旅つづり日々つづり2

旅のような日常と、日常のような旅の記録と記憶。

胸の中のわだかまり

2017年06月26日 00時44分06秒 | 日々のこと
本当はNZバカンスから帰国したとき、私にはやるべきことがあった。
それは「カウンセリング」を受けることだった。

子どもを育てれば育てるほど、私の中で両親の存在が姉の存在が許せないものになっていた。
そのまっ黒な塊が心の中でどんどん大きくなり、時々自分が制御できなくなっていた。
「なんであんなことされたんだろう?」「なんであんなこと言われたんだろう?」嫌な記憶だけが
(おそらく)誇張されて次々よみがえってくるのにも疲れ切っていた。

向き合う気力はもうない。「なんで?」と確かめたいとも思わない。話し合いたいとも思わない。
もちろん謝って欲しいとも和解したいとも思わない。思うのは「消えてくれ」これだけなのだ。ああ、本当にマズいな・・・と思ってはいたが、このままほったらかしにしていたツケがそろそろやってくるような予感もあった。

父とは会話が成り立たないので話すことはない。突拍子もない発言や行動の意味が全く理解できない。
母とは電話、メールの返信はするがそのまますぐに削除している。9月に出産することはまだ直接言っていない。4月の終わりにいかに自分の人生が幸せだったかという長々とした手紙が届いたが、遠目で読んですぐに捨てた。
姉とは絶縁状態。電話は着信拒否にしている。

ちょっとでも何かこの3人に関わることがあると、私は本当に気持ちがぐしゃぐしゃになってしまうのだ。離れれば離れるほど。避ければ避けるほど。

自分が子どもを持てば、親の気持ちがわかるようになる。それ、私には全然当てはまらない。なんで?どうして?
問題を紐解きたいわけではないけれど、このままにしておくのが最善だとは思えない。他人の力をかりることで少しは楽になれるのだろうか。

家族をつくったような気になっているけど、私は何もできていない。母親である資格も妻である資格も本当はないのかも知れない。こんな自分にまっとうな家族が作れるわけないと心のどこかで思っている。いつか子どもたちが今の私のように私を罵る日がくるような気がして怖い。

母に子どもを預けるくらいなら、一人で出産しようと考えている自分がいる。子どもたちにとっては唯一の祖父母の存在なのに、私がその関係をぶち壊していることに対する自己嫌悪。行き場のない怒りと悲しみとあきらめが胸の中でずっとくすぶっている。

明日の朝になったらまたすべてを棚上げにして一日を始める。こんな日がいつまでも続くとはとても思えない。