まーどんなぶろぐ

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■歌舞伎座見おさめ

2010年04月28日 | 私のこだわり・芝居編
建て替えのために劇場を閉じる木挽町歌舞伎座のさよなら公演、御名残四月歌舞伎も今日が千秋楽。先月からは通常の昼夜興業でなく、毎日三部公演。最後となった今月は、まさにオールスター歌舞伎で、 これは見逃せない…、と3公演制覇しました。

子どもの頃、親に連れられて行ったのは別として、私が歌舞伎が観たいと思って歌舞伎座に行くようになったのが中学生の時でしたから、かれこれ40年芝居を観てきたことになります。


          


当時の人気役者、菊之助、辰之助、新之助、いわゆる三之助、辰之助さんが惜しくもいなくなりましたが、菊五郎さんと団十郎さんは ”団菊”としていまや歌舞伎を背負ってたつ幹部役者です。

杉の子会という子ども歌舞伎の勉強会で活躍していた中村屋の勘九郎、萬屋の米吉、歌昇、梅枝、信二郎なども、いまでは50代、味のあるいい役者さんになっていますし、それぞれのお子さんも舞台で活躍していらっしゃいます。

菊五郎さんは若い頃、NHK大河ドラマで義経をやっていた頃のおもだちがずっと焼きついていましたが、先月の弁天小僧、今月のお嬢吉三などの舞台姿は、まぁ…、父親の梅幸さんに似てきたわ~(ふくよかになられた…)。

そして今月、連獅子で親獅子を踊っている勘三郎さん、勘九郎の頃には父である先代の勘三郎さんのもとで子獅子を踊っていたのをよく覚えています。極端にシリアスになったり、笑いを誘うような演技をしたりすることの多い勘三郎さんですが、連獅子でのキリッとした前シテの姿はまるで先代さんの生き写しのようで…、とてもなつかしかったです。

3年後に完成する新しい歌舞伎座の時代になると、次の世代の役者さんも出てきて活躍されることでしょう。これからもずっと…、いつまでも芝居見物を楽しみたいものです。


          

■不動明王の生まれかわり・・・

2008年01月15日 | 私のこだわり・芝居編
今月、東京では四つの劇場で歌舞伎公演が行われています。 ほぼ毎月興行を行っている歌舞伎座、国立劇場に加えて、ここ何年か正月の花形歌舞伎が定着してお客さんもかなり入っている浅草公会堂。 

そしてもうひとつ、新橋演舞場の海老蔵座長公演 『雷神不動北山櫻』。  歌舞伎十八番の 「毛抜き」、「鳴神」 を含んだ通し狂言で、海老蔵さんが1人5役を演じ、尚且つ ”空中浮遊相勤め申し候” というご大層な触れ込み。



こりゃ 観るっきゃない!

去年も芸能ワイドショーをにぎわせていた海老蔵さんですが、 舞台間近で観る姿は、年々父親である団十郎さんに似てくるような気がします。 まさに大器、スケールの大きな芝居を堪能できました。 

チラシにあった触れ込み文句の空中浮遊ですが、 けれん芝居というと義経千本桜の宙吊りのような仕掛けを連想しますが、今回は、市川家と縁の深い成田山の不動明王に扮した海老蔵さんが、まさに宙に浮いているイリュージョン(!?)なんです。 

いくら歌舞伎=傾く(かぶく)とはいえ、 お不動さんに成りきるっていうのは成田屋の御曹司でなくてはできないでしょうね・・・。

成田屋親子のファンとしては、歌舞伎座の舞台も見逃せないものです。 さ~てと、行かれる日はあるかしら。。。

■ドライな与三郎

2007年05月15日 | 私のこだわり・芝居編
今月の歌舞伎座は団菊祭。 菊五郎劇団の芝居をずっと観続けてきた者としては、今月は昼夜観ずばなるまい…、 などと勝手な御託をならべ、先週は夜の部、今日は昼の部と歌舞伎座通い。

すでに新聞などにも劇評が出ていますし、一介の歌舞伎ファンが芝居を評価できるわけでもありませんが、 あえてひとこと。

あちこちで酷評されている 海老蔵演じる切られ与三郎、 確かにこれまでの名優といわれる役者さんの与三郎とはどこか違う気がしました。 なんでしょうか…、 やたらクールなんですよね。

でも私は悪いとは思いません。 今どきの20代の若者は感情表現がドライな人が多いですし、今後はそれが主流になっていくのでしょう。 歌舞伎狂言においてもとりわけ世話物では上演される時代、時代にマッチした演じ方になっていくのが自然の流れではないでしょうか。 

まっ、海老蔵さんのドライな与三郎もありではないか…、 と思いながら観ていました。

■高田馬場

2006年03月14日 | 私のこだわり・芝居編
話題の三谷幸喜氏書き下ろしの歌舞伎 『決闘! 高田馬場』 を観にパルコ劇場へ。

昔、中山安兵衛の決闘の話を 講談で聴いたことがあるのですが、 覚えているのは安兵衛がひた走るさまを 講釈師が扇子をバタバタ打ちながらハイテンションで語っていたところだけ。 まっ、そこが一番の聞かせどころなのかもしれませんが・・・。

人気の脚本家と市川染五郎のコンビということで、 劇場内は歌舞伎座などとは違って若い女性客が多いこと! そりゃそうですね。

お芝居は世話物の軽快な台詞アリ、 立ち廻りアリ、 義太夫との掛け合いアリ、早替わりアリ・・・、 歌舞伎独特の手法をあちこちに取り入れた仕上がりになっているので、 歌舞伎初体験の方にとっても興味深いものだと思います。 でも見得をを切っても大向こうから ”高麗屋!” と声が掛からないのはちょっと拍子抜けかな・・・。

一緒に観劇していた子ども曰く、 「これは歌舞伎だと思わないな、 三谷芝居の時代劇。」  彼女にとっては花道で六法踏むのが歌舞伎のようです。

■お家騒動

2005年10月18日 | 私のこだわり・芝居編
音羽屋親子 (菊五郎、菊之助) が共に初役に挑むと話題になっている 『加賀見山』 観劇に歌舞伎座 へ。 江戸時代の三大お家騒動といわれる 伊達騒動・加賀騒動・黒田騒動 のひとつ、 加賀前田家で起こったお家騒動を題材に書かれた芝居で、 その当時は普段町民がうかがい知る由もない御殿女中の様子を覗き見られるということで大当たり狂言だったそうです。

お家騒動とはいうものの 舞台の見せ場は お局 岩藤のいじめによって 中老 尾上が自害してしまい 忠義な侍女 お初がその敵を討つ・・・という敵討ちのお話です。 赤穂浪士、 曽我兄弟、 荒木又右衛門の鍵屋の辻 などの勇ましい男性が出てくる仇討ちとはひと味ちがう 女性版の仇討ち話と言った方がわかりやすいように思います。 (ですからこのお芝居を 「女忠臣蔵」 と言う人もいます。)

お局として権勢を振るっている 岩藤は、 いわばワルの親玉で、 一座の座頭格の立ち役が普段はやらない敵役の女形を勤める (加役という) のが通例です。 先代の勘三郎や延若の岩藤は凄みがあり、 はまり役でした。 菊五郎劇団系列では 団十郎がよく岩藤を勤めていましたが、 病気療養中で芝居に出られないのが残念。 そんな理由でかは知りませんが、 今回は菊五郎が初めて敵役を演じることに・・・、 まっ 菊五郎はナイーブで線が細い中老尾上役には向かないかな~。

その尾上役、 ご高齢の雀右衛門にはもう無理だとすると、 今や 玉三郎が最適人と言わざるをえません。 どんな役を演じても一種独特な玉三郎ワールドをかもしだしていて、 今日も思わず息を殺して見入ってしまいました。

菊之助のお初、 このところ大役がまわって来ることが多く、 めきめき腕を上げているのが目に付きます。  役者一家 のDNA とでもいうのでしょうか、 将来が楽しみです。

■花子

2005年04月23日 | 私のこだわり・芝居編
春の陽気に誘われて、新勘三郎が踊る「娘道成寺」 の白拍子花子 でも観てみようかと、 十八代目 中村勘三郎襲名興行 の歌舞伎座へ。 これといって中村屋を贔屓にしているわけではないので、先月の襲名披露はパスしてしまいました。

歌舞伎を見ない方でも 勘三郎といえば 旧名勘九郎時代からマスコミへの露出度が高かったですから、ア~あの人とおわかりでしょう。 私が子どもだった頃から周りの大人たちが ”かんくろうちゃん” ”かんくろうちゃん” と言っていたので、やんちゃでじっとしていない勘九郎がそのまま中年男性になったようなイメージが定着しています。

それと、新勘三郎は、先代つまりお父さんと容姿だけでなく、舞台での立ち居振る舞いまでもが似過ぎていて、 先代のオーバーアクションが鼻について良しとは思っていなかった私には、 (新勘三郎の芝居も)どうも頂けないな~、と感じてしまうのです。 まあ、好みの問題でしょうかしら・・・。 そんなわけで、観に行くなら襲名演目として舞踊を入れている4月の昼の部だけかな、と考えていたわけです。

『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』 は結局どうだったのか? って、 種々の劇評にあるとおり上手いには違いないのですが、 ところどころで過剰な振りが気になりました。 愛らしく首を傾ける様で30度傾ければいいところを45度傾けるなど、 この人の流儀なのでしょうが、 ちょっと私の趣味ではないんですよ。

昼の部最後の演目で、 切られ与三の仁左衛門とお富の玉三郎が絶品でしたからだいぶ気を取り直せはしました。 夕食は家族で待ち合わせて久しぶりに天ぷらを食べに茅場町へ、 若あゆの天ぷらを期待して行ったのですが、ちょっと時期が早かったようで行った店では仕入れておらず残念。 鮎はまたの機会に。

■幻想

2005年01月26日 | 私のこだわり・芝居編
新橋演舞場の新春大歌舞伎、千秋楽(26日)のチケットを入手したので母と一緒に昼の部を観劇。今月三回目の演舞場詣でをしてしまいました。 昼夜それぞれの部(あっ、歌舞伎公演は昼と夜と違う演目を並べるのが一般的なんです、国立劇場は違いますが)を見に行くのはままありますが、同じ演目を見るのは、私としては珍しいことです。

舞台に立つ海老蔵は、その目鼻立ちの整った顔、力強い声で観客を魅了しています。 祖父の先代団十郎が 『海老さま~』 と騒がれていた頃の舞台を覚えている母は、 「ホント、生き写しだわね…」 と今の海老蔵をじーっと見つめていました。

私は十代の頃から今の団十郎を贔屓にしています。 あんたはアホか! と言われるかもしれませんが…、結婚前、私の連れ合いが(当時の)海老蔵に似ているところがステキ! なんて思ったものです。 その団十郎の息子である海老蔵の舞台を見ていると、今度はどことなく自分の息子に似ているかな~、なんて思ってしまったりするんですよ。

あ~こわいこわい、単なる親ばかの幻想か、幕引きの柝(ひょうしぎ)の音で我に返り、千秋楽の舞台を後しました。

■成田屋 in FJ

2004年11月25日 | 私のこだわり・芝居編
《目玉企画は「市川團十郎『復活の巴里』」です》の宣伝文句につられて「フィナンシャル ジャパン」創刊第2号を買いました。成田屋さん公式サイトの雑誌インタビュー記事掲載情報欄にFJのことは載っていないし、短い記事に違いないと思いきや12頁もの紙面を割いているではありませんか、ちょっと感激。

団十郎さんの海老蔵襲名時以来のファン歴35年(中学生時代に歌舞伎ファンになった)の者にとって今回(ご子息の十一代目海老蔵襲名披露興行が始まって間もない時期)の病気休演は大変ショッキングな出来事でした。芸以外のことは普段あまり多く語らない団十郎さんが、ご自身の病床での様子を冷静に話されているのを見て、かえって闘病生活の凄まじさが垣間見えてしまいました。東京歌舞伎座、大阪、名古屋の公演を休み、10月のパリ公演で奇跡的復活、喜ばしい限りです。

日本での舞台復帰は京都南座の吉例顔見世興行、清元の『お祭り』という舞踊からです。大向こうから「待ってました!」と声が掛かり、団十郎さん扮する鳶頭が祭りの舞台に現れ「待っていたとはありがてぇ」と受けるところから始まる、まさにおめでたい復帰にふさわしい舞台になることでしょう。ちなみに東京での舞台復帰は、新春の新橋演舞場です。