照る日曇る日第504回
パール・バックといえば「大地」を書いたノーベル賞作家ですが、かつて本邦に滞在した折、海辺の丘の中腹の小さな家屋に滞在したんだそうです。
そしてある夏の日に津波がやって来て浜辺の漁村が流され、その貴重な体験をもとにして書いたのがこの童話である、と女史自身が前書きで述べていますから、ほんとうの話なのでしょう。
物語はちょっと海彦山彦に似ていて、切り立つ火山の斜面の農家に住むキノと浜辺の漁村に住むジヤという二人の少年が主人公です。貧しいながらも平和な暮らしを楽しんでいたその村に、ある日大惨事が起こります。山も海も数日前から異変を告げていたので村人たちは思い思いに避難していたのですが、とうとう海の向こうから大津波が押し寄せ、ジヤの家族は、村のすべての漁師の家もろとも海の藻屑になってしまったのです。
たった一人生き延びたジヤは、それからはキノの家族の一員として成長するのですが、ある日キノの両親に、キノの妹セツと共に浜に降りて二人で漁師の暮らしを始めたいと決意を語ります。
間もなく完成した新婚の二人の新居は、それまでの漁師たちの家とは違って窓が海に向かって開かれていました。恐ろしい海はまたいつの日か牙をむいて、村人たちに襲いかかることでしょう。しかし若い二人はそれを承知の上で津波の再来に備えながら、ふたたび元の暮らしを再開する決意を固めたのでした。
ここには童話の体裁を取りながらも、女史が実際に見聞し、感銘を受けた鴨長明以来変わることのない私たちの自然観、人世観、死生観が感動的に描き出されています。
来るときは来るがよかろう死ぬときは死ぬがよかろう 蝶人