蝶人狂人綺語&バガテル―そんな私のここだけの話第380回
○部長就任式/本人のあいさつ
*1本日は忙しいところを参集して頂いてありがとう。1週間ほど前に人事部長より内示を受けました。その時、嬉しいという気持は全く無いというと嘘になるけれど、ほとんどなくて、これは大変なことになった、さあどうしよう、果たしてこの自分に勤まるだろうか、と次々に胸に不安が湧いてきました。しかし、会社が決めてしまったのだから、もうどうしようもない。僕も全力でやりますから、みなさんも覚悟してついて来て下さい。
ご承知のように会社はいま9期連続の赤字で売上、利益、株価と3拍子揃って低迷し続けております。毎年給料も下がるし、ボーナスもろくろくでない。うちに帰るとカミサンが文句ばっかりいう。どうもお互いにひどい会社に入ったものであります。*2しかし皆さん、ものは考えようです。いま何か新しいビジネス・シーズにチャレンジすれば、必ず実効が出ます。何もやらなければ、このままずっと奈落の底に沈みっぱなしになるのです。逆説的に言うと、失うものが何もないという強みこそ、われわれの最大の武器なのです。新任部長としての僕にとって、部下となった皆さんにとってこれほどのビッグチャンスがまたとあるでしょうか。
*3明日の自分、明日の会社、明日のお客様のために新しい夢を想像(イマジネート)し、夢を創造(クリエート)する。それが僕たちの新しい仕事です。会社に元気が無ければ、自分で元気になればいい。ひとりひとりがそう思い、何かにトライした瞬間に会社ははじめてほんとうに元気になるのです。これは精神論に過ぎませんが、基本精神の全社標準すらないところに技術は育つ訳がありません。
*4さて、ここで朗報がひとつあります。昨日、わが社は米国のバイオ・ベンチャートップのセレーラ社との業務提携に成功しました。わが社の株価が一夜にして363円も急伸した理由はそこにあります。かねてよりわが社は、国内よりは海外の投資家の評価が高かったのですが、太平洋の彼方から大きな味方がやって来たようです。僕らは最悪時代をようやく脱しつつあります。過去5年間にわたって僕たちが体験した悪戦苦闘と辛酸がやっと報われ、真っ暗なトンネルの向うに、かすかな希望の灯が見えてきました。会社は、経営活動の最先端に位置するわれわれ営業企画室に期待しています。僕は自慢ではありませんが、課長時代から元気だけがとりえです。元気な僕についてきてください。そして会社再建のためにいっしょに頑張ろうではありませんか。
○アドバイス
*1 新しい組織の長としてのリーダーシップを最大限に示す。聴衆の中の話者に必ずしも好意的でない者も巻き込んでしまう迫力が必要。
*2リーダーシップの表現は一律ではない。自分の個性、行き方を基本にして、どうやったら部下やスタッフの理解、共感、共鳴を獲得できるかを考える。
* 3 こういう場面では「知に訴える」よりも「情に訴える」ほうが所 期の目的を達成しやすい。オジサンの浪花節風ではなく、素直に共感してもらえる身近な話題を織り込みながら自分の思いのたけをぶつけるのが秘訣。
*4精神論だけでなく、具体的な材料で持論を補強することが必要。それを最後にもってきたレトリックは参考になる。

四匹のメダカが甕に棲んでいて四つの個性を発揮するなり 蝶人