まーどんなぶろぐ

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■松 といっても

2005年05月12日 | 豆知識・音楽編
朝から庭に植木屋さんが来ています。 この時期の主な仕事といえば、松のミドリ摘み。 長く伸びてしまう春芽を摘み取って夏芽を出させ、節間を小さく育てるための作業です。 このミドリ摘みを怠ると、松が伸び放題になったり格好が悪くなったりしまいます。 

”Do It Yourself!” 流行りの世の中ですから庭木の手入れ講習会などに通って手ほどきを受け、ご自分でミドリ摘みをなさる殿方も見かけますが(お隣のオジサン!)、 我が家の男性どもは皆、高所恐怖症! ハシゴに上っての作業なんて期待できません。 長い柄のついた高枝剪定ばさみを持ち出して梅の枝を落とすのが関の山のようです。

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イタリアの作曲家レスピーギ (1879~1936) の作品に、交響詩「ローマの松」 (1924年) というのがあります。 四部構成でそれぞれ、
1.ボルケーゼ庭園の松
2.カタコンベの傍らの松
3.ジャニコロの丘の松
4.アッピア街道の松
1.2.3 は、日本人でも何となくイメージがわきますが、4のアッピア街道だけは、日本の街道を連想してはいけません。

そもそもアッピア街道は古代ローマ時代、紀元前4世紀頃の財務官アッピウスの命によって造られた、ローマからイタリア半島を南下する街道で、 ブーツ型半島のヒール部分にあたるブリンディジという町まで続く石畳の幹線道路です。 何のためにローマ人はインフラ整備をしたかって、 第一には軍用道路でしょう。

現存するアッピア街道並木の松は、葉が幹の上部に広がっていて(椎茸を横から見たような感じ)、 種類はクロマツかアカマツらしいですが、 ”唐傘松” なんて呼ばれています。 旧東海道の松並木に見られるような光景ではないんですよね。 

レスピーギの交響詩で終曲の ”アッピア街道の松” は、  ローマの将軍が凱旋パレードをしいるような幻想を抱かせる創りになっています。

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音楽つながりで、こんどは弦楽器のボディーとして使われる木材について。
一般に、ヴァイオリンの表板はエゾマツの一種のドイツトウヒ(Fichte)が最適だといわれています。 トウヒ、漢字では ”唐檜”、ヒノキという字がはいっていますが 「マツ科」 なんだそうです。 でも クリスマスツリーの ”もみの木” とよく似ていてちょっと見ただけでは区別はつきません。  (裏板は別の素材、イタヤカエデが良いとされています)

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松といっても ”唐傘”のような松、 ”クリスマスツリー” のような松、 いろいろあるんですね。 樹形を考えて成長を抑制していくのが好しとされる (我が家の) 門かぶりの松、 はたして松にとっては良いのか悪いのか・・・。

■魔法の笛

2005年01月19日 | 豆知識・音楽編
先日、子どもと一緒に、モーツァルト (1756~1791)の歌劇 『魔笛』 を見に行きました。以前から断片的に映像で見せ、有名なアリアも聴かせたことがあったのですが、夜の女王のあの ハイF が出てくるアリアは、ライブで聴くのが一番! なので誘いました。ハイFというのは、五線譜の上に加線を3本書きその上に来るファ音です(!)。

独語に関しては、私よりも子どもの方が語彙力が上ですが、予習無しで原語上演のオペラを見る場合、やはり日本語字幕スーパーがある日本での公演に行く方が楽です。 『魔笛』 は物語の筋立てという面ではかなり無理があると思うのですが、登場人物のキャラクターがはっきりとしているので、おおまかな筋だけ分かっていれば理解しやすいオペラです。

オペラにほとんど関心の無い方々にとっては、へ~ッ !? というような話だと思いますが、 モーツァルトはドイツ語のオペラとイタリア語のオペラの両方を作っています。 当時のヨーロッパ社会では、イタリア音楽が本家本流のように思われていました。 イタリア人音楽家がもてはやされ、イタリアオペラが人気を集め…、といった具合です。

こんな時代に音楽家としての素質を持って生まれ、英才教育を受けたモーツァルトでさえ、イタリア人でない、という理由で冷遇されていたらしいです。 父親につれられて子どもの頃から欧州を巡業してまわり、大人社会のなかで育ったモーツァルトは、 えなりかずき の大人子ども的な面や 杉田かおる の小さい頃から借金苦(!?) と同じような生い立ちの中で人格が形成されていったのだと思います。

有名なオペラをいくつか例に挙げていくと、なんとなくモーツァルトの性格が見えてきそうです。
『後宮からの逃走 』(1781) 25歳(作曲時)、18世紀トルコの後宮が舞台で、《恋と冒険とロマン》がテーマのドラクエのようなお話。独語オペラ。
『フィガロの結婚』(1786) 30歳、 18世紀セビリャの伯爵邸の理髪師フィガロと小間使いとの結婚をめぐって、領主の初夜権復活を画策する浮気者の伯爵、夫の浮気癖に辟易としている伯爵夫人などがドタバタ喜劇を演じるお話。伊語オペラ。
『ドン・ジョヴァンニ』(1787)31歳、17世紀のスペイン、かの好色男 ”ドン・ファン” の女たらし放蕩記、神をも恐れぬ所業のあげく、地獄におちる勧善懲悪のお話。伊語オペラ。
『コジ・ファン・トゥッテ』(1790)34歳、 18世紀のナポリが舞台、”Così fan tutte” とは「女はみんな、こういう(浮気)者さ」ということを言っています。二人姉妹のそれぞれの恋人が異邦人に変装して違う相手に言い寄って(ねじれの関係)みると、女性はどうなびくか、という馬鹿げたゲームのお話。伊語オペラ。
『魔笛』(1791)35歳、 架空年代のエジプト、王子様がヒロイン救出をする際に魔法の笛や鈴を授かり、数々の苦難、試練を乗り越えて強くなっていくお話。正義だの勇気だの大司祭に説かれ、それを追い求める王子と、酒に女にと気ままを愛する凡人代表のようなパパゲーノという鳥売りとの対比、女性(夜の女王)には邪悪が宿っているかのような筋立て、まさに自らも加わっていたフリーメイソン愛好作品と考えられています。独語オペラ。

数ある交響曲やピアノ作品などからも、生真面目さ、純粋さは感じられますが、早くから大人社会の恥部、暗部を目の当たりにし、直に感じ取ってきたモーツァルトの声にならない苦痛の叫びのようなものが、オペラ作品に隠されているように思えてなりません。 そういえば、モーツァルト晩年(といっても35歳)の肖像画が確認された、と最近報じられていましたね。



■時代考証 洋の巻 

2005年01月13日 | 豆知識・音楽編
先日 ここ の文末で 《もしハプスブルグ王朝時代のウィーン貴族気分を味わいたいのなら、R.シュトラウス(1864~1949)の楽劇 『ばらの騎士』 》 を見るといい…、 と書きました。 オペラにあまり興味を持っていない方むけに少々書き添えます。

リヒャルト・シュトラウス交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』 を作曲した人、といえばおわかりでしょう。大編成のオーケストラが奏でる壮大な音楽が特徴ですね。バイエルン生まれのドイツ人ですが、1919年~1924年の間、ウィーン国立歌劇場の音楽監督をも務めた作曲家です。

1910年に作られたオペラ 『ばらの騎士』 は、18世紀 マリア・テレジア治下のウィーン貴族のお話で、 手短に言えば、30歳を過ぎた元帥婦人が不倫関係にあった17歳の若き伯爵(この人が”ばらの騎士”)に別の若い彼女ができ、コメディティックなことがいろいろとあり、最終的には(元帥婦人が)己の老いを自覚し身を引く、をいう破廉恥な内容です。 タイトル・ロールの騎士は、メゾ・ソプラノの女性が演じるのが通例で、元帥夫人との絡みのシーンは ”タカラヅカ” 歌劇を見ている風でもあります。

この破廉恥な話がR.シュトラウスによってこの上なく絢爛豪華なオペラに仕立て上げられているのです。朝の引見の場では、陳情人、御用達業者、イタリア人歌手来訪など、貴族の日常生活を垣間見ることができ、 由緒ある貴族と田舎貴族、新興貴族の差異などもわかり易く描かれています。 また、当時の貴族達の結婚形態、閉塞感のある貴婦人の生活などの暗部も見てとることができます。

聴いているだけでうっとりするような音楽、とりわけ華麗なワルツが随所に出てくるのですが、時代をよく考えると、マリア・テレジアの頃に、こんな華麗なワルツはこの世にまだなく、ぱっと思いつくところでは、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』の ”メヌエット” のような小規模な舞曲を奏でていたに過ぎません。
ソーソ・ソ・ソ・ソ、ソー↑ド・ソー、ファーファ・ファ・ファ・ファ、ミーファソー、…
というあの有名なメロディです。
『ばらの騎士』 におけるワルツに関しては 『Wein, Weib und Gesang』 ブログの pfaelzerwein さんがコメントを寄せてくださいましたし、ご自身の記事でもちょっと触れられています。 残念ながら、私には社会学や音楽史を念頭に置いたアカデミックな思考力が欠如しているので、難しい話はやめにしておきます。 素人の考えとしては、オペラの旋律面で時代考証があまり為されない方が、聴き手にとってすんなり入り込め、楽しめるのではないかと思います。

それはさて置き、この元帥婦人は三十路をまわったくらいで、女しての未来を悲観していらっしゃる…、お可哀そうに! 21世紀の私たちの手元には ”ドモホルンリンクル” みたいのがいっぱいありますものね。
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■ケルビム

2004年12月25日 | 豆知識・音楽編
12月の恒例イベントの話を以前 ここ でしましたが、”くるみ割り”、”忠臣蔵” についで第三弾、”第九” のおはなしを少々。

今日はこれから世の習いに従い、『ベートーヴェンの第九交響曲』 の演奏会にでかけます。毎年欠かさず聴きに行くっていうわけではありませんが、今年は一年の締めくくりに
”第九” を聴きたい気分なんです。 この曲を聴いていると、私にとっては行く年の総括と来る年への活力ゲットが一挙にできるみたいです。

有名な『歓喜の歌』が出てくるのは4楽章の部分で、1、2、3楽章は淡々としたオーケストラだけの演奏です。激情型の音楽ではなく、ソナタ形式だの、フーガだの交響曲のお手本みたいなものが続くわけです。

曲がはじまってから40分以上たって、ようやく4楽章。でも合唱はまだまだ5~6分後です。コーラスが中ほどまで来ると、ようやくタイトルの『ケルビム』が出てきます。
♪ Und der Cherub steht vor Gott !
「神の前にケールプ(ケルビムの独語)が立ちはだかっている」
初めて 「第九」 と歌ったときは、”ケールプ” の正体を知らず、なんじゃこれは? と思いました。 ケールプ(独語は語尾の ”b ” の発音は p 音になる)/ケルビムとは天使の名前です。 「 der Cherub 」ですから、男性天使ですね。神学界でケルビムは智天使、賢い天使らしいですが、聖書の世界では天国の守護天使として登場します。
主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に自分がそこから取られた土を耕させることにされた。こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。
     旧約聖書 創世記3:22、23
それで、そのケルビムはどんな格好をしていたか…。
…その中には四つの生き物の姿があった。その有り様はこうであった。…それぞれが四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。
…その顔は人間の顔のようであり、四つとも右に獅子の顔、左に牛の顔、そして四つとも後ろには鷲の顔を持っていた。…
     旧約聖書 エゼキエル書1:5~10
なんと、人、獅子、牛、鷲の四面顔 ! これじゃあ怪獣じゃん !? その四面顔天使が、天国の東の門番なんですって。 日本流にいえば、寺社の門の両脇に立っている 「仁王さま」 だわね。 天使もいろいろ…。