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荘子:逍遥遊第一(8) 名者實之賓也(名は実の賓なり)

2008年09月10日 00時36分43秒 | 漢籍

荘子:逍遥遊第一(8)

 堯 讓 天 下 於 許 由 , 曰 : 「 日 月 出 矣 , 而 爝 火 不 息 , 其 於 光 也 , 不 亦 難 乎 ! 時 雨 降 矣, 而 猶 浸 灌 , 其 於 澤 也 , 不 亦 勞 乎 ! 夫 子 立 而 天 下 治 , 而 我 猶 尸 之 , 吾 自 視 缺 然 。請 致 天 下 。 」

 許 由 曰 : 「 子 治 天 下 , 天 下 既 已 治 也 , 而 我 猶 代 子 , 吾 將 為 名 乎 ? 名 者 實 之 賓 也 ,吾 將 為 賓 乎 ? 鷦 鷯 巣 於 深 林 , 不 過 一 枝 ; 偃 鼠 飲 河 , 不 過 滿 腹 。 歸 休 乎 君 , 予 無 所 用 天 下 為 ! 庖 人 雖 不 治 庖 , 尸 祝 不 越 樽 俎 而 代 之 矣 。 」


 堯(ギョウ)、天下を許由(キョユウ)に譲(ゆず)りて曰わく、「日月出(い)づるに而(しか)も爝火(シャクカ)息(や)まず、其の光に於けるや亦た難(いたずら)ならずや。時雨(ジウ)の降(くだ)れるに而も猶(な)お浸灌(シンカン・みずそそ)げば、其の沢(うるおい)に於けるや亦た労(いたずら)ならずや。夫子(フウシ)立たば而(すなわ)ち天下治まらん。而るに我れ猶おこれを尸(つかさど)る。吾れ自ら視るに欠然(ケツゼン)たり。請(こ)う天下を致さん」と。

 許由曰わく、「子、天下を治めて、天下既已(すで)に治まれり。而(しか)るを我れ猶お子に代わらば、吾れ将に名を為(もと)めんとするか。名は実(じつ)の賓(ヒン・そえもの)なり。吾れは将に賓(ヒン・そえもの)とならんとするか。鷦鷯(ショウリョウ・みそさざい)は森林に巣くうも一枝(イッシ)に過ぎず。偃鼠(エンソ・むぐらもち)は河(おおかわ)に飲(みずの)むも腹を満たすに過ぎず。帰り休(いこ)われよ君(きみ)、予(わ)れは天下を用(も)って為(な)す所なし。包人(ホウジン)、包を治めずと雖も、尸祝(シシュク)は樽俎(ソンソ)を越(うば)いてこれに代わらず。


 堯(ギョウ)、が天下を許由(キョユウ)に譲ってこういった。「太陽や月が出て明るいのに、まだ炬火(たいまつ)を消さずにいるのは、明るさについて、なんとむだなことではありませんか。季節にかなった雨が降っているのに、まだ潅漑で水をかけているのは、その潤(うるお)いについて、なんとむだ骨ではありませんか。先生が即位されたなら天下はよく治まるでしょうに、先生のような人格者をさしおいて、わたしのような人間が天下を主宰しています。わたしではとても不十分です。わたしは自ら省みてわが身の拙さが恥ずかしいのです。どうか天下をお譲りしたいのですが」と。

 許由が答える「あなたが天下を治めて、天下はすでによく治まっている。それなのに私があなたに代われとは、名誉が欲しかろうとでもおっしゃるのか。名誉(名目)などというものは実質の客(一時的な仮りのもの)にすぎない。わたしに、実質をともなわない仮りの客となれといわれるか。

 鷦鷯(みそさざい)は深い林の中に入って巣をつくっても、わずか一枝のことであるし、偃鼠(むぐらもち)は大きな川で水を飲んでも、その小さな腹を満たすだけだ。君よ、帰って休息するがよい。このわたしが天下をもらい受けたとて何としよう(何もすることがないのだ)。たとい料理人が料理を怠ろうとも、神主がお供えの酒器や肉台(まないた)を持ってきてその代わりをしたりはしないものだ。

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堯(字形)

 ■音
  【ピンイン】[yao2]
  【呉音・漢音】ギョウ
 ■解字
  会意。堯の原字は、背にたかく物をかついだ人の姿。
  のち「土三つ(うずたかく盛った土)+人のからだ」を組みあわせたものとなる。背のたかい人、崇高な巨人の意。
  聖天子をというのも「たかい巨人」の意をふまえたいい方。
 ■単語家族
  翹(ギョウ・たかくかかげた羽)・嶢(ギョウ・たかい山)・高・喬(キョウ・たかい)などと同系。
 ■意味
  (1)たかい(たかし)。けだかい。
  (2)古代の伝説上の聖天子。名は放勲(ホウクン)。五帝のひとり。
   舜(シュン)を起用して治水にあたらせた。のち舜の有能さを認めて天下を譲ったことは、儒家から理想の君主政治とされた。
   陶唐氏とも、唐尭ともいう。


許由(キョユウ)
 古代、伝説上の隠者。帝尭(テイギョウ)が位をゆずろうとしたら、拒絶して箕山(キザン)にかくれ住んだという。
 のち、帝尭から九州の長官に召されたとき、けがらわしいことを聞いたと言って、潁川(エイセン)の水で耳を洗ったという。


爝火(シャッカ)
 たいまつの火。



 ■音
  【ピンイン】[jiao4]
  【漢音】シャク 【呉音】サク
 ■意味
  たいまつ。また、かがり火。


息(字形)

 ■音
  【ピンイン】[xi1]
  【呉音】ソク 【漢音】ショク
  【訓読み】いき、やすむ、いこう、やむ、やめる、むすこ
 ■解字
  会意。「自(はな)+心」で、心臓の動きにつれて、鼻からすうすうといきをすることを示す。
  狭い鼻孔をこすって、いきが出入りすること。
  すやすやと平静にいきづくことから、安息・生息などの意となる。
  また、生息する意から子孫をうむ → むすこの意ともなる。
 ■意味
  (1)いき。呼吸。
  (2)いきをする。
  (3)いきづいて生存する。生きて子孫をうむ。ふえる。「生息」
  (4)やすむ。いこう(いこふ)。
   静かにいきづく意から転じて、休息する意。「安息」
   「労者弗息=労する者は息まず」〔孟子・梁下〕
  (5)やむ。やめる(やむ)。休止する。とだえる。
   「楊墨之道不息=楊墨の道息まず」〔孟子・滕下〕
   「息交以絶游=交はりを息め以て游を絶たん」〔陶潜・帰去来辞〕
  (6)むすこ。「子息」「令息」
  (7)貸した元金からうみ出される金銭。利子。
   元金を親に、利子を子にたとえていうことば。「利息」「息銭」



 「難」は「?」の借字。労病の意。(馬叙倫)
  下の「労」と同意で徒労(むだ骨折)の意。

?(タン)
  (1)やむ。やみつかれてやせる。
  (2)つかれる(つかる)。精気が尽きてやせる。


時雨(ジウ)
 ちょうどよいときに降る雨。
 「若時雨降=時雨の降るごとし」〔孟子・梁下〕


浸灌(シンカン)
 ひたひたと、水をそそぐ。水をかける。
 「時雨降矣、而猶浸灌=時雨の降れるに、なほ浸灌するがごとし」〔荘子・逍遥遊〕



 ■音
  【ピンイン】[ze2]
  【漢音】タク 【呉音】ジャク
  【訓読み】さわ、つや、うるおい
 ■解字
  会意兼形声。右側の字(音エキ)は「目+幸(手かせ、罪人)」の会意文字で、手かせをはめた罪人を、じゅずつなぎにして歩かせ、目でのぞいて面通しをするさまを示す。
  ・―・―・の形につぎつぎと並べて、その中から選び出すことで、擇(タク)(=択)の原字。
  澤はそれを音符とし、水を加えた字で、・―・―・の形に、草地と水たまりがつながる湿地。
 ■単語家族
  驛(=駅。◯|◯|◯の形につながる宿場)と同系。また度(ド゛)・(タク)・渡(◯|◯|◯の形にわたっていく)とも縁が近い。
 ■意味
  (1)さわ(さは)。点々とつながる沼。
   また、草木のはえている所と水たまりとが、たがいちがいに続く湿地。「沼沢」
   「沢居苦水=沢居して水に苦しむ」〔韓非子・五蠹〕
  (2)つや。みずみずしいつや。「光沢(つや)」
  (3)うるおい(うるほひ)。うるおい。
   また、転じて、めぐみ。「雨沢(おしめり)」「恩沢」
   「万物皆被其沢=万物皆其の沢を被る」〔呂氏春秋・貴公〕


=「主」
 「尸主也」(成元英)
 尸は主の意。尸(つかさど)る。尸(おさ)むる。



 ■音
  【漢音】ケツ 【呉音】ケチ
 ■解字
  会意兼形声。缺は「缶(ほとぎ、土器)+音符夬(カイ)」。
  夬とは、コ型のくぼみに手をかけてえぐるさまで、抉(ケツ・えぐる)の原字。
  缺は土器がコ型にかけて穴のあくことを示す。
  欠と缺は意味が似ているため混用され、欠を缺に代用するようになった。
 ■意味
  かく。かける(かく)。えぐってとる。凵型や⊃型にかいてとる。かけめができる。


鷦鷯(ショウリョウ)
 みそさざい。すずめに似て小さく、すばやい。たくみに巣をつくる。


尸祝(シシュク)
 形代(カタシロ)と、かんなぎ。
 形代(かたしろ)
  神を祭るとき、神体の代わりとして祭壇などに置くもの。
 巫(かんなぎ)
  舞や音楽で神を招いて、神仕えをする人。
  女みこを巫といい、男みこを覡(ゲキ)といった。



 ■音
  【ピンイン】[yan3]
  【漢音】エン 【呉音】オン
  【訓読み】ふせる、たおれる、やすめる
 ■解字
  会意兼形声。右側の字(音エン)は「匚(かくす)+音符晏(アン)の異体字」の会意兼形声文字で、物を上から下へ低く押さえて姿勢を低くし、隠れること。
  偃はそれを音符とし、人を加えた字で、低く押さえること。
 ■意味
  (1)ふせる(ふす)。からだを低くしてふせる。「偃息(エンソク)」
   「偃於邸舎=邸舎に偃す」〔枕中記〕
  (2)たおれる(たふる)。低くふせたおれる。
   「草上之風必偃=草これに風を上ふれば必ず偃る」〔論語・顔淵〕
  (3)やすめる(やすむ)。ふせる(ふす)。道具を置いてひとやすみする。
   「偃武=武を偃す」
  (4)土を押さえかためて水流をせきとめる。
   堰(エン)に当てた用法。
 「偃鼠飲河不過満腹」
  もぐらが大きな河で水を飲んでも、小さな腹をみたすにすぎない。人もその分に応じて満足することを知らなくてはいけない。


庖人(ホウジン)
 (1)「周礼」の官名。料理のことをつかさどった。
 (2)「庖丁(ホウテイ)」 ・・・ 「庖丁為文惠君解牛」(養生主篇)



 ■音
  【漢音】ホウ 【呉音】ビョウ
  【訓読み】くりや
 ■解字
  会意兼形声。包(ホウ)は、外から包む意を含む。
  庖は「广(いえ)+音符包」で、食物を包んで保存する場所の意。
 ■単語家族
  「大切に包む」の家族(← クリック))
  腹・覆・包・保・宝・浮 ・・・ つつむ、丸くふくれるの家族 (← クリック))


樽俎(ソンソ)
 酒だると、料理をのせる器。ともに、宴会に用いる。転じて、宴席のごちそう。
 尊俎折衝(ソンソセッショウ)
  宴会で外交交渉をして、敵の勢力をくじくこと。