新型コロナで外に出る機会が減った分、本を読む機会は多かった。一人の作家の小説を読み続けたのは、もう随分昔、司馬遼太郎の歴史小説を読み続けて以来だ。町にある本屋さんでカバーの絵に見覚えがあり、最初に手に取ったのが『楽園のカンヴァス』だった。著者は原田マハ。プロフィールには、「森ビル森美術館設立準備室在席時、ニューヨーク近代美術館に派遣され同館に勤務。」とあった。小説の内容は、アンリ・ルソーの名作『夢』をめぐるミステリーだ。読んでみて新しく知ることも多く、スピーディな展開に飽きることはなかった。キュレーターという職業の内容や、あのピカソがルソーを高く評価していたこともこの本で初めて知った。
ということで、本屋に足を運ぶたびに、原田マハの作品探すことになった。次に手に取ったのが『暗幕のゲルニカ』。暗黒ではない、暗幕だ。『ゲルニカ』自体は、パブロ・ピカソが故国スペイン内戦でゲルニカが無差別空爆を受けたことに衝撃を受けて描かれた絵画だが、小説『暗幕のゲルニカ』を書く動機がこの作家の鋭いところだ。2001年9月に起きた同時多発テロを受けて、アメリカは「テロとの戦い」を標榜し大量破壊兵器開発の疑いがあるとの理由でイラクを攻撃目標に定めた。そしてパウエル国務長官が国連安保理ロビーで記者会見となったのだが、その時長官の後ろに位置する場所には、『ゲルニカ』のタペストリーがあったのだという。しかし『ゲルニカ』には暗幕がかけられた状態だったというのだ。そのことにマハは衝撃を受けたのだという。直感的に、戦争になればイラクの地でゲルニカ同様のことが起こることを思った人物が暗幕をかけたと思ったのだ。小説は、MoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーターが、『ゲルニカ』をめぐる陰謀に巻き込まれていくというアートサスペンスだが、この本を読み終えて『ゲルニカ』への思いはより強くなった。いつの日か『ゲルニカ』を自分の目で見たい・・・。
読んだ本をひとつひとつ紹介するのは大変なので、写真を参考にして欲しい。読んだのは左から順だ。『ジベニールの食卓』は、クロード・モネやマティス、セザンヌなど印象派の葛藤や作品を、『リーチ先生』はイギリスの陶芸家バーナード・リーチと柳宗悦や濱田庄司らとの交友等を描いたアート小説だ。リーチは小鹿田焼(大分県日田市)も訪れ、作陶しているから親近感がわく。『たゆたえども沈まず』はゴッホの物語り・・・等々。
年末に読んだ『サロメ』は印象が強かった。表紙カバーは黄色地に墨1色で、ヨナカーンの首を手にするサロメ。ビアスリーが描いた絵だ。表紙をめくれば、「あゝ! あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナー ン、お前の口に口づけしたよ」----オスカー・ワイルド〈サロメ〉という台詞。19世紀末の耽美的・退廃的文学の代表的作家で男色家ワイルドと、見いだされていくビアズリーとの禁断の関係などを描いた長編アートミステリーだ。少しゾクゾクするが読み応え十分だった。
今年に入って読んだ『総理の夫』は、42歳の若さで総理に選出された女性の夫が主人公の小説だ。男社会に挑む総理の奮闘と支える夫の日々を日記風に綴っている。ジャーナリストの国谷裕子さんが「あとがき」を書いている。本の帯には映画化決定、2021年秋全国ロードショーとある。こうあって欲しいという作家の思いが詰められた本であり、五月のさわやかな風に似た爽快感を感じた。