あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

新潮日本古典集成新装版「枕草子下」を読んで

2018-05-22 10:58:37 | Weblog


照る日曇る日 第1070回



「枕草子」の魅力は、どこにあるのだろう?

私はまずは、その短さにあると思う。

なかには長い回想や随想もあるが、清少納言は、簡にして要を得た最小の言葉で、読む者の心胆を鋭くえぐる。紫式部の魅力がレガートの優雅さとすれば、清少納言は鋭いスタッカートの切れ込みようがいとも鮮やかなのだ。

例えば、第200段の「遊びは、夜。人の顔見えぬほど。」(これで全文)なんてのは、ルナールの「蛇。長すぎる」に似て、もっと面白いではないか。

次に、名辞の列挙。

浦は、
 大の浦。
  塩釜の浦。
    こりずまの浦。
     名高の浦。  

第192段はこれだけだが、彼女のお気に入りの海浜のイメージが、たった5行で伝わってくる。
文章というものは、主語と述語で因果を含めなくても、複数の名詞を並べるだけで十分だということがよく分かる。

3つ目は、文字の詩的なレイアウト。

上に引用した5行をよく見ると、1行ごとに文頭が1字下げになっている。
近現代になると、詩歌の印刷に際して多少のデザイン的配慮を施すケースも増えてくるが、私が知る限り、平安以前にみずからの書式にこのような繊細な感受性を発揮した人物は皆無である。

最後に、私がいっとう好きな彼女の名文をどうぞ。

ただ過ぎに過ぐるもの。
帆かけたる舟。
人の齢。
春・夏・秋・冬。(第242段)
     

   完全かつ最終的に安倍蚤糞を葬り去るべき時は来たれり 蝶人

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