株式投資と邪馬台国女王、卑弥呼

"卑弥呼"と"株"。株は49年,古事記は30余年で、邪馬台国=北四国の独自見解です。

卑弥呼の姿=2= 法皇山脈の山腹にある卑弥呼(2)

2006-11-12 02:44:41 | 古代史、卑弥呼、神輿太鼓、倭人伝
 最初の内に、手書きで紹介をしたことがある。この時は、写真を載せる事が出来なかったので、苦心して描いたものだ。

 今は何とか、載せられるようになったので、紹介しよう。先の手書きと比べると、結構、好い線に行っていると、自分では思うが、皆はどう思うだろう。

 倭人伝には「卑弥呼」とあるが、日の御子の意味であり、天照大神と、日本では書いていると、私は思っている。史学者は別人の説が多いが、中には同一人物と言う学者も居る。

 別人説は、古事記や日本書紀は、「天皇家の権威を高めるために造られた創作(小説)」と言う立場にある人が多い。だが、倭人伝は史実だから、別人だと言うのだ。

 私は日本の2書も史実を残した歴史書だと思う。七月から、二つのブログで書いてきたように、倭人伝と古事記は、三ヵ月かけて書いたように、凄く一致している。だから、日本の史書も史実だと思う。

 卑弥呼は、細面の美人だったようだ。だが、この像葉、若い時か、年行っての像かで、理解は変わるだろう。私は若い時の像であり、後には太っていたのではないかと思っている。

 実は山腹に、もう一つ像がある。こちらは、顔だけだから、目鼻立ちも判る。相当の美人である。

 二人並んだ顔で、一人は髭を生やした年配の男性であり、この像はイザナギの神だと思っている。たぶん、同時に作られた。とすれば、天照大神(卑弥呼)である。十代の女性の顔に見える。

 このエントリーはいつするか、今、考えている。この詳細は著書1,2,3に書いておいた。だから、ここでは、このくらいの説明で終わる。

 



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