私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。
これからコンサルタントを目指す人の参考になればと、私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。
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◆1 人選1 いまや、経営コンサルタントとして、押しも押されぬ大ベテランの竹根好助でる。その竹根が、経営コンサルタントになる前の話をし始めた。思わず乗り出してしまうほどで、それを小説風に、自分を第三者の立場に置いた彼の話としてご紹介しよう。
◆1-1 1ドル360円時代 「竹根のやつ、『ニューヨークに駐在員事務所を開設するためにアメリカへ行ってくれないか?』って言ったら、『ハイ、わかりました。』と言って、二つ返事ですぐに引き受けたよ」
「そうですか、普通なら遠慮するとか、『自分でよろしいのでしょうか?』位のことを言うのが常識だよね」
上場している商社、福田商事の海外営業部長の角菊と竹根の上司である島村課長の会話である。一ドルが三六〇円の時代で、まだまだ日本製品は「安かろう、悪かろう」と品質は低く、粗悪品の代名詞のように言われていた時代である。高速道路でテスト走行中の日本自動車製のアメリカ輸出向けのホープとして開発された自動車が火を噴いたという真偽不明の噂が最もらしく騒がれ、日本製品の評判は芳しくなかった。
「何でまた、事業部長は、あんな竹根のような若造をこのように重要な任務に推薦したんです?」
「実は、社長からニューヨークの駐在員事務所の件で、誰を派遣するのか決めろという指示が来たんだ。条件付きで・・・」
角菊は、島村の顔を見てから、言葉を継いだ。
「若手からベテランまで、三人ほどを推薦しろと言うので、仕方なく若手も含めたというわけさ」
「なるほど、それでですか」
この二人は、大学の先輩と後輩である。事業部長の角菊は六年ほど島村の後輩であるが、冠履倒(かんりとう)易(えき)、先輩を追い抜いてしまった。福田商事の社長も先代の創業者社長の親戚筋からの娘婿で、三十代半ばで社長に就任した。社長が若いこともあり、角菊の抜擢人事に見るごとく、既存概念にあまりとらわれないところがある。
一方、入社して一年半しかたっていない竹根は、父親が戦死し、母親と二人で育ったこともあり、サラリーマンとしての生き方について竹根に適切なアドバイスをしてくれる人がいなかった。そのこともあり、人生のあり方は、書籍などから仕入れたものが基本である。
竹根が、本日の業務報告を終わると、竹根の商社マンとしてのサラリーマン時代の話の続きを始めました。日本製品が「安かろう、悪かろう」と悪口を言われる時代に、まだ社歴の浅い竹根がアメリカ駐在員の候補になったことに、ベテラン課長など、その情報を知っている人達では不満の声が上がってきました。
竹根は、サラリーマンの処世術の一つとして、「上司の命令には素直に従う」と物の本に書いてあった。角菊事業部長から打診をされたときには、その教えに従って、とにかく『ハイ』と返事をしたまでのことである。
『ハイ』と返事をしたことには、別の理由もある。竹根は、予感というのか、あたかも霊感を持っているかのように何かを感じ取ることがある。もちろん霊感とか言うような、超常的な優れた能力というのではなく、むしろ『予測力』といった方が正確である。周囲の状況を総合的に判断して、そこからひらめきを導き出す力を持っているようである。
◆1-2 鶏口牛後 竹根は、本日の報告を終わると、竹根の商社マンとしてのサラリーマン時代の話の続きを始めました。まだ社歴の浅い竹根がアメリカ駐在員の候補になっていることに不満の声も出てきていました。
竹根は、サラリーマンとしての心得のひとつとして上司からの命令には逆らうなというビジネス書の教えをかたくなに守っていました。
今回の駐在員を派遣するということは、すでに噂として事業部内では周知の事実である。三十代後半の第二課の伊田課長が最有力であるが、竹根と同じ課の長池係長も捨てきれないというのが下馬評である。
福田商事に竹根が入社したときには、二部上場企業であった。竹根は、母親から『鶏口牛後』『鶏頭となるも牛尾となるなかれ』という教育を受けていたから、「おまえならどこの大学でも、たとえ超一流どころにも入学できる」と、高校の進学指導で合格印を押されたのにもかかわらず、それを避けて、東慶大学に入学した。就職の時も、当時三井菱商事が業界のトップ企業であったにもかかわらず、福田商事に入社した。超一流ドコロでは、上が閊(つか)えて、実力を発揮する場が少ないだろうし、歯車の一つに過ぎないような位置づけを好まない竹根である。
◆1-3 竹根の人事推理 竹根は、今回の福田商事アメリカ駐在員選定人事をあたかも推理小説を読むかのごとく関心を持っていた。
竹根も福田商事がアメリカに駐在員事務所を開設するという情報は知っていたし、駐在員として派遣される人は、下馬評が順当だろうと認めていた。下馬評に挙がっている二人とも三十~四十代であり、脂がのっている。
一方で、竹根は、
――もし、自分が社長だったら、どのような人事をするだろうか。天下の三井菱商事ですらアメリカには日本人が十三人しか行っていないことから考えると、大手商社のまねをして、順当な人事方針で駐在員を選択しても駄目である。これからアメリカという新天地に進出しようという時には、むしろフットワークの軽い若手ががむしゃらに動く方が成功策ではないか。下馬評の二人のようなベテランは、日本にいて、ちょっと離れた視点で、アメリカで走り回っている若手をコントロールした方が結果に結びつくのではないか――と考えた。
――では、福田商事の場合にはどうであろうか。福田社長のこれまでの社員の使い方から推量するに、今回も斬新な人事起用をするのではないだろうか。もし、この推理が当たっていたとすると、若手を送るだろう。ただし、自分は、島村課長の人の目を見る目のなさに泣かされ、人事評価点は高くないし、まだ入社して一年半しか経っていないこともあり、当然対象外であろう。そうなると、二年先輩の佐藤氏が最右翼だ――
◆1-4 下馬評の外れと竹根の推理 数日が経ったとき、新しい噂が流れてきた。角菊事業部長が推薦した三人は、いずれも社長が却下したというのである。
――こうなると、自分が考えていた若手起用という線が濃くなってきた。社長のことだから、複数の社員候補を再度もってこいと指示を出そう。そうなると、佐藤氏は当然リストに載るが、残るあと二人は誰だろう。三人とは限らないかもしれないな――
そこまでは推理できたが、あとは誰が候補に挙がるか、見当がつかない竹根である。
――まてよ、自分は曲がりなりにも、まだ日本ではあまり一般的でないマーケティングを大学院で学んできているから、ひょっとするとあの福田社長のことだから自分を指名するという可能性がないわけではないな――
自分の都合の良いように竹根は考えるようになった。すなわち、選ばれるのは竹根である。自分が社長なら、竹根を選ぶだろう。その思いが妄想のように広がってゆく。しかし、さりとて、竹根は仕事が手に付かないなどと言うことはない。複々線思考というのか、今何をするのかが決まると、他のことが雑念にならず、集中して目の前の業務を遂行できる。竹根自身も、自分の集中力の高さと、複々線思考ができることを誇りにさえ思っている。これが後に、経営コンサルタントとして大きな力になることを竹根が知るよしもない。
◆1-5 事業部長の推薦と社長の思惑 竹根の妄想とは関係なく、一方では駐在員人事は進んでいる。
角菊の人を見る目に疑問を持ち始めた福田社長は、「角菊事業部長の新規の三案についてはよくわかった。それで、あなたとしては誰を第一候補として今回は推薦するのかね」と、少々きつめの言葉を角菊に投げかけた。
福田社長は、自分が抜擢したばかりの角菊をなんとしても一人前の事業部長にしようと必死である。
「前回の三人のリストは、ベテラン順に記載しましたが、今回は推薦順位順に記載しました。前回、最若年として候補に挙げた佐藤君ですが、今回も彼を第一候補として推薦します」
「佐藤君を推薦する理由は、前回も聞いたが、も一度説明してくれるかね」
「佐藤君は、わが事業部の若手の中では稼ぎ頭であり、彼の英語力は抜群です。人間も如才なく、お客からの受けは結構よいのです。先日も、タイから来た・・・」
「確か、彼の担当は東南アジア向けの輸出業務だよね。東南アジア向けは、うちは伝統的に強いし、すでに彼の先輩たちが築いてきた土台の上での彼の実績だよね」
「彼の実力を見込んで、重要な東南アジアの輸出業務の任に当てています」
「東南アジア市場全体のわが社の売上高の伸び率はどうかね?」
「伸び率は把握していませんが、わが社の海外売上高の四十六%を占めています。その中の約半分は彼の売上ですから、わが社の輸出の約四分の一を彼一人で稼いでいることになります」
「彼は、この一年で、何社くらいの新規顧客を開拓したかね?」
「東南アジア市場は、代理店網がきちんとできているので、新規開拓は特にしていません」
「そうか、わかった。ただ、今日は急な用件が入っているのでこの辺で終わりにしよう。次回は、明日の九時四十五分からにしたいが、予定はどうかね。それまでに、今回推薦している三人の年率の売上高伸長率と新規顧客開拓数を調べておいてくれたまえ」
「スケジュールの件と、データの件は了解しました。明日の午前十時十五分まえですね。では、失礼します」
――今日は、結論を出したいので充分時間を取ってあると確か社長は言っていたのに、なんで急に仕事を入れてしまったのだろうか?――
角菊には、社長の考えが不可解に思えた。
<続く>