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爺さんが伝えたいこと

寡黙に生きて来た爺さんが、一つの言葉ででも若い人達の役に立つならば、幸いです。

喝(カツ)!

2021-06-01 20:43:42 | 日記
お寺で座禅を組んでいると、お坊さんに後ろから「カアーッッッツ!」と怒鳴られる。

この「喝!(カツ!)」というのは、いったいどういう意味なのだろうか。

喝とは、禅宗で間違いに気付かせたり、迷いを悟らせる為、老師が出す大声の言葉を言う。

「喝」自体に意味はないと言われるが、叱咤(しった)の声と言われる。

「喝」とは「バカモノ!」とか「しっかりせい!」と言う意味の言葉ではないという。

悩みで頭がいっぱいになっている時、ポンと肩を叩かれたり、大きな声にびっくりしたりして、我に帰るという経験をした事はないだろうか。

「喝」とはその効果をねらったものなのである。

ある意味、気合いを入れてもらっているのであろう。

警策(きょうさく・けいさく)という棒で肩や背中を打たれる事もある。

この時は無言で警策を肩に置かれ、首を傾けた上で打って貰うのだ。






悪事から

2021-06-01 17:47:30 | 日記
「悪事千里を走る」。

悪い行いや悪い話は、たちまち世間に知れ渡るの例え。

悪い事を始めるのを、悪事に手を染めると言い、悪い事を止めるのを悪事から足を洗うと言う。

なぜ始めるのが手で、止めるのが足なのか。

じつはこの二つ、悪事と言うキーワード持っているが、その出自はまったく別の物である。

「足を洗う」は仏教から出た言葉で、裸足で修行を重ねてきた僧は、お寺に戻ると、俗界の煩悩を足を洗う事で清めて、仏業に戻った。

この事から「悪事から抜け出す」と言意味になったと言われる。

イエス・キリストにも「足を洗う」の話がある。

弟子の足を洗い、「互いの足を洗う事で信頼関係を築きなさい」と言うメッセージを残したと言われる。

「手を染める」は「手」にまつわる慣用句の一つで、悪事に限らずあらゆる物事に深く関わる意味で使われる。

また染色方法の一つの藍染(あいぞめ)は、一度染料が染み込むとなかなか取れない事から、「手を染める」と容易に抜け出せないの意味になったと言われている。

悪い事、特に犯罪には関わらない事が、肝要だと思うのだが。