東京 DOWNTOWN STREET 1980's

東京ダウンタウンストリート1980's
1980年代初頭に撮影した東京の町並み、そして消え去った過去へと思いを馳せる。

「行人坂の魔物~みずほ銀行とハゲタカ・ファンドに取り憑いた「呪縛」」町田徹著を読む

2013-12-10 17:31:01 | 書籍
「行人坂の魔物~みずほ銀行とハゲタカ・ファンドに取り憑いた「呪縛」」
町田徹著講談社刊


アマゾンの内容紹介より
「目黒・行人坂は、江戸時代に火付けの大罪をおかした「八百屋お七」の井戸があるだけでなく、1772年、明和の大火を引き起こした凶事の地として知られる。この地で発展した目黒雅叙園は、日本を代表する結婚式場として有名だが、戦後、イトマン事件をはじめとする数々の経済事件の舞台となってきた。
バブル経済の崩壊後、ハゲタカ・ファンド「ローンスター」がこの雅叙園を買収、乗っ取りをはかっている。ハゲタカに踊らされた大手邦銀は、今も「債権飛ばし」を続けている。なぜ、禍禍しいこの土地で、人々は翻弄され続けているのか。日本を代表する経済ジャーナリストが描く傑作ノンフィクション。」

 目黒の雅叙園と言えば、あの豪華絢爛が戯画化したような結婚式場というイメージが先ず浮かぶ。その雅叙園があるのが、目黒駅から行人坂を下った目黒川の畔というわけである。あの界隈は、地元と言えるような距離感を持ったことはないけど、昔から何度も歩いたことのある辺りだ。車のメンテナンスを頼んでいた自動車屋が、社屋の建て直しの際に仮店舗をあの辺りに置いていたこともあった。仕事場が、青葉台の下にあったから、遠いという程でもなく、かといって、その資金というわけでもないという微妙な距離感の位置関係だった。
 八百屋お七に縁の井戸というのも、お七の墓とされる史跡が私の小中学校時代の通学路にあったので、どこか親しみを覚えてしまう。文京区白山の円乗寺という寺だった。そのお七が思いを寄せたという、放火の動機になった相手が、出家して修行の後にこの雅叙園前の寺に落ち着き、身を清めた井戸という伝説があるという。

 その目黒雅叙園を巡る、ローンスターといういわゆるハゲタカ・ファンドのやり口やら、その後におっとり刀で設け話に釣られてくるみずほ銀行という図式を暴いて見せているところが、本編のハイライトということになる。とはいえ、そこに至るまでの背景に、この目黒の行人坂を巡る欲望と失意とが渦巻いてきた歴史を解き明かしてみせることで、今起きている泥沼が相当に深い、実は底なし沼ではないのかという、そんな情景に見えてくる内容になっている。
 1991年の雅叙園のリニューアルなんて派手に宣伝していたのを覚えているが、その裏側がどんな状況だったのかというのは、本書を読んで愕然とした。表側がどれほど華やかに見えても、内実というのは、懸け離れた状況になっていることがあるというのを、改めて教えられた思いがした。雅叙園観光というのも、そういえばあったなと思うのだが、ドリームランドが消えていったことと薄ぼんやりとしか覚えていなかった。

 雅叙園というと、もう一つ思い浮かんでくるのが、芝浦の花街についてである。創業者の細川力蔵は、今も芝浦に残る元の芝浦検番として建てられた旧協働会館を造った張本人でもある。芝浦にも雅叙園があったというのは、協働会館について調べたときに知ったことであった。
 そして、この芝浦の花街があったところ、この辺りを最初に開発したのが、いろは大王といわれた牛肉店いろはの主人であった木村荘平である。ここに芝浦館と芝濱館という、温泉旅館と料亭を建て、いろは牛肉店チェーンの総本部にしていた。彼の死後、息子である木村荘太がこの住所に発行所を置いて、第二次新思潮の発刊をしていたこと、そこにはこの第二次新思潮でのデビューから大きく羽ばたいていった谷崎潤一郎がいたことなど、思い出される。

 以前、このブログで港区芝浦一丁目として取り上げているので、参照して頂ければと思う。旧協働会館の画像もある。

 明治の実業家、木村荘平を始めとして、この細川力蔵にしても、人並み外れたというべきバイタリティーや欲望の持ち主といった感じがあって、そこに面白さや恐ろしさも感じるのだが、跡継ぎが一代もかからずに放蕩の限りを尽くして消滅させてしまったいろは牛肉店、年代は異なるものの、その後に泥沼化してゆく雅叙園の話を、何となく比べてしまう。
 いろはの子孫達は、巨大な父の影に怯えたり、隠れたりしながら、翻弄されているのだが、荘太、荘八、荘十、荘十二など、作家、画家、映画監督などの才能を生みだしていった。荘太のように、苦しむ人生を送って、最後には自らの命を絶ってしまった悲劇もあったのだが、彼らが残していったものを今も読むことが出来る。そして、それらは今も新しい感銘を与えてくれている。

 物質的に、雅叙園という形を今に残しているのだが、そうであるが故に、欲望の渦巻く中にあり続ける運命になる力蔵の子孫達。その渦の中で、最初は身内の争いであったものが、いつしか外からやって来る欲望の代理人達に操られていく様は悲しい。

 江戸以来の歴史の流れと、その裏側に渦巻いてきた人の欲望が生み出す悲劇という点からみても、本書は非常に興味深く、面白い。さらには、現在進行形の問題であるという点でも、興味深いものがある。バブルの再来を願う声というのも、不景気が続く最中には聞こえてきたように思うのだが、結局こういう事だったなと、納得させてくれる。現在の景気回復と言っている世情の危うさというのも、この辺りの感じなのだと考えさせられる。

 東京という町は、巨大な富と欲望が、常に渦を巻いてきた町でもある。その一断面として、目黒行人坂という、因縁の場所で起きていることから、東京という町を読み解くという見方をしてみると、また興味深いと思う。

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