■【連載小説】竹根好助の経営コンサルタント起業体験記<再掲> 1ー2 アメリカ駐在所長の人選
「経営士ブログ」では、コンサルタント・士業として新たに独立起業しようとしている方々の応援もしています。
その一貫として、経営コンサルタントとして新たに独立起業した竹根好助の起業体験記を小説化しお届けしています。
新たに開設されたブログもあり、また、読者からの要望もあり、再編集して、はじめからお届けすることになりました。
■ 【小説】 竹根好助の経営コンサルタント起業体験記
私は、経営コンサルタント業で生涯現役を貫こうと思って、半世紀ほどになります。しかし、近年は心身ともに思う様にならなくなり、創業以来、右腕として私を支えてくれた竹根好助(たけねよしすけ)に、後継者として会社を任せて数年になります。 竹根は、業務報告に毎日のように私を訪れてくれます。二人とも下戸ですので、酒を酌み交わしながらではありませんが、昔話に時間を忘れて陥ってしまいます。
これからコンサルタントを目指す人の参考になればと、私の友人が、書き下ろしで小説風に文章にしてくれています。 原稿ができた分を、原則として、毎週金曜日に皆様にお届けします。
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※ 直前号をお読みくださるとストーリーが続きます。
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◆1 人選2 アメリカ駐在所長の人選
母親の教えである「鶏口牛後」を実践して、一流商社に合格したにもかかわらず、中堅商社「福田商事」に入社した竹根好助である。1ドル360円の時代、商社マン2年目に入った竹根は、ビジネスパーソンとしては、まだまだよちよち歩きである。
福田商事内に、「アメリカに駐在所を設立する」という噂が流れた。竹根は他人事のように、あれこれと思いを馳せた。
◆1-6 人事推薦本命を確実にする資料作り
角菊事業部長は、自分の机に戻ると秘書代わりに使っている相本にさきほど社長から言われたデータ整理の指示をした。角菊は指示を出したとたん、先ほどの社長の不可解な行動についてはもう忘れてしまって、佐藤をどのように推薦するかに思いを巡らせた。
事務処理の速さで角菊が買っている相本が、いつの間にか自分の目の前に資料を出しながら、「これでよろしいでしょうか?」と言っている声を遠くに聞いて、我に返った。
書類をろくに見ないで、相本を辞去させ、佐藤がいる当たりに視線を投げかけた。佐藤は、タイプライターに向かってコレポンを打っている。海外営業部の主業務は、顧客に手紙を書くことで、コレスポンデンスを短縮してコレポンという。原稿を手書きしたりしないで、直接手紙を書くために海外営業担当者には、一人一台タイプライターが与えられている。さしずめ、欧米なら秘書がやる仕事であろうが、日本では欧米のように口述筆記の能力を持つ秘書がいないことまあって、この方法を伝統的に採っている。
◆1-7 有益資料へのお褒めの言葉
福田は、相本が作成した資料を山之下に手渡しながら口を開いた。角菊は、なぜこんなにドキドキするのかと自分がわからなかった。何か、試されているような気もした。
「よくできた資料だね。さすが、角菊事業部長だけある」
褒められた角菊は、思っても見なかった言葉が出てきて、何かホッとした。実際には相本の機転でできた資料であるが、過去にもそうしたように、そのことは伏せておいて、自分の手柄にした。
「ありがとうございます」
「この資料によると、佐藤君の新規開拓はゼロだね。しかも、過去三年間ゼロ行進が続いている」
「それは、昨日もお話しましたように、東南アジアに・・・」
昨日と同じように福田の次の言葉で遮られた。
「小川君は、佐藤君の一年先輩だったね。彼はどうかね?」
「彼は、二番手候補です。英語を書くのはよいのですが、ブロークンイングリッシュといってよいような話し方です」
「うん、そうじゃなくて・・・」
◆1-8 福田社長の突っ込み
福田が期待した答えが角菊事業部長から返ってこないので、苛つきながら質問の仕方を変えた。
「小川君は、電子機器の輸出を担当しているが、苦戦しているようで、売上が低迷しているね。なんで、彼を推薦したのかね?」
「小川君は、わが事業部ただ一人の電子工学科の卒業で、その分野に明るく、これからアメリカ市場にがんがんと輸出するようになるとすれば有望な人材かと考えています」
「今のうちの商品が、電子工学の分野で我が国より先進的なアメリカに輸出できるのかね」
「是非、やりたいと考えています」
「アメリカ市場に向いた商品としてはどんなものがあるのかね」
「今のところ、紙テープリーダーなんかがどうかと考えています」
「アメリカ製品と比べて、品質や価格はどうかね」
「残念ながら品質はまだ不十分です。不十分というか、見劣りします」
「価格は?競争力あるのかね」
「いえ、まだ十分な調査ができていません」
「それなのに、小川君はテープリーダーの輸出を試みているのかね」
◆1-9 竹根が俎上に上がる
角菊貿易事業部長の対応を見て、社長の福田は、自分の人を見る目のなさを感じ始めた。山之下から先ほどの資料が戻されると、次に進んだ。リスト三番目は竹根である。
「竹根君はどうかな」
「竹根を推薦した理由は、かれが最新のマーケティングという学問を学んできていることによるモノです。これからアメリカで市場開拓をしたり、販売促進をしたりするには、その知識が役に立つと思います。しかし、マーケティングという新しい学問をちょこっとかじっただけで、実務に通用するとは思えません」
「彼は、新規開拓を今年はすでに十二社もやっているのだね。その前も十一社と結構な実績を上げているではないか」
「でも、あいつは少々生意気で、私の考えになんだかんだとけちをつけるのです。口数も少なく、暗い人間ですので、アメリカではやってゆけないと考えています」
「売上高も百八十%に近い伸びを示す実績だし、その前も百三十六%だね」
「ベース売上が小さいので、たまたまフロックで売上に結びついているだけです」
◆1-10 部下を持ち上げることも忘れない
福田は、角菊の言葉を意に介していない。
「売上高が伸びている理由は何かね」
「彼の担当は中南米で、たまたま彼が新規開拓メールを出しているのにヒットしてきて、それが売上に結びついただけです。彼は、仕事は熱心ですが、残業をすることもなく、社員の中で一人浮き上がってしまっています。それに彼は線が細くて、頼りないです。そのような人間がアメリカで成功するわけはありません」
「では、なんで、推薦したのかね」
「エー、それは、先ほどもお話したように彼のマーケティング力です」
「さすが、事業部長だね。私も、彼のマーケティング力は評価したいね。それと・・・」
角菊は、社長が何を言い出すのか、思わず山之下とうなずきあってしまった。
「一年半前の入社式のことを君は覚えているかい?」
「入社式のことですか?いや、全然記憶にありません」
「彼が新入社員を代表して、謝辞を述べたんだよ。思い出したかね」
角菊は、思い出そうとするが、社長が何を言いたいのか思い当たらないでいる。
「例によって、入社式の席で、会長がいつも言うだろう」
「ああ、『知識と知恵』の話ですね。それがどうかしましたか?」
角菊には知識と知恵という会長の口癖と入社式の謝辞とが結びつかない。
「彼は、謝辞を読み上げる中に『知識と知恵』の話を盛り込んだのだよ。事前に彼が会長の口癖のことを聞いているはずもなく、あれは彼の機転でアドリブ的に入れたのだと思う。書かれた謝辞の直前に聞いた会長の言葉を盛り込む、その度胸にも恐れ入った。君は、先ほど彼は線が細いと言っていたが、私の目には、そうは見えない。芯はしっかりしていると思うよ」
◆1-11 福田社長の腹は決まっていた
さすがに、角菊はそれ以上言えなくなってしまった。どちらかというと阿附(あふ)迎合(げいごう)の気がある角菊が、本件についてこれだけ抵抗したことはかつてなかった。それだけ、この人事については竹根ではだめだという思いが強いのであろう。
「事業部長の考えもよくわかった。どうだろう、本件は私に一任してくれないか?一任と言っても、専務とも相談の上決めるつもりだ」
福田の断定的な言い方に角菊は従わざるを得ず、「よろしくお願いします」と二人に頭を垂げてから社長室を下がった。(次回より「2章 思いは叶うか」が始まります)
【阿附迎合 あふ-げいごう】 goo辞典
相手の機嫌をとり、気に入られようとしてへつらいおもねること。▽「阿附」は人の機嫌をとり、おもねり従うこと。「迎合」は人の言動をなんでも受け入れ合わせること。「附」は「付」とも書く。
<続く>
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◆1 人選2 アメリカ駐在所長の人選
母親の教えである「鶏口牛後」を実践して、一流商社に合格したにもかかわらず、中堅商社「福田商事」に入社した竹根好助である。1ドル360円の時代、商社マン2年目に入った竹根は、ビジネスパーソンとしては、まだまだよちよち歩きである。
福田商事内に、「アメリカに駐在所を設立する」という噂が流れた。竹根は他人事のように、あれこれと思いを馳せた。
◆1-6 人事推薦本命を確実にする資料作り
角菊事業部長は、自分の机に戻ると秘書代わりに使っている相本にさきほど社長から言われたデータ整理の指示をした。角菊は指示を出したとたん、先ほどの社長の不可解な行動についてはもう忘れてしまって、佐藤をどのように推薦するかに思いを巡らせた。
事務処理の速さで角菊が買っている相本が、いつの間にか自分の目の前に資料を出しながら、「これでよろしいでしょうか?」と言っている声を遠くに聞いて、我に返った。
書類をろくに見ないで、相本を辞去させ、佐藤がいる当たりに視線を投げかけた。佐藤は、タイプライターに向かってコレポンを打っている。海外営業部の主業務は、顧客に手紙を書くことで、コレスポンデンスを短縮してコレポンという。原稿を手書きしたりしないで、直接手紙を書くために海外営業担当者には、一人一台タイプライターが与えられている。さしずめ、欧米なら秘書がやる仕事であろうが、日本では欧米のように口述筆記の能力を持つ秘書がいないことまあって、この方法を伝統的に採っている。
◆1-7 有益資料へのお褒めの言葉
福田は、相本が作成した資料を山之下に手渡しながら口を開いた。角菊は、なぜこんなにドキドキするのかと自分がわからなかった。何か、試されているような気もした。
「よくできた資料だね。さすが、角菊事業部長だけある」
褒められた角菊は、思っても見なかった言葉が出てきて、何かホッとした。実際には相本の機転でできた資料であるが、過去にもそうしたように、そのことは伏せておいて、自分の手柄にした。
「ありがとうございます」
「この資料によると、佐藤君の新規開拓はゼロだね。しかも、過去三年間ゼロ行進が続いている」
「それは、昨日もお話しましたように、東南アジアに・・・」
昨日と同じように福田の次の言葉で遮られた。
「小川君は、佐藤君の一年先輩だったね。彼はどうかね?」
「彼は、二番手候補です。英語を書くのはよいのですが、ブロークンイングリッシュといってよいような話し方です」
「うん、そうじゃなくて・・・」
◆1-8 福田社長の突っ込み
福田が期待した答えが角菊事業部長から返ってこないので、苛つきながら質問の仕方を変えた。
「小川君は、電子機器の輸出を担当しているが、苦戦しているようで、売上が低迷しているね。なんで、彼を推薦したのかね?」
「小川君は、わが事業部ただ一人の電子工学科の卒業で、その分野に明るく、これからアメリカ市場にがんがんと輸出するようになるとすれば有望な人材かと考えています」
「今のうちの商品が、電子工学の分野で我が国より先進的なアメリカに輸出できるのかね」
「是非、やりたいと考えています」
「アメリカ市場に向いた商品としてはどんなものがあるのかね」
「今のところ、紙テープリーダーなんかがどうかと考えています」
「アメリカ製品と比べて、品質や価格はどうかね」
「残念ながら品質はまだ不十分です。不十分というか、見劣りします」
「価格は?競争力あるのかね」
「いえ、まだ十分な調査ができていません」
「それなのに、小川君はテープリーダーの輸出を試みているのかね」
◆1-9 竹根が俎上に上がる
角菊貿易事業部長の対応を見て、社長の福田は、自分の人を見る目のなさを感じ始めた。山之下から先ほどの資料が戻されると、次に進んだ。リスト三番目は竹根である。
「竹根君はどうかな」
「竹根を推薦した理由は、かれが最新のマーケティングという学問を学んできていることによるモノです。これからアメリカで市場開拓をしたり、販売促進をしたりするには、その知識が役に立つと思います。しかし、マーケティングという新しい学問をちょこっとかじっただけで、実務に通用するとは思えません」
「彼は、新規開拓を今年はすでに十二社もやっているのだね。その前も十一社と結構な実績を上げているではないか」
「でも、あいつは少々生意気で、私の考えになんだかんだとけちをつけるのです。口数も少なく、暗い人間ですので、アメリカではやってゆけないと考えています」
「売上高も百八十%に近い伸びを示す実績だし、その前も百三十六%だね」
「ベース売上が小さいので、たまたまフロックで売上に結びついているだけです」
◆1-10 部下を持ち上げることも忘れない
福田は、角菊の言葉を意に介していない。
「売上高が伸びている理由は何かね」
「彼の担当は中南米で、たまたま彼が新規開拓メールを出しているのにヒットしてきて、それが売上に結びついただけです。彼は、仕事は熱心ですが、残業をすることもなく、社員の中で一人浮き上がってしまっています。それに彼は線が細くて、頼りないです。そのような人間がアメリカで成功するわけはありません」
「では、なんで、推薦したのかね」
「エー、それは、先ほどもお話したように彼のマーケティング力です」
「さすが、事業部長だね。私も、彼のマーケティング力は評価したいね。それと・・・」
角菊は、社長が何を言い出すのか、思わず山之下とうなずきあってしまった。
「一年半前の入社式のことを君は覚えているかい?」
「入社式のことですか?いや、全然記憶にありません」
「彼が新入社員を代表して、謝辞を述べたんだよ。思い出したかね」
角菊は、思い出そうとするが、社長が何を言いたいのか思い当たらないでいる。
「例によって、入社式の席で、会長がいつも言うだろう」
「ああ、『知識と知恵』の話ですね。それがどうかしましたか?」
角菊には知識と知恵という会長の口癖と入社式の謝辞とが結びつかない。
「彼は、謝辞を読み上げる中に『知識と知恵』の話を盛り込んだのだよ。事前に彼が会長の口癖のことを聞いているはずもなく、あれは彼の機転でアドリブ的に入れたのだと思う。書かれた謝辞の直前に聞いた会長の言葉を盛り込む、その度胸にも恐れ入った。君は、先ほど彼は線が細いと言っていたが、私の目には、そうは見えない。芯はしっかりしていると思うよ」
◆1-11 福田社長の腹は決まっていた
さすがに、角菊はそれ以上言えなくなってしまった。どちらかというと阿附(あふ)迎合(げいごう)の気がある角菊が、本件についてこれだけ抵抗したことはかつてなかった。それだけ、この人事については竹根ではだめだという思いが強いのであろう。
「事業部長の考えもよくわかった。どうだろう、本件は私に一任してくれないか?一任と言っても、専務とも相談の上決めるつもりだ」
福田の断定的な言い方に角菊は従わざるを得ず、「よろしくお願いします」と二人に頭を垂げてから社長室を下がった。(次回より「2章 思いは叶うか」が始まります)
【阿附迎合 あふ-げいごう】 goo辞典
相手の機嫌をとり、気に入られようとしてへつらいおもねること。▽「阿附」は人の機嫌をとり、おもねり従うこと。「迎合」は人の言動をなんでも受け入れ合わせること。「附」は「付」とも書く。
<続く>
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