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あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

安西水丸文・絵「東京美女図鑑」を読んで 

2019-01-07 15:11:11 | Weblog


照る日曇る日 第1186回



安西水丸死してはや5年、こおゆう本を読むと、彼がまだ鎌倉の鎌倉山で生きているような気がするから不思議である。

本書は「小説現代」に2007年2月号から14年4月号まで毎月連載されたそうだが、彼は2014年3月に亡くなったから、末尾に置かれた「八丈島を歩く」はほぼ絶筆というてもよろしいでしょうが、「もう一泊するか、そんな気分になった」という最後の一文を眺めていると、「そうかあ、まだ八丈島にいるんかあ」というような気がしてくるから、またまた不思議である。

美女を求めて日本橋から後楽園辺りまで東京を歩こうという、まあいい加減な企画であるが、そうそう美女と出くわす訳ではないんで、その代わりに彼が袖摺り交わした女性たちとの思い出話を聞かされる羽目になるんやけど、まあ若い時分からモテルことモテルこと。やっかみの一つも言いたくなるんやけど、それよりも行く先々の土地の歴史や故事来歴が程良く記述されているのに驚く。

それで例えば、「お茶の水から神保町へ」歩いていると、東京医科歯科大が見えたので、彼は昔その大学の学生から学園祭のポスターを描いてくれと頼まれた話を思い出す。
お茶ノ水にある大学だから、「お茶の水博士」はどうかという案が浮かんだので、彼は手塚治虫事務所に許可をもらおうと電話した。

すると手塚治虫本人が出てきて「安西水丸さん、ぼくはあなたの絵好きですよ。頑張ってください」というたそうだが、そのことを彼は次のように書く。

「手塚治虫さんはまだ駆け出しのぼくにそう言ったのだ。ぼくは子供の頃から手塚さんの漫画は読んでいた。その言葉のうれしさは今も忘れられない。因みにぼくの特に好きな手塚作品は、「地球の悪魔(出た時は「地球1954)と「世界を滅ぼす男」の2作。

そうだよなあ、きっとずーっと嬉しかったろうなあ、と私も思うのだが、そのあとの2行がいかにも水丸選手らしい。「因みに私の好きなのは「嚢」と「悪魔の開幕」の2作です。」

ほんでもって「世界に誇る電気街、アキバを歩く」では、かつて対談したことのある真梨邑ケイの「真梨邑ケイ情事Ⅱ」という中古ビデオを買い、青山の仕事場でそれを見る。
そしてこう書くのである。

「真梨邑ケイは異様にセクシーだった。イヤらしかった。彼女は確か1957年の8月生まれだったと思う。熟れきった白い肌のあちこちに小さなホクロが飛び散っていた。目の動き、唇の乱れ、疲れた乳房、うしろから突かれている白いヒップ、すべてが感動的にイヤらしかった。ところどころに彼女の歌うジャズが流れる。ジャズとは本来こんなものではないかとも思った。真梨邑ケイはほんものの女かもしれない。かつて対談したことが誇らしかった」
最後のふたことがいいよね。その前もいいけど。

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