
先生らしく、実体験や博識から、謙虚に、しかも大胆に、辛口も含めてお感じになっていることを皆様にお届けしています。その号外編として、下記をお届けします。
経営士ブログに毎月連載される「経営コンサルタントの本棚」酒井先生、良書のご紹介本当にありがとうございます。
■【経営コンサルタントのお勧め図書】
生成AIについて考える ChatGPT活用術「仕事で役立つプロンプトの極意」
毎月書籍を読み込み、原稿を執筆され、大変お疲れ様です。尊敬です!
毎月、なかなか出来ることではございません。敬服致します。自分の勉強も兼ねて書込み致します。今井先生の「あたり前」経営をもっと世に出したいのであたり前経営も絡めます。
マーケ1.0
4Pと3P(従業員、品質、設備・衛生)。元マック原田社長のYouTubeで頻繁に出てきます。確かに「あたり前」の事を言っています。が、本当に出来ているでしょうか?出来ていると勘違いし見逃しているから隠れたダメダメが起きているのでは?だから結局何度も何度も改善し直ししていると思います。
「あたり前」は基本であっても組織の慣れ&ダレにより維持困難が本質です。
組織の慣れ&ダレ、必ず発生します。生き残る経営とは一つには慣れてダレ易い組織を常に鍛錬する経営です。数百年続けるのも凄まじい努力の賜物です。あたり前のことを愚直にやる姿勢を馬鹿にできるのでしょうか?勿論、それだけでは生き残れません。世の中の変動に自分も変化しなければなりません。
マーケ2.0
STP(Segmentation,Targeting,Positioning)
・・・(市場細分詳細分析、目標市場決定、優位位置設定)に
4C(Customer Value,Customer Cost,Communication,Custmer Convinience)
・・・(顧客側の提供価値、顧客側の費用、意思疎通、顧客利便性)
市場は変動します。いつも同じ様に見えて隠れた所で変わっていませんか?
お客様も変わっています。顔表情が不変でも内心は変わっています。
便利なものはいずれ出てきます。通信技術も進歩します。
いつまでも「今迄通り」暴走族をしていませんか?走っているその道は旧街道ではありませんか?
「あたり前」経営とは、今迄通りをひたすらやる経営ではありません。
変わって当然なことは「あたり前」に変えて行く経営でもあります。
かといって、変えて顧客を失い、社員を失う様では変えないのが
「あたり前」です。あたり前経営は、現場主義、現実主義、現物主義に則った経営です。お客様も社員も、どちらも失っては存続できません。
温かい心と冷静沈着な思考で経営するのが、あたり前経営です。
お客様のこと、社員のこと、常に考えましょう。
マーケ3.0
3iモデル(Brand Identity, Brand Image, Brand Integrity)
・・・自社が提供する価値の本質、お客様からみた評価、ブレ無い統合性結局、誰に何をどうやっての変形と混合。目標あって目的無しではなく、Vision,Mission,Valueを包含したPurpose経営。色んな論者・意見で流行り凄いですね。
ただ、ここでも「あたり前」が抜けていませんか?経営理念・理念経営、そういうものは空想でも感情でもなく、日々泥臭いことから始めないといけないです。経営理念の定着は本当に泥臭いです。挨拶一つから始まります。挨拶という本当にアホみたいに「あたり前」なことからやって初めて経営理念です。笑顔を作りなさい!それって極めて当たり前の商人(あきんど)の基本ですよ。月旅行をする話じゃなく簡単なこと。
でもしんどいでしょ。
理論ばっかで現場を知らなきゃ仕事にすらならない。頑張りましょう。
マーケ4.0
これから読んで学びます。
なりたい自分、なりたい姿、自分自身の実現をどうやって実現するのかというマーケティングを言っているのでしょうか?
ここで大切なことは、自分の自己実現だけでは社会から不要とされるということではないでしょうか。自分・他人・社会、「三方よし」で初めて本当の価値になると思います。
マーケ5.0
さっぱりわかりません。これから読んで学びます。が、・・・。
AI技術、IT技術の超高速な進歩で・・・。???
データ収集、仮説設定、実行、検証、アジャイル高速繰り返しと改善繰り返し、・・・。 何の為に?何が目的?何が目標?
ロボットが享受する価値??我々の幸福とは何ですか?欲望は必要。
欲望の先の先に、何がどうなりどうしたい?心のことは置き去りか?
宗教と科学。なぜ死ぬのか?なぜ生まれるのか?なぜ生きるのか?
人にとって究極のことは何も触れていないのでは?
必要なのはPhilosophy、哲学、宗教、・・・ではないのか?
結局、振り出しに戻っていくような気がします。私個人の意見です。
いくらAIが万能と言っても、目の不自由な方が歩いているその手助けすらAIはやってくれない。我々はやれる。簡単であたり前のことだけれど、我々はできるし、やれる。価値があるハズだ。
価値を見出し、価値を創り上げ、幸福にするのも我々だ。
リンゴを見て、説明できても、味を説明できても、味わうことができるのは我々だ。幸せを見つけることができるのも我々だ。
生きているとは、そういうことではなかろうか。
と、個人的には考えています。
世の中と真逆な方向でお恥ずかしい限りですが、価値観を昇華しないとAI以降の時代に生き残れないと私は感じています。
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