旅とエッセイ 胡蝶の夢

ヤンゴン在住。ミラクルワールド、ミャンマーの魅力を発信します。

今は、横浜で引きこもり。

深圳と珠海

2016年03月18日 19時42分57秒 | エッセイ
深圳と珠海

 これも古い話だす。25年ほど前ね。香港がイギリスから中国に返還されたのは1997年、マカオはポルトガルから1999年に返還された。と言ってもその後も一見返還前と何の変わりもない。それぞれ隣接して加工区(工業団地、税制の優遇等がある。)が広がっていて、香港は深圳(しんせん)マカオには珠海(チューハイ)がくっついている。
 当時自動車部品の商売をしていた自分は、名古屋の部品メーカーが深圳から部品の小パーツを購入する(現地の工場に製造委託をする。)のを手伝い、何度も訪れた。珠海の方は一度だけ行ったが、こちらの商売はそれ以上進まなかった。珠海の方が深圳よりきれいに感じたが、訪れた工場の印象しか残っていないのだから、何とも言えない。奥の方まで広いんだろうなと思う。
 一度小さなカーフェリーに乗って2時間ほど南シナ海を渡った。明るい黄土色をした海は、お汁粉のように濁っていて透明度は無いに等しい。ただちょっと沖に出るとゴミなどは浮いていないし、波は全く無かった。船には現地の家族連れが乗っている。小さな売店があって無愛想な売り子のお姉さんがいて、売っている物(パン・牛乳・菓子等)が当たり前だが全部中国製で面白かった。
 さて深圳、香港の半島側を電車に乗って北上する。中心部から1時間弱だ。香港も郊外に行くと似たような高層アパートが林立している。香港と中国本土の間には小汚い川がある。ろくに水は流れていないが、堀になっていてその底にはゴミがこれでもかと投げ捨てられている。香港と深圳の間には空港のように入国審査がある。香港の人は簡単に深圳に入れるが、その逆は厳しい。全員パスポートを出すが、スタンプは押されず申請用紙のようなものにスタンプされ、それを出国時に出す。香港に住んで深圳に通勤している人が、毎日2回スタンプを押されたらすぐに余白が無くなってしまうものね。
 この通関、時間が決まっていて一度朝早くに行き開くまで待っていた。その時、外国人は自分一人で銃を持った公安(警察)の兄ちゃんがチラチラ自分の方を見る。目を合わせないように避けていたがしつこい。どんないちゃもんを付けられるか分からないので、いやーな気分だ。通関所を出て深圳に入ると長い陸橋があって、広い道路の向かい側にホテルと漢方の材料屋が並んでいる。ホテルは相当立派なのが並んでいる。物価の高い香港などよりは相当安くて、高級ホテルが100米ドルくらいで泊れる。
漢方の材料屋とは変な言葉だが、そんな匂いがするし何やら分からない植物の破片やドライアニマルやらが、きれいに区画されて並べられている。西側に住む中国人がビジネスで来て、おっ安いなと買っていくような品を集めている。そんな店が何軒も並んでいて、お土産として売れる物は何でも並べる勢いだ。一度頼まれたクコの実(杏仁豆腐に載せる赤い奴)を買って帰ったら、頼んだ人が安いと驚いていた。当時流行った痩せる石鹸は1ヶ50円位だった。店には山積みになっていて、これはかさばるが喜ばれる土産だった。
ビジネスはホテルの正面から車に乗って取引先の工場へ直行だったから、工場団地全体の様子は分からない。ずい分と奥の方まで広がっていそうだ。いつ行ってもいたる所で建設工事をしていて、ホコリっぽく汚れていて喧しい。全体は分からないが、入口の辺りでも行く度に景色が変わっている。新しい建物が次々に建てられ、道路が掘り返されている。深圳には中国全土から若くて健康な労働者が集まってくる。ここで働けば、給料がそれまでの2倍3倍(当時、平均1万5千円/月位)になるのだ。地方出身者の集合だから春節(旧正月)の時は街から人がいなくなる。一斉に里帰りだ。全土で数億人の民即大移動だ。
治安の問題があるのか公安がホテルの中でもウロウロしていた。ホテルの裏の通りは、何事かと思うくらい大勢の若いお姉ちゃんがたむろしている。華美な服を着ている訳でも、化粧が濃いのでもないが通りを埋め尽くす数だ。このお姉さんたちもまた全国から集まった売春婦の皆さんなのだが、どうにも素人っぽい連中だ。彼女達も最初から売春しようと思って出てきた訳ではないだろう。ホテルの地下のバーにもよく分からないお姉さんがあふれていた。成程、公安は彼女達がホテル内で動き廻らないように巡回しているのか。
工業団地の深圳が出来る前の香港では、雑居ビルのような建物の中でたくさんの会社が、電卓やら玩具やら家具やら棺桶やらを作っていた。たいていのビルの共用部は恐ろしく汚い。吸い殻やゴミが投げ捨てられ、水が溜まり饐えた匂いがする。上半身ハダカの男が荷物を持って出入りしている。その横をタイトスーツを着たお姉さんが、ハイヒールをコツコツいわせて歩き水溜まりを飛び越える。粗末なエレベーターに乗って訪問先に行き、扉一つ開けるとホテルのフロントのように立派な受付が現れ、美人受付嬢が嫣然と微笑み、流暢な英語で出迎えてくれる。そのあまりの落差に唖然としたもんだ。
とにかく香港も深圳も金、金、金だ。他人を引き倒してでも金儲けをしようという欲望が渦を巻き、息をするのも苦しいほど。金儲けに熱中する人々は早口で声が大きく、脇目もふらずに歩く。東京人より1.3倍は早足だ。またこの人達は喰い道楽で、うまくて安い料理屋は流行り駄目な店は潰れる。ただこれを中国人のスタンダードだと思うと大間違いだ。中国は広くて、中国語にも色々ある。同じ中国人のはずの台湾の人が大陸の中国人に騙され、呆れて言葉が出ない、なんてことが当時は当たり前にあった。
納期が遅れている理由を聞くと、完成品を積んだトラックが運転手ごと消えたという。トラックのタイヤは見事にツルツルで溝が全く無い。事故なのか強盗なのか、運転手の盗難なのかてんで分からない。ここでは良くあることだそうだ。盗むならもっと金目のものにしろよ。
製品の精度が上がり、取引を始めたら年間どのくらいの注文がもらえるのか知りたいという。最もなリクエストので〝年間発注見込み表〟を出した。一年を四半季に分けて、この位の数量をこの時期に注文する予定、というものだ。それを渡して数カ月たって工場を再訪したところ、一年分の数を作っちゃたので引き取ってくれという。何の為の予定表やら。
工場訪問時は、台湾の客家の連中と行動を共にした。どの工場も彼らが探してきたのだ。連中は自分と一緒の時は英語で話してくれるのだが、現地の人と一緒の食卓につくと、ほとんど通訳してくれない。まあお互い単語の限られたヘタッピ英語だから、移動や商売では使えても飲んでワイワイやっている時に通訳するのは面倒くさいんだろう。中国人同士で大声で話してギャハギャハ笑っている。話し相手のいない自分は、大皿に載った茹でたエビの殻を手でむしって唐辛子の入った漬け汁につけて食う。ハハ20匹は食ってやった。ザマミロ。
日本の工場のオジさんを連れて行った時は、日本語の通訳を雇ったのだが、これがまた難しい。シリンダーと言うと通訳が分からない。「円筒、つつの事だよ。」「シリンダー何?日本語ですか?」
これは自分の話ではないのだが、最初にいくつかの候補となった工場を見て廻り、価格はどこも問題なく安かったから、品質と生産能力のチェックを行った。日本のメーカーの社長と個人商社の日本人と二人で案内を伴って3ヶ所訪れた。或る工場で昼飯が用意されていたので頂いた後、2人で印象を話していたそうだ。「あの社長は何だか頼りない感じですね。」「うん、どうもここはハゲ頭の番頭が実権を握っているようだな。」「この工場どう思います?」「いかんな。特に悪いのは---」長いテーブルの端には、最初からついてきたメガネチビの目立たない姉ちゃんがチョコンと座って、何やら熱心にメモを取っている。秘書?事務員?この娘は最初から一言も喋っていない。
別に気にもならず、二人はワイワイと思ったことを話していた。そぬちに社長たちが戻ってきてお別れとなったのだが、その時姉ちゃんが指でメガネをズイと押し上げ、流ちょうな日本語で言った。「本日はお忙しいところ、また遠い所からお越しいただき、本当にありがとうございました。」
えっ?あっ?

 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 極地探検 | トップ | 蝦夷とアイヌ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

エッセイ」カテゴリの最新記事