沼を発った翌日の午後のことです。急に強い風が吹き出して、暗い雲が集まって来ました。遠くからゴロゴロと雷鳴も聞こえ、だんだん近づいて来るようでした。そしてとうとう、ぽつ、ぽつ、と、大粒の雨が降り始めると、ポランにフードをかぶせながらアローが言いました。
「どこか雨宿りできる所を探した方が良さそうだ。ここはさえぎるものがないから、この風ではテントが吹き飛ばされてしまうだろう」
「ここからもう少し行った所に、雨宿りできそうな森がある。急ごう」
バーバリオンはそう言って先頭に立つと、湿地帯の南の端にある、小さな森へとみんなを案内しました。一見何のへんてつもない、どこにでもあるような森でしたが、よく見ると、少し変わった木々が生えているようでした。細くてしなやかな幹から上に突き出た枝が分かれ、枝の先には、これまた細長い剣のような形をした、明るい緑色の葉が沢山生えていました。葉先は鋭く、気をつけないと指を切ってしまいそうです。
「珍しい木だなあ。竹に似てるが、節もないし、葉も竹よりずっと多いようだ」
「カゴの木というんだ。名前を知っている者もあまりいないがね。私の知る限りでは、カゴの木の森があるのは、この大陸でもここだけだよ」
ティティはおそるおそる葉に近づいて匂いをかいだりしていましたが、すぐにポランの後ろに隠れてしまいました。ポランはといえば、いつも通りのぼんやりした表情で、すべすべした木肌をものめずらしそうにさわっています。カゴの木は間をあまり空けずに生え、葉も密に茂って重なり合っているので、この森の中にいる限りは、雨はほとんど下に落ちて来ず、かなりの雨風でも充分にしのぐことができました。上の葉を激しく打ちつけるザッザッという雨音は聞こえますが、雨だれはみんな外の方へと流れて行くようでした。アローがポランと一緒に木をさわりながら言いました。
「なんでカゴの木と呼ばれるんだろう?よくしなって、カゴを作る材料には良さそうだが」
「こんな辺ぴな所にしか生えていないなら、カゴを作るには不便だろう。今はわからなくなっているが、何か別の理由があったのかも知らんね___嵐は夜まで続きそうだから、今日はもうここで休むことにしよう。ここから船乗りたちが使っている道に出るまで、雨宿りをするのにここよりいい場所はないよ」
バーバリオンはそう言うと、大きな体をごろりと地面に横たえました。四人が思い思いの場所で森の様子を眺めていると、じきにすぐそばから、まるで細い笛が鳴るような小さな声が聞こえました。
「あんたたち、どこから来たんだい?」
声のした方を見ると、十二、三歳ぐらいの、カゴの木の葉を綴ったらしい衣服に身を包んだ男の子が、少し大きめの木にもたれて立っていました。バーバリオンが驚いて言いました。
「人がいるなんて思わなかったよ。私たちは沼地から来たんだ。君はどこから来たんだい?」
「オレはずっとここにいるよ」
葉っぱの服といい、一人でこんな場所にいることといい、どうやら普通の人間の子どもではないようでした。
「一人でここに住んでるのかい?」
「一人じゃないよ。これからどこへ行くんだい?」
「海へさ」
「海にはもっと灰色が広がってるって、ほんとかい?」
アローは船乗りの話から、海にはもっと灰色が広がっているらしいことを知っていましたが、今この少年に、はっきりとそう言うのはためらわれました。
「さあ、どうだろう。これからそれを確かめに行くんだ」
「この森が、あの灰色からどれぐらいの間無事でいられるか、あんたたちならわかるかい?」
「わからない。このままなら一年か、二年か___」
灰色の場所が広がるのを止めるために、ポランを海へ連れて行こうとしていることも、アローは言いませんでした。どうしてか聞かれても、あいまいな理由しか答えることができませんし、アロー自身もまだ半信半疑の状態で、いたずらに期待を持たせるのは、残酷に思えたからです。バーバリオンも同じように考えたのか、何も言わないでいました。答えを聞いた少年は、しばらくうつむいていましたが、ふっと森の天井を見上げてぽつりとつぶやきました。
「オレにここを出ろって言うんだな」
そしてそれっきり、黙り込んでしまいました。(つづく)
「どこか雨宿りできる所を探した方が良さそうだ。ここはさえぎるものがないから、この風ではテントが吹き飛ばされてしまうだろう」
「ここからもう少し行った所に、雨宿りできそうな森がある。急ごう」
バーバリオンはそう言って先頭に立つと、湿地帯の南の端にある、小さな森へとみんなを案内しました。一見何のへんてつもない、どこにでもあるような森でしたが、よく見ると、少し変わった木々が生えているようでした。細くてしなやかな幹から上に突き出た枝が分かれ、枝の先には、これまた細長い剣のような形をした、明るい緑色の葉が沢山生えていました。葉先は鋭く、気をつけないと指を切ってしまいそうです。
「珍しい木だなあ。竹に似てるが、節もないし、葉も竹よりずっと多いようだ」
「カゴの木というんだ。名前を知っている者もあまりいないがね。私の知る限りでは、カゴの木の森があるのは、この大陸でもここだけだよ」
ティティはおそるおそる葉に近づいて匂いをかいだりしていましたが、すぐにポランの後ろに隠れてしまいました。ポランはといえば、いつも通りのぼんやりした表情で、すべすべした木肌をものめずらしそうにさわっています。カゴの木は間をあまり空けずに生え、葉も密に茂って重なり合っているので、この森の中にいる限りは、雨はほとんど下に落ちて来ず、かなりの雨風でも充分にしのぐことができました。上の葉を激しく打ちつけるザッザッという雨音は聞こえますが、雨だれはみんな外の方へと流れて行くようでした。アローがポランと一緒に木をさわりながら言いました。
「なんでカゴの木と呼ばれるんだろう?よくしなって、カゴを作る材料には良さそうだが」
「こんな辺ぴな所にしか生えていないなら、カゴを作るには不便だろう。今はわからなくなっているが、何か別の理由があったのかも知らんね___嵐は夜まで続きそうだから、今日はもうここで休むことにしよう。ここから船乗りたちが使っている道に出るまで、雨宿りをするのにここよりいい場所はないよ」
バーバリオンはそう言うと、大きな体をごろりと地面に横たえました。四人が思い思いの場所で森の様子を眺めていると、じきにすぐそばから、まるで細い笛が鳴るような小さな声が聞こえました。
「あんたたち、どこから来たんだい?」
声のした方を見ると、十二、三歳ぐらいの、カゴの木の葉を綴ったらしい衣服に身を包んだ男の子が、少し大きめの木にもたれて立っていました。バーバリオンが驚いて言いました。
「人がいるなんて思わなかったよ。私たちは沼地から来たんだ。君はどこから来たんだい?」
「オレはずっとここにいるよ」
葉っぱの服といい、一人でこんな場所にいることといい、どうやら普通の人間の子どもではないようでした。
「一人でここに住んでるのかい?」
「一人じゃないよ。これからどこへ行くんだい?」
「海へさ」
「海にはもっと灰色が広がってるって、ほんとかい?」
アローは船乗りの話から、海にはもっと灰色が広がっているらしいことを知っていましたが、今この少年に、はっきりとそう言うのはためらわれました。
「さあ、どうだろう。これからそれを確かめに行くんだ」
「この森が、あの灰色からどれぐらいの間無事でいられるか、あんたたちならわかるかい?」
「わからない。このままなら一年か、二年か___」
灰色の場所が広がるのを止めるために、ポランを海へ連れて行こうとしていることも、アローは言いませんでした。どうしてか聞かれても、あいまいな理由しか答えることができませんし、アロー自身もまだ半信半疑の状態で、いたずらに期待を持たせるのは、残酷に思えたからです。バーバリオンも同じように考えたのか、何も言わないでいました。答えを聞いた少年は、しばらくうつむいていましたが、ふっと森の天井を見上げてぽつりとつぶやきました。
「オレにここを出ろって言うんだな」
そしてそれっきり、黙り込んでしまいました。(つづく)