひとめ見ただけで「これは誰々の描いた似顔絵だ」と分かるような違いです。
世界的に見れば、日本的な似顔絵を描いているわけですから、カリカチュアとは大きな違いがあると思うのですが、
似顔絵塾などと比べると、まだまだ独自性がないと感じるわけです。
ヘタウマ似顔絵を目指して、稚拙な似顔絵の画風になってきていますが、
それは技術を捨てることや、1回絵を壊すことができるか?が、独自性の重要な要素だと思っているからです。
絵を壊すことができないなら、最初から「絵を作り上げる技術」など不要なのではないか?
失礼ですが、似顔絵教室の生徒さんは、技術力はないです。けれど、表現力があり、表現することが技術であるなら、ものすごい技術力を持っているとも言えます。また、デッサンの修練を経由しないことで、アールブリュット(生の芸術)のような独自性をみな持っています。
それを見ると、「似顔絵にはデッサン力はいらない」と思えるのです。
「上手い」とは、絵描きにとってほめ言葉ではありません。表現したいものがあり、それが伝わったり化学反応をおこしたり、あるいは誤解を恐れず言えば「革命的」な何かを感じさせたりしたいわけで、上手い絵を描きたいわけでは(私は)ありません。
何を描きたいのか、と言えば、それははっきりと分かりませんし、言えません(^^;
言えるのだったら、詩や短歌や小説や論文にします。
話がそれましたが、
今似顔絵教室で描いている個人的な課題は、「独自性」なのですが、
「省略」をキーワードに描いています。
カリカチュアは、描き込むこと、描写の技術が大きな特徴になっていると思うのですが、私はそれを省略しようと思うのです。
また、全部省略した似顔絵は、既に何人もいるので、描写も若干あって、省略もある似顔絵」そんなものを目指しています。
カリカチュアとは180度違った似顔絵を描きたいのですが、そのためにはカリカチュアが描けた方がよいと思い、
今別のカリカチュア教室にも通うか検討中です…が、その表現の逆を表現できるようになるために通うのは、かなり勇気がいりますね(^^;
P.S
自分でも分かりにくいですね(^^;
ある表現を身につけると、その真逆の表現も、副産物のように見えてきます。
それを描くには、身につけた表現をぶっ壊す必要があるのですが、それでぶっ壊れるような表現は、そもそも表現じゃなかったのだと思います。
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