水瓶

ファンタジーや日々のこと

ふしぎな図書館1・老司書のイリヤザン

2014-09-28 07:32:55 | 彼方の地図(連作)
ティティが玉座に座るようになって少したった頃、バーバリオンがアローを図書館に案内しました。図書館へは、地上階からつづら折りのように何度も折れ曲がる階段を、地下深くまで下りてゆくのです。

「私はあまり来なかった場所だ。なにせここへ来た当初は字も読めなかったからね。私に字を教えてくれたのは、司書のイリヤザンだ。古い書物にえらく熱心なじいさんでね。図書館に寝泊まりしていて、食事は助手が運んでいるものだから、もうほとんど上まで来ることもないのさ。」

バーバリオンがつやつやした重い木の扉を開けると、古い紙の匂いがあふれ出して来ました。窓が一つもないために、昼間でもあちこちに灯されているランプが照らし出す部屋は、本棚が沢山並んでいて、まるで迷路のようになっていました。まだ未整理らしい本の山もあちこちに積み上がっていて、そのうちの一つのかげから、しわがれた声が聞こえました。

「ほう、王様か!いや、新しい王様に変わったのは知っておる。えらい久しぶりじゃのう。ここを覚えてらっしゃったか。」

「やあ、イリヤザン。今日は珍しいお客を連れて来たんだ。君と話が合うかも知れん。」

本の山の上からはげた頭がちらりと見え、ついで分厚い眼鏡をかけた老人の顔がのぞいて、司書のイリヤザンがよっくらせと二人の前へ出て来ました。黄ばんだ白いひげは、床をひきずりそうなほど長くのびています。

「王様がじきじき連れて来たというなら、確かなお方なんじゃろうて。しかし、はて、珍しいとは?」

「アローははるばる真昼の大陸から来たのさ。たしかあんたは昔、真昼の大陸の人間に会ったことがあると言っていたろう。」

「___ほう、ほう!これは。そう、そうじゃ。迷いの森でな。木の上に小屋をつくって住んでおった。」

「私はその老人を知っています。夏になる前に、迷いの森で会いました。」

「わしが会った時は、まだ老人じゃなかった。お互いに。」

イリヤザンがこの宮殿に来る前のことです。羊飼いをしていたイリヤザンは、逃げた羊を追って迷いの森に入り込み、出られなくなっていた所を、その男に助けられたのでした。男は木の上に作られた小さな家に住んでいて、自分は真昼の大陸と呼ばれる所から来て、ここで色々なことを調べたり考えたりしながら一人で暮らしているのだと言いました。そうして手元の本を一冊開いてイリヤザンに見せながら、今まで聞いたことのないような、奇妙な話を色々としたのです。そのことがあってから、イリヤザンは本に興味を持ち、文字もおぼえて本を何冊か手に入れてみたのですが、男が持っていた本とはどうも違うように思えて仕方ありません。あの男に会って確かめてみようと、迷いの森に何度も入って探しても、今度はどうしても見つかりませんでした。そこで、本が沢山あるという宮殿まで来て、図書館に入りびたりで本を調べている内に、ここで本の管理をする仕事についちゃどうだい、という話になって、宮殿に住むことになったのです。それから長い年月をかけて、イリヤザンは魔法の本の文字の解読を続け、かなり読めるようになっていました。

「以前にな、西の遠くにある町から来たという男が、ここに通って熱心に本を調べておっての。のみこみはわしよりはるかによかったが、昔の自分を見るように思うて色々と教えておったら、突然貴重な本を持ち出して、それっきり姿を消しよったんじゃ。わしは本を見る目はあるつもりじゃが、人を見る目はないもんじゃとつくづく思うた___王様にゃあ、ほんにすまんことをしたと思うとる。」

「本の一冊や二冊なくなっても、私は別にかまやしないんだが___」

「それが一冊や二冊で済まなかったんじゃ!王様が___いや、今はそうでなくても、ついこの間まで玉座にあった者が、何をいうとろうか!盗まれた本には、失われた知識があったかも知れん。かえすがえすも悔しいことに、その点あの男は目が肥えておったからな。魔法の文字については、もうわしよりも読めるようになっておった。魔法の本には、どれも貴重な知識が書かれておる。宮殿の成り立ちや、クァロールテンが生まれた時からのことや、世界の果てのこと。それだけでない、さまざまな物事の理も書かれておる。冬に弱った太陽が、どうして春になるとまた力を取り戻すのか。さまようように動く星と、大きく円を描くようにゆっくり動く星があるのはどうしてか。虫と鳥では空を飛ぶ高さが違うのはなぜか。枯れ落ちた花の種から、芽が出てまた花が咲くのはなぜか。いったい、種というものは、生きておるのか死んでおるのか?___ああ、わしがもう少し若ければ、もっと解読もはかどるじゃろうに。おつむのはたらきも大分悪うなってしもうて、一冊の本を読むにもえらい時間がかかるんじゃ。」

イリヤザンは悲しそうに、しわだらけの手ではげた頭をなでました。バーバリオンは苦笑いしながら、これこうなんだと言いたげにアローの方を見やりました。アローは老人の熱におされ気味でしたが、ようやくとっかかりを見つけたように思って、イリヤザンにたずねました。

「私も、この宮殿や玉座についてもっとよく知りたいと思っていたんです。そういったことが書かれた本はありませんか?」

老人は手元にあったボロボロの本を一冊、アローに渡して言いました。

「これは、わしが宮殿に来て初めて解読した本じゃ。魔法の本の中では、比較的簡単に書かれておるんでな。」

アローは綴じの糸が切れないように気をつけながら、そっと本を開きました。そこに書かれていた文字は、多少の違いはあるものの、アローの身によくなじみ親しんだ、真昼の大陸の文字に間違いありませんでした。(つづく)


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