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近くの多摩川に飛来する野鳥の連続写真を中心に、日頃感じた出来事を気ままな随想でご紹介し、読者双方との情報を共有したい。

市民アカデェミー16前期3回目

2016年05月16日 00時00分01秒 | 日記

平成28年5月13日

 

 先週の金曜日にあった映像の世紀3回目の講義を受講した。3回連続であったが、最終日の割合には参加者が少ないようであった。この講師は資料がないのが毎回であり、特別な資料がなくても1時間半の講義では必要ないのかもしれない。かえって資料があるとそちらの方に目が行くし、肝心な話を聞かずに終わってしまう傾向もあるため、資料がなくても講義は進める側にとっては良いのであろう。

 

 この講師の特徴はいくつかあるが、机に座ったままで、顔が見えないため、表情はつかめなかった。持ち時間の半数は、ビデオ映像で、その取扱いがスムースでない点は気になった。ボランティアの係がいて懇切丁寧に説明しているのであるが、操作が十分でなく、講師失格の第一点である。操作が出来なければ映像係に任せばよいと思ったほどで、パソコンのボタン操作ができないのである。これに要する時間は話しを中座するため、進め方の腰を折るというのか、映像が出るまでの時間がもどかしく感じる。

 

 そもそも最近の映像は暗幕と閉じた中で行う前近代的な視聴覚機器と違って、明るい室内においても十分見ることができ、暗幕などはいらないのであるが、そこらあたりは講師の力量かもしれない。次に気になったのは、重複してものをいう癖である。同じ言葉を二度話す。強調する場合や、記憶にとどめてほしい場合に使うテクニックでもあるが、癖となると聞きずらく、何のために二度同じことを話さないとならないのか、腹が立ってくる。 さほど重要でもない事柄を繰り返す必要はないであろう。

 

 次に独断的なものの言い方をするため、専門家らしからぬ判断が気に障った点である。肩書は良いが、この程度の講師では内容の深さではなく、自らの自慢話に始終していて、肝心な論点がぼけてしまい、結局何が言いたかったのか3回連続した割には残っているものが少ない結果であった。もっとも映像の世紀というNHKの番組を見たことがなかったためか、内容にしても興味がなかったためかもしれない。

 

 現職の時には視聴覚教材に手がていたことがあり、NHKにもいろいろな場面でご協力をいただいたことがあるが、作り手の企画や脚色は、素人受けするような内容より、むしろドラマ性や、意外性を表面に出したがる傾向があったように記憶している。そもそもドキュメントなどは娯楽番組と異なり、受けを目的にするのではなく、淡々と事実を映像として送ればよいのであって、どうも視聴率が気になるのか、妙な企画・脚色が気になっていた。今回も何が言いたかったのを分からないまま終わってしまったが、講師選考のミスがあったように感じた。



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