旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

四不像

2017年03月10日 19時26分18秒 | エッセイ
四不像

 鹿の角を持つが、鹿ではない。馬の顔を持つが、馬ではない。牛の蹄を持つが、牛ではない。ロバの体と尾を持つが、ロバではない。四不像(シフゾウ)は、明代の小説『封神演義』では、道士・姜子牙が乗る神獣だ。元々は中国北部~中央部の沼地に、一頭のオスを中心にしてメス・子供からなる群れを作って生息していたが、野生種は千年も前に絶えている。
 それなのに種が途絶えずに続いてきたのは、北京の南苑という皇帝の狩場で営々と飼育されてきたためだ。シフゾウは皇帝の保護で、一般民衆の目に触れることなく世代交代を千年も重ねてきた。偶蹄目シカ科シフゾウ属に分類される。シフゾウ属にはシフゾウしかいない。体長約220cm、尾長約66cm、成獣の体重は150~200kgとかなり大きい。
 草や葉を食べ、一回に1~2頭の子を生み、14ヶ月ほどで成獣となる。寿命は23年ほどで、メスはオスの半分ほどの大きさだ。1865年にフランス人神父A.ダヴィッドがヨーロッパに始めて紹介したため、学術名にDavidの名が入っている。しかし1895年に洪水が南苑を襲い、また1900年の義和団の乱により、飼育下にあった一頭のメスを除いて南苑のシフゾウは全滅した。食糧として住民や義和団の連中が食ってしまった。結構美味い、とかのコメントは残っていない。こうして中国からシフゾウはその姿を消した。
 ヨーロッパの動物園で飼育されていた個体も、第一次世界大戦中に全て死に絶えた。シフゾウの繁殖は、群れでないとうまくいかないようだ。ところが驚いた。多摩動物公園に6頭(オスx1,メスx5)のシフゾウがいるという。写真もたくさんネットに出ている。へー、多摩動物公園なら電車に乗って2時間とはかからないじゃん。ってか絶滅したんじゃないの。写真を見ると、角度によるがなるほど馬の顔だ。馬に鹿の角が生えていたら変だろ。ところでオスもメスも角を持つ鹿はトナカイだけだと思っていたら、シフゾウのメスには小さな角が生えている。
 日本では他に、広島市安佐動物公園と熊本動植物園にシフゾウがいるそうだ。在日シフゾウは全部で14頭(2009年、オスx5,メスx9)らしい。実はイギリスの大地主・ベッドフォード公爵が、ヨーロッパの動物園で余ったシフゾウ18頭を買い取り、自分の荘園で飼育していたのだ。えらいぞベッドフォード!1920年当時、50頭ほどが生き延びていた。1946年には繁殖を重ね、個体数は200頭ほどまで増えていた。
 この子孫たちが順調に増え、1985年には元の生息地である南苑にも放たれた。今世界中の動物園で見られるシフゾウは、全てベッドフォード公爵の50頭から始まる子孫なのだ。意外と飼育しやすいのかな。ではシフゾウが日本に来たのは最近の事なのか?実は1888年に上野動物園にペアで寄贈されている。しかし10年程経って死に、その子供も成獣にはなったが明治の内に死亡した。一匹では繁殖出来ない。ちなみに上野動物園の開園は1882年だ。
 寄贈と書いたが、実際は強奪だった。清朝政府がロンドンの動物園に5頭のシフゾウを贈った事を知った全権大使、榎本武揚が日本にも譲り渡すように清朝政府を恫喝するが、清朝はこれを拒否する。すると当時の首相、伊藤博文が天津条約の交渉の席で、李鴻章大臣に直談判した。そんな嫌な経緯で日本に来ていたのだ。中国自らが、ジャイアントパンダのように外交に使うのは「どうぞご勝手に」だが、これはイカンな。中国人の面子を真っ向から踏みにじるやり口だ。そもそも珍獣を政治の世界で使って欲しくはないな。
 そう言えばドイツ第三帝国の元帥ゲーリングは、ヨーロッパ野牛オーロックスの復活を試みて失敗している。オーロックスは17世紀に絶滅した体重1トンもある巨牛だ。現在のコブ牛等の家畜牛の先祖なので、大きくて特徴が野牛と似た牛を交配させて、先祖返りを図ったのだ。
 ナチスドイツはオカルト趣味満載だ。占星術、古城でのイニシエーション、聖杯・ロンギヌスの槍探索、民族のルーツを探ってチベットへ探検隊を送る等の奇妙な行動が目立つ。オーロックスの復元はその中の一つだったが、失敗した。
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