蝶人物見遊山記 第277回
前半は「弓八幡」、「西王母」、「桜川」の舞囃子、狂言の「膏薬煉」でしたが、いちばん心に残ったのは「桜川」の柏崎真由子選手のシテでした。
「桜川」は人買商人に買われていったわが子を、「ものぐるい」になった母親が、桜満開の常陸国の桜川で奇跡の再会を果たす劇的な物語なのですが、彼女のシテで全曲通しで見物したいものです。
柏崎嬢は透き通った水晶のような美人ですが、地謡もみな美形ぞろいで、これからは男子よりも女子の能役者に注目していきたいと、はじめて思ったことでした。なんともいえずセクスイだし。
後半はいぜん「逗子能」で観劇したことのある観世流の「安達原」でした。これはいまの福島県二本松市黒塚を舞台にした「安達が原の鬼婆」の物語に基づいているドラマテイックな能で、あらすじは以下のごとし。
陸奥国安達原に辿りついた熊野那智の巡礼僧が野中の一軒屋を見つけて、老婆に一夜の宿を求めます。
一行を快く招じ入れた老婆(前シテ、武田宗典)が、夜寒に暖を取るための薪を拾いに行った隙に、河野佑紀扮するアイ/能力(下級僧)が老婆の閨を覗きこんだところ、そこには誰とも知れぬ死骸が累々!びっくりぽん!!
驚き慌てふためいているところに、鬼女(後シテ、武田宗典)の正体をあらわにしたくだんの老婆が戻ってきて死闘になる。
山伏の武器はというと、これがなんと数珠でして、二人の山伏が殺到する鬼女に向かって必死に数珠をジャラジャラ擦り合わせながら一進一退の攻防を続けるのですが、巡礼僧の法力によって、辛うじて祈り伏せることができました。ジャンジャンというお話。
もうひとつこの能の特色は、能に狂言がスパイスされていること。動きも喋りもスタテイックな能役者に混じって、やたら騒がしい狂言役者(アイ/能力(下級僧))という異端的要素を闖入させることが能に非能的興趣を生み出すのです。
こういう活劇風の展開をみせる演目は珍しいのですが、この日はかつての逗子公演よりかなり大人しかったのが、ちと残念でした。

われわれは道路の真ん中を走れる園子温の映画を見ろよ 蝶人