旅とエッセイ 胡蝶の夢

ヤンゴン在住。ミラクルワールド、ミャンマーの魅力を発信します。

今は、横浜で引きこもり。

サカタの種

2018年12月16日 15時18分19秒 | エッセイ
サカタの種

 半世紀以上前の話。小学校の国語の教科書に載っていた小説で覚えているのは、『走れメロス』(太宰治)、『トロッコ』『くもの糸』(芥川龍之介)。『舞姫』(森鴎外)は、中学か高校だったろうか。舞姫には感動したが、よく考えれば女を捨てて逃げ帰った卑怯者。

 『トロッコ』はそんなに感銘を受けなかったが、夕やみ迫る中、行ったことのない遠くでポツンと取り残された心細い気分はよく分かる。共感できる。
 でもあのケースでは帰る路が示されていた。線路だ。自分が子供の時に遭遇したケースは、帰り道が分からなかった。ローカルな話だが、小学4年の時、京浜急行の日ノ出町にある塾に通っていた。
 住んでいた最寄りの駅は、戸部(とべ)だ。日ノ出町は急行が止まり、戸部には止まらない。日ノ出町の次が戸部で、その次は横浜だ。勘の良い人ならもう分かったね。塾の帰り、間違えて急行に乗ってしまったのだ。
 自分の降りる戸部に止まらずに、走り去る電車の中で、小4の自分は顔をひきつらせた。反対側のホームに行って、折り返しの各駅停車にの乗る知恵はなかった。

 やたらと人の多い横浜駅で降り、大人の後ろについて定期を見せ(乗り越しなのだが)、歩き廻って地上に出た。人見知りの少年は、戸部駅はどっちですか?と人に聞けない。
 線路の向こうの方から来たのだから、反対に戻ればよい。どうせ1駅だ。しかし、横浜駅の地上出口から線路は見えない。見えたとしても相鉄線、東急線、国鉄と入り交ざっている。それにしても人が多い。結局何がなんだが分からなくなって、泣きそうになりながら、当てずっぽうで歩き始めた。
 多分こっち。本当?駅周辺を離れると、街はどんどん暗くなる。早足で駅から離れ、歩き続けるうちに、見覚えのある大きな看板が見えてきた。サカタの種。丘の上にある大きな園芸shopだ。
 車でだが、この店には何度か家族で来たことがある。もうこの時点で戸部とは逆方向に1駅分歩いていた。そのまま進めば、鶴見、川崎、品川だ。家とは真逆の方向である。
 「あれ、サカタのタネからなら、車はあっちの方へ向かったはず。」どう考えてもこのまま先に進んだら、家からどんどん遠ざかる。ここで思い切ってUターンし、反対方向に足を進め、横浜駅をかすめて歩いた。
 回り道をして駅2つ分、1時間以上歩いてゆくと、ついに相鉄線の踏切、開かずの踏切が見えた。平沼商店街の端だ。助かったー。ここからなら分かる。
 真っ暗くなって家にたどり着くと、親がやきもきして待ってきた。もう少しで警察に電話されるところだった。本当に嬉しくて涙が出たよ、あの時は。