「旅の少女」
ち り ん
あれ?
今、鬼とすれ違いましたよ
すれ違いざま、食べられたと思ったわ
ああ、あれから、もう30年以上の歳月が流れたのですね。
旅の少女よ。。。
30年以上前の旅の少女よぉおっ!
『もう30年以上も昔の話です。
一人の少女が旅に出ました。
夕陽の中、土の道を自分の足が踏む音に耳を澄ませて歩きました。
海の彼方で太陽が焦げていました。
草が動いていました。
少女は以前に親しかった人々、親しくなかった人々、過去の生活の中で行ったり来たり蠢く人々を忘れようとしていました。
しかし時々、涙がそうさせまいとする事もありました。
出てきた時のままのブルージーンと白いシャツで小さな緑色のリュックをかついで、なるべく人気のないところを歩き、食べ物は小さな村や町のマーケットで得、殆ど野宿をして旅を続けました。
お金は盗んだのが百万円ありました。
ある夕暮れ、市道から遠く離れた畑の農具入れの小屋の中、くもの巣の下で少女は死にました。
少女が歩いた道、眠った畑も、今はすっかり近代化が進み、車両通行の多いアスファルト道路になり、当時の面影はありません。
もう30年以上も昔の話です。
私は少女の旅の途中、三回会い、短い話をしました。
とても素直で天使のような女の子でした。
“土の表面に私の影が漂います。夕焼けがまた始まります。とてもステキ。”
最後にこう言って少女は大きな樹の青い影の中へ緑色のリュックを元気よくかついで消えていきました。
彼女の絵を一枚、私は持っています。
彼女が旅で出会った絵描きの老人の作品で、彼女は私にそれをくれました。
今でも大事にその絵はよく見える場所に飾ってあります。
ごく平凡な絵です。
陽差しの中、少女が、お花畑に立って何となく悲しそうに笑っています。
私が死んだら、もう誰も少女の旅の事なんか憶えていないでしょう。
もう30年以上も前の事なのだから。
絵だって私が死んでしまったら、売られるか、焼かれるか、無い事が全てです。
「無(ゼロ)+ 無限の図」
↓
出口は無し。
私の家はその頃、東京の山の手の高級住宅地にありました。
父も母も元気で金の奴もかなりあったようでした。
私は大学生で人と話をしない青白い死人のような青年で、父の会社の人達や親類の人達の目は私の事をいつも情けなさそうに見るか、不満と怒りのようなものまでちらつかせていました。
私は大学四年の時、親や親戚たちに貰って貯めておいた預金がかなりありましたので、それを資金に家出をしました。
他人とは殆ど口を利きたくありませんでした。
食料と水をたくさん買って、あまり人の来ない野原(そこからは海がよく見えました)にテントを張って長い間、住み着いておりました。
毎日、私は昼下がりの長い影を引きずって断崖の下の誰も来ない綺麗な砂浜へ縄梯子で降りてゆき、読書をしました。
少女は三度、そこへ私に会いにやってきたのです。
少女とは誰とも話した事のないジュリアン・グリーンの小説について語り合いました。
少女は実に真剣でした。
少女の瞳は透んでいて、時にはピンク・ゴールドに輝いて見えました。
もう過ぎ去って時の風に削られた私だけの遙かな思い出になった少女の事。
今、思い出す昔の幻影。
夏が始まりかけた頃、私は少女の死を知りました。
蝉がうるさくて腹が立ちました。
まるで少女の死は蝉たちが、うるさく鳴くからのような気がしました。』
少女よぉぉおおおっ!崖の下にいた男は元気かい~っ!少女よぉぉおっ!30年以上も時が過ぎ、少女よぉぉおおおっ!旅の少女よぉぉおおおっ~!覚えているぜぇええええっ!俺だよ!俺が覚えてるんだよ!
俺だよ!そう!俺さ!そう!あの崖の下の男だよ!まだ、生きてるんだぜ!あのまんまさ!何もかも!そうさ!あの頃のまんまの俺さ!30年以上たっても、俺は相変わらず崖の下で、たった一人でジュリアン・グリーンの本を読んで暮らしているのさ!
もちろん、誰とも口なんかききはしないさ!自分で、畑を作って、こっそり小川の水を飲みに行き、誰にも見つからずに生きてきたんだぜ!でも、さあ、もう、くたばっちまいそうでね。
俺はさ、言っただろ?君の事は絶対に忘れないって!君が生きていた事、君が旅をした事、ここに立ち寄って俺と話した事。だから、俺は、何が何でも絶対に、ここを出て、他の人間との記憶を作るわけにはいかなかったのさ。
俺は、俺は、もう、30年以上たった今も、君だけを覚えてるよ。君の色んな記憶を俺だけが、この世界で所有し続けているのさ!
旅の少女よぉぉおおおっ!
旅の少女よぉぉおおおおぉおおおっ!
ひとりぼっちなんかじゃぁないぜぇぇえええっ!君が生きて旅をしていた事を覚えている奴がいる限り、君は、存在したんだ!いや、俺の記憶の中で存在し続けているんだぁああああっ!俺と、一緒!俺と、ずっと一緒!2人きりで一緒なんだぁぁああああああっ!
でもよぉ、人生ってぇのは、お別れの時が必ず、やってくるんだよ。
30年以上前、覚えているかい、君が死ぬ前に俺のトコに来た3回。君は、笑ったり、泣いたり、感動したり、喜んだり、口惜しがったり、あはははは、楽しかったねぇ。俺は覚えているよ。
君は言ったよね。“あなたが死んだら誰も私のこと覚えてないわ”ってね。だから、こうして今まで、がんばってきたけどさ、もうダメ。
俺さぁ、もう、50才過ぎてんだよね、で、身体がおかしいんだよ。あ・頭もちょっと変かな?んで、この間、森の木に引っ掛けて右腹の皮膚を破いちまってからさぁ、そこから腸が、どんどん出てきてね。ほら、血だらけ、だはははは。んで、何だか、あんまり苦しいモンでね。死ぬみたいなんだよ。
だからさ、こうして、あの時、畑の農具入れの中から君の死体を引っ張ってきて隠しておいた、誰も知らない、この俺の崖下の畑の脇の洞窟の中の君の死体に語りかけているんだよ。
あああああ!少女よぉぉおっ!旅の少女よぉぉおおおっ!肉体としての君は、もう蟲に喰われ土に染み込み、すっかり白骨化しちまってるけど、俺の記憶はダテじゃねぇんた!ダテじゃぁねぇんだああああっ!
はぁはぁ~!俺の記憶の中で、しっかり、君は生きてるんだぁ嗚呼ああああああああああっ!俺は君に記憶の中だろうと、こうして君の白骨を抱きしめながら!未だに君に恋をし続けているんだぁぁぁあああああっ!
でもよ、もう最後みてぇだぜ。俺は、死体の君を思いっきり愛したぜ。死んでても分かったと思うけど。思いっきりなぁ!30数年間、死体の君を思う存分、愛しまくり、気づいた時には、君は白骨。でも、俺の記憶の中じゃぁ、現実以上に生々しく君は依然として!存在し続けているんだぜぇえええええええっ!
あの絵?ああ、あれは、とっくにボロボロになって消えてしまったよ。
今でも持っているって言ったって?ああ、そうさ!俺の頭の中の記憶倉庫の、よぉぅく見える場所に飾ってあるんだよ!
これで、俺が死んだら、あの絵の事も、俺が君の事を死んだ後まで30年以上に渡って激烈に愛し続けた事も、君の旅の事も、肝心の俺の事も、誰も覚えちゃいなくなるのさ。
この崖下の洞窟の中で、俺の死体と君の白骨を見つけたところで誰も何もしらねぇんだよ!俺が君を愛した事も!君が俺に愛された事も!俺たちが、こうして、ここに存在し続けていた事も!誰も知りゃぁしねぇ!誰も分からねぇ!ああ!あの夏の日よぉおおおおおおおっ!
さあ~お別れをする前に、2人で、2人で並んで花火大会と決め込もうじゃないか!いいじゃないか、俺も君も、これで、本当に全てとお別れなんだからさぁ!あははははっはあは!
さぁ~洞窟から、君の白骨化した死体を軽々と引き出してきて、崖下の畑の真ん中に置いて、俺は君の真横にピッタリと添い寝して、大量の火薬に繋げた導火線に火をつければいいんだぜ。導火線。
俺、この間、ここいらあたりの開発現場に大量のダイナマイトを盗みに行ったんだぜ。物凄くたくさん盗めたけど、苦しかったなぁ、何せ、俺の右腹から、ズルズルはみ出る腸を必死に腹の中に詰め込みながら血塗れになってさぁ、それでも誰にも見つからないで、誰とも口を利かなかったぜ。君のためにな。2人だけの記憶のためにな。2人だけの世界のためにな。
さあぁ~!行くぜぇ!旅の少女よぉおおおおおっ!これで本当に、君も俺も、この世界とお別れだぜぇぇ~い!
最後に!夜空に花吹雪をぉぉおぉおおおっ!青空に色とりどりの紙吹雪をぉぉおおぉおおおおっ!
せめて、俺たちの完全なる消滅を!お別れをぉぉぉ!祝ってくれぇぇええ~い!
あれ?
昔、鬼とすれ違いましたよ
すれ違いざま、食べられたのですよ
ち り ん
終
This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)
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