水瓶

ファンタジーや日々のこと

「定本 黒部の山賊 アルプスの怪」 伊藤正一

2014-09-01 08:11:15 | 雑記
山賊なんていつの時代の話かと思ったら、なんと昭和の戦後の実話です。
自分の所有する所となった山小屋がきっかけになって、黒部の山賊と交流することになった方が著者で、
最初に出版されたのは昭和三十九年だそうです。表紙の絵もいいでしょう?

裏磐梯から帰って来た後に、森のなかまが山の天候のこととか知っててもいいよな、
と買って来た「山と渓谷」。付録の小冊子が、この黒部の山賊の第一章。
読んでみたら見事にはまって、買ってしまいました。

山賊というと物騒ですが、実の所は猟をして山に暮らして来た人々、という方が近いようです。
突然の国立公園指定、カモシカが特別天然記念物の保護獣になってしまうなど、
昨日まで生業としてきたことが、今日違法になってしまったというような背景があるようです。
また怪しい風聞ほど派手な尾ひれもついて広まりやすく、山賊と恐れられるようになったと。
でも警察も、山でのことに協力してくれれば過去のことは問わないと約束して、
それから一転、不明者や遭難者の捜索などに、協力してくれるようになり、
山小屋のことを手伝ってくれるようになったのですが、これがとても心強いのです。
戦時中に荒れ果ててしまった黒部の山小屋を再建し、守り、運営してゆくということは、
ものすごく大変なことだったんですね。
黒部の山の壮絶な自然、天候が荒れれば地獄、晴れれば天国のような風景。
難工事の末に黒部ダムが完成した後も、ほとんどが未踏の地だったそうで、
相当に山慣れた人が充分に気をつけていても、危険に陥る可能性がある場所のようです。

盗伐で警察につかまった山賊に、現場検証のための道案内をさせたら、
岩登りのベテランの隊員たちも身動きが取れないような断崖の上に連れて行かれてしまい、
一人すいすい岩場をつたって姿をくらましてしまう話なんて、思わずわくわくしてしまいます。
岩魚を釣り上げた糸そのままに網の中、入った時には針もきれいに取れている、無形文化財クラスの釣り名人、
ハチの巣箱を抱えて弾よけにしながら逃げていく熊、タヌキやカワウソのいたずら、
埋めても埋めても地上に出て来る白骨、佐々成政の埋蔵金伝説などなど、
びっくり仰天の不思議な話がいっぱい!

・・・いや、タヌキほんとに化かすんですって。どろん。
夜の山小屋で、ガヤガヤというざわめきや登山靴の音が聞こえて、外を見るともちろん誰もいない。
タヌキが出してた擬音なんだそうです。得意な音があるらしいです。
オーイという声が聞こえたら、ヤッホーとは答えても、けっしてオーイと答えてはいけない。
もしもオーイと答えてしまうと………

もう一つ面白いのは、山小屋に入って二週間もすると山ぼけというのになるそうで、
お茶碗の数をかぞえるような、簡単な計算ができなくなったりするそうです。
そうして孤独感がひどくつのって、何にもやる気が起きなくなってしまう。
そんな風に山ぼけして町に戻って来ると、人がやたらいるのが不思議に思えたり、女の人がみんな美人に見えたり、
またアスファルトを歩いていると、引っかかるものがなくて、
どこまでも滑っていってしまうようで、怖くなったりするんだそうです。
山の暮らしと町の暮らしでは、心のかまえ方が大きく違うんでしょうね。
昔の修験者が山奥で修行したという話がありますが、
そういう心の状態をつくることで、修行の効果を上げてたのかもと思います。
山賊の人たちがおどけた調子でよくしゃべるのも、
山に暮らす人たちが自然と身につけた知恵なのではないかと言っていました。

カベッケが原と呼ばれる、カッパが化けるという怪しい場所で一人釣りをして、
山小屋に帰ると開口一番「カッパが盆踊りをしてた」なーんてひょうひょうと言う山賊たち。
とにかく面白くて、ぐいぐい引き込まれてしまいました。

私はひざがあまりよくないので、本格的な登山はできそうにないんですが、
黒部の山々、いつか見てみたいなあ。
ちなみに本の横にあるのは裏磐梯で鳴らしまくった熊よけの鈴です。ちりーん♪


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