さて、今回は上野桜木。分かりやすくいえば、芸大の裏というべきか。上野駅から公園口に出て、芸大の音校と美校の間を抜けて出たところが上野桜木。その向こうが谷中になる。左手に行けば池之端へ出るし、逆方向に行けば上野から出たJRの線路が束になって通る上を越えて、鶯谷、根岸へと至る。この辺りは震災、戦災共に受けずに来ているところ。元々江戸時代には市域の外れとして寺町になった、上野寛永寺が広大な勢力を持っていた頃には、末寺も周辺に配置されていた。町割は江戸時代以来のもののようで、古い建物も数少なくなってはいるが残されている。撮影日は1982年2月2日3日13日16日。現在の画像は2011年5月25日撮影。
一丁目8番。左側はこの当時は上野桜木郵便局。今は隣に移っている。建物が健在なのが嬉しい。
一丁目6番。東京都職員上野桜木会館。今は台東区の施設になっていて、申し込めば借りられるようだ。明治末の建物とのこと。現在と比べると、二階がなくなっている。何故だろう?
一丁目5番。間の細い道を抜けると、谷中六丁目の交差点に出る。この店は大阪八尾の名店桃林堂である。野菜を使った菓子で有名な店。この当時から現在まで、ほぼ全く変わっていない。
一丁目4番。格別にどうというわけではないのだが、普通の民家というのがピタリと来る。今は建て替えられている。
二丁目8番。言問通りを越えて入っていく入り口。右手はお寺の墓地。今は建て替えられていて、大分雰囲気が変わった。ここでも木造の家はかなり減っている。
二丁目7番。打ち捨てられて、歳月が経過している様子。板塀がよれよれなのが寂しい。右側面の二階の庇も壊れている。
二丁目8番。その向かい側の辺りの家。こちらも廃屋状態。トタンの塀が崩れている。今は駐車場。
二丁目7番。先の通りから更に奥へ入ったところ。この家も打ち捨てられている。何故こんな同一エリアで三軒も廃屋になっていたのか、不思議な状況だと思う。掲示板の防犯ポスターが30年前でも変わり映えしないのが笑える。モデルは誰だろう?
二丁目11番。パーマまさえ。建物の様式、蔵造りとか、出し桁とかは建てられた年代にかなり幅があり、また時代が変わっても前の様式を踏襲することも多かったので、そこから年代を推定するのは確度が低いという話を以前聞いたことがある。ただし、軒が低ければ低いほど年代が古いのは間違いないらしい。そうすると、この家の軒の低さはかなりのものだと思われる。更に、そのまま現存していること自体が凄い。
二丁目11番。その並びの手前である。左はタバコにジュースなどを売っているようだ。その隣は八百屋。道を挟んだ反対側は、今は台東区立下町風奥資料館の付設展示場になっていて、三崎坂上から移築した吉田屋酒店の建物がある。古い写真のポストは道路の反対側へ移設されている。今は商店はなくなっている。
町自体は隣の池之端と同様で、閑静な住宅地を維持しているのだが、古い建物は確実に減っていて雰囲気は変わりつつある。寺と住宅が隣接していて、それがこの辺りの雰囲気の一つでもあるのだが、今風の住宅はマッチングが今一つという感じがする。
一丁目8番。左側はこの当時は上野桜木郵便局。今は隣に移っている。建物が健在なのが嬉しい。
一丁目6番。東京都職員上野桜木会館。今は台東区の施設になっていて、申し込めば借りられるようだ。明治末の建物とのこと。現在と比べると、二階がなくなっている。何故だろう?
一丁目5番。間の細い道を抜けると、谷中六丁目の交差点に出る。この店は大阪八尾の名店桃林堂である。野菜を使った菓子で有名な店。この当時から現在まで、ほぼ全く変わっていない。
一丁目4番。格別にどうというわけではないのだが、普通の民家というのがピタリと来る。今は建て替えられている。
二丁目8番。言問通りを越えて入っていく入り口。右手はお寺の墓地。今は建て替えられていて、大分雰囲気が変わった。ここでも木造の家はかなり減っている。
二丁目7番。打ち捨てられて、歳月が経過している様子。板塀がよれよれなのが寂しい。右側面の二階の庇も壊れている。
二丁目8番。その向かい側の辺りの家。こちらも廃屋状態。トタンの塀が崩れている。今は駐車場。
二丁目7番。先の通りから更に奥へ入ったところ。この家も打ち捨てられている。何故こんな同一エリアで三軒も廃屋になっていたのか、不思議な状況だと思う。掲示板の防犯ポスターが30年前でも変わり映えしないのが笑える。モデルは誰だろう?
二丁目11番。パーマまさえ。建物の様式、蔵造りとか、出し桁とかは建てられた年代にかなり幅があり、また時代が変わっても前の様式を踏襲することも多かったので、そこから年代を推定するのは確度が低いという話を以前聞いたことがある。ただし、軒が低ければ低いほど年代が古いのは間違いないらしい。そうすると、この家の軒の低さはかなりのものだと思われる。更に、そのまま現存していること自体が凄い。
二丁目11番。その並びの手前である。左はタバコにジュースなどを売っているようだ。その隣は八百屋。道を挟んだ反対側は、今は台東区立下町風奥資料館の付設展示場になっていて、三崎坂上から移築した吉田屋酒店の建物がある。古い写真のポストは道路の反対側へ移設されている。今は商店はなくなっている。
町自体は隣の池之端と同様で、閑静な住宅地を維持しているのだが、古い建物は確実に減っていて雰囲気は変わりつつある。寺と住宅が隣接していて、それがこの辺りの雰囲気の一つでもあるのだが、今風の住宅はマッチングが今一つという感じがする。
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